第6章
第24話
明里達が重傷を負わせられ、逃亡を余儀なくされてから間もなく、ドラゴンの様子を見物しに訪れたベルアが空からその現場を見下ろす。
鼻息を荒くしたドラゴンの周囲には、そこにいた何かが踏み潰された跡のような血溜りや、燃え尽きて消し炭になった人型のモンスターらしき物が散乱していた。
「あーあ、ありゃキレさせる何かがあったな。あんなに八つ当たりかましやがって単細胞が。だがまあ、実験は成功っぽいし、面倒臭そうな奴らもこれで逝っちまっただろうな」
心底面倒くさいという言葉を形にしたような表情で頭を掻いた後、ダメージジーンズのポケットから黒い謎の物質を取り出す。
無数に右手の中にある水晶に包まれたその黒い物体をじゃらじゃらと手の中で遊ばせながら、惨状を見たことによる予測を脳内で巡らせ、恍惚とした気分に浸る。
「こいつをいくつも飲み込ませて飛んでるだけでうじゃうじゃ大量発生たぁいい迷惑にも程があるよなぁ……くくく、さぁて、もっと俺を楽しませろよな……ヒャーッハッハッハ!!」
空中で大きく背中をのけ反らせ、左手を額に当てて高笑いをするベルア。その声は真下のドラゴン、モンスター達の屍の山を震えさせるように響いた。
* * *
ドラゴン達から逃げ切るために必死に足を動かす明里と、両肩に大破したクラリスとリリアを担ぎ、明里と並んで走るエステル。
だんだんと明里の息が上がり始め、肺の奥が焼けるような冷えるような感覚に襲われ始めた。
一方でエステルは、両肩に相当な重量となるであろう鉄塊に近い二人を抱えながらも、何一つ苦しいという表情を見せずに無表情で一定のペースを走り続けていた。
一歩一歩大きく足を地面に落とす度に、肩に担いだ二人が力なく揺れ、時折金属がぶつかり合う音を鳴らす。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「残リ100メートル程デ到着シマス」
「も……もうすぐ……」
明里はようやく現住宅へと繋がる入り口が視界に入ったことに安堵し、若干走るペースを緩める。襲い来る疲労が弱まったと共に、夢中で走っていたことによる無自覚なまた別の疲労が後から湧き上がる。
そして、二人揃って地下へと繋がるエレベーターの前へと到着した。
疲弊した明里は、その場で膝と腰を少しだけ曲げて前のめりになり、両手を曲げた膝に乗せて荒い息遣いで身体を落ち着かせる。
「オ疲レ様デシタ明里サン」
「はぁ……はぁ……」
周囲に意識を向けられる程度に呼吸を落ち着かせた明里は、今のクラリスとリリアがどのような状態であるかが気になり、エステルへと目を向ける。
「破損状kyを確二どウいたしmaしたtたタわたしはたtかイへとttt……」
「…………」
運び出す前の状態と変わらず、クラリスは擬似人格を停止して待機状態になったまま無言で、リリアは乱雑で壊れた言葉を無表情の停止した口から発し続けていた。
「クラリスさん、リリアさん、もうすぐですからね……」
「うう……今日は、もう、動き、たくない……」
室内に存在する開けた個室のような状態になり始めているテーブルの下で、クロムがぐたっと床に貼り付くようにうつ伏せで寝転がっている。核のほんの一部と魔力が消費される仕組みのサンプルを、クランが簡易的に確認したところで解放されていた。
魔力消費の確認に於いてはそこまで抵抗はなかったものの、自分を構成する大切な部位の一部を欠片とはいえ取られたということに関しては、未だ恐怖や不安等の負の感情に襲われていた。
「大丈夫、かな……あたしの、身体……」
体勢を変えて仰向けになり、白いワンピースの上から不安そうな顔で胸を摩りながら、白い天井を見つめて放心する。
静かに時間が流れるその中で、クロムは実験の内にすっぽりと頭の中から外れていたドラゴンに襲われたという明里達の事を思い出して心配していた。
「大丈夫、かな、みんな」
心の中の言葉を口に出しつつ、募っていく不安を抑えていると、部屋の入り口から乱暴に近い強さでドアが開く音が聞こえる。
「おかえりみん……な……?」
勢い良く上半身だけを起こし、テーブルから出つつ後ろを振り向く。
クロムの視界に飛び込んできたのは、ボロボロの状態でエルフの両肩に担がれている、つい数時間前までは万全の状態だったはずの女騎士の二人と、服や身体が酷く汚れた姿で立ち尽くすリュックサックを背負った少女の姿だった。
「た、ただいま……」
「明里さん!」
クロムは立ち上がり、不安を露にした表情で明里の側まで歩み寄る。
力無く担がれているロボットの二人がどのような状態であるのか、完全に壊れてしまったのかは一瞬では分からないものの、少なくとも同じ住人が死なずに済んだことに安堵し、強く手を握る。
「生きてた、みたいで、よかった……」
「うん……なんとかね」
「奇跡の生還という奴だな」
握られた手に意思を返すように、同じく手を優しく握り返す。
その直後に、安否確認後の柔らかな雰囲気に割り込むように、クランが人差し指で頭を掻きながら調整室から出てくる。
「クランさん!」
「そこまで大声で叫ばなくても聞こえてるぞ。準備は出来てるからすぐに運んでくれ」
「カシコマリマシタ」
大きく背中を仰け反らせなから背伸びをしつつ、入り口の邪魔をしないように扉の横に移動しながらエステルへ命令する。
置かれている家具に当たらないように高さを細かく調整しつつ、エステルは担いだ二人を調整室へと運んでいった。
「さてと、それじゃ修理を始めるとするか」
腕を前後に何度も動かして肩の筋肉をほぐし刺激しながら、クランはエステルの後ろに付いて調整室へと入っていった。
明里とクロムだけ取り残された部屋の中は、嵐が過ぎ去ったような一瞬の静寂に包まれている。
「二人、とも、派手に、壊されてたね」
「うん……」
「…………ポテチ、食べる?」
「……うん」
お互いにこれから何をすればいいかも思い浮かばず、一先ず二人で菓子を食べながらこれからのことを考えようというメッセージが二人の間で無言で交わされた。
必死に生き残るために動き、惨死の境界線にいたと言っても過言ではない明里には、このなんでもない一瞬と日常的な行為が嬉しくてたまらなかった。
* * *
「二人、とも、大丈夫、なの?」
「多分ね……クロムさんは身体を握り潰されて、クラリスさんは叩きつけられた後で炎をくらって……でも完全には壊れてないから……うん」
お気に入りの濃いチーズ味のポテトチップスの袋を開けながら、現場にいた明里に二人の状況を聞く。少なくとも最悪の状況ではないということにクロムは安堵し、一枚口に含みながらテーブルの上に広げた。
しかし、明里のその口振りには、希望的観測が強いのではないかという想いもあった。明里の口角は、不安を隠しきれないが如く下がっている。
「ねえクロムちゃん、クロムちゃんがいた世界だとドラゴンって……どんな風に言われてるの?
「ドラゴン、こっちの、世界、でも、危険。みんな、出会ったら、逃げる」
「やっぱりそうなんだ……何か対処法とかあったりしないの?」
「それなり、には、あるはず。でも、万全の、武装、準備、しないと、厳しい」
テーブルを隔ててお互いに正面を向き合い、広げたポテトチップスの袋からちまちまとつまみながら、クロムがいた世界でのドラゴンにまつわる話を聞く。
クロムが持っている知識の中では、ドラゴンは剣や魔法を弾く硬質な鱗を持ち、何者であろうと灰塵と化す炎を吐き、生きとし生けるものを薙ぎ払う強靭な肉体を持ち、それら全てを持つ内に誇りと傲慢さを兼ね備えた生物だということが説明された。
「そんな風に言われてるんだ……」
「うん。でも、この、ドラゴン、あたし達が、知ってる、奴よりは、小さい。恐らく、若いのかも」
「まだ子供だってこと?」
「そう、だから、もしかしたら、普通の、ドラゴン、よりは、倒しやすい、かも」
改めて開いたPC画面内のニュースサイトに載せられたドラゴンの画像を見せ、まだ自分達でもドラゴンへの勝機はあるかもしれないと可能性を見出だすような発言をぶつける。
「倒しやすいかも……か。子供でもこんなに強いんだね……そっちの人達は、どんな風にしてドラゴンを倒したりしてるの?」
「あたしが、聞いたのは、とにかく、物量と、ぶつけて、ドラゴンの、行動を、潰す、らしい。翼や、四肢や、頭を、集中して、狙う、とか。あとは、罠に、かけたり、兵器、持ち出したり」
何かを投げたり振り下ろすような動作を交えて説明しながら、クロムは知っている範囲で、自分達がいた世界で行われてるドラゴンへの対処法を説明する。
それを聞いた明里は、自分達がドラゴンに対して行った行動を思い出して、何かしら思い当たるような物はなかったかとポテトチップスを噛みながら考える。
(そういえば、フラッシュバンは普通に効いたんだったよね。翼や足を狙うってことは、手そこから攻撃はできるっていう確信があるからだろうし……もしかしたら、うまくやれば私達でも勝てるのかな?)
考え込むように両腕を組んで下を向く明里。どうにか倒せる方法は無いだろうかと考えていると、調整室の方から扉が開く音が聞こえる。
その音に反応して、明里は思考を途中で中断して頭を向ける。
「明里くん、会話を楽しんでいるところすまないが少し来てもらえるかな?」
クランからの直接の呼びつけが行われる。
表情は今までと同じようなどこかおちゃらけた部分が含まれていたが、それとは別に声色にはどこか真剣さのような物が込められていた。
「はい、わかりました。ちょっと離れるねクロムちゃん」
「うん、行って、らっしゃい」
テーブルからゆっくりと出て、明里はクランと共に調整室へと入っていった。
とうとう自分以外の全員が調整室へと入ってしまい一人ぼっちになったクロムはノートPCを床に置いてうつ伏せになり、再び日常でのスタイルへと戻っていった。
「……都市伝説、あたり、でも、漁ろう、かな」
画面のブラウザの表示をよく使う検索ページに変えて、以前からちょくちょく調べて興味があった様々な都市伝説の情報を調べ始めた。
クランと二人で調整室へと入る。その先には自分が何度も目にした調整台があり、その上にはボロボロになった状態で目を閉じて停止するクラリス、その奥の調整台にはクラリスよりもさらに酷い状態で停止したリリアの姿が確認できる。
そしてクラリスの側にはじっと動かずに待機して二人を見つめるエステルの姿があった。
クラリスの調整台まで近づいたところでクランが歩みを止め、明里の方に身体を向き直して口を開く。
「さて、どうして明里君を呼んだかというとだな……そろそろ手伝ってもらいたいんだ」
「手伝うって……何をですか?」
「忘れたわけではあるまい、クラリスの解体だよ」
予想外のタイミングで飛んできたさらに予想外の言葉に、明里の脳は一瞬思考を停止した。
元々解体を手伝ってほしいという名目でクランの研究所へと連れてきてもらった矢先、結局その時は訪れず、クラリスの構造図を物欲しそうな目で、倒れるほど眺めるような寸止め状態が続いていた。しかし、ついにその待望の時が訪れた。
だが、あまりにも突然のことだったこともあり、嬉しさ余って思考が遅れ、改めて返事の言葉を返すまでに5秒程かかってしまった。
「…………えっ?」
「あれ、聞こえてなかったのかな? クラリスの解体だよ」
二回目の進言、でようやく明里はハッと我に返る。向けられた言葉を一字一句頭の中で繰り返し、ついにこの時が来たんだと理解すると、明里の表情が次第に花火のように明るくなる。
あまりの嬉しさに、今まで自分がしたこともないような早歩きでその場をぐるぐると回り、クランの両手を包み込むように握って何度もぶんぶんと強く上下させた。
「本当ですか!? 本当ですか!?」
「ああそうだよ。さすがに二体同時ともなると時間がかかってな……そこで解体だけでもやってもらいたい。助手にはエステルをつけておくから心配は無いだろう」
「もちろんです! やります!」
包んだクランの両手をさらに強く大きく振り、しつこいくらいに了承の意思を伝えた。
(まだ早いかもしれんが、楽しみにしていたんだからこれくらいはまあいいだろう。エステルもいるし、心配は無用か)
クランが明里への作業に対する考察を巡らせている間も、未だ明里は目と表情を輝かせながら、先程よりも小さく両手を振っていた。
「……明里くん、そろそろ手を離してもらってもいいかな?」
「あっ、ごめんなさい!」
慌てて手を離し、謝罪の一礼をその場で行う。
「ふぅ……さて、それじゃ私は先に作業に入るとするぞ。クラリスをよろしく頼むぞー」
「はっ、はい!!」
クランは後ろを向き、明里に軽いエールを送るように手を振り、リリアが横たわる調整台へと向かった。
「クラリスさんの解体が出来る……ついに……」
両手を開いて閉じる動作を繰り返し、憧れと興味の象徴であるクラリスを解体できるという、眼前に待ち構える間もなく達成されるであろう目標に対する興奮を含んだ緊張と、下手に失敗してしまってクラリスを破損させてしまわないかという不安が入り混じる今の感情を、少しずつ少しずつ宥める。
「明里サン、現在極度ノ緊張状態デアルト思ワレマス。何カオ飲ミ物ガ必要デスカ?」
動きや汗からただならぬ精神状態に陥っていると判断したエステルが、気を利かせて飲み物を明里に薦める。
「うん……冷えた水をください」
「カシコマリマシタ」
一礼をしてから調整室に設置された巨大な冷蔵庫からペットボトルの水を取りだし、明里に手渡す。
息を一度強く吐き出してからペットボトルのキャップを開け、一気に冷えた水を喉に流し込んだ。
「ふぅ、ありがとうエステルさん」
「ドウイタシマシテ」
「…………よし、始めましょう」
二度深く深呼吸を行い、目を閉じて30秒程落ち着くための瞑想を行う。その後で覚悟を決め、右手を握り横たわるクラリスへと頭を向けた。
こうして明里の初めての正式なクラリスの解体が始まった。
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