第13話

 明里達が住む地下から離れた場所に存在する大きな公園。かつてはその巨大さを活かして様々なイベントや個人ごとの趣味趣向が盛んだった所も、今ではモンスター達が蔓延るこの世の地獄のような場所となり、連れ去られた人間達が日々奴隷として働かされ虐げられる、一種のモンスターのための小さな村のようになっていた。


「はぁ……はぁ……もう……無理……」



 瓦礫を運搬する役目を負わされた男の一人が倒れ、その男の周囲にグールとゴブリンが集まって来る。作業を勝手に中断した制裁とばかりにゴブリン達が男を殴る蹴るの暴行を好き放題に行い、男の具合を確かめるが、抵抗するどころか動く気配すらなかった。

 動かない男を見て笑みを浮かべたグール達が、男の腕を掴んでどこかへと引きずり去って行った。

 その様子を、山のように積み上げられた瓦礫の上に座すフードを被ったメイジゴブリンと、オークの二倍はあろうかという巨体を持つトロールがじっと見つめている。


「死ヌ人間ガマタ増エテキタナ。ヤハリ弱イ奴等ダ。モウソロソロ人間狩リノ頃合イカ」


「ソウカ、オレニハワカラナイガ、オマエガイウノナラソウナンダロウ」


「人間ハ労働力ニモナリ餌ニモナル有益ナ資源。コッチノ人間ハマダマダ狩リ尽クシテハイナイハズダカラナ。ソレマデハ使イ捨テダ」


 メイジゴブリンは瓶に入った焼酎を直接飲みながら、囲まれた木々の向こうにそびえるいくつもの巨大なビル郡を見ながらニヤリと笑う。そんな相方の様子を、トロールは曲げた片膝に肘を付きながらぼんやりと見つめた。


「よおお前ら、調子はどうだ?」


 瓦礫の山の下に、蝙蝠の羽を大きく禍禍しくしたような羽を背中に生やした人間の姿をした者が現れた。一目で人外であるとわかるその者は、流暢にトロール達に馴れ馴れしく話しかける。


「非常ニ快適ニ過ゴシテオリマスベルア様」


「そいつぁよかったな。向こうの世界で人間共を飼い慣らしたお前らがこっちに来た時に何やるか見ものだったが、結局やること変わらずか」


「根付イタ習慣ハ無理ニ変エル必要ハアリマセン」


 メイジゴブリンはそのベルアと呼ばれる者に頭を下げ、抵抗の意思を感じさせぬように丁寧に対応する。


「ホネノアルヤツイナイ、ドイツモヨワイ」


「まあそうだろうな。こっちには魔法を扱える奴はいねえみたいだし、軍隊とやらも俺が封じてる。だからお前らは好きに暴れてろ」


 ベルアと呼ばれる男は捨てるように言葉を吐いて、翼を広げて飛び去った。その姿をぼーっとトロールは見ていたが、その隣でメイジゴブリンは苦虫を噛み潰したような不愉快そうな顔でどこか向こうに視線を反らしていた。


「イッツモイッツモナンダアイツ、ナアカリグ、アイツオレタチノミカタカ?」


「イイヤ違ウ、奴ハ誰ノ味方デモナイ……タダノ悪魔ダ。グルドロ、下手二手出シハスルナヨ」


 かつていた世界にて仲の良かった二人は、人間達の邪魔に会い自分達が築き上げた根城を砕かれていた。カリグと呼ばれるメイジゴブリンは奴隷を使役し、自分達は何不自由なく暮らす。グルドロと呼ばれるトロールは好きな時に好きな相手と戦い、完膚無きまで叩き潰す。そんな理想を抱いてはことごとく潰え、旅人への略奪を頼りに宛もなくふらふらと旅をしていた。

 そんな時、二人は突如今の世界へと送られた。この世界の人間の弱さを短時間で感じ取ったカリグは、ここならば理想の生活が実現できると野望を抱き、一方でグルドロはそんな人間達に退屈しながらも、もしかしたら骨のある奴がいるかもしれないという願望を持ちながらカリグを手伝うことにした。

 結果的にベルアという不確定要素以外はカリグの理想は叶ったが、グルドロの退屈さは拭えず溜め息をつく日々が続いていた。


「クソ……奴サエイナケレバモット好キニ出来タンダ」


「……オレタチアイツニカテナイ。マダマダヨワイ……ヨワイヤツハシヌ……」


 夜空の下で黄昏る二人。その一方でベルアは、夜空の海を翼を広げて高く舞い上がり、高空から東京を見下ろす。その眼は襲われ殺される人々、どこかへ連れ去られる人々、無力な人々が蹂躙される様を映していた。


「ここまで発展した人間の街でも、こういう事態になったら脆いもんだなぁおい。さぁて、せっかくこっちに連れてこられたんだから、俺のオモチャ共でもっと遊ばせてもらうからな……ハーッハッハッハ!」


 ベルアは月を背にし、自身の欲望を満たしてくれる玩具が溢れたこの世界に対する狂喜と鬱憤を吐き出すような笑いと共に、夜空を飛び回り続けていた。


* * *


 モンスター達が巣食う場所への攻勢を決意した三日後の正午過ぎ、明里、クラリス、エステル、クロムの四人はひと塊となって道路の上を歩いていた。

 車がほとんど通らず、信号も機能することが少ない現在は、アスファルトの道路も大きな歩行路も同然となっている。

 今までよりもどこか歪に膨らんだリュックサックを背負っている明里は、いつもよりも姿勢が若干前のめりになり、少しだけ辛そうな顔で歩いている。


「大丈夫ですか明里殿? 私が荷物を持った方が」


「ううん、私が持っていくって決めたものなんだから自分で持たなきゃね。私でもちょっと重さを考えてなかったかなって思うけど……」


 平気平気と顔に書いたような笑顔を返す。その意思を尊重し、クラリスは再び正面を向いて歩き出す。

 クロムはエステルの後ろについて歩いているが、他の三人に比べて腹回りや太ももを露出したとても身軽なモンクのような服装のエステルのことが気になっていた。

 エステルの太ももと腹には、目立たないようにある程度カモフラージュされているが、うっすらと接続部と思われる継ぎ目が確認できる。


「エステル、さんの、格好、すごく、特殊。なんと、いうか、エルフ、らしくない、かも」 


「私ノコノ格好ハ、マスターガ私ノ戦闘スタイルニ合ワセタ結果ダト仰ッテイマシタ」


「エステル、さんの、戦闘、スタイルって?」


「接近戦デス」


「ああ、なるほど……」


 その回答に納得したと同時に、エルフの見た目と実態とはほど遠いキメラのような存在になっているエステルに、クロムは感心とも困惑とも取れない肯定寄りの不思議な感情に包まれていた。


* * *


 夕方に近い昼下がりの頃、しばらく歩き続けたクロム達は立ち止まる。どうやら目的地となるモンスター達の根城に到着したらしい。

 そこはかつて、明里もイベントが催された時に一度来たことがある大きな公園だった。視界に入る距離まで近づいた明里は、昔来た場所がこんな悲しい状況になってしまっていることに心を痛める。

 気づかれないように静かに明里が門の様子を見に行くと、ニ体のオークが門番として立ちはだかっている。


「正面にはしっかり見張りがいますね。二体のオークです」


「よし、それだけならば正面からの攻勢は可能そうだな。エステル、準備はいいか?」


「ハイ、作戦ノ準備ハ完了シテイマス」


「エステル、さん。よろしくお願いします」


「カシコマリマシタ。行動ヲ開始シマス」


 事前に打合せした手筈通り、エステルは門番の視界には入らない程度に離れた場所の柵から高くジャンプし、公園内に侵入する。その後、木の上で待機し、再度行動するその時を伺う。

 エステルが着地した際の音に反応したのか、門番のオーク二人がどこかそわそわとし始める。


「エステルさんの準備が出来ました」


「よし、突入するぞ!!」


 明里はリュックサックから小型の火炎放射機を、クラリスは剣を、クロムは両手を頭よりも大きい石器の斧に変化させ、門番のオーク達に一斉に正面から攻め込んだ。


「ふんっ!」


 後方の音を警戒して正面の現象への反応が遅れた一体のオークは、棍棒を構えることすら間に合わず、一度の剣撃で首を跳ね飛ばされた。

 もう一体のオークはその様子に怖じ気づいたのか、棍棒をその場に滑り落とし、けたたましい豚にも似た悲鳴を上げて公園の中へと走り出した。


「よし……」


「ふう……」


 ほっと一息をつく明里とクロム。出発する1時間程前に、クランが立てた作戦を説明する様が二人の中で改めて再生される。


『いいか、おそらくこの中でもっとも身軽に動けるのはエステルだ。エステルには捕らえられた奴らを助ける役割を負ってもらおう。周囲を警戒しつつ安全な場所まで連れていけ』


『カシコマリマシタ』


『あとの三人はそこにいるボスを含めたモンスターの殲滅だ。明里くんは大丈夫かわからないし、クロムくんの実力もわからないが、少なくとも今のクラリスなら雑魚は数えるにも値しないだろう』


『お褒めの言葉を頂いて光栄です』


『モンスター共をおびき寄せていけば倒す効率は上がるが、そこは現地についたら各自で判断してくれ。例を挙げるなら……適当な奴を痛めつけた後で逃がして騒ぎを起こす……とかだな。私の考えた作戦はこんなところだが、いけるな?』


『……はい、やれるだけやってみます!』


『あたしも、頑張る』


『よしよし…………こういう作戦立案みたいなのは専門外なんだがな』


 例に挙げた作戦の通り、逃げたオークの叫び声に反応した公園内のバラバラに点在しているモンスター達が、一斉に門の方向に視線を向ける。

 そのタイミングを見計らい、クラリスが右手で剣を正面に突きだし、オークの首を左手に持って声のボリュームを上げて叫ぶ。


「刮目しろモンスター達よ! 私達は貴様らのような穢れた者達を倒しに来た! 一人残らずかかってくるがいい!」


 凛々しく気高い戦士の如きクラリスの声を聞き、言語はわからなくともその立ち振る舞いから自分達に対する挑発だと受け取ったモンスター達は、一斉に叫び声を上げて門に向かって走り出した。ゴブリン、オーク、グールの集団はまさに百鬼夜行のような様相を呈している。


「す、すごい数……大丈夫なんですか?」


「大丈夫、なんとか、なる……はず」


「大丈夫です、私が倒してみせます。少し下がっていてください」


 二人に下がるように頼んだ後、クラリスは切っ先が上空を指すように左手で剣を握り、目を瞑って右手の掌を剣の鍔にあたる部分に施された球体のプラスチックのカバーに当てる。すると、カバーと掌の機構が同時に開き、互いに接続するためのノズルが現れた。


「我が炎に応えよ、炎を纏いて、総てを斬り焦がす刃と成れ!」


 剣とクラリスのノズルが接続され、剣の中へクラリスの中の燃料が注ぎ込まれていく。注入が終わり機構が隠れた右手で剣を握る。するとと、刃から炎が少しずつ溢れだし瞬く間に炎を纏う剣となった。

 それを見た突撃途中のモンスターは一部たじろぐが、中にはハッタリだと意に介さず戦意を失わない者もいた。クラリスへと突撃するゴブリンが三匹、大きく飛びかかり上から攻撃を被せようとしたが、クラリスの一閃で三匹まとめて上半身と下半身が離ればなれになり、引火した。

 燃え上がる肉塊の前で、クラリスはモンスター達を睨み付け剣を構える。


「さあ来い! 私達は貴様らには決して屈しない!」

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