第28話

 エステル以外数日ぶりに地上に足を付けた一同が見たものは、まるで人混みが形成されているかのようにモンスターで溢れかえる光景だった。パッとどこに視点を移動させても必ずと言っていい程モンスターが点在しており、まるでいつも通りの都心に未知なる外敵が突如湧き出し、阿鼻叫喚の混乱の渦に叩き込まれた崩壊前の東京を彷彿とさせた。

 五人はモンスター達に気づかれないように、付近に積み上がった瓦礫に身を潜めて様子を伺う。


「なんという数だ……」


「エステルさん、以前出ていった時もこんなにいたんですか?」


「ハイ。研究所周辺一帯ニハ無数ノモンスターガ出没シテイマシタ」


「どうしましょうか……私は正面突破でも構いませんが」


「あたしも、それ、以外、できないと、思う」


 クロムとリリアの二人が、モンスター群の正面突破を提案する。周辺に抜け道のような物は無く、建物間を飛び越えようにも、明里を背負った時には落下の危険性が伴うため、他の三人もそれが今現在の最善の選択であることを認めざるを得なかった。


「やっぱり正面から行くしかないのかな……」


「ご心配は無用です明里殿。私達の力ならばあの程度の者達は物の数ではありません」


 剣を引き抜き自信に溢れた表情で、クラリスは無数のモンスターを前に怖じ気付いた明里を勇気づける。同様にリリアも剣を抜き、クロムは右腕を斧へと変化させた。


「そうですね……よし、行きましょう!」


 クラリスの優しい一言で意を決した明里は、ネイルガンを取り出し他四人と同様に戦闘の準備を整えた。

 そして五人は立ち上がり、ドラゴンが待つ場所へとモンスター達を倒しながら走り出した。




「チッ……あのトカゲ野郎、あれからどこにも行こうとしやがらねえ。楽できると思ったのによ」


 明里達が行動を始めたのとほぼ同時刻、面倒くさそうに疲れた顔をしたベルアが、翼を広げて空を飛び回っていた。

 左手には水晶に包まれた奇妙な黒い物体が三個握られており、左手に力を入れる度に擦れる音が手元で鳴る。


「まだ自分でバラまくのもめんどくせーしなぁ。いっそのこと、そこらにいるオークどもに埋め込んじまうか……」


 面倒臭いという感情から溢れ出る倦怠感を乗せた調子の声で、自分が楽をする方法を思案するベルア。すると、ベルアが飛ぶ高空の遥か下の場所に、見覚えのある集団がモンスターを打ち倒しながら進む姿が目に入る。


「ん? あいつらは……いつか見た機械人形共か? まだ動いてやがったのか」


 その集団は、以前カリグとグルドロ達の居城を潰した奴らとして、記憶の片隅に置いてあった者達であると思い出す。しかし以前見た時よりも、何か様子が変わっている事に気がついた。


「機械人形がもう一体増えてやがる。それに人間のガキもどこか力みてーなのを感じるな」


 これまでの戦いで図らずも成長した明里の強さを、ベルアは動きと雰囲気、そして瞳の中で可視化されたオーラのような物で感じ取る。他の四人よりは間違いなく非力ではあるものの、その中では特に強い芯の力を持っているということにも気づいた。


「あのガキ、なかなか面倒臭そうな状態になってんな……あいつらどこに向かってんだ?」


 観察ばかりを行って進行方向にまで意識が向いていなかったベルアは、目下の集団が走っている方向から、予測した道程に視線を動かして大よその見当をつける。

 その先には無数の炭のオブジェと赤く染まった地面の上で羽根を休め、つの字になって眠っているドラゴンの姿があった。


「あの野郎共、ドラゴンを狙ってやがんのか。女に負けるようなタマじゃねえとは思いててが、しばらく様子を見てみるか」


 観察の対象と判断した明里達をもっとよく見るために高度を下げて空中で静止し、両腕を組んで胡座をかいて監視の体勢に入った。




 モンスターを斬り払い薙ぎ倒し、時には無駄な戦闘を避けるために、物陰に隠れながら進んで行く明里達。途中走って疲れたクロムと明里、二人の息を休めるために歩きつつ、出発前に渡されたレールガンや投擲武器の運用法を話し合う。

 それらを繰り返し少しずつ進むうちに、だんだんとドラゴンの身体が見え始めた。同時に距離を縮めていく度に、潰され叩きつけられて日にちが経った腐臭が漂い始め、ドラゴンの全身が見える頃には辺り一面に溢れるその強烈な腐臭が、とてつもない不快感を生み出した。

 普通の人間の感覚では耐えられそうにない臭いが、これまでの歩みによって蓄積された疲れで倍増し、明里に身体の奥から強烈な吐き気が現れた。

 どうしても臭いに耐えられず、明里はネイルガンを右手で持って左手で鼻をつまむ。


「うっ……うぇ……きもちわるい……」


「明里さん、これ、使って。土から、だけど、結構、遮断、できる」


 クロムが一旦元に戻した右手から差し出されたのは、砂と土と魔力が混ざった小さい玉だった。鼻の穴の大きさよりも断然小さく、パッと見ではすぐに溢れ落ちそうな程である。


「ありがとうクロムちゃん……ふぅ、楽になったかも。」


 鼻の中に入れると、その玉は肉壁にくっつき、吸い込む空気から不快な臭いを除去する効果をもたらした。気分はかなり楽になったが、鼻の中で感じる若干の妙な気分と違和感は拭えなかった。


(なんだろう、言葉で言いにくいけど変な気分……)


「対象ノ予測感知区域マデ接近シマシタ、停止シテクダサイ」


 エステルの声に、一同は足を止める。ドラゴンの姿がはっきりと見えてかつ、まだギリギリ気づかれないであろう一線を保ちながら、周囲の様子を伺う。

 血塗られた地表と炭に囲まれ、四足歩行の動物のような体勢で、稀に尻尾が波打つように動きながら眠るドラゴン。周囲には他のモンスターはおらず、積み上がった瓦礫や、おびただしい傷やへこみ、酷いものではフレームを剥き出しにした車両や自転車がいくつか目に入った。

 人工的に植えられた街路樹もぽつぽつと見られるが、相当な力でなぎ倒されているか燃え尽きているかとなっていた。


「まだ気づいてる様子はないよね……よし、それじゃ手筈通りに進めましょう。私とクラリスさんはドラゴンを見張りつつ、起きたら顔に目眩ましを投げつけて、後の三人は背後から翼を潰して飛ばないように」


「煙玉は、それぞれ、別の、場所に、置いて、行こう」


「よし、それでは参りましょう。姉様、二人を頼みます」


「はい、お任せくださいクラリス様」


 二人と三人の組み合わせに別れ、作戦通りに正面と右翼の側にそれぞれ移動を開始する。

 移動の最中に、クロムは煙玉入りの左手の土袋を身体から切り離し、ドラゴンから見えないように瓦礫の後ろに設置した。

 同じく煙玉と瓶爆弾入りの箱を持ったエステルも、土袋から多少離れた位置にある、黒焦げになった車両の影に隠れるように設置。両腕には瓶爆弾を抱えられるだけ抱えている。

 荷物から解放されスムーズに動けるようになったクロムは、リリアとエステルと共に慎重にかつ迅速に移動する。そして、ドラゴンの真横、現在は畳まれているがはっきりと巨大な物とわかる右翼が真正面に見える位置まで難なく辿り着いた。

 同じ頃、明里とクラリスの二人は、ドラゴンの頭を確実に狙える位置に移動するために、音を立てないように慎重にかつ早歩きで移動する。

 明里はリュックサックが周辺の障害物に引っ掛からないように気を付け、クラリスは着ている鎧から余計な金属音が鳴らないようしながら、お互いに注意深く行動した。


「まだ大丈夫そうですか?」


「ええ、ドラゴンはまだ起きている様子はありません」


 声のボリュームを下げ、ヒソヒソ声に近い大きさで、ドラゴンの様子を確認しつつ二人は意思疎通を行う。

 そして二人は、ドラゴンの正面から少し離れた、二人分程隠れられる大きさの車両に隠れた。


「大丈夫、うまくいく……絶対」


 今まで漫画やおとぎ話の中の存在と思っていた強大な生物を自分が討伐するという想像もしていなかったシチュエーションに、ぶつぶつと自分に失敗しないように言い聞かせる。しかし、言葉とは対称的に、だんだんと明里の息が上がり始める。

 それを察知したのか、何も言わずにクラリスが背中に手を優しく当てる。

 背中の感触に安心感を覚えた明里は、一度大きく息を吸って吐く。手持ちの装備をネイルガンからレールガンに入れ換え、赤い煙玉を装填した。

 今度こそ準備を整えた二人は、じっと目を瞑り眠るドラゴンの動向を注意深く観察する体勢に入った。




 ドラゴンの背後の三人は、着々と翼を破壊する準備を進めていた。


「現在ドラゴンノ挙動二変化ハアリマセン。未ダ就寝中デス」


「よし、それじゃ、始め、ましょう、リリア、さん」


「了解しましたクロム様」


 エステルが抱えていた瓶爆弾を全てリリアが両腕に抱え、クロムと共に右翼に至近距離まで近づく。

 二人から離れた位置から、エステルがドラゴンの状態の細かい監視を行い、常に警戒を行う。

 抱えた瓶爆弾の一つを右翼の出来る限り翼支骨に近い翼膜に優しく密着させ、その上からクロムが粘土のように柔くくなった右腕を重ねる。瓶爆弾に触れた右腕は瓶の曲線に合わせるかのように変形し、スライムのように軟らかく溶けて翼膜まで垂れ、小さいホットケーキ一枚分の液のように拡がったところで固まった。その後、固まった右腕を、枝を折るようにして離した。

 その後、手首から先が無くなったクロムの右腕は、少しずつ蠢きながら形を変えて再び右手を形成した。

 一個設置した後、二人はエステルがいる方向に振り向き、エステルがジェスチャーで大きな丸を作ったら再び瓶の設置を始める。この一連の作業を通して続け、ドラゴンの状態を警戒しながら、所持する半分の瓶を右翼に全てくっ付けるまで行われた。


「リリアさん、もし、爆破が、うまく、いかなかったら、リリア、さんが、付根、から、叩き、斬って、欲しい。出来そう、ですか?」


「…………」


 もしもの時の保険を頼むクロムの言葉に、考えるように黙り込み、起こすような刺激を与えない程度の力加減で右翼の骨に触れる。


「……おそらく、この硬さなら出来るかもしれません。なんとかうまく動く相手を捉えられたら……ですが」


「わかりました。ドラゴンが、斬りやすい、ような、体勢で、いてくれたら、いいのに 」


「ええ、でも寝てくれてるからこそこの作戦が行えるわけですから」


「うん、リスクは、減らすに、限る、よね。」


 軽い会話を交えつつ順調に瓶をくっ付け、所持している半分の瓶の接着が完了した。

 残り半分の瓶を左翼にくっ付けるために、二人は右翼の起爆を担当するエステルを残して、リリアを先頭に移動を開始する。

 左半身に移動しようと尻尾に触れて起こさないように迂回しようとしたその時、前に動かしたリリアの右足が地面に落ちていた小さい空き缶程の大きさの鋭利な鉄屑に命中し、勢い良くドラゴンの尻尾の裏側に運悪く命中してしまう。


「あっ……」


「…………」


 その鉄屑が二人の視界に入る頃には、既に命中して跳ね返って地面に着く頃だった。

 クロムは一気に青ざめて息を飲み、ドラゴンの様子を確認する。

 一方のリリアは、一瞬の足の感触と命中した事によるドラゴンへの影響、想定外の事態への思考が一気に行われた結果、フリーズを起こしてしまった。

 頭部を前に見張りをしていた明里とクラリスは、ドラゴンの瞼が一瞬ピクっと動いたのを見逃さなかった。


「クラリスさん!」


「ああ、来る!」

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