第2章

第3話

 青い髪の女性とクラリスの後ろを歩く明里。クラリスの背中からちらちら見える、振り子のように動くぶら下がった頭部を見ては出てくる分解してみたい欲と、自分の中で戦う。


「舌出てるぞ君」


「……えっ!? あっ、はいすみません!」


「変態か何かか君は。そういえば、君の名前を聞いていなかったな」


「はい、日向明里といいます」


「明里くんか……覚えたぞ。あたしは藤堂クランだ、よろしくな」


「はい。クランさん、よろしくお願いします!」


「さてと、もうそろそろ着く頃だな……ここだ」


 クランとクラリスは、かつて巨大な家電量販店だった建物の前で止まる。中に人がいる気配はない。


「ここ…ですか? でもここって……」


「まあついてこい、地下の駐車場まで向かうぞ」


 三人はエレベーターに乗り、地下の駐車場まで向かう。降りた駐車場には明かりが無く、破損し放置された自動車の姿がちらほらとあった。


「うーん……めんどくさくても明かりは設置するべきだったかなぁ」 


「御主人、私が今から明かりを……」 


「あー今日はいい、その身体じゃ無理だろうし」


「なっ、何を仰るのですか!? 私は傷一つ……」


「いいから……な?」


「……承知致しました」


 ぶら下がっているのでわかりにくいが、首の部分がわずかに下へ傾くように動いたので、おそらく落ち込んでいるんだろうと明里は察した。


「ここだ、この先にあたし達の住処兼研究所がある。非常口と書いてあるのはダミーだから気にするな」


 クランは、緑に光る非常口のパネルの下にある扉を開ける。

 その先には、細長い一本道があった。奥は暗闇で見えない程に遠い。


「さて行くぞ。心配は無いと思うが、足元に気をつけてくれ」


「はっ、はい!」


 本当に大丈夫なのかという一抹の不安が、明里の中でさらに強まっていく。しかしここまで来たならと、後戻りが出来ないという覚悟の元に歩みを進める。

 暗い一本道を歩き続けていると、再び扉が視界の中に入り込む。


「お疲れ様、ようこそ! ここがこの私の根城、藤堂クラン研究所だ!」


 クランは勢い良くその扉を開くと、そこに広がっているのはまさに秘密基地と言えるような光景だった。

 一軒家のリビングよりもさらに広い空間に、テーブルやソファー、部屋と地続きになっているキッチンや冷蔵庫、洗濯機等がきっちり揃えられており、そして部屋の両サイドにはそれぞれ別の部屋に続いているであろう扉が一つずつ確認できた。


「うわぁ……す、すごい……地下にこんな空間が……?」


「そうだ、ここに来たときに無理矢理掘って作った物だがな」


「無理矢理って……もしかしてここをクランさん一人で!?」


「あーいや、あたし一人ではないな」


「オカエリナサイマセ、マスター」


「おっと、噂をすれば」


 部屋の入り口から見て左側の扉から、金髪で長い耳を持った所謂エルフのような見た目をしたエプロン姿の美少女が現れる。

 その眼から放たれる視線が一直線で反れることなく、瞬きも無い。声はどこか棒読みで、電子音のような物が混じっているように感じられる。


「ああ、今帰ったよエステル」


「ニュウヨクノジュンビハシュウリョウシテイマス。サキニショクジヲオコナイマスカ?」


「いや、先に風呂に入ってからにするよ。……と、その前に……紹介しよう、あたしの相棒のエステルだ」


「あ、はい! よろしくお願いします!」


「コチラコソヨロシクオネガイシマスオキャクサマ」


 エステルは一糸乱れぬ綺麗な動きで一礼をする。


「エステル、この子は明里って言うんだ。覚えておくんだぞ」


「ハイ、カシコマリマシタマスター」


「さてと……それじゃあ明里くん、付いてきてくれ。いくぞクラリス」


「はい御主人!」


 クランとクラリスは、エステルが出てきた扉とは反対の扉へと向かう。明里はエステルに気をとられて出遅れてしまい、慌ててクランの下へと走って行く。

 扉の向こうに足を踏み入れた明里は、先程までの部屋の雰囲気とはうってかわってとても機械的な部屋に息を飲んだ。

 巨大なメンテナンス用の調整台に、調整用か何かと思われるカプセル、操作系統が付いた巨大なモニター等々、理想的な秘密結社の秘密基地のような様相を思わせる内装に、明里は度肝を抜かれた。


「クラリス、ベッドの上で仰向けになってくれ」


「了解した御主人」


 クランの命令通りに、クラリスは調整台の上で仰向けになる。ケーブルで垂れ下がった首は、調整台の横に床スレスレのところでぶら下がっている。


「さてと、風呂に入る前に少し話をしようか」


「御主人の話を直々に聞けるなんてありがた……」


 懐からリモコンらしき機械を取り出したクランは、それを直接クラリスに向けてボタンを押す。するとクラリスは喋っている途中で停止し、表情をそのままに瞳の光も失った。


「割と気になっていたんだが……どこでクラリスがロボットだと気づいたんだ?」


「え? えっと、ゴブリンがクラリスさんの右腕に攻撃した時に、全く気づいてなかったような様子だったり……あと、右腕を手当てしようと思って脱いでもらったら、折れてたのに気づいてないのを不信に思って……」


「ふむ、なるほど……やはり擬似的な痛覚は付けた方が良さそうだな」


 懐から取り出した針をクラリスの腹へ何度もぷすぷす刺しながら、悩ましいと言いたげな雰囲気でクランは話す。


「元々クラリスは、モンスター討伐の為にあたしが作った人型対策兵器でな、私の蓄積した技術や過去のデータを使って人間と遜色ないそれらしい反応や会話も可能にしている。だが、後からモンスター討伐のためなら別に搭載しなくてもよかったのではと思い始めた。そもそも人間にはそこまで頻繁に出会わないし、たいして長く会話もすることは無いだろうから痛覚や状態の自己診断みたいな機能は要らないと思ってたんだがなぁ……?」


 クラリスの胸を手のひらで音をたてて叩きながら、じっと気だるげな目で明里を見つめる。


「な…なんだかごめんなさい……」


「良いんだ。こういうケースもあると知ったからにはもう少し人間らしく作る必要があるとわかった。それに、一撃でクラリスの腕を折るほどの威力を持つモンスターも現れているなら、何れにせよ改良が必要だ」


「……あれ、ということはそれまでは耐えられたんですか?」


「当たり前だ! まあそれか、クラリスの耐久に限界が来ていたか……だな。リアクションが無いとなると、危なかったかどうかもわからん。話は一先ずここまでだ。明里くんは先に風呂に入るといい」


「えっ、でも私の家にも……」


「いいから、今日はあたしに甘えておくといい。服はプレゼントするから」


「……はい」


 そう言われて部屋を後にする部屋を後にする明里。

 部屋を出てすぐ目の前にはエステルがタオルとパジャマを用意して待機していた。


「オマチシテオリマシタアカリサン。ソレデハ、ヨクシツヘアンナイシマス」


「あ、あの! エステルさんも……ロボットなんですか?」


 エステルは歩きながら首を180度回転させ、変わらない表情で淡々と質問に答える。


「……ハイ、ワタシハマスター、藤堂クランサマ二ツクラレタオテツダイロボットデス。シツモンハイジョウデスカ?」


「えっと……はい」 


「カシコマリマシタ」


 エステルは首を正面に向き直して浴槽へと移動する。


「なんだか、すごい人に出会っちゃったかも……?」


* * *


「疲れた……冷蔵庫あたり分解しに行く筈が、まさかこんなことになるなんて」


 人一人が入っても大きくスペースが余る程の巨大な浴槽で、ぐったりと肩を預けてくつろぐ明里。天井を見上げて今日起こった出来事を振り返る。


「あーーー……色々起こりすぎて頭が追い付かないよ……」


 頭の中で今日の出来事を振り返るうちに、疲れからか眠気がやってくる。欠伸をしてから間もなく、明里はそのまま眠りかける。

 その時、浴槽の扉が開き、背後から何者かが近づいてくる足音が聞こえる。しかし、意識が朦朧としている明里には気づく気配が見られない。

 その何者かは、何も言わずに明里の両脇に腕を通し、風呂から引き揚げた。


「アカリサン、セナカヲナガシマス」


「ふぁ……あれ、エステル……さん?」


 後ろから聞き覚えのある電子音混じりの声が耳に入る。明里は両脇から持ち上げられたまま風呂椅子に座らせられ、背中から優しく洗われていく。


「エステルさん、風呂に入っても大丈夫なんですか?」


「ハイ、ワタシニハボウスイカコウガホドコサレテイマス。コノヨウナサギョウヲスルブンニハモンダイアリマセン」


 明里の肌に合わせたちょうどいい力加減で明里の背中から正面まで洗っていく。

 エステルが正面から洗うために移動し、明里の視界の中に入ってくると、そこにはエステルの身体中に点在する接続部分の継ぎ目がはっきりと見られた。

 好奇心から、左肩にある継ぎ目に指を引っ掻けてみようとすると、即座に腕を掴まれ、無表情で目線を合わせて注意された。


「コノヨウナコウイハワタシノコショウノゲンイントナリマス。オキヲツケクダサイ」


「ご、ごめんなさい……」


 明里は手を下げて、黙ってエステルに身体を洗い続けてもらう。 身体中に付いた泡を洗い流し、続けて髪を同じように美容師のような手付きで洗い、そして流した。


「シュウリョウシマシタ。ヒキツヅキオクツロギクダサイ」


 一礼をして、エステルは浴槽から出ていく。そして明里は再びお湯の中へ入り、力を抜いてくつろき始めた。


「すごいなぁクランさん。クラリスさんやエステルさんみたいなロボットを作れるなんて……二人ともかわいいし綺麗だし、いいなぁ」


 クランへの尊敬と二体への羨望を頭の中で巡らせていると、ふと腹の虫が鳴り始める。そこで明里は、騒動以降何も食べていなかったことを思い出した。


「そういえばあれからなんにも……そろそろ出よっかな」


 浴槽の扉を開け、明里は身体を拭いてパジャマまで着替え終える。


「なんだか少し大きいような……?」


「アカリサン、コチラヲドウゾ」


 再びエステルが目の前に現れる。その手にはフルーツ牛乳の瓶を所持しており、冷えているという証の水滴が瓶の周りに付着している。


「あ…ありがとうごさいま……っ!」


 瓶を掴もうとしてエステルの手に触れた瞬間、先程身体に触れられた時と違い異常な冷たさを感じる。

 明里は驚き、火傷したかのように手を離して一歩後ずさった。


「ドウカイタシマシタカ?」


「う、ううん……なんでもない。ありがとうエステルさん」


 明里はそっと、ゆっくりフルーツ牛乳の瓶を手に取る。軽く頭を下げ、蓋を開けてそのまま中身をを流し込んだ。


「……冷えてておいしい」


 明里は飲みかけの瓶を持ってリビングに入る。その時、向こう側から服を肩にかけ、下着姿で浴槽へと向かうクランの姿が視界に入った。


「なっ!? なな、なんですかその格好!?」


 いきなり入ってきた奇抜どころではない非常識な格好をしたクランに、明里はただただたじろぐ。


「ん? あたしの家なんだからどんな格好でもあたしの勝手だろう? それじゃ風呂入るから、その後で明里くんの歓迎会といこうか。」


 気にしないと言わんばかりの振る舞いで手を降り、クランは扉の向こうへと消えていった。

 クランが歩いてきた方向に視線を向けると、調整室への扉が開いたままで放置されていた。


「そういえば、クラリスさんどうなってるのかな? クランさんは風呂に入ってるから、今は覗いてもいいよね……?」


 周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、恐る恐る調整室へと入っていく。

 一度入った時の記憶を頼りに歩いて行くと、クラリスを乗せた調整台が目に入る。


「確かあそこにクラリスさんが……でもなんか変だなぁ」


 調整台の上には、カバーらしきものがかけられたクラリスの下半身しか見当たらず、上半身があるであろう位置には細かいパーツのようなものが見える。この時、明里の中で推測や都合の良い予測がどんどん膨らんでいき、そこから期待と興奮が連鎖的に沸き上がる。

 そうなるといてもたってもいられず、明里は足早に調整台へと向かった。


「すごい……これが、クラリスさんの中身……!」


 調整台の上には、臍から上は金属の塊とも言える肌色のない上半身、内部機構を剥き出しにされた状態のクラリスが横たわっていた。

 明里が取り外した右腕や首は既に再接続されており、腕の隣には内部武装と思わしき部品も置かれている。


「さ、触ってみたい……! でもまた下手なことしてクランさんに今度こそ改造されたり……」


「ふふん、気になるか?」


「はい、とて……ひゃう!?」


 明里の後ろから、気づかれないように顔を出すクラン。その姿は、先程と変わらず下着姿だった。

 明里は思わず悲鳴を上げ、その場に硬直してしまう。


「安心しろ、明里くんに来てもらったのはクラリスのメンテナンスのための分解作業を行ってもらうためで……あれ? 明里くーん?」


 申し訳ないと思いながらも、クランは頬をつついたりと反応を確かめる。

 しかし明里は、クランにバレた事への恐怖と、驚かされたことへのショックで立ったまま硬直し気絶していた。


「やりすぎたか。おーいエステル、明里をソファーに運んでおいてくれ」


「カシコマリマシタマスター」


「さて、クラリスもあとは仕上げだけだし、その前に身体の疲れを取らねばな。おっふろ~おっふろ~」


 その場の事は全てエステルに任せ、クランは改めて風呂場へと向かった。

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