第30話

 これまでと違い、明里は散らばった装填可能な瓦礫や鉄屑を使って直接的な攻撃を、クラリスは人間以上の投擲力を活かして明里に代わって煙玉を投げて撹乱する役目と直接攻撃の役目を同時に請け負った。

 クロムとリリアの下へ戻ったエステルは、先程まで戦っていた二人に代わって煙玉をそれぞれ捉えられないように動きながら投げつけていた。

 クロムはゴーレムの能力で砂煙を起こしつつ、狙いを定められないように赤と白の煙玉をぶつけ、リリアはクロムとは反対側に移動し、機動力を活かしながらクラリスを上回るパワーで豪速球の煙玉を命中させた。

 ついさっきまでの者とは煙が発生するペースも動きも挙動も違う相手に怯むドラゴンだったが、煙そのものは翼で払えば問題ないと理解し、何度も何度も羽ばたかせて風を起こし吹き飛ばす。しかし何度吹き飛ばしてもペースは落ちず、視界が晴れることはなかった。


「オ待タセ致シマシタ」


「エステル様、無理をしないでください!」


「遅いよ。何か、わかった?」


「ハイ、簡潔二説明シマス」


 エステルはクラリスから伝えられた情報を、二人に簡単に伝える。

 それを聞いた二人は、お互いに頷いて煙に巻かれたドラゴンに視線を移す。


「つまり、傷が、ある、ところが、効果的な、場所」


「クラリス様が必死に残してくれたメッセージ、私達は受け取りました」


「ソレデハ、反撃開始シマショウ」


 エステルは土袋と箱が置かれた場所の丁度中間、すぐにでも手元に補充可能な位置まで下がり、辛うじて動く両腕を無理矢理動かして煙玉を投げる。残る二人はドラゴン目掛けて一直線に走り出した。

 視界不良ではっきりと敵を視認できないドラゴンは、全て燃やし尽くす勢いで再び火炎放射の準備を始める。


「させない」


 最初に先制したのはクロムだった。クラリスが少しずつ付けていった、皮膚の下の肉が見える腹部の傷へ、鋭利に変化させた右腕を勢い良く突き刺す。それだけならばクラリスが行っていた攻撃と変わらず、剣よりも鋭さには欠ける為に軽い痛みを覚える程度。しかし、最初に斬った時と違い傷が拡がっているために、クロムは更なる二段構えの追撃が可能となっていた。

 突き刺したクロムの右手を傷の中で手の形に戻し、さらに硬質化させた上で五本の指先を鋭利に、そして全ての指に細かく棘を発生させ、思いっきり全力で傷の中で右手を滑らせ回転させた。

 今までと同じように取るに足らない掠り傷だと思っていたドラゴンは、ここで初めて腹部に強烈な痛みを感じ始める。これまでの雄叫びや鳴き声とはまた違う苦しみを帯びた叫び声を初めてドラゴンが上げた。


「よしっ」


「私も続きます!」


 次に飛び込んだのはリリアだった。胸部に作られた斬り傷を目標に、クラリスの物よりも大きく重い剣を姉を上回る出力で叩き込むように突き刺した。

 既に作られた傷に深くめり込んだリリアの剣は、ドラゴンの肉を大きく抉り、再び叫び声が上がる。

 声が止むと、傷口からは血が流れ、初めて傷から直接血を流させるという大きなダメージの証を残すことに成功した。

 以前遭遇した時は一度足りとも攻撃を寄せ付けず、目眩ましを受けて逃がしたという不愉快な屈辱はあったものの、圧倒的に一方的に排除した者達から不意討ちではなく直接はっきりとした痛みを感じる程にダメージを受けたというこの事実に、ドラゴンは我を忘れるほどに怒り狂った。

 眼に刺すような痛みは感じてはいたが、失明に到るような物でもない。翼を羽ばたかせて対処するまではその程度の物として自身を挑発しているとしか思えなかった直接のダメージに繋がらない煙も、今思えば、最初から付き合わず問答無用に叩き潰せばよかったのだという後悔と共に、ドラゴンは身体を大きく動かし咆哮を響かせた。

 これまでの中で最も響く咆哮に、明里とクロムは膝を屈めて耳を塞ぐ。残る三人は自動的に集音センサーの機能が遮断されたために、影響は少なかった。

 なりふり構わなくなったドラゴンは、右翼や腹部、胸部の響くような持続的な痛みを、絶叫により鼓舞することで無理矢理抑え込み、最も近い記憶の中にある最後に敵が居た場所めがけて炎を吐きながら腕を振り回した。パワー溢れる攻撃が直撃した瓦礫や車両は、ピンポン玉のように吹き飛んだ。


「ビックリした……もしかして、今完全に私達の事が頭から抜けてるのかな?」


 耳を塞いでいた手を解き、明里は本能と怒りのままに暴れるドラゴンを視界に映す。その様子は完全に自分達を忘れて荒れ狂っているように思えた。


「明里殿」


 明里へ呼びかけたクラリスの両手には、リュックサックから取り出された黄色の煙玉が乗っている。明里はその意図を読み取り、一度軽く頷いて黙って瓶爆弾をレールガンに装填する。


「明里殿、先程は前面しか見えていなかったので気づきませんでしたが、足の後ろ側は鱗が薄く見えます。どうしますか?」


 クラリスの言葉を聞いて、明里は視線をドラゴンの足元へ向ける。確かにその言う通り、ふくらはぎや大腿部の裏側に当たる部分、そこに覆われた鱗っぽく見えるものの色は、肌に近いように映った。

 当初は左翼を爆破し、確実に視界を遮るようにするつもりで装填していたが、もたらされた情報により、大きく思考を変える。


「クラリスさん、足元にその球をガンガン投げつけてください」


「了解した!」


 明里の指令通り、剣を一度仕舞って、ありったけの可燃性ガス入りの煙球を、人間離れしたパワーを活かして何度も投げつけた。

 その間に明里は、レールガンのバッテリーの残量表示を確認する。すると、残り僅かであと一発撃てるかどうかという状態となっていた。射撃メインで立ち回った結果と、初めての使用で残量まで意識が回らなかった事が重なった結果が、よりにもよって今現れてしまう。


「言われてたのに使いすぎちゃった……そうだ!」


 明里は、すぐ隣の廃車にはまだ使えるバッテリーがあるかもしれないと目をつける。直ぐ様リュックサックから解体道具を取りだし、衝撃により歪んだ車の一部を無視しながら探し出す。


「あった!」


 かつて遊びで車体を一度解体した経験からバッテリーを難なく取りだし、早速レールガンと接続する。残量表示が充電中に切り替わり、まだバッテリーが生きていることが確認できた。


「できれば沢山入っててね……!」


 暴れ狂うドラゴンの標的となっているクロム、リリア、エステルは、怒りによりパターンが分かりやすくなったドラゴンの攻撃を避けながら、傷を拡げるように攻めを続けていた。

 二人と同様に逃げながら、ピッチングマシンのように球を投げるエステルは、ドラゴンの足元に発生する煙が予定よりも濃くなっている事に気づく。

 足元にカメラアイをズームさせ、分析を始める。すると、その中に可燃性のガスが混じっていることに気づき、さらには後方で明里とクラリスが何らかの行動を起こしていることにも気がついた。


「行動外ノ現象ヲ確認。何ラカノ攻撃準備ト予測……加勢シマス」


 両腕で目眩ましに徹していたエステルは、手に持つ煙玉を黄色に統一し、左腕で顔面に、右腕で足元へ強く放り投げる。


「リリア、クロムサン、距離ヲ取ッテクダサイ」


 これから発生する事態を予測し、被害を最小限に抑えるために声のボリュームを上げて二人に警告を促す。


「わかった!」


「了解しましたエステル様!」


 ドラゴン相手に集中していた二人にもほの警告がしっかりと届き、言われた通りにドラゴンの大振りな攻撃が絶対に当たらないような余裕を持った距離まで、急いで下がる。

 それを見逃さなかったドラゴンは、その中で最初に視界に入り込んだクロムを鋭く睨み、一瞬で灰にするという意思の下で大きく首を仰け反らせる。


「まずい、かも……」


 射殺すような視線を感じ取り、死を覚悟したかのような寒気を覚えたクロムは、出来る限り最小限にダメージを抑えるために両腕を身体が隠れるほどに大きく厚い盾に変化させ、重ねて命中を避けるために、壁となる障害物に隠れつつ縦横無尽に走った。


「明里殿! 全て使い果たしました!」


「わかりました、行きますよ!」


 充電を終えた明里は息を整え、確実に足を狙うために精神を統一する。その隣でクラリスが目を瞑り、詠唱を唱えながら左腕を引っ込める。


「力よ迸れ……猛き熱炎よ!」


 左の手のひらのノズルを開放し、勢いを付けて左腕を突き出して火炎放射を繰り出す。魔力を全て使うつもりで放たれたクラリスの火炎放射は体内の燃料を全て使用し、これまでの中で最大の火力と勢いを持つ必殺の炎撃となった。

 ほぼ同時に、明里は視線の先にある標的への狙いと呼吸が重なったその瞬間に、引き金を引いた。

 射出された瓶爆弾は狙い通りにドラゴンの足元へ真っ直ぐ弾丸の様に突き進む。クラリスの火炎放射と同時に足元に着弾したそれは、充満した可燃性ガスと共に炎に包まれて大爆発を引き起こした。

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