第22話

 次の日、テーブルに集い朝食を口に運ぶ明里とクランとクロム。

 前日に倒れていた二人には体調に不安がある様子は無く、スッキリとした目覚めで朝を迎えていた。

 クロムも同様に、朝食を二人よりも早いペースで口に運び、エステルが運んだオレンジジュースを勢い良く流し込む。元気そうな明里を見て、不安無く食事に集中できているようだ。

 クラリスとリリアは、クランの背後で待機しており、エステルはキッチンで調理器具の洗浄を行っている。


「さて、今日はリリアの初陣となるわけだが……二人とも仲良くな」


「もちろんですよ!」


「勿論ですご主人! 姉様、よろしくお願い致します」


「はい、クラリス様。お二方に比べて到らぬ所はあるかもしれませんが、よろしくお願いします」


 やる気に満ちた凛々しい様を見せるクラリスと、落ち着いた雰囲気で一礼を二人に向けるリリア、同じアンドロイドでも視覚的に性格の違いが見える。


「あたしも、今日は、付いて、いきた……」


「あークロムくん、クロムくんはちょっと居てもらってもいいかな? 少し頼みたいことがあってな」


「……?? わかり、ました」


 エステルがいるのに自分が何か手伝うことがあるのだろうかと思いつつも、クロムは頼みを了承した。

 背中を向けたクランの表情は、企みと興味、研究欲が滲み出た悪い顔をしている。


(うまく行けば魔力の研究が一気に進む……頼むぞクロムくん!)


* * *


「うーん……やっぱりちゃんと起きたときの日差しはいいですね!」


 太陽に向けて大きく背伸びをして、目一杯太陽の光を身体に浴びる明里。

 その後ろからクラリスとリリアも続き、今まで二人旅のような状態だった二人の間に新鮮な風が吹いているようにも感じられる。


「無理はなさらないでくださいね明里殿」


「大丈夫だよ、今度は無理しないからさ!」


「うふふ、明里様は快活な方なんですね」


「うーん、そう……なのかな?」


 リリアから貰った今まで言われたことの無い意外な評価に、本当にそうなのかという疑問を抱きながらも、ある程度は当てはまりそうではあるので心の中で納得する。


「それでは明里殿、姉様、今日も参りましょう!」


 クラリスを先頭に、明里とリリアはその後ろから着いてくるように並んで三人は歩き始めた。




 三人が出発してからしばらくして、研究所ではクランとエステルが調整室に籠り、クロムはそれまで通り菓子を頬張りつつネットサーフィンを楽しんでいた。


「ふむふむ、そういえば、ドラゴンは、どう、なった、のかなー?」


 ドラゴンの現在の情報を調べようとブックマークに登録しておいた情報サイトを閲覧しようとしたその時、調整室の扉が開き、にやけたのが透けて見えるような声がクロムの背後から飛んでくる。


「クロムくーん! ちょっと来てもらえるかなー!」


「こんな、時に……はーい!」


 情報サイトが表示される前に、クロムはテーブルの下から飛び出して調整室に歩き出す。

 所有者が画面の前から消えたノートPCの画面には、ドラゴンが研究所がある地域周辺に移動しているという情報が表示されていた。しかしそれを知るべきだった者はタイミング悪くその場を外してしまった。


「なんですか、クランさん」


「ふふーん……少しだけお願いしたいことがあってな……ちょっとここの台の上で寝てもらえるかな?」


「うーん……いいけど……」


 疑うことなく言われた通りに設置されたベッドのような台の上に仰向けになる。


(ん、あれ、この、状況、もしかして?)


「やれ、エステル」


「カシコマリマシタ」


 合図と共にエステルが操作パネルを使い、クロムの両手両足をベッドと一体化した手錠で動きを封じ込める。 


「なっ、しまった……これ、よくある、パターン!」


「残念だったなー、無警戒だったそっちが悪いんだぞー?」


 クランはおちょくるような声色と顔で、クロムの頬をつっ突きながらベッドの周囲をぐるぐると歩き回る。

 クロムはなんとか抜け出そうと四肢を動かすが、手錠が壊れる様子は無く、ガッチリとその手足を固定している

 自身の身体を柔らかくし、それから形状を変えて抜け出そうと体質を変え始めた所で、クランが余計な動作を止めさせるように再び口を開く。


「こんな手荒なことしてすまなかった……が、場合によっては逃げられるかもしれないので予めこういう状態にしてからじゃないと聞き入れてもらえないと思ってな」


「な、何を、する、つもり?」


「まあ待て、その前にちょっとした質問があるんだ。クロム君……というより、ゴーレムはその身体を自由に変化させることが出来るらしいな?」


 その自身の能力を改めて認識させるような説明を加えた質問に、クロムは抵抗の手を止めた。それだけ把握をしているならば、能力によってこの状況を抜け出せると考えるのは容易である。とすれば、それに対する対策をクランのような人物がしていないわけがない。下手に何かすれば面倒くさいことをされてしまうのではないかというところまで思考し、抵抗を止めたのだった。

 怯えた表情と少しだけ芽生えた敵意を視線に混ぜながら、なんとか質問に答えようとする。


「うん、一応……」


「なるほど、その身体は砂と岩と土で出来ているらしいが……一部分だけその身体の状態を解くことは出来るのかな? 例えて言えば、手首から先だけを土や砂に戻したりということだ」


「……出来る」


 クランのわざとらしいこの質問によって、先程の考えが正しいことがほぼ証明された。


「よし! それでは最後の質問だ! これはあくまで仮説だが、ゴーレムは土や砂の他に核となる物質を持ち、その核がゴーレムの中心で、心臓や脳の役目を果たしている。合ってるかな?」


「……だいたい、あってる……と思う」


「やった! それがわかればあとは頼みごとだけだ」


 まだ何もしていないというのに浮かれ調子になっているクランを、その後ろから微動だにしないエステルがじっと見つめていた。


「頼み事?」


「ああ、そんなクロム君を見込んで二つ頼み事がある。まず一つは、君が見せてくれたあのビーム、それを身体の中身を見せた状態で行ってほしいんだ」


「……はい!?」


 突然の中身を開帳した状態でビームを出してくれ宣言に、思わず思考が止まってしまうクロム。喉にあたる部分に妙なむずむずした感覚が起きる。


「昨日説明した通り、魔力を集めることは出来たが使うことができていない。そこで君の中身が見える状態でメカニズムや原理を解明できれば科学的にも魔力が使えるのではと思ってな。どうだ?」


「…………」


 自分の身体におそらか問題は無いような頼みではあるものの、中身を曝け出し続けることに抵抗がある複雑そうな感情が、そのまま表情に表れる。


「……見返りは?」


「好きな同人誌10冊」


 相当魅力的な条件だと受け取ったのか、大きく目を見開き、悪夢から飛び起きるような勢いで、上がるだけ上半身を起こす。


「それなら、やる!」


「よしよしありがとうクロムくん! 素晴らしい科学の進歩がまた!」


 頭をわしゃわしゃと撫でて、手のひらから多大なる感謝の念を直接伝えていく 

 クランの表情は、どこか未来が開けたと言わんばかりの明るさに溢れていた。


「さて、もう一つの頼み事だが……」


「なに? あたしに、できる、ことなら!」


「君の核の一部を取らせてほしい」


「…………」


 調整室の中に時が止まったような静寂が訪れる。先程まで興奮するように喜びを全身で表していたゴーレムの少女は、それこそ本物の石像のように動作がピタッと止まり、口をあんぐりと開けたままになっていた。

  5秒程静寂に包まれた後、クロムば大きく四肢をばたつかせるように暴れだす。


「やだ! やだ! 絶対、痛い! 怖い! 助けて!」


「お、落ち着けクロムくん。何も四分の一抜き取るとかハンマーで砕いた破片を取るとかそういうことじゃないんだ。ほんの切った親指の爪程度の大きさ位でいいんだよ」


「無理! 怖い!うう……」


 先程とはうってかわって、全力で拒否を示し始めたクロム。自らの脳や心臓とも言える部分を、少量とは削り取らせてほしいという狂ったとしか思えない要求に対し、嫌がるのは当然とも言える。


「弱ったな……材質を調べて生物足らしめる鉱物ならクラリスに実験として使うはずだったんだが……よし!クロムくんの欲しいものをなんでもあげよう! ……と言ったら?」


「…………」


 途中から周りにはっきり聞こえないような小声でぶつぶつと呟き、その後でクロムに新たな取引条件を持ちかける。

 閉じたまま唇を歪ませ、潤んだ目で弱々しく睨み付けながらクランの顔を見る。

『欲しいものをなんでも』という甘美な言葉に心が揺れたのか、唸り声を上げて4回程視線を反らしては戻し、悩んだ末に再び口を開く。


「本当に、欲しい、ものを、くれるの?」


「あ、ああもちろん」


「それじゃ、ちょっと、だけなら……」


「よっしゃ! 本当にありがとうクロムくん!」


 自分の口から答えてしまったものの、この返答が正解だったのか不正解だったのかは当の本人にも全く見当がつかない。もしかしたら自分は、身を滅ぼすような途轍も無い苦しみを味わう選択肢を選んでしまったのではないかと、後悔の念が後から襲ってくる。


「早速準備を始めるぞエステル」


「カシコマリマシタマスター」


(どうか、この後も、普通で、いられ、ますように……)

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