第26話

 自分以外の全員が調整室へと向かい一人取り残されていたクロムは、ほんの少しだけ寂しさを感じつつも、それまでと変わらずテーブルの下でぐったりと、ソース味のスナックとレモン味の炭酸ジュースを口に含みながらのネットサーフィンを楽しんでいた。

 核の一部を取られた影響なのか、いつも以上にスナック菓子の袋と適当に選んだジュースの缶やペットボトルを用意するも、ハイペースで消費していき、度々上のフロアへ取りに行くということを繰り返していた。

 その結果、空になった菓子袋の中にさらに空になった菓子袋を入れて厚くなったゴミ袋と、きっちりの飲み干された空き缶や空きペットボトルが城塞のように、クロムの周囲に積み上がっていた。


「うえ、こんな、事件も、あるんだ。気味悪いなぁ」


 クロムは宣言通りに巷の都市伝説にたいて調べていると、未解決事件という項目に突き当たった。以前の同居人である友希の自宅でもネットサーフィン中にたまに見かけたこの事柄に関して、クロムは少々好奇心が擽られていた。

 根本的な不気味さも醸し出す未解決事件を、動画サイトの音声をイヤホンでBGMにしながら読み流ししていると、ふとその目に気になる文章が入る。


「うん? 正体、不明の、撲殺、事件?」


 その事件は、人気の少ない通りで若い男性が頭部や腕など数ヵ所を途轍も無い力で殴打されて殺されたという凄惨な通り魔事件だった。

 遺体の状態も酷く、人間の力で行われた物とは到底思えないという証言もあったらしい。


「これって……」


 その残酷極まる事件に対し、クロムの中に一筋の疑問が浮かび上がり、PCの画面に視線を集中させ始める。

 直後、調整室のドアが開く音が聞こえた。反射的にクロムは、ドアの方向へ驚いたように身体ごと振り向く。


「うぅ~んっと!」


 ドアから入ってきたのは、背伸びをしながらスッキリとしたような晴れ晴れしい顔の明里の姿だった。


「なんだ、明里、さんか」


 驚きすくみ上がるようなリアクションを取ったクロムに、明里は目が点になる。


「えっと……何かあったの?」


「え、いや……何も……」


「……とりあえずゴミ捨てようよ」


「えへへ」


 やれやれといった顔で、明里は何重にもなった菓子のゴミ袋を摘まんでゴミ箱に捨てていく。


「そういえば、何、やってたん、ですか? 結構、長いこと、調整室に、入ってた、けど」


「あれ、そんなに時間経ってたの?」


「うん、もう、夜の、9時」


「えっ、嘘!?」


 時間のことが完全に頭の中から抜けていた明里は、クロムの一言で部屋にある壁掛け時計の時間を確認する。クロムの言う通り、時間の針は既に午後の9時12分を指していた。


「そんなに経ってたんだ……」


「うん、全員、あそこに、行った、もんだから、久しぶりに、留守番、してる、気分、だった」


「あはは……ごめんねクロムちゃん。私ね、クラリスさんを解体してたの。ず~~っとここに来てからやりたかったこと!」


 ゴミを捨てるために再度クロムに近づいた時に、誰かに伝えたくて仕方なかった喜の感情いっぱいを、言葉に詰め込んで吐き出す。


「そうなんだ、よかったね、明里さん」


「うん! まだ全て出来たわけじゃないけど……それでも嬉しかった!」


 クロムの隣に座り込み、嬉しさのお裾分けと言わんばかりに肌を寄せる。明里の柔らかい感触がクロムの腕に直接触れる。

 身体ごと寄せた影響か、明里の視界ににクロムのノートPC画面が目に入る。


「あれ、何見てるの?」


「これ? 未解決、事件の、サイト。前に、友希、から、都市伝説、教えて、もらった、流れで、色々、見てたら、興味が、湧いた」


「へぇ……そういうのがあるんだね」


「明里、さんも、見てみる?」


 ちょっとでも興味ありげ雰囲気を感じ取ったクロムは、すかさず布教するようにPC画面を明里に合わせて、眩しい表情で引き込もうとする。


「うーん、今はやめとこうかな。こういうのって、背筋寒くなりそうだし」


「うっ、すごく、わかる……あたしも、さっき、そうだった。なら、しょうがない、よね」


「ごめんねクロムちゃん、また今度ね」


 残された最後のゴミを拾い、分別してゴミ箱に放り込んだ後で、明里は浴室へ繋がる扉へと向かう。


「そういえばクロムちゃんはもう風呂入った?」


「えっ、うん、入ったよ」


「そっか、それじゃ入ってくるね」


 もしまだ風呂に入っていない場合は先に譲ろうと考えていた明里だったが、既に住ませていたと聞くと安心し、そのまま浴室へと向かった。


「……もう、遅いし、あとは、明日で、いいかな、寝よっと」




 身体を洗い洗髪や洗顔まで済ませた明里は、前が見えなくなる程の湯気に包まれた浴槽へと入って行く。まるで数日ぶりに味わったかのような心地よさに、身体が蕩けるような感覚を味わいながら肩まで風呂に浸かり真っ白な天井を見上げる。


「うぁぁ……今日は色々あった分風呂が染みるなぁ……」


 溜めに溜め込んだ疲れを息に込めて吐き、今日あったいくつもの出来事を上る湯気に乗せて巡らせていく。


「今日は本当に色んなことがあったなぁ。物凄く楽しいこともあったけど、怖いこともあったし…………怖いことの方が多かったかな」


 クラリスの解体の前に全力を振り絞った必死の逃走、そしてドラゴンとの死力を尽くしても全く敵わなかった戦いを思い出しながら、口の位置を水面の下まで下げてぶくぶくと細かい泡を作る。


(確かあの時、数えきれないくらいのモンスターもいたっけ……ドラゴンもまだ生きてるだろうし、私達どうなっちゃうんだろ……)


 これからの自分達の未来に陰りが見え始め、不安が強くなると共に口から出る泡のペースが早くなっていく。そして吐き出しすぎて息苦しくなったのか、口を水面から出して一度深く息を吸った。


「ぷはぁっ! はぁ……危なかった。……今そんなこと考えてもしょうがないよね。それにクラリスさんやリリアさん達もいるし、なんとかなる! うん!」


 思わぬ息切れからマイナス思考が途切れてスッキリしたのか、思考をプラスの方向へとなんとか向き直して、絶対になんとかなるとという空元気に近い希望を甦らせる。


「よーし、明日からも頑張るぞー!」


 真っ白な天井に右の拳を突き上げ、勢いで上に飛び散る水滴と共にポジティブに心を動かした。すぐそばで戦っていた二人の女騎士が無惨に敗れた事にも悲観することなく、一人の少女は前を向いてまた一歩進む。

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