第2話

 クラリスを自分の家の前まで連れてきた明里。重装の鎧姿で歩く様は非常に目立つが、モンスター出現以降は外出中に人々に出会うことは少なくなっていることもあり、あまり誰と一緒にいるかなどと人目を気にすることはなかった。


「ここが私の家です」


「ここが日向明里の家か……一人で住んでいるのか?」


「はい……今はそうですね」


「一人で暮らすのは危険だな……用心するのだぞ」


 クラリスを家に招き入れ、そのまま自分の部屋まで案内する。

 一般的な住宅に響く、まるで似つかわしくない鎧のかちあう音が、今の状況の微妙な異質さを感じさせる。


「ここが私の部屋です。ゆっくりしていってくださいね」


「ああ、そうさせてもらおう」 


「ところで……クラリスさん、ずっと着ているのもなんですし、鎧を脱いでしまっても大丈夫ですよ?」


「そうか、ではそうさせてもらおう」


 クラリスは明里の言葉に応え、てきぱきと鎧を脱いでいく。

 鎧を全て脱ぎ終えた時に目に入り込んだのは、豊満な胸をくっきり表す長袖Tシャツ一枚と下着、そしてゴブリンの攻撃を受け、折れ曲がった右腕だった。


「ク、クラリスさん……! み、右腕が…!」


「ん? 右腕がどうかしたのか?」


「う、動かないでください! 今すぐ氷と包帯を持ってきます!」


「…………」


 大慌てで部屋を離れる明里。クラリスは微動だにせず、時間が止まっているかのように静止していた。

 どたどたを足音が鳴りそうな慌てぶりで、明里は薄手のビニール袋に詰めた氷と包帯を持ってくる。


「く、クラリスさん! すぐに冷やして包帯を…?」


 明里はマネキンのように動かないクラリスを見て不思議に思う。直接触れてみても反応する気配はない……が、明里はどこか人肌と感触が違うようなという違和感を覚える。


「クラリスさーん、大丈夫ですか?」


「ん、どうしたんだ日向明里? 何かあったのか?」


「ああいえ、何も……クラリスさんって、人間なんですか?」


「ん? 変なことを聞くものだな。人間に決まっているだろう」


 クラリスは当然のように答える。しかし、肌に触れた時の若干の違和感と、折れても何もリアクションが無いという異常さが、明里の疑問をさらに強めていった。

 ここで明里は実験としてある行動を試す。


「ねえクラリスさん、目を瞑って、絶対に何も見ないようにしてもらってもいいですか?」


「ああ、構わないぞ」


 クラリスは明里の言葉通りに目を瞑る。ここで明里は、クラリスが自分の言葉には全て応えてくれているということに薄々ながら気づいた。

 疑問を確信に変えるために、明里はカッターを手に取り、クラリスの折れた右腕部分に当てる。


「ごめんなさいクラリスさん!」


「ん? 何を言っているんだ?」


 右腕に当てたカッターを立てて一直線に滑らせる。すると、クラリスの右腕からは血は一滴も出ず、捲れた肌色の皮膚の下からケーブルや金属、人間のような挙動を生み出すだめの機構の集合体が姿を表した。


「ロ……ロボット……!?」


 思わず手に持ったカッターを落としてしまう明里。自分を救ってくれた恩人がロボットだという衝撃に困惑したと同時に、こんなに人と見紛うようなロボットが存在しているのだという事実に、明里の中でクラリスを解体してみたいという好奇心が爆発する。


「だ、ダメ……クラリスさんは恩人なのに解体するなんて……でも、こんな機会はもう訪れないかもしれないし……!」


 明里の心の中で欲望と良心がぶつかり、葛藤する。

 そんな恩を仇で返すような真似をしてしまってもいいのか、しかしこの千載一遇のチャンスを逃してしまってもいいのか、明里は悩みに悩んだ。


「……よし、解体しちゃおう。ごめんなさいクラリスさん」


 ふっと己の欲望に正直になり、クラリスを解体することを決意する。

 明里はすっと吹っ切れた顔になるが、美人で非常に精巧なロボットを解体できることに興奮を隠しきれず、どこから手を付けるかすぐに浮かばない。


「クラリスさん、仰向けになって寝てもらってもいいですか?」


「ああ、構わないぞ。」


 全身を解体しやすいように仰向けになるようにお願いする。クラリスは明里のお願いを迷うことなく受け入れる。

 まずは取り外せるかどうか確かめるために、右腕を横真っ直ぐに整え、グルっと縦に一周するように右肩の皮膚にカッターを滑らせていく。クラリスの右肩の皮膚に綺麗な切り取り線がつけられ、その切り取り線から爪を引っ掛けてめくっていくと、肩の間接の役目を担う部位が現れた。


「すごい……! すごい……!!」


 初めて遊園地に来た子供のような無邪気且つ歓喜に満ちた表情を見せる明里。右肩の皮膚をずらして、どのように、どこをどうすれば解体できるのかを推測し、考える。

 思い付く限りの解体手順をクラリスの右肩へと実行する。推測は正しかったのか、みるみるうちに細かなパーツがクラリスの右肩から現れ、簡単に取り外せるようになった。

 明里は自分の今までの経験に感謝し、ガッツポーズを取る。


「そーっと……そーっと……」


 明里はおそるおそるクラリスの右腕を掴み、ゆっくりと引っ張っていく。クラリスの身体から右腕が離れ、 クラリスの右肩には接合部らしき部位だけが残った。


「やった……!」


 声を押し殺して取り外した右腕を手に、大きく喜ぶ明里。右腕をべたべたと触り、皮膚、内部機構を堪能する。


「そうだ、ねえクラリスさん、右腕を動かしてもらっても大丈夫ですか?」


「ああ、構わないぞ」


 クラリスは快く了承し、接合部だけになった右腕を動かそうとする。腕を失った右肩の接合部が腕を上下左右に動かしているかのような動きを見せる。


「はぁぁ……ありがとうございます……!」


 その様子にうっとりとする明里。興奮を抑えきれずに次は首にカッターを当てていく。仰向けになったクラリスの上に覆い被さり、柔らかい胸をクッションにして、目を至近距離まで近づけて首の人工皮膚を切断していく。

 クラリスの首をカッターが一周し、内部構造を確認できるように人工皮膚を捲る。


「あれ、これって……首を簡単に取り外せる?」


 首の構造から推測するに、皮膚さえ取り除いてしまえば簡単に取り外せるのではと考える明里。早速行動に移し、首部分の皮膚を鎖骨部分まで切り取り、微細なパーツを取り除いてからクラリスの頭に手をつける。


「せーのっ…………あっ」 


 クラリスの首が明里の手で簡単に持ち上がっていく。頭部は身体から離れ、無数のケーブルでかろうじて繋がっている状態となった。


 マネキンの頭のような状態になったクラリスの頭を撫でて、直にべたべたと触って行く。舐め回すように360度頭を動かして観察している間、クラリスの長い金髪は大きく揺れ動いていた。


 いくら頭を動かしても反抗する様子がないと悟った明里。こうなると試したいことが湯水のように湧いてくる。


「本当に何も見てないか確かめないと……!」


 明里はクラリスの頭を左手で支え、右手に持ったカッターでクラリスの閉じた左の瞼を切り取って行く。

 瞼を切り取った先には、近くで見ると有機物とか明らかに違う美しい眼球が現れた。明里は直接眼球を触ると、人間の物とは違う無機質で固い感触を実感する。

 眼球のレンズ部分の前で指を動かしても眼球が動く気配は無く、レンズ部分に触れても何もリアクションは無い。


「本当に何も見てないんだ……。クラリスさん、目を開けてください。」


 明里の言葉を聞き、クラリスの右瞼が持ち上がる。と、同時に静止していた左の眼球が動き始める。


「ん? どうしたんだ日向明里、そんなに顔を近づけて。私の顔に何かついているのか?」


 両手でクラリスの頭を持ち上げているため、自然と明里との顔の距離は近くなる。


「いえ、なんでもありませんよ」


 改めて右手にカッターを持ち、クラリスの左耳の裏に大きく切り込みを入れる。切り込みから直接右手を入れ、クラリスの人工皮膚の裏に手を潜り込ませる。クラリスの左頬には明里の右手の形がくっきりと現れた。その異常な状態にクラリスは気づいてる様子もない。


「ねえクラリスさん、あんなモンスターを容易く倒せるなんて、どんな訓練を積んだんですか?」


「よくぞ聞いてくれた。私がこれまで行ってきた訓練は……」


 頬に手の形が浮き出た状態で何も起きてないかのように喋り始めるクラリス。首も外れているが、声への影響は見られない。右の眼球を指で摘まんで引きずり出して見るが、それでもリアクションは無かった。


「……と、いうわけだ。この鍛練の積み重ねこそ、私の騎士としての誇りの一つとなっている」


「すごいですね……あっ、また目を瞑ってもらってもいいですか?」


「ああ、構わないぞ」


「さーてと、頭は一旦置いておいて……いよいよ身体を開かせてもらいましょうか……!」


 頭部を床に置き、仰向けになったままのクラリスの身体へと視線を向ける。カッターを右手に持ち、いよいよ頭部に並ぶお楽しみの一つである胴体に、Tシャツごと身体の中心に沿って切り込みを入れようとする。


 興奮するあまり、カッターを力強く握り、緊張も相まってぷるぷると震えが止まらない。


 仰向けの状態でくっきりとTシャツに浮き出た豊満な胸と、その艷めかしい身体が目の前に晒されているこの状況。男子ならばとても羨ましがりそうではあるが、明里はそもそも女子である上に、目的はその身体の中身にあった。


 胸の谷間の頂点に刃を当て、いよいよと身体に手をかけようとした次の瞬間、玄関の方向から何かが破壊されたかのような音が耳に入る。明里は思わず反応して振り向いた。


「な、なに今のは…っ!?」


 謎の破壊音から間もなく、明里の部屋に近づく足音が聞こえる。ドタドタを理性を感じさせないような足音ではなく、明らかに人間の足音であるところからモンスターではないと確信するが、それが逆に何者がやってきたのかという恐怖を明里に与えた。

 謎の足音は明里の部屋の前で止まり、明里に緊張感が走る。直後、激しいモーター音と共に部屋のドアが一撃で破壊された。


「ちぇすとー!!」


 木の破片と共に、両手にドリルを装着機械を持った青い髪の白衣の女性が部屋の中へと入り込んだ。


「おうおう、お前が私の作品を拐って行ったのか……って、クラリス!? ああ……こんな変わり果てた姿に……!」


「その声は、御主人!? どうしてここへ?」


「お前を探しに来たんだよ、よしよし……」


 女性はクラリスの首を抱き抱え、頭をわさわさと激しく撫でる。それから間もなく、鋭い視線を明里へと向け、目の前まで詰め寄る。


「クラリスをこんな状態にしたのはお前か? お前なのか?」


「あ……う……えっと……」


 鬼の如き剣幕とドス黒さを込めた声色で明里に問いただす女性。


「お前がやったのかと聞いている。返答によってはお前の全身を改造し、脳を無理矢理電子頭脳にして……」


「あっ……あ……ごめんなさい!!」


 女性の威圧に心が折れた明里は、膝をついて泣きながら土下座して謝罪する。


「ごめんなさい! クラリスさんがロボットだと知って、こんな精巧に作られた素晴らしいロボットが存在するなんてって感動して、クラリスさんに助けてもらったにも関わらず……我慢できずに……こんなことをしてしまいました……本当にすみませんでした……ううっ……」


 女性の言葉を聞いて改造されるかもしれない、何をされるかという恐怖で全身が竦み上がり、身体を震わせて謝罪をした。


「……精巧に作られた素晴らしいロボット……感動して……我慢できず……ふふっ、ふふふふ……そうか、あたしの作品をそんな風に……よし、許してやろう!」


 誉めちぎられたような謝罪の言葉に気を良くしたのか、女性はあっさりと明里の蛮行を許した。


「ほ、ほんとですか!?」


「しかし、知らなかったとはいえ人の物を勝手にバラすなんてのは感心しないな」


「うっ……それは……」


「そうだな……」


 女性は部屋全体を見渡して行くと、機械の部品が大量に詰まったプラスチックの収納ケースを見つける。


「これは、全て君のか?」


「あっ、はい……趣味で拾った機械の解体をやってまして……解体してる時はとても楽しくて落ち着くんです。それに、細かな部品を欲しがる人達もいたりして、少しだけお金が入ったり……」


「なるほどな……君、私のところで働くといい。私のところへ来れば好きなだけ解体が出来るぞ。それを以てクラリスを勝手に解体したことに対する賠償とする」


 自身の元で働くという条件と引き換えに、クラリスの解体の罪をチャラにするという契約が持ちかけられる。

 当然明里には、これを断る理由など無く、許してもらえる上にクラリスに触れられるという最高の条件の前に、明里の選択は一つしかなかった。


「ほ、本当ですか!? もちろんです! 行かせてください!」


「よし、契約成立だな。それじゃあクラリスを元に戻して、私についてきてくれ」


「えっ、あ……あの……」


 元に戻せと言われた途端に、明里は口籠って困ったような表情になる。


「ん、どうしたんだ?」


「その……私……バラすのが専門で組み立ては……あまりできないんです……」


「……そうか、仕方ないな」


 女性はクラリスの頭を胸の上に置く。その大きさで、クラリスの胸は写真立てのような効果を表した。


「ほら、手を貸すから立てクラリス」


「ありがとうございます御主人」


 クラリスは左腕で女性の腕を掴み立ち上がる。クラリスの頭は身体の前にぶら下がり、かろうじて正面を向いている。


「よし、それじゃあ帰るぞクラリス。君はその荷物になった腕を持ってくるんだ」


「命を尽くして護衛致します御主人!」


 下着だけを身に付け、右腕が無い状態のクラリスは、首をぶら下げながら歩き始める。白衣の女性はその前を歩き、その後ろを、明里は自前の工具とクラリスの右腕を持って歩き出す。


 この奇妙かつ奇怪な出来事が、二人の最初の出会いとなった。

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