第23話

 クロム達のやり取りが行われてから20分程経った頃、明里達はモンスター達とも未だ遭遇しないままアスファルトの道を歩き続けていた。


「明里様はクラリス様と共に行動をしているとお聞きしましたが、クラリス様が何か至らなかったりなどはございませんでしたか?」


「ねっ、姉様! 何を言っているのですか!」


 リリアからの質問を横から聞き、クラリスは慌てながら顔を赤くする。

 そんなクラリスを見て小さく楽しそうに微笑み、それなら明里は口を開く。


「いえ、むしろいつも至らないのは私の方で……本人がいる時にこんなことを言うのは恥ずかしいんですけど、いつもクラリスさんに助けられて感謝しています」


 質問に対して明里は、ストレートに感謝の気持ちを込めた返答をする。

 その直球っぷりにクラリスはさらに顔を赤くして二人がいない方向へと顔を向けた。


「あらあらクラリス様、照れなくてもよろしいじゃないですか」


「くっ……」


 褒め殺しのような感覚をぐさぐさと体感していたその時、三人の前方に何やら怪しげな影を視認する。

 これまでの経験からすると、このまま進めばモンスターと遭遇すると思われた。しかし今回は、これまでの中で影の数が特段多く見受けられる。


「っ! 姉様、剣を構えてください」


「あら、良いところだったのに……わかりました」


 二人は揃って腰の剣に手を当て、いつでも戦闘に入れるようにと臨戦態勢を整える。

 明里も同様にリュックサックからネイルガンを取りだし、二人の後方から援護を行うために気持ちを入れ換えて構えを取る。

 前方を警戒しつつゆっくりと擦り足気味に進んで行くと、何度も見たことのあるオークやゴブリンの群れが向かってきていることが確認出来た。しかしその数は、パッと確認できるだけでも30体以上は確認できる。


「こんな数のモンスターが……!」


「数で圧される可能性も無くはない……行きますよ姉様」


「はい!」


 二人は鞘から剣を引き抜き、モンスターをしっかりと視界に捉える。リリアの手によって抜かれ、初めてその姿を見せたリリアの剣は、見た目クラリスの物よりも大きめで重量もあるであろうという西洋剣だった。

 モンスター達も三人の姿を視界に捉え、目をギラつかせながら一斉に走り出した。

 強く握った剣と共に、姉妹それぞれ違う構えを取って距離とこちらに来るまでの時間を想定する。


「行くぞ!」


 二人は正面からモンスターの群れへと突撃する。その後ろから、援護を行うために明里もある程度距離を取ってついてくる。

 クラリスはその剣でモンスター達を一体ずつ斬り払い、確実に腕や首を吹き飛ばして仕留めていった。モンスターからの攻撃もしっかりと剣や身のこなしで捌き防御し、無傷のまま圧倒していく。

 リリアは一振りの重い一撃でモンスター達をまとめて薙ぎ払う。攻撃回数はクラリスよりも少ないものの、一回一回浴びせられる攻撃は致命的なものであり、あるオークは武器を身体ごと両断、あるゴブリンは上半身と下半身が離ればなれになりながらも大きく遠くへ吹き飛ばされた。

 その後ろから明里は、二人に攻撃が届きそうなモンスターに対してネイルガンで牽制し、ダメージを与えるラッキーパンチを狙いつつも意識を反らさせて攻撃の隙を増やす。明里に意識が向いたモンスターは、残りの二人に対して無防備となりあっさりと身を断たれた。

 三人の攻勢はモンスター達を圧倒し、あっという間に数十はいたであろう群れは壊滅した。


「クラリス様、また腕を上げましたね」


「姉様こそ、お見事でした」


「ふう、やりましたねお二人とも! クラリスさんだけじゃなくリリアさんもいればもう怖いもの無しですよ!」


「うふふ、ありがとうございます」


 圧倒的な結果と、自分もちゃんと戦闘に貢献できた事に嬉しくなりはしゃぐ明里。

 しかしそれから間もなく、三人はモンスター達が向かってきていた方向から叫び声のような物を聞く。その声は、以前どこかで聞いた覚えのあるようなものだった。


「この声ってもしかして……」


 嫌な予感と共に視線を向けると、新たなモンスターの群れがやって来ていた。


「懲りずに何度も……」


「私達の敵ではありません」


 剣を構え直す二人と同じくネイルガンの準備をし直す明里。

 遠巻きには先程よりも敵の数が増えているようにも見えるが、問題にするまでもなく、三人は先程と同じ戦法で対処を行った。

 モンスター達は三人の力に為す術なく、その前に倒された群れと同じように全滅する寸前まで追い詰められる。

 その時、再び三人は先程と同じ叫び声を聞く。しかし今度のそれは叫び声というよりも咆哮に近いものであり、さらに声は地上からではなく空から耳に届くようなものだった。

 空から降り注ぐ謎の咆哮に三人は一瞬だけ動きを止めたが、正面のオークやゴブリンの攻撃に意識を向き直し、しっかりと適切に対応した。

 モンスター達と直接戦っている二人とは違い、ある程度距離を取った援護の立場にいる明里は、正体不明の空からの咆哮の元を突き止め目視するために360度その場でゆっくりと注視しながら回り、神経を尖らせ周囲を警戒する。


「この声、さっきみたいなあいつらの声とは違う……まさか!」


 明里の脳裏に一つの最悪の可能性が浮かび上がる。

 その脳内の可能性に対して大正解だと言わんばかりに、その時丁度後ろを向いていた明里の背中に強い風が砂埃と共に襲いかかる。

 吹き飛ばされないように膝を曲げて踏ん張りつつ後ろに振り向く。

 残り少ないモンスター達の遥か後方、ネットの写真画像でしか確認したことがない姿の化物が、直接明里達の視界に侵略した。

 自分が出会ったトロールよりもさらに巨大な図体、大きく広げられた背中から生える巨大な双翼、翡翠色の鱗、類似していると言われる現存している爬虫類の類いを遥かに超越した容姿。目の前に飛び込んできた生物は、まさに伝説上の生物のドラゴンその物だった。


「嘘……でしょ……」


 眼前に顕現したその圧倒的な身姿を前に、明里はただ呆然と光を失った眼で立ち尽くすしかなかった。


「ドラゴンが、こんな時に……!」


「これは……相当な危機ですね…」


 クラリスは残ったオークと戦いながらも、視線はドラゴンに反らして挙動を伺いつつ警戒を行い、リリアは周囲のモンスターへ大振りな斬り払いで掃討しながらクラリスと同様に視線をドラゴンに向けている。

 ドラゴンは羽根を畳み、ゆっくりと地上に降り立つ。そしてそれまでのモンスターの群れと同様に三人の方へと歩き出した。


「来るぞ!」


 最後の一体となったオークの心臓を剣で貫き、そして即座に引き抜いてその瀕死体をドラゴンの方向へと蹴り飛ばす。

 モンスター達を全滅させた二人はそのままドラゴンに対して剣を構える。

 蹴り飛ばされたオークはドラゴンの目の前で倒れ、そのままドラゴンによって捕食された。

 放心状態になっていた明里はようやく我に返り、僅かに発生したこの隙に自分に出来る最低限の事を脳内で捻り出す。非力な自分に出来ることは、クランへと報告をすることだと考え、震える手でクランに連絡を試みた。


「うーん、核の欠片をちょっと取っただけでここまで取り乱すとは」


「うう、マッド、サイエンティスト……」


 その頃、クロムを実験のサンプル材料として取り扱おうとしていたクランは、核の一部を取ったことによる取り乱しように疲弊し、しばしの休憩を取っていた。

 四肢の拘束が既に解かれていたクロムは、身体を捩らせて涙目で震えている。


「そう言われるのは久しぶりだなぁ……さて、そろそろ続きを」


「マスター、明里サンカラオ電話デス」


「ん、わかった」


 エステルが持ち運んできた携帯電話を手に取り、右腕をクロムが乗った台に乗せて肘を付き、力を抜いて電話に出る。


「あーもしもし明里くん? すまないが今は大切な……」


「クランさん大変です! ド……ドラゴンが……ドラゴンが私達の目の前に!」


「なんだと?」


「このままじゃクラリスさんもリリアさんも……きゃっ!?」


「明里くん!」


 何かがぶつかるような災害の如き激しい音が電話越しに聞こえ、そのまま明里からの声は途切れた。


「エステル、至急明里君達の元へ向かってくれ。絶対に戦わず連れ帰ることだ」


「カシコマリマシタマスター」


 エステルが全速力で研究所を出ていった。


「今の、明里さん……?」


「ああ、ドラゴンに遭遇したらしい」


「……! あたしも、行く!」


「……ダメだ。さっき核の欠片を取られてガクガク震えていたのを忘れたか? そんな状態で立ち向かうとなると、共倒れになるかもしれんぞ」


「大丈夫! ……多分」


 核の欠片を取ったことを要因に未だ小さく震える手足をよそに、空元気とも見て取れる強気の表情と心構えでクランに訴える。


「無理無理。多分の時点で駄目だ。今は大人しく私の実験と……この後の準備にに付き合ってくれ」


「どうして! エステル、一人、じゃ、ドラゴンは……」


「何も今倒す必要はない。倒すならば戦力を整えてからでいいんだ。エステルを送り込んだのはそもそも逃がすためだからな。それに」


「……それに?」


「私が初めて作ったアンドロイドであるエステルを舐めてもらっては困る」


 自信と信頼に溢れたニヒルな微笑みをクロムに向けた。

 その微笑みにクロムは、以前の世界で聞いたドラゴンの話を思い出し、不安が拭いきれなかった。


* * *


 二人の女騎士が明里を守るように前に出て剣を構え、その後方でクランへ助力を求めているその途中、ドラゴンが明里の方へ大口を開く。その奥からは、ちりちりと火の粉が舞っては収束しているような様子が見られた。

 言い知れぬ恐怖を脊髄から全身へと感じ、一瞬で青ざめた明里はその斜線上から慌ててダッシュで退避する。

 それから間もなく、三人を軽々と超える背丈から放たれた火球は、一直線に二人の頭上をを無視して明里へと飛んでいく。

 なんとか命中は避けられたものの、着弾した爆風が二人に、そして明里を襲う。その衝撃によって体勢を崩し転がった明里は、携帯を手離してしまう。


「明里様!」


「明里殿! くっ……怪物め!」


 クラリスとリリアは、一度火を吐き出したからか、三人の存在を気にすることなくつまみのような感覚で足元のモンスターの死体を貪っているドラゴンに、正面から立ち向かった。

 その二人を小煩い虫のように捉えたドラゴンは、左腕を伸ばしてリリアを捕獲する。


「きゃっ! しまった……離して! ください!」


 捕まれたリリアはなんとか抵抗しようと、その腕に剣を突き立て何度も刃を通そうとするが、硬い鱗に覆われた肌には通らずことごとく弾かれてしまう。

 抵抗をするリリアに対し蚊に刺された後の痒みのような不愉快さを覚えたドラゴンは、掴んだ左手の力を徐々に強めてリリアを握り潰そうとする。

 リリアの身体から人間の身体から発せられるような骨折音ではなく、金属がひしゃげるような鈍い音が鳴り響く。


「あっ……あああぁぁぁ!!?? 内部フレーム破損、右腕部ユニット破損、左腕部ユニット破損、危険です。至急メンテナンスを……」


 一瞬苦しみの表情を見せたリリアは、その後表情が消えて淡々とシステムメッセージによる警告を喋り出す。

 徐々に力を強めるドラゴンの左手の中のリリアは、人の形をした機械になり果てようとしていた。


「姉様! 貴様ぁぁぁ!!」


 姉を助けるためにクラリスは飛び上がって左腕を叩き斬ろうとする。

 しかし飛び上がる高度そのものは足りていたものの、その間大きな隙を曝してしまっていたクラリスは残った右腕で叩き落とされてしまう。

 クラリスはドラゴンの腕力と地面に叩きつけられた衝撃によって、左腕が関節の稼働域を超えて大きく後ろに捻じ曲がり、内部回路に異常をきたす。


「左腕部破損、左腕部からの信号が確認できませせせsssss…………くっ、まだまだ!」


 無表情のシステムメッセージを口にしながら立ち上がるも、等間隔で痙攣を起こしてなんとかバランスを保っているような状態となる。

 再び攻めようとした踏み出したクラリスに、追い撃ちをかけるかのごとくドラゴンの口から巨大な火球が容赦無く襲いかかる。

 火球を避けるために、大きくステップで後方に退避し対応しようとしたが、地面に着弾した際に爆発が発生し、その爆炎を浴びると同時に爆風によって明里が立ち尽くす場所よりもさらに後方に吹き飛ばされて地面をスライドし、停止した。


「クラリスさん!」


 明里は吹き飛ばされたクラリスの元へ駆け寄るが、そこで目にしたのは顔の右半分の人工皮膚が吹き飛び、直接高熱を浴びたことによって溶け出した鎧から覗かせる無数の焦げ跡の穴が出来たTシャツ、そしてその下からぽつぽつと細かく小さな点を作り溶けた人工皮膚とその下の内部フレーム。右腕は鎧ごと溶けて内部構造が剥き出しになり、ガクガクと震えながら何かを掴むような動作をしていた。


「きき筐体温度がgが異常に上昇してしてしてsています。冷却を行い行いれiきゃkkををを……」


 クラリスの全身から蒸気が吹き出し、全身の緊急冷却を行う。

 反応を確かめるために、明里は爆風の影響が少ない身体の部位からクラリスの身体を揺らすが、糸の切れた人形のように全く反応が無い。

 クラリスばかりに意識が向いていた明里は、捉えられたままのリリアの事を思い出してドラゴンの方に首を向ける。

 ドラゴンの左手の中に依然として掴まれたままのリリアは、先程よりもさらに圧迫されて首から下、太股から上の身体は大きく歪んでいる様子が見てとれた。


「内nnnn部かkkkカカ回路が破損してしてててssssいますすすssss……」


「ああ……」


 絶体絶命の状況に置かれた明里は、極限の状態の中でどうすればいいのかを考える。

 今までならば怯えて頭の中が真っ白になり殺されるのを待つばかりだった明里だが。今は内心相当な恐怖に襲われつつも、この場をどうすればいいのかという思考を行うことが出来るまでには馴れを身に着けていた。


(私の力じゃ到底敵わない……ダメージだって与えることすらできない。だったら逃げるしかない。でも、どうやって逃げるの? リリアさんを見棄てれば大丈夫かもしれないけど、そんなことできるわけない!)


 何度も何度も短い時間に脳内でトライアンドエラーを繰り返し、なんとか全員が助かる方法を捻り出そうとするが、どうしても容赦無くゴミのように殺される未来しか見えない。

 出口の無い迷路に迷い込んだような極限状態の中、明里は以前クランからプレゼントされたはずの護身道具の一つを思い出す。


「そうだ……あれを使えばなんとかなるかも」


 リュックサックを地面に降ろし、その中を漁って脳内にたどり着いた一つの回答を探し出す。

 その手はとても必死で、手慣れた作業でも命に関わる焦りが強く溢れていた。


「あった! これを使えば……」


 明里がその手に握り締めてリュックサックの中から取り出したのは、フラッシュバンだった。以前クランからプレゼントされた護身道具の中に入っていたが、結局使うことがなかった物である。しかしここにきて唯一の活路として使うときが来た。


「でもどうしよう、私の腕じゃ絶対に届きっこない……」


 自分の力は自分がよくわかっている。深く考えるまでもなく、明里自身の投擲距離とドラゴンとの距離を見るとドラゴンのもとまで届かないであろうということは明白だった。

 長距離に発射する道具も無く、下手に近づけば一瞬で燃やし尽くされるだろうという活路が見えない想定が、再び明里の中でぐるぐると堂々巡りしていた。


「わワwaたしたsiいiエクラりス様と戦イ至急めんテナんスを要請いいiiii内部かいロがどウシたのでssssかご主じンさまママ……」


 考えている間にもリリアはドラゴンの左手の中で破損が進んでいく。

 表情は無くなり、ドラゴンの手の中からぽろぽろとリリアの小さな部品群がスナック菓子の欠片のように落ちてくる。動かない口から、システムメッセージと擬似人格から発せられる言葉が入り混じった電子音混じりの声が発せられていた。


「リリアさん! ……今は考えてる暇はない。こうなったら……一か八か……!」


 その姿に恐怖よりも助けたいという意志が一瞬勝った明里は、意を決しフラッシュバンを強く右手で握り、右足を一歩前に出し、上半身を軽く前に出して走り出す準備を整える。

 明里の顔は、一瞬の情動からの勢いに乗せたものではあるが、これまでとは違う絶対になんとかしてみせるという意志が表に出たような、凛々しい顔つきとなっていた。

 為す術無く殺されるかもしれないという恐怖を圧し殺し、深呼吸で精神を落ち着かせる。そして目を閉じて、右足で地面に力を入れる。


「よし……せーのっ!」


 自身の合図と共にドラゴンめがけて一直線に走り出す。

 両目を左手の中にいるリリアに向けていたドラゴンは、正面から向かってくる小さな人間が視界に入ってきたことで、視線を明里へと反らす。

 向かってくる虫けらを焼き付くそうとドラゴンは、炎の息の準備を始め、勢い良く炎を吐き出すために首を空へと動かす。

 走っている間にもしっかりドラゴンから視線を反らしていなかった明里は、ドラゴンの口から炎が僅かに漏れ出たことを確認してフラッシュバンのピンを引き抜き、右手に強く握って投擲の準備を始める。


「今だ!! うおりゃあああああぁぁぁぁぁ!!!」


今までの人生で出したこともないような足の先から捻り出したような叫び声を右手に込め、ドラゴンの頭めがけてフラッシュバンを投げつける。そして、即座にその場に屈んで目と耳を塞ぐ。

 準備を終えたドラゴンは、空に向けた首を勢い良く戻し、炎を吐こうとした。

 その時、フラッシュバンがドラゴンの顎よりも僅か下で炸裂した。投げる強さが足りなかった分ドラゴンの目の前で炸裂させることは出来なかったが、それによる爆音と強烈な閃光を浴びせるには充分な高さであり、さらに炎を吐くタイミングと丁度重なって頭を下に向けていたことにより、明里の想定よりも強く視界を奪うことに成功した。

 視界を塗り潰した閃光と聴覚に強い刺激を与えた爆音に堪えきれず、ドラゴンは左手に掴んでいたリリアを地面に放り投げて両手で眼を覆う。

 投げられたリリアは地面に叩きつけられ、明里の目の前まで転がってくる。


「リリアさん!」


「わタシ正常二かドうしte内部回路ガ破損シテしてしてしteししssssうふふごしュジんsママいイエくラりす様イ常はっsssss……」


 目の前のリリアは、鎧と両腕を巻き込んで大きくひしゃげた胴体と、内部の制御回路が狂い不規則に痙攣を起こす身体、ノイズ混じりで擬似人格とシステムメッセージが入り混じった音声が発せられるポカンと開いた動かない口と、誰がどう見ても非常に危険なスクラップ寸前の状態となっていた。


「このままじゃ本当に危ない……どうにかして運ばなきゃ」


 自分の力では持ち上げることすら出来ないと判断した明里は、周囲を何度も見渡して運搬に使える何かが無いかと希望的観測で探していくが、それらしいものは一つたりとも無かった。

 さらに明里の視界に最悪のタイミングで否定すべき現実が押し寄せる。

ドラゴンの後方に新たなモンスターの群れらしき姿が見えたのだ。それもドラゴンがやってくる前よりもさらに数が増えていることがパッと見でも確認できた。


「そんな……こうなったら……!」


 明里は諦めてリリアの腕を掴み、少しずつ引き摺ってクラリスが倒れている場所までなんとか移動しようとする。

 ずるずると重々しい音がリリアの身体の下から鳴る。その重さ故にどうしても牛歩のような移動になってしまっている。

 その間にも、既にドラゴンはフラッシュバンによるショック状態から回復し、両目を開いてしまっていた。思わぬ攻撃を喰らってしまったことでドラゴンのプライドを刺激し、怒りを存分に込めた咆哮を上げる。


「嘘……もう動けるの……?」


 背後から本能に刻まれるような威圧感を含んだ咆哮が響き渡る。心の奥底から噴き上がる危機感から、なんとか少しでも戻ろうと急いで全力を振り絞ってリリアを引きずる。

 しかしそれでも雀の涙程度しか速度は変わらない。押し寄せる恐怖感に耐えきれず振り向くと、ドラゴンが再び火炎放射の準備を整え、今にも吐き出されんとしていた


「もうダメ……やられる……!」



 もう打つ手無しと諦め、涙ながら正面を向き直し、少しでも恐怖を抑えようと目を強く瞑って身体を屈めた。その時、フラッシュバンが炸裂した時と同じ爆音が、背後から聞こえてくる。

  同時にドラゴンの叫び声が再びこだました。


「あ、あれ……炎が来ない?」


 戸惑いながらも少しずつ目を開くと、明里の視界の中に見覚えのある長い耳の少女が現れた。


「フラッシュバンニヨルドラゴンノ一時的ナ無力化ヲ確認」


「エ、エステルさん……!」


 駆けつけたエステルは、リュックサックの中に入っていた残りのフラッシュバンの一つを投げ、エステルはドラゴンの無力化を行っていた。

 この時明里には、目の前に現れたリュックサックを腕に引っ掛けた自分のよく知る機械の少女が、天から降りてきた救いの天使のように思えた。

 緊張が解けてその場に崩れ落ちた明里の肩を支え、エステルが再び口を開く。


「明里サン、クラリストリリアハ私ガ運搬シマス。明里サンハ急イデ逃ゲテクダサイ」


「うん、わかった」


 両手で握っていたリリアの腕をエステルに託し、そのままエステルは右肩にリリアを担ぐ。


「まだだ……私hまだ……!」


 クラリスを左肩に担ごうとエステルが近づくと、両足でなんとか立ち上がって剥き出しになった右目から駆動音を鳴らしながら左半分の顔で怒りの形相を作り、ノイズ混じりの声でドラゴンを睨み付ける。


「クラリス、アナタハ今危険ナ状態デス」


「私は……このマまでは……異常発せせせssss……騎士とシテの誇りがある……! せめt……一矢報イて……! プロgラムエらラララ……」


「明里サン、擬似人格ノオフヲオ願イシマス」


「わかった」


 明里はリモコンを取りだし、迷うことなくクラリスの擬似人格をオフにする。


「わたシは…騎士tして…………擬似人格の設定ガオフになりマしたしたシtした」


 激昂した様子を見せていたクラリスはたちまち無表情になり、その場に姿勢を改めて直立の姿勢になった。

 その隙に、エステルはクラリスを腹から持ち上げて左肩に抱える。クラリスは抵抗もなく腹の稼働域の通りに曲がり、持ち上げやすい体勢になる。


「急イデココヲ離レマショウ」


「はい!」


 エステルからリュックサックを受け取り、背負って急いで離れようとした直後、再びドラゴンの叫び声がこだまする。

 怒りに狂ったドラゴンは、直接二人を叩き潰すために翼を広げて飛び上がり、体重を全て乗せて踏みつけるために急降下した。


「エステルさん、最後の一個です!」


「了解シマシタ」


 最後の一つとなったフラッシュバンをエステルに渡し、右肩に抱えたリリアを一度地面に置いてから、ちょうどドラゴンの目の前で炸裂するように調整された正確無比な投擲を行う。

 三度目の投擲には流石に学習をしたドラゴンは目の前に投げられたフラッシュバンをはたき落とすが、それでも炸裂そのものへの対策にはならない。離れたことにより先程よりも弱めの爆音と閃光がドラゴンを襲い、それによって飛行のバランスを崩してそのまま地面に激突する。

 倒れたその隙に、明里とエステルはドラゴンの視界の外へと離れ、無事逃げ出すことに成功した。

 この時明里は、生死の境に恐怖から抜け出すことができたことを実感することは無く、ただひたすらに逃げて生き延びることに集中していた

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