第4話

「ごっ、ごめんなさい!! ……あれ?」


 飛び上がるように、明里はソファーの上で気絶した状態から復活した。

 目覚めてからふっと落ち着き、それから自分の状況を確認してみると、いつの間にかソファーの上で毛布を掛けた状態で眠っていたらしいと考察した。


「あれ、私どうしてたんだっけ? あの部屋でクラリスさんの身体を見て……」


 どうしてこんな状態になったのか全く思い出せない明里は、腕を組んで何があったのかを細かく思い出してみる。

 その手間を省くように、香ばしい匂いを漂わせながらクランが口を開く。


「その後あたしの声を聞いて倒れたんだよ。まったく失礼な奴だ……はい、夕食の焼き立てピザだ」


 クランは大きな皿の上に乗せた具沢山のピザを、ソファー前のテーブルへと置いた。


「ごめんなさい……」


「謝ることはない。さ、冷めないうちに早く食べるといいぞ。エステルのお手製だ」


 目の前の皿から薫る食欲を刺激する香ばしさと味を想像させる香り、それは今の明里にとっては抗えない誘惑だった。


「いい匂い……いただきます!」


 一目散にピザを頬張る明里。先程まで若干暗い表情をしていた少女とは思えない程明るい顔を見せる。


「おいしい! エステルさん料理のピザおいしいです!」


「アリガトウゴザイマス。ワタシノナカニトウサイサレタレシピカラノインヨウトナリマス」


「へえ……もしかしてそのレシピって、クランさんが考えたりしたんですか?」


「そんなわけないだろう? これだよ」


 クランはつんつんと天井に指を指す。意味が理解できずに、明里は首を傾げる。


「所謂レシピが搭載された電子レンジや冷蔵庫から拝借させてもらった。ちょっと移動すれば電子機器やそういう家電ははうんざりする程あるからな。ちなみに、材料や家財も上から拝借させてもらった」


「えっ、それって泥ぼ……」


「こんな状況なんだから細かいことは気にするな! 折角大企業の技術者が作り出した素晴らしい機能なのだから、いいところは拝借させてもらわなくてはな」


「もしかして、エステルさんがフルーツ牛乳渡してくれた時に冷えてたのって」


「そういうことだ。手から動かすようにして魔法っぽく演出するのに苦労したよ……。せっかく見た目をファンタジーよりにしたのなら、こういう所も拘らなければな」


 赤ワインの瓶片手に、自身の開発物の話で盛り上がるクラン。その様子を、明里はピザを少しずつ食べながら楽しそうに聞く。


「ところで、どうして見た目をファンタジー寄りにしたんですか?」


「ええ? そんなものモンスター共がファンタジーな奴等ばっかりだからだよ! オークやゴブリンがいるなら女騎士やエルフは鉄板だからな! 最も、兵器を造るだけならそこに拘らなくてもよかったんだが、私一人じゃ太刀打ち出来る気がしなくてな……だからある程度自立行動も可能でかつ、人々に警戒されないようにだな」


「凝り性……? なんですね」


「わかってくれるかぁ……!」


 自身が作ったロボットのコンセプトを理解してくれたことに、クランは思わず激しく明里の頭を撫でた。


「よぉしもう気に入った! 明里くんをクラリスの相棒に任命する!」


「えっ、ええっ!?」


 突然クランから宣告された相棒宣言に戸惑い、明里は立ち上がって聞き返す。


「さっきは言い損ねたが、私が明里くんを連れてきたのはクラリスのメンテナンスをする際の分解を手伝ってほしかったからだ。これから私は、クラリス以外にも人型対策兵器を作ろうと思ってる。しかし私一人だけでは流石に手が足りなくなると思ったが……そこでクラリスが君と出会ってくれた! 君の家の様子を見て、分解の手はこれで足りると確信したんだ」


 大きな身振り手振りで、クランは自らの企みや連れてきた理由を打ち明ける。明里は真剣に聞きつつも戸惑うような表情を表す。


「そしてここまで話して、君にはクラリスを任せられると確信した! クラリスと君は素晴らしいコンビになると思うんだが……どうかな?」


 一気に顔を近づけ、アルコール臭を撒きながらクランは明里に選択を迫る。酔っている状態なので本心なのか勢いなのか判断がつかないが、人間のようなロボットと一緒に過ごせる二度と無いチャンスだと、明里は考え決心した。


「喜んで、クラリスさんは私に任せてください!」


「よく言ってくれた! 早速準備をしてくるヨー」


「あっ、あの……ところで、クラリスさんがいなくなったらここは誰が守るんですか?」


「ああそこはエステルがいるから心配ない。性能や格好は家事ロボットそのものだが、戦闘もこなせるパワーもあるぞ。そもそも、この地下に一通りの家具を持ち込んだりスペースを確保したのはエステルだからな」


「えっ……ええええ~~~~~!!??」


 驚きのあまり、明里は今までに出したことない声で驚愕する。

 エステルの方を向くと、エステルはそれに反応し応えるかのように、無表情のまま明里に一礼をした。


「え、エルフ恐るべし……」


* * *


 入浴と食事を終え、必要な話も一通り終えた二人は、機能を停止したままのクラリスの前に立つ。

 メンテナンスを終えたクラリスは、剥き出しになっていた武装や内部機構も全て組み込まれた上で人工皮膚に覆われ、端から見ると一枚の服と下着を着ただけの女性が横たわっているようにしか見えなくなっていた。


「事前に言っておくが、今日みたいなことをやったらこれからは普通に痛がるからな」


「もう勝手にはしませんよ!」


「それならいい、起動するぞ」


 端末を操作し、クラリスのプログラムを起動させる。クラリスの両目が開き、目の奥が何度か点滅した後、その口を開く。


「信号を受け付けました。人型対策兵器クラリス起動します」


 クラリスの頭部や胴体からは、駆動音や電子音等の人体からは聞こえる筈もない音が小さく聞こえた。

 音が鳴り止むと、クラリスは上半身を起こしてそのまま再び口を開く。


「起動しました。続けて擬似人格を起動します」


 無表情のままシステムメッセージを喋り、その後口を閉じて目を瞑る。

 数秒経った後に再び目が開くと、直前とはうって変わってクラリスの目には光が宿り、人間の女性と変わらないような顔つきになっていた。


「御主人、それに明里殿、どうやら私はいつの間にか眠って……っ!」


視線を下に向けると、自分が今極度の薄着で肌を晒しまくっているに気付き、身体を隠すように横に捻って傾ける。


「そ、その……申し訳ないのだが……な、何か服か毛布をか、貸して……もらえないだろうか……?」


 クラリスは顔を赤くし、震えた声で懇願する。しょうがないといった軽い表情で、クランは掛け毛布を手渡す。


「さて、起きてすぐで申し訳ないが、今日からクラリスは明里くんと一緒に暮らして貰う。そして明里くんを守ってもらいたい、構わないな?」


「明里殿と共に……承知した!」


ほとんど間を置くことなくクラリスはクランの命令を受諾した。クラリスは明里の目の前に手を差し出す。


「私は明里殿を誠心誠意御守りする、これからよろしく頼む明里殿」


「……はい、よろこんで!」


 固い握手を交わす二人。手を解いた後に、明里はクラリスの手を握った右手を見つめていた。


(クラリスさんの手、硬いけど柔らかくて、暖かくて……なんだか不思議な感じ)


「よし、一通り済んだことだし、仕度するぞクラリス!」


「了解しました御主人!」


 掛け毛布で身体を隠したまま、クランと共に移動する。


「あの、何処へ行くんですか?」


「決まってるじゃないか。 このままの格好で外に出すわけにはいかないから着替えさせるんだ。そろそろ時間もいいとこだろう。」


「時間? あっ……」


 調整室の時計を見ると、既に時間は20時を過ぎており、外出するには危険とされる時間帯に入っていた。


「……えっ、もしかしてこの時間にここを出るんですか!? ねえクランさん!?」


 既に二人は明里の視界からいなくなっており、調整室に明里一人取り残されていた。

 明里は両手を合わせて、祈るように重ねた両手を振る。


「……どうか運に見離されませんように……!」


「何やってるんだそんなことして? どこの宗派なんだ?」


 異国の人を見るような目でクランは見つめてきた。いきなり現れたクランに、明里は顔を赤くして両手を後ろに隠す。


「いつの間に!? というか、こんな時間に外に出るって……」


「あたしのクラリスが信用できないか? まあ不安になるのもわかるが、これは機動テストも兼ねている。これも調整のうちというわけだ」


「は、はぁ……」


 どこか納得はいかないが、理解できなくもない理由に、明里は渋々自分を納得に押し込めた。


「荷物はエステルにまとめてもらったから心配しなくていいぞ。そのパジャマはプレゼントだ。さてと、入ってこい」


 クランの声に合わせて、断続的な金属がぶつかる音と共に、相棒となった女性の姿をしたロボットが調整室へ入る。

 頭部を除いた全身が鉄の鎧に覆われ、腰には出会ったときと同じ剣が備わっていた。


「待たせてしまってすまない明里殿」


「いえ、むしろ早かったくらいですよ。かっこいいなぁ……」


 鎧に軽く触れて、その凛々しい姿を褒めちぎる。クラリスは頬を赤くしながらも、その印象通り凛々しく応対する。


「この鎧と剣は私の誇りであり身体の一部、それを褒めていただけるとは光栄だ」


「アカリサン、クラリス、ジュンビガトトノイマシタ」


 クラリスの後ろから、エステルがひょっこりと現れる。手には、明里の荷物がぶら下がっていた。


「エステル、私にもせめて呼び捨てではなくさん付けを……」


「ヒツヨウアリマセン」


「はいはい、それじゃお見送りをしようか」


 四人はリビングから繋がった細い通路を通り、駐車場へと出る。クランとエステルは入り口で止まり、明里とクラリスはしばらく歩いた後で振り向いた。


「クランさん! エステルさん! 今日は本当にありがとうございました! これからもよろしくお願いします!!」


「コチラコソヨロシクオネガイシマス」


「ああ、こちらこそよろしく!」


「御主人! エステル! 明里殿は私が全力で御守りします!」


「キヲツケテクダサイ」


「ああ、無理をしないようにな!」


「さて、行きましょうか明里殿」


「はい、クラリスさん!」


 明里はクラン達に大きく手を振りながら離れていく。それに応えるようにクランも小さく手を振り、エステルは綺麗に頭を下げた。


「……なんだか、自分の娘を見送っているかのような気分だな」


「クラリスハムスメデハナクサクヒンナノデハナイデスカ?」


「同じようなものだろう。有機物か無機物かの小さな違いだ。よし、これから忙しくなるから、エステルは上の階からジュースと眠気覚ましとポテチを持ってきてくれ」


エステルの頭に手を置いて、これからの長引くであろう作業のために、パシりに近い指示を言い渡した。


「カシコマリマシタ」


 クランは通路へと戻り、エステルは駐車場の方向へと走り出す。

その頃明里とクラリスは、地下から外に出て夜空の下、明里の家へと順調に移動していた。


「なんだか久しぶりだなぁ……暗い中を歩くって」


「そういえば、夜の外出は出来る限り控えるように伝令があるとのことで……明里殿は私が御守り致します!」


「……うん、ありがとうクラリスさん。それと……改めてこれからよろしくね」


「こちらこそ、よろしくお願い致します明里殿!」


 二人は真っ直ぐ、自宅までの道程を共に歩み続けた。

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