第34話
コンビニ店内の整理の為に地下から出てきた孝太郎含めた避難民五人。明里達は、その作業を手伝いつつ情報交換や話を始める。
明里とリリアは、孝太郎と共に入り口付近レジの近くで清掃、クロムは三十代と思われる女性とおそらくその娘であろう少女と共に、レジから離れたスタッフルーム入口周辺の清掃を担当する。
残った二人の四、五十台程の男性は、手際よく床に落ちた商品整理を受け持った。
「いやー、あいつらがやっと減ってきたみたいで助かったッスよ。今まで通り出てたら今頃殺されてたっぽいッスからね」
「まあ、そうですよね……」
「うわっ、あいつらどんだけゴミ残してるんスか……せめてゴミ箱に入れてほしいッスよ」
ぶつぶつと文句を言いながら、孝太郎床に散らばった商品を置く場所が分かる物以外は一度一ヶ所にまとめ、姿を現した床の清掃を始める。
「そういやそこのお姉さんも見ない顔ッスね? 新しい明里っちの友達っすか?」
「そういえば自己紹介がまだでしたね。初めまして孝太郎様、クラリス様の姉のリリアと申します」
「リリアかー……よろしくなリアっち」
「リ、リアっち……?」
いきなりつけられたあだ名に、リリアは軽く仰け反り戸惑いを見せる。
その側で、自身をクラリスの姉だと紹介する様に、明里は未だにどこか煮えきらないともよくわからないとも言える複雑な感情が湧き出る。それが滲み出たのか、どこか渋い顔を見せていた。
「しっかし、明里っち周辺には可愛い子や美人ばっか集まるッスねー、羨ましい限りッスよ」
「ま、まあね……クラリスさんも綺麗だしエステルさんも可愛いし……」
然り気無く美人と褒められたリリアは顔を赤らめながら下を向く。クロムは孝太郎の声が聞こえない距離で作業をしていたため、耳に入ってきていなかった。
「そういえばクラりん達は大丈夫なんスか? 一応大丈夫だと思って食糧の事を頼みはしたんスけど、それ以降は連絡取ってなくて……」
「……二人は大丈夫だけど、クラリスさんは……しばらく動けないかな。」
直るということは知っているものの、寂しさと未だ残る不安から、うつ向きながら答える明里。
「そっか、クラりんが良くなったらまた来てくれよな。折角こんなに賑やかになったんスから。それに、他の皆の目の保養にもなるし」
「ちょっ、最後のは下心なんじゃないんですか~!?」
「ははっ、男に美人は最高の栄養剤ッスよ!」
冗談か本気か分からないギリギリの台詞に、呆れながらも楽しく会話をしながら作業を続ける三人。その中で初めて出会ったリリアも、いつしか孝太郎と打ち解け始めていた。
「ねえお嬢ちゃん、お嬢ちゃんはあの人達と一緒に着いて行ってるの?」
「はい、あたし、一緒に、暮らしてる」
親子と思われる女性と少女と共に作業を行っているクロム。どうやらこの二人は、つい最近このコンビニに逃げ込んできたらしい。
ワンピース一枚だけという一歩間違えば変態に着させられたのではと思われかねない格好の上に、まさしく少女という言葉が似合う体格が合わさり、初めて合う人間にはどこか異様な雰囲気を醸し出していた。
「そっか、変な人に何かされたりしてない?」
「うーん、すごく、変な、人、いるけど、まだ、大丈夫、かな?」
「そう、もし怖いと思ったらあたし達のところに来るんだよ?」
「おねえちゃんといっしょにおえかきしたい!」
「お絵描き……うん、いつか、ね」
手を動かしながらも、自分の特定の方向に寄りまくった絵で子供と一緒に絵を描いてもいいものかという葛藤と、元の世界の両親への想いからクロムの表情にはどこか陰りが見えた。
それを心配してか、母親が顔を覗いて肩に優しく触れ、具合を尋ねる。
「大丈夫? えっと、クロムちゃんだっけ?」
「はい、ちょっと、離れ、離れの、パパ、ママ、思い、出して……」
「そっか、いつか会えるといいわね。私達もね、どうにかモンスター達に出会わないようにしながら過ごしてたの。その途中で夫が帰ってこなくなって……それでね、買い物のために外に出たらモンスターがうようよしてて、どうしようかと悩んでたら耳の長い子がここに連れてきてくれたの」
「ああ……」
母親の思い出話の中に出てきた耳の長い子というワードに、クロムはおそらくエステルなんだろうなと察し、口を開けてゆっくりと数回頷いた。
「そのお陰でまた夫に出会えて……服はボロボロだったんだけどね。だから、クロムちゃんも諦めちゃダメよ!」
「うん、わかった!」
「はい! これおねえちゃんにおまじない!」
どこか救われたような気持ちに溢れたクロムに、すかさず子供が右の手のひらに指で模様を描いていく。
その模様は、実際に線で表そうとすると微妙に歪んではいるものの、所謂はなまるの中に星を書き加えたような物だった。
描き終えて指を離すと、子供はクロムの目を見え満面の笑みを見せた。
「……ふふっ、ありがと」
おまじないを描いてくれた手を右手でギュッと握る。そして子供の手の中に、こっそりと、自分の手の一部を変化させて切り離した星形の小物を隠す。
「お礼、あたし、からも、おまじない、入り、プレゼント」
「わーい! おねえちゃんありがと!」
艶のある星形の綺麗な小物に子供は大喜びし、それを見た母親は微笑みながら感謝の一礼をクロムに向けた。
それを見たクロムは、どこか嬉しさとも安らぎとも取れる様々な感情が入り混じった暖かさが沸き上がった。
談笑しながらの清掃にも終わりが近づき、店内はモンスター達に襲撃される前の光景を取り戻しつつあった。商品は綺麗にきちんと整えられ、床は光が反射する程に磨かれている。
「いやー結構綺麗になったッスねー! こんなことまで手伝ってもらって申し訳ないッス」
「いえ、いつもお世話になってたお礼ですよ!」
照れ臭そうに孝太郎は頭を掻きながら明里達にお礼を伝える。明里は屈託の無い笑顔でお礼を返す。
「あとはこっちでやっとくんで、なんかあったらいつでも頼ってくれよな。またなー!」
予定外の清掃等はあったものの、目的を達成した明里達はその場を後にした。
見送る孝太郎達へ、明里とクロムは後ろ歩きで手を振りながら、リリアはその様子を横目にチラチラと見ながら去っていった。
研究所までの帰路の途中、三人はその間の退屈を凌ぐために雑談に花を咲かせていた。
「ご主人様と姉様は大丈夫でしょうか……寂しくしていないでしょうか……」
「あんな、図太い、人、一人、でも、大丈夫、でしょ」
「何を仰るんですか! ご主人様は繊細な方で……」
少しムッとした表情と軽く怒ったような声色で、リリアはクロムに言い返す。
クロムは、リリアに対して自分のことを繊細であるという風に設定しているのかと呆れ果てた。
「あはは……私はちょっと図太いのか繊細なのかよくわからないけど、クロムちゃん何かあったの?」
一方的に話を進められるばかりで、殆ど直接会話をした覚えがなかった明里は、ふとクラン本人の事が気になり、先程の話の内容から対話をしたであろうクロムに質問をする。
「ああ、うん。この前ね、あたしと、ちょっと、色々、実験、してた、時、昔話、少し、聞いてね」
クロムは、ドラゴン遭遇前の魔法の確認や核の一部を取られた時の出来事を、軽く真似た動作を入れながら回想する。
『聞いておくれよクロムくん! 私は以前、ある研究施設で務めていた時、様々な発明を行っていたんだ。しかし周りの奴等ときたら、私の事を人への関心が無いだの、肉体を持った作業機械だのと! 酷いと思わないか!?』
『あ、あはは……』
『挙げ句の果てには物には優しくても人には無頓着とは……こんな繊細な私でも傷ついてしまうぞ!』
『う、うん、そう、ですね……』
回想を終え、物真似の途中で止まった身体を元に戻すと、溜め息をつきながら話を続ける。
「しばらく、昔話、聞いてた、けど、あたしに、ああいう、状態で、実験、してた、人が、言っても、説得力、がなぁ……」
「あはは……すごいね……」
「やはり、ご主人様は繊細な方だったのですね……」
二人がリリアの反応に驚いてその方向を向く。
その二人の反応に対して、リリアは意味がよく分かっていないようだった。
これ以上この話を続けていると妙な拗れ方をするのではと思った明里は、先程までのコンビニの話へと方向を変える。
「それにしても、みんな無事みたいで安心しましたよ」
「大きな怪我等の様子も見られませんでしたし、よかったですね」
「うん……」
ふとどこか返事が小さいクロムが気になり、明里は隣に視線を向ける。二人の隣を歩きつつ、クロムは自分の右手を見つめながら何か考え込んでいるような様子が見られた。
そんな様子に、どこか具合が悪いか不安な事があるのではと気になり話しかける。
「ん、どうしたのクロムちゃん?」
「…………ううん、なんでも、ない。早く、帰って、ご飯、でも、食べようよ!」
見つめていた右手をギュっと握り、不安など何もないと言わんばかりの笑顔を明里に返す。
「ふふっ、そうだね、早く帰ろうか。今日のエステルさんの料理何かな~?」
「ハンバーグ、とか、だったら、いいなぁ」
クロムの笑顔で心配していた不安も吹き飛んだ三人は、今日の夕食や日常の話を交えながら研究所への帰路に着いた。
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