第27話

 クラリスとリリアが大破し、明里が初めてのクラリスの解体を行った次の日の朝、二人分のご飯茶碗と豚汁が置かれたテーブルで明里とクロムがお互いに向き合って朝食を口に運んでいる。黙々と食べる中で、お互いに何からまず話せばいいのかがわからないまま時間が過ぎる。

 その様子を一歩離れた場所からエステルが見守っていた。


「そういえば、昨日は話が途切れちゃったけど、他に何かドラゴンについて知ってることとかってある?」


 7割程食事を終えたところで、ふと昨日のことを思い出した明里が、中断されていた話題について切り出す。


「ドラゴン? うーん、あたしが、知ってる、話は、あれくらい、かなぁ」


「そっか……」


「ドラゴン、倒す、つもり、なの?」


 食事の手を止めて、上半身をテーブルに少しだけ乗り出して明里に問う。


「もし私達にでもなんとかなるなら、どうにかして倒したいと思ってるの。そりゃあそれだけの準備は出来るかはわからないけど……けど、このまま放っておいたままだと私達どうなっちゃうのかなって不安になって……」


 クロムと同様に食事の手を止め、隠しきれない不安さが滲み出るうつ向き加減とは正反対に、自分達からどうにかして強大なモンスターを倒したいという前向きな言葉が投げかけられる。


「ナチュラルに、私『達』、って、言ってる、けど、あたし、達も、巻き込む、気?」


「うっ、それは……その……」


 明里は、最初からみんなで戦う前提の言葉を出してしまっていることに気付き、だんだん小さくなりさらに首が下へと向く。

 深く考えずとも、あんな暴力を具現化したような生物を相手に自ら命を不意にするような真似はしたいとは思わない。誰だって苦痛の中で死なずに生きていたい。そんな思慮の浅さを、明里は心中で反省した。


「ふふっ、嘘。あたしも、このまま、怖い、思い、し続けたくない。だから、明里、さんに、協力、するよ」


「……うう、ありがとうクロムちゃん……」


 まるで追い詰めるかのような言動から一転、クロムは優しい言葉で快く明里の申し出を受け入れた。我が儘を言ってしまったと怯えるような表情だった明里の顔は、明るい物へと戻った。


「そうだぞ! モンスター退治のためなら私達も喜んで協力しようじゃないか!」


「クランさん……!」


 いつから聞いていたのか、開いた右手を前に突きだし、左手首を腰に当てて仁王立ちのようなポーズで、調整室からクランが現れた。

 これで、ドラゴン討伐に協力するメンバーは二人となった。


「ああエステル、ちょっとデータを送信するからあのチャラ男がいるコンビニまで向かってくれ」


「データ受信中…………受信完了。カシコマリマシタ」


 手元の端末からエステル向けて操作し、リストアップしたデータと共に命令を送信する。

 受信したエステルは、その場からダッシュして入り口に向かい、そのまま目まぐるしい速さで外へと去っていった。


「えっと、今のって孝太郎さんのことですよね? 何かあったんですか?」


「ああ、なんでもここ最近外がモンスターだらけで、外にも出られないらしくてな、そのせいで支給も受けられないんだそうだ。だからもし私達のとこに食糧が余っていれば、少し恵んでくれないかとさっき電話があったんだ」


「孝太郎さんとあれから交流あったんですね……」


「最初は明里くんに連絡したみたいだぞ? 一向に返ってこないから私に伝えたみたいだが」


「えっ?」


 クランの言葉にハッとした明里は、慌てて今着ている服装やPCを置いた机の周辺、リュックサックの中やソファーの周りなど、ありとあらゆる場所を探し回る。


「あれ? ない! 携帯がどこにもない!」


 研究所についてからごたごたが続き、当たり前ではあるが自分の所持品に対する細かい意識が吹き飛んでいた明里は、自分の携帯がいつの間にか紛失してしまっていることにようやく気がついた。

 どこでなくしてしまったのかを考えて、昨日の出来事を思い出せる範囲で細かく回想すると、一度ドラゴンの炎による衝撃波で吹き飛ばされたとき手放してしまってから、それっきりだということに気づいた。


「そういえばそうだった……ドラゴンがいたとこで落としたんでした。でもそしたらもう壊れちゃってるかも……」


「多分大丈夫だぞ? 電話までやって繋がりはしたものの一度も出なかったらしいからな」


「あっ、そっか……よかった。」


 大切なコミュニケーションツール兼データストレージ兼思い出が詰まった便利デバイスがもう戻ってこないのではと、落ち込み崩れかけていたところに入り込んできた吉報に、明里はすぐさま気力を持ち直す。


「そこにはクラリスとリリアの武器も落ちてあるだろうからな、エステルが戻ってくる時に一緒に持ってこさせるつもりだ」


「ありがとうございます。そういえば、お二人はもう直ったんですか?」


「実質オーバーホールではあったが、パーツ交換その他諸々と組み立ては完了したから、あとは人工皮膚を被せて起動するだけだな。まあその前に君達と是非とも話がしたかったんだが」


 二人が足を入れて座るテーブルに、同じように足を入れるクラン。その様子はまるで炬燵で団欒する家族、または歳の離れた似てない三姉妹のようにも見えた。


「ドラゴンについてですか?」


「そうとも。おそらく私は戦力にならないので行くのは控えるが、戦略くらいは一緒に考えよう。ドラゴンについて何か知っていることはないか?」


 クロムの目をじっと見つめ、ドラゴンの情報に対する興味を視線と表情から遠回しにぶつけていく。その視線は中々に強烈な物で、クロムからするとまるで金縛りにでも会いそうなな感覚と底知れぬ奇妙な感情を覚えた。


「うん、わかった、でも、期待、しないでね」


 言わないと呪いでも受けてしまうのではないかと思いそうになったクロムは、明里に話した物と同様のドラゴンの情報や言い伝えを話していく。

 一通り聞き終えたクランは、腕を組み目を瞑ってうんうんと頷くと共に、何かしらの思案を始めていた。そして動きを止めてゆっくりと口を開く。


「なるほど、準備をすれば倒せる程度ではあるということか」


「おそらくは……フラッシュバンが効いたのもあって、目眩ましになるような物をたくさんあれば、ちょっとはなんとかなるかなと思うんですが……」


「任せておけ。二人を直す作業のついでにそのための準備を済ませておいてやろう」


「ほ、本当ですか!?」


「障害は排除するに限る。それに、弱点があるならば突かない理由はないからな」


 これまでも何度もクランのことをとても頼りになると思っていた明里だったが、自分達では太刀打ちできない強大な敵に対して希望を見出ださせてくれた様に、さらにクランのことが輝いて見えた。


「あとはいつドラゴンへ攻勢を仕掛けるかだが……」


「さっき、調べて、みたら、ドラゴン、あの日、から、ずっと、ここ、一帯、飛び回ってる、らしい」


「そうなの? あれ、ということはさっき言ってたモンスターだらけなのってやっぱり……」


 ここに来て入り込んできた新情報。孝太郎から伝えられた、モンスターの頻出っぷり。ドラゴンに出会ったときの光景。ここ数日の軽く耳に入っていた話の内容が点と線で繋がるような感覚を覚えた。


「つまり、今ならいつでも攻めに行けるわけだな。わかった。用意はしておくから君達の準備が出来たら呼んでくれ」


 豪胆ともおおざっばとも言える言葉を残し、クランは調整室へと戻っていった。

 残された二人のにしばしの間静寂が生まれる。そしてしばらく見合った後で、ほぼ同時にテーブル越しに前のめりに顔を合わせる。


「とにかくこれで準備は出来そうだね」


「うん、あとは、その日を、待つ、だけ」


「それまで色々と出来る限りの準備をしておこっか。足を引っ張りたくないし」


「うん、そうしよう。その前に、ご飯、食べ、終わっちゃおうか」


 二人は体勢を戻して残った朝食を口の中へと入れ、飲み込んだ。

 その後エステルを含めた三人で、テーブルを囲って作戦会議を始める。クロムの能力がどこまで戦闘に使えるか、要であり重要な戦闘要員であるエステルの戦闘力は如何程の物か、明里はどこまでついていけるか、話し合いを重ねて互いの理解を深めてつつ、リアルタイムで更新される情報もこまめに取り入れ、可能な限り自分達に有利に戦えるように尽力した。




 その一日後、修理を終えて完全な状態でクラリスとリリアが戻ってきた。明里は自らの手で解体を行った分更なる愛情が湧き、調整室から現れたクラリスを見た瞬間にテーブルに座っていた状態から勢い良く立ち上がり走って抱きついた。


「おかえりなさいクラリスさぁん!!」


「うわっ! 明里殿、どうなされました……?」


「つい数日前だけど、心配したし戻ってくるのを待ってたんですよ!」


「……私が不甲斐ないばかりに、申し訳ない」


「うふふ、クラリス様は幸せ者ですね。心配してくださる方がいて」


「ね、姉様……茶化さないでください……」


 リリアの茶々入れに、クラリスは顔を赤くして視線を反らして下を向く。その向き直した視線の先から、目を潤せた明里の嬉しそうな表情が入り込み、さらに顔を赤くした。

 二人が戻り、それぞれの交流と作戦会議はさらに深まっていく。各人の戦闘の役割の決定まで踏み込んだ話し合いも可能になり、対ドラゴンへの準備に、さらに一歩踏み出した。

 そして、修理された二人が戻った日から三日後の朝、ネット上のドラゴンに関する情報を集めていたクロムと横から覗いていた明里は、ドラゴンは今自分達を襲撃し壊滅させた時と同じ場所で羽根を休めている事を知る。


「これ、もしかしたら、チャンス?」


「寝込みを襲うのは気が引けるけど、今ならいけるかも!」


 PCの前で盛り上がっている様子を見たクラリスが、リリアの腕を掴み引っ張りながら二人の目の前までやってくる。


「どうなされました明里殿?」


「はい、あのドラゴンが今、以前襲われた場所で寝てるみたいなんです」


「ということは、今が攻め込むチャンスだと」


「待ってました!」


 どこから聞き付けたのか、修理を終えた後も調整室に籠りきりだったクランが勢い良く飛び出してきた。クランの右手にはソフトボール程の大きさをした球体らしき物が握られている。


「対ドラゴン用の秘密兵器は既に用意できているぞ! 例えばこの球をどこかにぶつけると……」


 球体を握っている右手を大きく伸ばし、思いっきり床へと叩きつけた。

 すると球体は軽い爆発音と共に周囲に灰色の煙幕を焚き起こした。瞬く間に室内は煙に包まれ、明里とクロムは咳き込みながら視界を遮られてしまった。


「まあこんな風に煙幕を作って視界を遮れるわけだな。他にも種類があるぞ?」


「それはいいんですけど、早く煙を払ってくださ……げほっげほっ」


「ちょっと、煙、すごい……」


 煙を察知したエステルが、キッチンに用意された団扇を扇いで煙を室内の端へと追いやる。


「密室なのを考えてくださいよ!」


「すまなかった。まあ即席かつ少々稚拙ではあるが、この煙玉三種類と瓶爆弾を使えば君達の力ならドラゴンをどうにかできるだろう」


 クランの両手には、三色に分けられた球体が、足元にはたった今存在が伝えられた、ワイン瓶を再利用して作られたらしい瓶爆弾と呼ばれた物が置かれていた。

 いくら物資が限られているとはいえ、ドラゴンにこんなものが効くのかどうかという不安が大きく付き纏うが、クランの発明品に対して一々不満は言ってられない。


「三種類って、他にどんなのがあるんですか?」


「煙幕プラス可燃性ガスやカプサイシン盛り盛りの煙幕。赤黄白で分かりやすく分けてあるぞ。」


「あの、用意していただいた上で言うのは気が引けるんですけど、もっとこう……煙玉じゃなくてもっと使いやすい目眩ましってなかったんでしょうか……? その瓶にしても、なんというかあんまり威力がなさそうな……」


 話を聞いている中で、やっぱりどうしても不安が拭え切れなかった明里は、申し訳なさそうな表情と声色で直球の質問をぶつけていく。


「そうしたいのは山々だったんだが、丁度フラッシュバンが無くてな……代わりになりそうなのもなかったから上にある物から有り合わせで造ったんだ。だからもし心もとなかったらすまない。だがこっちの爆弾は、見た目によらず結構な威力があるはずだぞ。これは威力と携帯性を考えたのと、その条件をちょうど満たすのがこれだったというところだな。これは私が今造れそうなものの中で数と効果を最大限利用できる武器を考えた結果だ。それと、明里君に渡しておくものがある」


「渡すもの?」


 クランは開いたままの調整室のドアへと走り、その後間もなく、特徴的な射出口を持つ長身の銃らしき武器を持ってやってきた。


「私特製のレールガンだ。この中では一番投擲距離が心許ないと思ったからな」


「あ、ありがとうございます!」


 予想だにしなかった新しい武器のプレゼントに、思わず明里の顔が綻ぶ。

 明里に合わせて作られたその特製のレールガンは軽く扱いやすく、威力もちゃんと武器として保証されたパワーを持つものだった。個人で高度な技術力を持つ藤堂クランの成せる技とも言える。


「バッテリー式だから気を付けてくれ。頑張りなよ?」


 明里の肩を叩き、流れるように手を振って調整室へと戻っていく。それから間もなく、思い出したかのように大量の煙玉と瓶爆弾が入った箱を入り口の前に、台車と共に放置した。


「だ、大丈夫、かな?」


「うん、ちょっと不安もあるけど……みんなが付いてるから大丈夫だよ! ねっクラリスさん?」


「はい。今度こそ私達の力をあのドラゴンに思い知らせてやりましょう」


 隠しきれない不安は残るものの、みんなで力を合わせれば大丈夫と精神を鼓舞させて、不安を押し潰す。


「ようし、準備を整えて向かいましょう!」


 放置された箱を開け、煙玉と瓶爆弾を取り出して持ち運びを分担させる。

 クロムは左腕を巨大な風船のように変化させその中に大量の煙玉を入れて持ち運び、明里はリュックサックのスペースに六個の煙玉と三つの瓶爆弾を入れ、残った分はより小さい箱に移してエステルが運ぶこととなった。

 準備を整えた明里達は、全員で地上へと向かっていった。


「……それに、しても、ドラゴンの、情報、載せてる、人、いったい、何者、なんだろう……?」

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