第3章

第5話

 無数の折れ曲がった街灯が散見される新月の道中、明里はクラリスと共に自宅への歩みを進めていた。


「く、クラリスさん……ちょっとだけ休んでもいいですか……」


「ん? どうかしましたか明里殿?」


「はい。渡された荷物が重くて……ちょっと肩が」


「無理はしないほうが……私が持ちましょう」


 クラリスは明里が背負っている荷物に手をかけ、同じように肩にかけて荷を背負う。


「ありがとうございます。いたた……」


「心配には及びません明里殿。御主人の友人の頼みとあらばなんなりと」


「う、うん。何入れたんだろクランさん……」


 邪な気持ちが沸き上がりそうな程従順過ぎる物言いに、明里はロボットらしさを覚えながらも、その欲望を理性を押さえつける。

 二人はそのまま歩き続けるが、次第に数少ない機能している街灯の数もさらに少なくなり、ついには灯りらしい物が無い真っ暗な道へと入り込んだ。

 長い間真夜中の外出を行っていなかった明里には、真っ暗な道程が懐かしくかつ新鮮にも思えた。


「いつも通ってる道だけど、灯りが無いとこんなに暗いんだ……。」


 完全なる暗闇に入り、まだ眼が慣れていない明里は足下の障害物を気を付けながら歩く。重い荷物を手離したためか、身軽に感じて動きやすくなっている。


「クラリスさんは大丈夫ですか? 見えづらかったりとか……」


「ああ、問題ない。私の眼にはしっかりと前が見えている」


(クラリスさんの眼にはそういう機能もあるのかな)


 それを聞いた明里は、眼が慣れてないうちの下手な移動は危険と考え、クラリスの腕に手を回す。

 それを感知し、クラリスは腕をしっかりと自身の腕で引き寄せて固定した。


「夜道が不安ならば、私が魔法で前を照らしたほうが良いですか」


「あれ、クラリスさん魔法が使えるんですか?」


 クラリスの親切からの申し出に、明里は一瞬驚きを見せる。

 仕込んだ機構を魔法のように見せていることははクランから聞いていたため、その時のことを思い出しながら質問を返す。


「まだまだ未熟な物ではあるが、視界を確保するには充分だ」


「えっと、それじゃあお願いします」


「承知した。少しだけ腕を放していただきたい」


 言われた通りに腕を放し、はぐれないようにほんの少しだけ距離を取る。

 クラリスは呼吸を調えるような動きを行い、目を瞑って胸の前で両手を近づける。すると、手と手の間が少しずつ明るくなり始める。


「ーー暗闇を祓い給え、我が光よ!」


 詠唱らしき言葉を発し、大きく開いた手のひらと共に右腕を突き出す。すると、そこから正面に真っ直ぐと光が伸び、前方の光景を明るく照らした。


「すごいです! あれ、でもこの光り方って……」


「ああ……私の魔法はまだ未熟でな、まだこれくらいしか照らすことはできなんだ。しかしいつかはもっと明るく照らし視界を……」


 頬を染めて恥ずかしそうに自身の魔法の腕を語るクラリス。その隙に手のひらを覗く明里。右の手のひらから放たれる光の元を辿ると、手のひらの開閉口らしき部分から光源が現れているのが見えた。


(やっぱり、懐中電灯みたいな光り方と思ったらこんなのを仕込んでたんですね……)


「明里殿! 直接光の元を見ては目が焼けてしまいます!」


 右手首で、離れるようにと軽く動かして指示をするクラリス。

 もう少しその機構を見ていたかった明里は渋々離れ、左腕に再び腕を回す。

 光を確保したところで出発しようとした二人だが、クラリスが微かな足音を聞く。


「前方に何者かがいる……しかし、この足音は人間にしては重く力強い。明里殿、私の後ろへ」


「えっ、どうしたんですか?」


「前方から何者かの足音が聞こえる。おそらく二人……いや、二体いる」


「足音なんて何も聞こえませんけど……?」


「そこにいるのは何者だ! 姿を見せろ!」


 気迫に満ちた声を上げて、クラリスは明かりを前に向ける。腰の剣に手を当て、臨戦態勢を整えながら歩き出す。

 その後ろを、明里は突然の事態におどおどしながら着いていく。


「うう、もしかしたら運に見放されたかも」


 一歩ずつ前にゆっくりと歩く二人。だが、何かに勘づいたのか、クラリスは突然立ち止まる。急に止まったクラリスの鎧に鼻を軽く打ち付けてしまう。


「いたた……どうしたんですかクラリスさ」


「足音が止まった。妙だな、私が先に様子を確かめるので明里殿はここでお待ちを」


 聞こえていた足音が無くなったことを不信に思い、クラリスは危険性を考えて前進する。静かな道に鎧の動く音が鳴る。

 明里は目が暗闇に馴れ始めたのを期に周囲を見渡す。すると、そこは自身が今まで何度も使ってきた通り道、そして自分がどこにいるのかをはっきりと認識できるようになった。


(確かこの先にはT字路があって……あれ、でもさっきクラリスさんは足音が聞こえるって言ってたけど……もしかして……!)


 明里は自身が待機している場所から、正面の視界を限界まで注意深く警戒する。すると、T字路の交差する部分から少々離れた場所に、天に指された棍棒のような物が壁越しに見えた。

 棍棒が見える場所は、クラリスの視界からは現在死角になっている。


「ん、この先は左右への曲がり角か」


「クラリスさん! 右です! 何かいます!」


「…っ!?」


 明里が叫んだ次の瞬間、壁越しに見える棍棒が一気に大きく前進する。

 とっさに首を右へと向けるクラリス。剣を引き抜く隙も無いと判断したのか、右腕を額の上に持っていき、防御の体勢に入った。

 その棍棒は勢いよく振り下ろされ、クラリスの鎧を纏った右腕に勢い良くぶつけられ、周囲に金属のぶつかりあう音が響き渡る。

 棍棒と右腕が競り合う状態になると、その武器しか見えなかった相手が姿を現す。

 緑色の肌に筋肉質の巨体、今自分達と敵対した相手は、所謂オークと名付けられた者達だということが明里にも認識できた。


「クラリスさん! 大丈夫ですか!?」


「ぐっ……問題ない……この程度ならっ!」


 苦悶の表情を浮かべながらオークを弾き飛し、その隙に剣を引き抜いて目の前のオークへと刃を向ける。


「覚悟しろ化け物! はぁぁっ!!」


 オークめがけて正面から突っ込んで行くクラリス。突進を防御するために棍棒を盾に待ち構えるが、見た目よりも人間離れしたパワーに防御を崩される。


「そこだっ!」


 体勢を崩したその隙を見逃さず、オークのクビめがけて剣を振り払う。クラリスの一閃は首を一撃で斬り飛ばし、 首無き身体はその場に崩れ去った。


「まずは一体」


「クラリスさん気を付けて!」


「何……ぐあっ!?」


 敵を一体倒し、剣に付いた血を振り払った次の瞬間、T字路の左側の道から勢い良く威圧感のある足音が聞こえる。明里はその足音の主であるもう一体のオークをしっかりと視界に認識した。

 オークは目標の敵がいる方向へと走っていき、勢いのままに体当たりする。威力を増した体当たりに怯むクラリスだが、吹き飛ばされることなくしっかりと受け止める。


「相当なパワーだが、この程度!」


 受け止めた状態から、お返しのショルダータックルで距離を離しつつよろけさせる。そして間髪入れずに剣をオークの心臓へと一突き与えて絶命させた。


「こいつらが足音の主だったわけだな。警戒しすぎたようだ」


「す、すごいですクラリスさん! あんなモンスターを一瞬で!」


「明里殿、お怪我は……!?」


 クラリスは剣を仕舞い、明里の目の前まで戻ろうとする。

 明里が視界に入る場所まで戻ると、その後方、それほど遠くない距離に二体のゴブリンを視認する。明里はそれに気付いている様子はない。


「この距離では間に合わない……伏せろ明里殿!」


 このままでは明里が襲われてしまうと判断したクラリスは、声を荒げて体勢を低くするように指示する。

 突然の大声に、半ば条件反射のような状態で膝を曲げて、頭を地面に向けて姿勢を低くした。

 体勢を変えたことを確認し、ゴブリンがいる方向へと左腕を突きだし、目を瞑り左手を大きく広げる。


「力よ迸れ……猛き熱炎よ!」


 詠唱を唱えた次の瞬間、クラリスの左手から勢い良く、一直線にドラゴンの火の息の如く炎が放たれる。    

 炎は屈んだ明里の真上を通り過ぎ、背後にあとわずかと言えるほど近付いた二体のゴブリンを焼き尽くした。

 ゴブリン達は耳を劈くような悲鳴をあげて燃え尽き、絶命した。

 明里は屈んだ姿勢のまま、クラリスの方へと目線を向ける。すると、手のひらに穴が開き、そこからノズルのような物が僅かに顔を出して、火炎放射を行っている様子が伺えた。


「大丈夫ですか明里殿!? 怪我は……」


「ううん、大丈夫です……ありがとう……ございます」


 言葉を証明するようにその場に立ち上がり、一礼と共にお礼の言葉を伝える。

 クラリスが安心したかのような表情を見せて間もなく、遠くから別のモンスターの雄叫びのような声が聞こえた。その雄叫びは明里にもはっきり聞こえる程の物だった。


「さっきの鳴き声のせいか……急ぎましょう」


「は、はい!」


 危険を感じ、自宅へ向けて走り出す二人。目が慣れた明里は、迷うことなく自宅への道筋を走り抜けていった。

 その後、運良くモンスターに遭遇することもなく、なんとか二人は明里の自宅へと到着した。

 久方ぶりの全力疾走で息が上がる明里と、対照的に平気そうな顔で明里を見つめるクラリス。


「明里殿、急いで玄関のドアを開けたほうが」


「はぁ……はぁ……そ、そうですね……ちょっと待ってて」


 ある程度息が落ち着いた後で、ポケットから鍵を取りだして、玄関のドアを開ける。

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