第29話
明里はレールガンを眼球に狙いをつけて構え、クラリスはどんな行動を起こされてもいいように両手で剣を握る。
右翼の側で待機しているエステルは、視界内に入っていたクロムとリリアの様子から異常を察知、右手の温度を急上昇させ発火の準備を整えた。
「発火準備完了、タイミング測定」
今いる尻尾付近の場所からでは、全体に起きている異常に気付くことはできなかったクロムは、警戒心を解かないままリリアの方へ振り向く。
残りの瓶を抱えたまま停止したリリアを見たクロムは、このままでは攻撃を喰らっても無防備で危険極まりないと判断し、早歩きでかつ音を立てないように近づいて身体を揺らす。
幸いクロムは裸足で行動しているため、他の皆に比べて大きな足音は鳴らずに済んだ。
「リリアさん、リリアさん!」
「…………はっ!?」
停止したポーズと表情から復帰したリリアは、一瞬身体を震わせる。その拍子に抱えていた瓶の一つが腕の中から溢れ落ちた。
落ちる瓶に反応したクロムは、反射的に身体を動かして左手を差し延べる。しかしその努力も虚しく、瓶は左手の横を滑り落ちて地面に激突し、大きな破裂音が空気を伝い周辺にに響き渡った。
破裂音が鳴り響いた刹那、その音は眠りについていたドラゴンの聴覚にも届き、唸り声と共に両目を大きく強く見開いた。
「来たっ!」
恐怖を具現化したような眼の中に明里とクラリスを捉えたドラゴンは、その二人を眠りを阻害した愚か者と認識し、火球を吐き出す準備を始める。
しかし起きるその前から準備を整えていた明里は、レールガンからドラゴンの眼に向けて直接赤い煙玉を射出し叩き込んだ。まだ扱ったことも無い武器だったために射撃の正確性には欠けていたが、的が大きいことも幸いし、ドラゴンの鼻の先に命中した。
勢い良く破裂した煙玉は赤い粉塵をと共に煙を撒き散らし、視界を遮ると同時に眼に直接強烈な刺激を与えた。
眼の中に粉塵が入り込み、水分と反応して眼球に刺激物がこびりつく。ドラゴンは跳ねるように首を上に動かし悲鳴を上げた。
「ドラゴンノ起床ヲ確認、起爆開始」
右手を熱し続けていたエステルは、翼を拡げて狙いがつけられなく前の先制として、悲鳴を合図にして直接右翼に文字通りの鉄拳を叩き込む。そして、即座に両足で背中を蹴り、その反動を利用して距離を大きく離した。
鉄拳の一撃によって瓶の中に詰まっていた火薬が引火、翼に張り付いた瓶は次々と爆発を起こし、翼膜を骨諸共破り吹き飛ばした。
ドラゴンは突然に走った強烈な痛みに、首と背中を大きく暴れさせた。
飛び散った瓶の破片は周囲に飛び散り、その一部が離れたエステルの頬や腕、太股を掠めて僅かに人工皮膚を裂いた。
「確実性向上ノタメ、再度攻撃ヲ行イマス」
翼膜が吹き飛び、翼支骨も歪んだ事を確認しながらも、確実に飛行を不可能にするために、ダメージを受け怯んでいるこの隙を狙ってエステルは右翼の根元へと一直線に勢い良く突っ込んで重い一撃を叩き込んだ。
根元に強烈なダメージを負った右翼は大きく歪み、翼としての機能は完全に奪われた。
さらなる尋常ではない痛みを背中に覚えたドラゴンは、今真っ先に潰すべき敵は背後にいると考え、上半身を起き上がらせて巨体を捻り見えない背後の相手へ、裏拳を叩き込もうとする。
「ドラゴンノ攻撃ヲ確認、回避……不可」
巨大な身体と右腕から繰り出される裏拳に、自分がいる場所、移動速度、予測攻撃範囲から推測して回避不能と判断したエステル。ダメージを最小限に抑えるために、両腕で盾を作り踏ん張る体勢を取って攻撃を受けた。
しかしドラゴンのパワーの前では踏ん張る事すら叶わず、ダイレクトに攻撃を受けた両腕は大きく変形し、凄まじい威力で歪んだ内部部品が皮膚を裂く。内部を露出させながら、エステルは大きく後方へ吹き飛んだ。
「両腕部損傷甚大、コノママ吹キ飛バサレルト重大ナ損壊ノ恐レガ……」
抵抗することも吹き飛びを軽減する術も無く、このまま破壊されることを想定し始めてその後の行動を計算し始めていたが、その後方、エステルが吹き飛ばされた方向の先で受け止める構えを取るクロムと、その後ろで支える姿勢のリリアが待ち構えていた。
フリーズから復帰して瓶を割ってしまったその時、二人は真っ先にエステルの元へ戻ろうとしていた。その矢先に、明里とエステルそれぞれによる攻撃が開始されていた。
そしてその攻撃によって仰け反ったドラゴンを見たクロムとリリアは、ドラゴンの警戒心が真っ先に直接ダメージを与えたエステルへと向く事を予測、そして、エステルの様子がよく見える位置へと移動し、そこで予め待機をしていたのだった。
「リリア、さん、来る!」
「はい、お任せください!」
クロムは全身を水分を含んだ粘土のように柔らかくし、クッションの役目を全面に引き受けた。対してリリアは、自身のパワーを活かして、受け止めた後にその吹っ飛んだ威力を受け止めて殺す役目を請け負った。
エステルは一直線に待ち構えるクロムの元へと飛び込んだが、エステル自身の重さと想像を絶する勢いが直接全身に伝わり、大きく全身を歪ませながら飛び散る泥と共に受け止めた。
しかしそれでも完全に勢いを殺せた訳では無い。三人は滑るように、後方へと砂煙を細かく上げながら押し込まれスライドする。
「勢いがっ……強すぎます……!」
「ぐううっ!」
クロムは両足を大きな爪のように変化させて無理矢理ブレーキを作り、リリアは出力を最大まで上げて勢いを殺しにかかる。それが功を奏し、段々と勢いは弱まり始め、後方の瓦礫や廃車に勢いを保ったままぶつかる事無く、被害を最小限に三人は停止した。
「被害予測ヲ大キク下回リマシタ、アリガトウゴザイマス」
「いえ、助け合いですよエステル様」
「うう、こんなに、身体、飛び散った、初めて……」
身体を元の白いワンピース姿に戻し、地面から飛び散った分の土を吸収するクロム。半泣きになりながらも、なんとか持ち直したようだ。
「こうしてはいられません、明里様とクラリス様が!」
大きく二人と距離が離れてしまった事を危惧し、リリアとエステルは急いでドラゴンの元へと走り出す。
「あっ、ちょっと、待って!」
遅れてクロムも少しバランスを崩しながら二人の後を追いかけた。
* * *
裏拳に確かな手応えを感じ、背後の敵を排除出来たと確信したドラゴンは、続けて先程から正面の視界に入り込む二体の敵へと目標を切り替え臨戦体勢に入る。
背中から感じる尋常ではない痛みから翼が機能せず飛び上がることは出来ないと本能的に理解し、二足歩行の体勢で迎撃を行おうとする。
しかしドラゴンの視界は再び赤い煙に包まれた。先程味わった眼の痛みが再びドラゴンを襲う。
直後、ドラゴンは腹部に何かに軽く刺されたような痛みを感じる。何者かが攻撃を行っているのかと一瞬考えるも、この程度の痛みならば取るに足らない物だと判断し、攻撃する目標を目障りな煙を撒く者のみに意識を集中させる事を決めた。
この時ドラゴンは、このような鬱陶しく不愉快な目に合わせてくれた敵を、全力で捻り潰してやろうと考えていた。
ドラゴンの正面にいる明里とクラリスは、後方の三人からの追撃の様子が見られないことから、今は心配よりも自分達の出来る事を優先しようと考える。
明里は時間を稼ぎつつ、クラリスはドラゴンの鱗が覆われていない部位を斬りつけて堅さの判断材料とした。
クラリスの剣には、ほんの僅かに血が付着している。
「明里殿、鱗に覆われていない部分はなんとか刃が届きそうです」
「わかりました、このまま怯み続けている間は出来る限り傷を拡げながら攻撃できる箇所を特定してください」
「了解した」
硬質な鱗に身を包み、自分達よりも何倍も強大な生物へ向けられた対抗策は、攻撃が通る部位、可能ならば四肢や頭部、心臓等の致命的な箇所に何度も怯ませている間に攻撃を集中させるという物だった。
クロム達が住んでいた世界で行われる作戦のような物量を持ち合わせておらず、尚且つ少数で挑むとなった場合には、ひたすら小さい攻撃を積み重ねる事しか出来ない。更には他の弱点への情報が無いとなると、まずは時間を稼ぎつつ攻撃可能な箇所を探る事が必要となった。
明里の持つレールガンを使用すれば瓦礫や鉄屑を射出し、特定箇所を狙うことは可能だが、今現在の明里とクラリス以外の三人の状態に不安が残る状況ではそうもいかない。さらに攻撃箇所をまだ探り終えていない現状では、必然的に直接攻撃を行うにはパワーとスピード不足で、且つ射撃で頭部を狙える明里が目眩まし役となった。
赤い煙玉と白い煙玉をそれぞれ使ってめくらましを行っている間に、クラリスは少しずつドラゴンの斬り傷を深くしていく。胴体の腹部や胸部、そこから繋がる首には刃が通り、鱗に覆われていない両足の前面や腕には刃が通らないことから、鱗さえなければ攻撃は一応でも通るいう認識は間違いないと確信した。
「これじゃジリ貧……」
「明里殿、攻撃の通る箇所がはっきりしました。私が煙玉を投げるので明里殿は……」
役目の交代を進言しようとしたその時、皮膚を劈くような強烈な雄叫びが周囲にこだまする。
眼に痛みが走る以外にダメージの少ない嫌がらせのような煙玉と、殆どダメージにもならないような斬り傷ばかりでひたすら時間が過ぎる事に痺れを切らし、怒気に満ち溢れた叫びを二人に向けて放った。
あまりに大きい音量に、思わず明里は両耳を塞ぐ。
「これは……隠れましょう明里殿!」
クラリスは明里の腕を引っ張り、ドラゴンの視界に入らないように廃車の影に隠れる。
雄叫びを上げたドラゴンの口からは、漏れ出す怒りを表すように炎の塵のような物が見え隠れする。
その後、残された左翼を動かし、身体を勢いよく右側へと捻り風を巻き起こす。明里がひたすらに煙玉をぶつけて山を覆う霧のように立ち込めていた煙は、翼の一振りで全て吹き飛ばされた。
「やっぱり、ちょっとでも隙が出来るとあっさりと突破されますね……」
「こればかりは仕方ありません……明里殿、先程言いかけて止まったのですが、ドラゴンは鱗に覆われてさえいない場所ならば攻撃が通ると見て間違い無さそうです」
「わかりました。それだったら他のみんなにも伝えないと……」
伝えるべき事を伝えたところで、もう一度ドラゴンの様子を確認する。すると、先程よりも口の中からさらに多くの炎が漏れ出していた。
自分達の姿は見えていないはずだったが、ドラゴンはそんなことはお構いなしと、なりふり構わず怒りに任せて火炎放射を行おうとしていた。
「……!? 明里殿! 逃げましょう!」
「えっ、はい!」
どうやって皆に伝えようかと考えていた明里は、鬼気迫るようなクラリスの声にハッと我に帰る。その後同じようにドラゴンの方を向くと、今にも業火が放たれんとばかりに首を大きく仰け反らせていた。
(せめてダメージを小さく……ちょっとでも距離を……!)
その場からダッシュして逃げようとしたその時、軽いリアクションのような鳴き声を上げて、ドラゴンが炎を吐く体勢を止める。それから尻尾を数回左右に強く振った後、手応えを感じられなかったのか、表情をさらに強ばらせて身体ごと後ろを向いた。
ドラゴンが受けた背後からの攻撃の正体は、クロムとリリアの二人だった。吹き飛ばされた先から戻ってきた二人は、まだ未使用だった残りの瓶爆弾を点火と共に一斉に投げつけ、爆発による衝撃で無理矢理振り向かせた。
「二人とも……無事だったんだな!」
「あれ、でもエステルさんは?」
「ワタシナラバココニイマス」
聞き覚えのある抑揚の無い機械的な喋りを聞き、二人はその声がする方向へと顔を向ける。
そこには、両腕が熱を加えられたかのように歪み、皮膚が裂けた両腕を垂らしながら立ち尽くすエステルの姿があった。
二人はその異様な姿に驚きを隠せず心配そうな顔に変わる。
「大丈夫ですかエステルさん!?」
「ハイ、両腕ノ損傷ハ大キク、通常時ヨリモ出力76%減。シカシ、稼働ニハ問題アリマセン」
「エステル……」
「ソレヨリモ、ドラゴンヘノ攻撃可能範囲ヲオ教エ下サイ。クロム様トリリアニハ私カラ通達シマス」
「……わかった、よく聞いてくれ。」
クラリスが学習した攻撃箇所を口頭から直接伝える。エステルは音声保存も同時に行い、確実に戦闘データを保存した。
「記録シマシタ。二人ヘオ伝エシマス」
エステルはドラゴンを避けるように大きく迂回しながら走り、二人の元へと戻って行った。
明里とクラリスは、全員が死なず完全に壊れずに戻ってきたことに希望を見出だして立ち上がる。
「……もしかしたら勝てるかもしれませんね、確証はまだ無いですけど」
「はい、私達も援護しましょう」
仲間が生きていたことで先程まで強ばった表情をしていた二人は、光明が見えたおかげか強気の顔を取り戻し、隠れていた廃車の後ろから飛び出して再び戦闘の体勢を取った。
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