第31話
周囲に爆音を響き渡らせた衝撃と爆風はドラゴンの比較的装甲が薄い部位の皮膚と肉を抉り、鱗諸共吹き飛ばす。
これまでに体験したこともないような激痛が、ドラゴンの足元から下半身を襲う。その痛みの影響により、怒りに任せて繰り出そうとした火球はクロムがいる方面を大きく反れ、何もない地面に着弾した。
しかしその爆風で飛び散った鉄片や細かな瓦礫が、クロムとリリアを襲う。なんとか二人は防御しようとしたが、防ぎきれない程小さい破片も存在し、致命的な損傷や怪我は免れたものの無数の切り傷を作った。
肉を抉られた事によりバランスを大きく崩したドラゴンは、飛び上がって体勢を保つことが出来ず、さらに立つことも困難という八方塞がりの状態となり、その巨体はとうとう翼を潰すように、悲鳴と共に轟音を立てて背中から倒れ始めた。
「こんなに威力すごかったんだ……」
「私もここまでとは……」
あくまでふらつかせる事が出来る程度の威力だと想定していた爆発の首謀者達である二人は、予想外に桁外れの威力を目撃し呆然としていた。
「……はっ、足を奪っただけではまだ致命傷にはならない……止めを刺さなければ!」
想定外の規模の爆発に、足を破壊しただけで絶命には到らない事を失念していたクラリス。再び剣を引き抜き、倒れたドラゴンの下へと走り出す。
「待ってくださいクラリスさ……ひぃっ!?」
クラリスを追いかけ走り出そうとした明里の隣に、ドラゴンの首が倒れ込む。地面に叩き付けられた瞬間に、周囲に風と砂煙が巻き起こり、なんとか倒はれないように明里は踏ん張った。
「あ、危なかった……もうすぐ潰されるところだった。」
真横に倒れたドラゴンを見た明里は、あまりのスケールの大きさに改めて呆然としていた。
止めを刺すために真っ直ぐ心臓があるはずの胸部へと走り出すクラリス。力が抜け項垂れた腕を足場に、何度もジャンプしながら目的の位置を視界に捉える。
クラリスが目指していたのは、最初に何度も傷を付けた胸の部分だった。全員の尽力によって、胸の傷はクラリス自身が付けた時よりも拡がり、おびただしい出血と共に抉れたように深くなっている。
これならば、おそらく刃で急所を貫けるかもしれない。
「これで最後……さらばだドラゴンよ! はぁっ!」
確実に肉体を貫いて心臓を突くために、クラリスは精一杯の出力で飛び上がる。剣を両手に持ち、地面に向けて突き立てて強く握る。そして、落下のスピードと自身の重さを剣に乗せて最後の一撃を放つ。
それとほぼ同時に、クラリスの正面から剣を持った何者かが同じ傷口めがけて同じように剣を突き立てて飛び込んできた。クラリスはその者の姿をよく知っている。
「姉様!?」
「クラリス様!? 私と同じ考えを……」
クラリスと同じくまだ殺しきれていない事に気付き、止めを刺しに来たリリア。その顔にはところどころ人工皮膚が破れている箇所が見え、内部機構が見え隠れしていた。
「共に止めを刺しましょう!」
「はい、クラリス様!」
同じ傷口を狙って、二体の女騎士が剣を握り降り注ぐ。
両者の剣は体重、速度、持ち主のパワーの全てを乗せてドラゴンの心臓を一直線に貫いた。
絶命に至る致命傷を受けたその瞬間、ドラゴンはこれまでの鳴き声の中でも最も弱々しい声を長く上げ、事切れたが如く倒れた。
「やった……私達は勝ったんだ……!」
「ありがとうございましたクラリス様。クラリス様の傷が無ければ勝つことは出来ませんでした……!」
全て終わり、解放されたのようになった後、リリアは両手を前に重ねて置いて深々と例をする。
「いえ、私こそ姉様がいなければ……」
互いに熱く抱擁し、死力を尽くして挑んだドラゴンとの戦いの終焉を祝福した。
「意外と、あたし達、でも、なんとか、ドラゴンに、勝てる、んだね……」
元いた世界でドラゴンの事を知っていたクロムは、最初は勝てるとは微塵も思っていなかった。しかし、今ここにいる仲間と共に戦うことで希望を見出だし、ドラゴンを倒す瞬間を自ら生み出せた事に感動していた。
「マスターヤ皆様ノ能力ノオカゲデス」
クロムの隣で立ち尽くすエステルは、あくまで勝因の分析をデータから機械的に行っていた。
その一貫で、静止したドラゴンを視覚的に分析していくと、エステルのデータ内に一つの結果が現れた。
「ドラゴン、未ダ生命活動ヲ継続中」
熾烈で長かった戦いも終わり、全身の力が抜けた明里は、途中から背負わず地面に放置したリュックサックを拾うために、これからの事を夢想しながら歩き始めていた。
「この後どうしようかな……エステルさんの手料理を皆で食べるのもいいけど、クラリスさんと話したりメンテしたりするのもいいなぁ。えっと、荷物はどこだっけ?」
放置したリュックサックがどこに置いていたかを忘れ、右手を水平にして額に当てながら探す。
その背後、心臓を突かれ瀕死状態になったドラゴンがゆっくりと眼を醒ました。眼を開いて一番最初に入り込んだのは、背中を向けて歩く明里の姿だった。
ドラゴンはこれまでの事を走馬灯のように思い出す。その中で、ドラゴンの内に、せめて目の前にいる人間だけでも焼き尽くしたいという感情が沸々と沸き出す。思い出してみると、最初に出会ったときに殺し切れず逃がすキッカケになった人間も、その屈辱を与えられた人間も、舐められたような戦法を取られたのも、その戦法から致命傷を負う事になったのも、全て目の前の人間が要因だった。
せめて身を焼かれ苦しむ姿を見て道連れにしたいと、最後の力を振り絞り、口を開いて火球を作り出す。
「あったあった、おーい! クラリスさ……」
自身の持ち物を見つけ、真っ先にずっと行動していた者の名前を手を振りながら振り向いて叫ぶ。
しかしその声は、視界に飛び込んできた光景によって自身の喉から途中で遮られた。
明里の目に入り込んだ光景は、ドラゴンが自分に向けた口を開き、今にも炎で燃やし尽くそうとしているという絶望的な状況だった。
明里の目から光が消え、一瞬で間欠泉のように吹き出た恐怖から、涙が浮かびあがる。
一瞬聞こえた明里の声を聞き逃さず、クラリスは声が聞こえた方向へ振り向いた。
「何でしょうか明里殿……!!」
一瞬の快活な声から一転して、クラリスが見たものは、今にも死が目の前に近づいていると言っても過言ではない絶望的な状況だった。
クラリスは目を見開き、両足のパワーを最大まで上げて明里の元へ走り出した。
「明里サン……」
「明里!」
「明里様!……?」
残った三人も、急いで明里の下へ走り出す。
リリアは剣を引き抜いて向かおうとしたが、その時、突き刺した剣の先に鉱物のような妙な感触を覚えた。
「これは……?」
今にも発射されそうな火球を前に、明里は動くことも出来ず反撃することも出来ず、ただ震えて恐怖し、生を諦める他無かった。
明里の脳裏には、生への渇望、両親との再会を望む願望、直後の死への悲観、逃れられない死への恐怖が渦巻く。
(私、死んじゃうんだ……この炎に焼かれて死ぬんだ……もっとみんなと一緒にいたかったな……クラリスさんやクランさん、皆と出会った事をお父さんやお母さんに教えて……やだ……嫌だよ……)
「明里殿ーーーー!!!!」
全てを諦めたその時、幻聴とも思えるようなはっきりとしたクラリスの声が近い位置から聞こえた。諦めたが故の現実逃避と思いながらも声の方向を向くと、幻覚ではない本物のクラリスが明里に向かって飛び込んできた。
「クラリスさ……」
勢いを保ったまま、クラリスは明里を伸ばした両腕で突き飛ばす。
突き飛ばした直後、ドラゴンの口からは死力を振り絞った火球が放たれた。
ゆっくりとスローのような感覚に陥る世界の中で、明里の目には必死の表情をしたクラリスの顔が焼き付く。
助けられたことを確認し安堵したのか、クラリスは表情を変えて嬉しそうな笑みを見せかける。
しかしその表情が完全に変化する前に、火球がクラリスに命中し爆発。明里の視界の中から自分を助けてくれた騎士の姿が消えた。
減速した時間は終わり、明里は地面に二回程転がって停止する。
「あ……あ……」
呆然とした明里はゆっくりと視界を動かしクラリスが吹っ飛んで行った方向を見る、
その先には、火球と爆発が直撃し、さらに地面を激突したダメージにより変わり果てたクラリスの姿が映った。
爆発により露出した人工皮膚のほとんどは吹き飛び、鎧を纏っていた部分には残っている箇所はあるものの無事だった人工皮膚は殆ど無く、溶けたか熱によって非常に柔らかくなっているかとなっていた。
本体の損傷も大きく、首は180曲がり、腰は折り畳まれたかのような状態で、四肢は関節が一つや二つ増えているかの如く折れ曲がり、左足と右腕は関節を無視した曲がり方をしているなど、元が人間のような容姿をしていたかすら怪しい姿に変わり果てた。
どうしても道連れにしたかった目標を殺すことが出来ずに恨みの唸り声を鳴らすドラゴン。動きを止めた目標に向けてもう一度火球を作り出そうとしたが、その目の前、右手に剣を持ち、左手に血塗れの水晶のような物質を持った女騎士が現れる。
「クラリス様をあんな目に合わせた貴方を、生かしておくわけにはいきません」
リリアは上向きに剣を持ち、ドラゴンの口内から脳天に貫くように剣を突き刺した。
この一撃が決定打となり、ドラゴンは恨みを晴らせぬまま絶命した。
「明里様! 明里様!」
トドメを差したリリアは、すぐに明里の側へと歩み寄り、身体を揺らして安否を確認する。全身の力が抜けたように反応を示さない明里は、ゆっくりと立ち上がってクラリスの下へと歩み寄る。
クラリスの周囲には、エステルとクロムが運び出そうと待機していた。しかし、高熱によりすぐに触れることはできず、ある程度冷えるまで待たなければならなくなっていた。
「クラリス……さん……」
弱々しい声で、かろうじて顔の半分に人工皮膚が残ったクラリスに問いかける。反応を返すのは絶望的かと思われたが、電子音でほとんど聞き取れないながらも、はっきりとクラリスの物とわかる声が聞こえた。
「aa#((*ア……カ=:#(@ri……ド=-@)+[no……」
「クラリスさん!?」
「bu……/@:;-,ジ……de……@))-=:%カ……t……」
挙動が狂っていながらも、微笑みかけるかのような頬の動きをほんの少しだけ見せて、クラリスの駆動音は止まった。
「クラリスさん……クラリスさん!!」
「明里サン、オソラクマダ間二合イマス。酷クダメージヲ受ケテイタカラカ、大幅二炎ノ威力ガ下ガッテイマス。充分二修理可能デス」
「それじゃ……また直るの……?」
「ハイ、ゴ安心クダサイ」
「……よかった…………」
明里は緊張や恐怖、悲しみ等の様々な感情から解放されたからか、心の底から安心したような声色の一言を呟くと、そのまま眠るように倒れた。
「大丈夫、寝てる、だけ、みたい」
「ソレデハ、ソロソロ移動シマショウ」
「明里様は私がお運びします。あの、本当にクラリス様は大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫デス、マスターカラノ見解デス」
リリアは明里を、エステルは両腕を損傷している分クロムと共同でクラリスを背負い、研究所への帰路についた。
五人が離れてから数分後、上空から観察していたベルアが歯軋りをしながら、非常に不愉快そうな表情で握り拳を作っていた。
「あのクソアマども……俺の実験道具をよくも潰してくれたな……! やっぱり邪魔しときゃよかったか……?」
苛立ちを隠せないベルアは地上に降り、息絶えて動かなくなったドラゴンの頭を思いっきり蹴って八つ当たりする。
「チッ、まあいい……俺の気分を害してくれたお礼に、てめえらを直接一人ずつゆっくりと痛ぶってやるからな……覚悟しときやがれ」
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