第14話

「モンスター達ノ誘導ヲ確認、行動ヲ開始シマス」


 木の葉を隠れ蓑にして雑木林の上で待機していたエステルは、公園内のモンスターが一斉に移動して内部が手薄になったのを見計らって移動を開始する。

 木と木の間を高速で走り抜け、途中ですれ違うモンスターには顔面に直接鉄拳を加え入れて一撃でダウンさせた。

 ある程度の距離を駆けたところで、エステルの視界の先、雑木林の中に開けた広場を発見する。 その広場には公園内の人間が集められており、周囲に見張りらしきオーク達が点在していた。

 さらにその先には、人間達を避難させられそうな屋根のついた集会所のような建物が見える。エステルのカメラアイのズーム機能で確認をしてみると、モンスター達がいる様子は無い。


「捕ラエラレタ人間達ト共ニ監視役ノオークヲ確認。総数…………六体。殲滅可能ナ数ト判断。視点ノ動キカラマダ発見サレテイナイト推測。行動開始シマス」


 モンスター達との交戦では確実に人間達の存在は障害となると判断したエステルはまず、その人間達を避難させるに適しているか判断するために発見した建物方へと最小限の音で向かった。僅かに聞こえる草木の音は、ちょうど吹いた風で揺れた木々のざわめきによって掻き消された。

 建物の側まで来たエステルは、地面の足跡のような痕跡や人影等の確認を、カメラアイと360度回る首を使って隅々まで行う。


「オールクリア。確認ヲ行イマス」


 接近の恐れは無いと判断したエステルは、玄関らしき引き戸の前に立ち耳を当てて内部の音を詳細に聞こうとする。幸いにも建物内からの音は殆ど無く、精々ネズミのような小動物らしき細かい足音が聞こえる程度だった。


「誘導場所二最適ト判断。登録シマス」


 かけられた鍵を破壊し一つの拠点を確保したエステルは、その場を離れて再びオーク達と人間がいる広場へと戻っていった。わずかな時間離れていたのもあって、状況にそれほど変わった様子はない。


「先制攻撃二最適ト判断。コレヨリ殲滅ヲ開始シマス」


 右足を曲げて身体を縮め踏み込んだ姿勢を取り、勢いをつけて一番近い位置にいるオークめがけて走り出す。

 見張りのオークの視界内に突然人型のような影が入るが、それを認識した頃には視線が空を向き、そのまま意識がブラックアウトした。

 後方からドサッと何かが倒れる音を聞き、一斉に見張りのオークが振り返る。頭を大きく後ろに曲げられ、口から泡を吹いて絶命したオークの死体が、その視界に入り込んだ。

 オーク達は突然の事態に慌てふためき、監視されている人間達も何が起きたのかがわからずただ震えることしか出来ない。続けてもう一体、鳴き声を上げて倒れる。今度は胸に深くめり込んだ穴が出来ており、心臓を潰されて息耐えていた。

 この異常事態に残りのオーク達は臨戦態勢を取り、謎の外敵からの不意討ちに備えて鋭く目を光らせる。

 そして三体目、正面から高速で接近してくる何かに反応し、とっさに前屈みになって防御体勢を取る。それが幸いしたか、数十センチ程後方まで吹き飛び、両腕が二本折れる程度で耐えることが出来た。しかし生きている分痛みが伴い、三体目のオークは悲鳴を上げて逃げ出した。

 オークと人間達は攻撃が発生した方向に一斉に目を向ける。そこには腹と太ももが出た露出度の高い身軽な服装に、金髪と尖った耳を持つ無表情の少女が立っていた。


「一撃デノ殺害ニ失敗、殲滅対象ニ捕捉サレマシタ。戦闘プログラム変更、コレヨリ、通常戦闘ニ移行シマス」


 敵にはっきりと認識されたと判断したエステルはファイティングポーズを取り、逃げた重傷のオークを一旦殲滅対象から除外し、残りの三体に狙いをつける。

 三体のオークは一度固まってひそひそ声で何か意思疎通らしきものを行い、エステルの方に向き直す。そして、三体同時に走り出した。


「総力戦ノ選択ト判断。一体ズツ殲滅シマス」


 向かってくるオークのうち一体に狙いをつけ、エステルはそのまま正面から疾走する。横並びに走ってくるオークのうち、真ん中の一体の頭めがけて右手で人間の形をした弾丸の如く殴り抜けた。走ってくるオークとエステル本人の速さが相乗して威力が増し、防ぐこともままならないまま骨が砕ける音と共に身体が宙を一回転し、倒れた。

 殴り抜けた後の硬直した僅かな隙を狙って、残り二体のオークが脳天から棍棒を振り下ろす。しかしエステルは、左腕で後ろからの棍棒をガードし、正面からの棍棒は右腕で振り払うように叩き折った。

 武器を破壊され、耐えられたことに怯んだ二体の隙を狙い、正面のオークには心臓に一撃を、背後のオークには高速で身体を捻った遠心力を乗せてぶん殴り、骨が砕ける音と共に一気に後方まで吹き飛ばした。


「対象ノ全滅ヲ確認。戦闘終了シマス」


 体勢を整えて捕らえられた住民達の方を向き直す。左腕の棍棒の攻撃を喰らった部分からは、わずかに人工皮膚が剥げて中身が見えていた。それを隠すように左腕は背中に回す。


「オ待タセ致シマシタ。私ハアナタ達ノ救出ニ参リマシタエステルト申シマス、ヨロシクオ願イ致シマス」


 用件を簡単に説明しながら、礼儀正しく住民達に一度頭を下げる。

 予期せぬ自分達への救済に、人間達はどよめく。それは恐怖からくるものではなく、目の前の少女らしき者への希望からのどよめきだった。


「お、俺たちを……助けに来てくれたのか?」


「私達、助かるの……?」


 思わぬ幸運が舞い降りた住民達が、ざわざわと騒ぎ出す。住民達のボロボロになった衣服が、捕まってからの歳月を感じさせる。


「落チ着イテクダサイ。現在私ノ仲間達ガ残リノモンスター達ト戦闘中デス。ココカラ出ル安全ガ保証サレ次第移動ヲ開始シマス。ソレマデハ一度向コウノ建物ヘト移動シテ待機シテクダサイ。安全ハ確認サレテイマス。ネズミ等ノ小動物ガ出現スル程度デス」


「ね、ネズミ……」


 エステルは先程確認した建物を指差して移動を促す。遠くから確認しただけでは安全かどうかの確証は得られないが、エステルはモンスターと遭遇した場合は自ら殲滅すれば問題ないという結論の元に、仮の避難場所として使用可能と判断した。


「あ、ああわかったよ」


「ソレデハ移動ヲ……」


「――っ!?」


 それまでの希望を見出だした表情から一変、住民達の表情が絶望に染まる。エステルの目の前にいる男が、震える手でエステルの後方を指差す。

 その指の先を確かめるために振り向くと、そこにはオークを超える巨体と棍棒を持ち、激しく呼吸をしながらどたどたと走ってくるトロール、グルドロの姿があった。グルドロは周囲を見渡し、殺されたオーク達を見て絶叫する。


「ウオオオオォォォ!! アイツノイウトオリダッタ! オレ、ツヨイヤツトタタカイタイ! オマエツヨイノカ!?」


 両腕を折られたオークは、なんとか痛みに耐えながらボスである二人の元へと足を運び、侵入者の報告を行った。報告の前から何かの風を感じていた二人は、その侵入者を歓迎するために自ら赴く決断をし、カリグは明里達へ、グルドロはエステルの方へとそれぞれ向かったのだった。

 自分達を虐げてきた者達のボスの片方が目の前に現れ人間達が怯えすくんでいる中、一人だけ無表情で動揺する様子がないエステルに一直線に視線を向ける。こんな光景を作ったのはこいつしかいないと本能で感じとったグルドロは、戦いたいという本能を言葉に出してぶつける。


「皆サン、早クコノ先へ避難シテクダサイ。間モナクコノモンスタートノ交戦ガ予想サレマス。ココニ残ルト、皆様ノ生存確率ガ1.3648%マデ低下シマス」


「わ、わかった……おーいみんな! この子の言う通りここは危ない! 早く逃げよう!!」


 男の一人がはエステルの言葉を聞き、住民達に大声で聞こえるように喋り移動を促す。そしてそのまま住民達はエステルとトロールがいる場所から大移動の如く離れていった。


「エルフノオンナ、オマエツヨイヤツ!?」


「対象ヲトロールト確認、データ不足ニヨリ対象ノ戦闘力ノ判断ガ不可能」


「オレニモナマエアル! オレ、グルドロ! グルドロトヨベ!」


「クロムサンガ仰ッテイタボスノ可能性ガ非常ニ高イデス。警戒レベル上昇」


 地団駄を踏みながら、意思疎通をまともにしようともしないエステルに怒りのボルテージが上がっていくグルドロ。名前で呼べと言ったにも関わらず名前を呼ぶどころか、頑張って覚えた言語なのに全く会話すら成立させてくれないことに、グルドロの怒りはさらに高まっていく。


「ウオオ!! バカニシテルノカ!!」


 痺れを切らしたグルドロは、右手に持った巨大な棍棒をエステルの脳天に振り下ろす。オークの攻撃とは比べ物にならないほどパワーがあり、周囲に強烈な風が巻き起こる。


(パワー、想定以上。ガードハ危険ト判断)


 右方向に地面を蹴って棍棒を避けるが、地面に棍棒が当たった風圧と地震のような衝撃でエステルの足元をよろめかせる。叩きつけだけでは終わらず、棍棒をそのまま引きずるように振り回してエステルを薙ぎ払う。

 叩きつけよりも姿勢や腕の位置等のいくつもの影響で威力は大幅に下がったもののその威力は高く、エステルは雑木林の中へと大きく吹っ飛ばされた。

 ごろごろと地面に打ち付けられながら転がるエステル、勢いが止まったところで土と枯れ葉まみれになったその身体をゆらりと動かし、自身が受けた衝撃を分析しながら構えをとる。


「危険性増大、全損ノ可能性大幅上昇。戦闘プログラム変更シマス」

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