第6話
自宅のドアを開けてすぐ、明里は玄関のマットの上に大の字になって倒れ込んだ。
「うあ~~ただいま~~……疲れた……」
「はぁ……そんなところに倒れては風邪を引きますよ」
明里をお姫様だっこで持ち上げ、自身も既に記憶している明里の部屋へと運んで行く。
該当する部屋に着いたクラリスは、持ち上げた少女をゆっくりと背中から床に降ろし、荷物を頭の横に置いた。
「ありがとうクラリスさん。今日はもう色々ありすぎて、部屋に入る気力も無くなっちゃってた……」
「しっかり体調保つためにも、あんなところで寝るのはやめておけ」
「はーい……そういえば、結局クランさん荷物に何入れたんだろ?」
安全地帯までたどり着いた安堵から、再び重い荷物の中身が気になり、荷物として渡されたリュックサックを開ける。
その間、クラリスは何かを監視するように窓から空を見上げていた。
「えっと、これは……フラッシュバンだっけ? ゲームで見たことあるような……あとこれは、粉末の乾燥剤? 何に使うんだろ。次はケーブルと……リモコンかな?」
ぱっと道具を拝見しては、次々と中身を取りだし、床へ並べて見やすく配置する。
「あとはUSBメモリと……メモ?」
ほとんど中身を取りだし終え、バッグの中で手が空を切るようになったところで、奥からUSBメモリと電話番号らしきものが記された紙が、荷物の中から取り出された。
「電話番号……? ちょっとかけてみよう」
手持ちの携帯から、メモに記された電話番号へと試しに発信を試みる。すると、明里の耳に聞き覚えのある女性の声が入ってきた。
「やっほー明里ちゃん」
「その声は……クランさん!?」
「そうだともー。 この電話をかけているということは、無事家に到着したということで大丈夫かな?」
「はい、クラリスさんのお陰で」
「そうだろうそうだろう?」
電話越しにでも、声の調子から自身の製作品が見事な成果を出したことへの、クランの喜びが感じられる。
「さて、明里くんに渡した荷物のことなんだけどね、一通り使い道を説明しておこう。まずケーブルはクラリスの充電用だ。寝る前に接続しておいてくれ」
「え、えっと……接続口はどこに?」
「首筋にカバーがついてるからそこからだな」
窓から星空を見上げるクラリスの首筋をじっと注視して見つめると、聢説明通り、カバーらしき物が見てとれた。
「ありました」
「よし、次はリモコンだな。リモコンは簡易的な物で、色々操作を出来るようにはしてあるが、とりあえずスリープモードの操作だけ覚えておいてくれ。スリープモードも、もう一度ボタンを押せば回復するぞ」
「は、はぁ……」
「充電する時はスリープモードにしてからだぞ。あと入れたのはえっと……そうそう、護身道具だ」
「乾燥剤もですか?」
「ああ、粉末だから意外と目眩ましにも使えるぞ。何よりスライムにも効くからな。なかなか厄介だから気を付けろよ」
「……はい!」
「いい返事だ。残りのUSBは……見てからのお楽しみってことで!」
「ちょっ、そこは教えてくれてもいいじゃないですかー!」
「こういうのは焦らすのが大切なのだよ……しいて言うなら、明里君に必要な物が入っている」
「私に……必要な物?」
緩い空気で進んでいた会話の中で、突然真剣な口調で物の概要を伝えられて、明里は思わず息を飲む。
「そうだ。今日はもう遅いし、疲れただろうからはやく寝ときなよ」
「えっ、あっ、はい……。あの、私に必要なものって?」
「それが見てのお楽しみ。それじゃあまたな明里くん」
「あっ、ちょっ……切れちゃった」
重要な所をボカしたままで電話を切られ、要らぬモヤモヤが生まれてしまった。
ちょっと不機嫌そうな顔で携帯の画面を見つめ、溜め息をつく。
「気になる……でもクランさんの言う通りだよね。今日はもう寝よっかな」
大きく背伸びをして筋肉を解し、ベッドの中に入り就寝しようかと考えたところで、先程と変わらず星空を見上げるクラリスの姿が再び目に入る。
このままの状態でいられてもどこか落ち着かないと思い、クラリスに話しかける。
「クラリスさん、そろそろ寝ませんか?」
クラリスは外に視線を向けたまま振り向かずに返答する。
「いや、私はしばらくこのままでいる」
この返しから、なんとなく明里は推測する。クラリスは手動でスリープモードにしない限りは人間で言う睡眠に入ろうとせず、バッテリーの残量ギリギリまで稼働しようとするのではないかと。
その予測に確証は無いが、面倒くさいなあと思いながらも、明里はリモコンを手に取り、クラリスの方に向けてスリープモードのボタンを押す。
すると、クラリスは一瞬身体を震わせて硬直した後、眠たそうな欠伸と共に立ち上がる。
「ふあ……ぁ……眠気が強くなってきたな……そろそろ眠らなければ」
大きく背伸びをして、ベッドの目の前まで向かう。歩く度に少女の部屋とはミスマッチな鎧の音が鳴る。
「ち、ちょっと!? 鎧を着たままベッドの中に入るんですか!?」
「ん? そういえばそうだな……申し訳ない」
気づかなかったという雰囲気で呆けた様子を見せた後、てきぱきと鎧を脱ぎ始めるクラリス。
慣れた手付きで鎧を脱いでいくと、鎧の下からは白いTシャツ一枚と下着だけの女体が現れた。白地の下から豊満な胸が盛り上がり、布地に皺を作って強く主張している。
そしてクラリスは、吸い込まれるようにベッドの上の掛け布団の中に入り、枕に頭を預けた。
「よし、いまのうちに……」
眠るように動きを止めた隙に、明里は荷物に入っていた充電用のケーブルを取り出し、コンセントに差し込んでから端子をクラリスの首筋に接続しようと近づいて行く。
(えっと、カバーは……確かここだったよね)
つい先程注目した、首筋の皮膚の部分に僅かに見える切れ目に爪を引っ掻けて、カバーを外す。すると、その中から周りの皮膚の色とは正反対の無機質な材質と色をした端子が姿を表した。
(うわぁぁ……ああ分解してみたい分解してみたい分解してみたい分解してみたい分解してみたい……でもここは我慢我慢……)
噴出しそうな自信の欲求に無理矢理蓋をして、首筋の端子にケーブルを接続する。クラリスの身体が一瞬だけビクっと震えるが、本人は気にする様子はない。
「これでよしっと。ふぁ……そろそろ私もねようかな……」
側で横たわる女騎士の機械人形と同じように欠伸をして、ベッドの中へ互いの顔が正面向かい合わせになるように入る。
二人の顔が僅か数センチ程の距離で近づき、クラリスの胸が僅かに潰れる程に身を寄せている。
(クラリスさんの寝顔綺麗というか……かわいいなあ)
整った容姿の寝顔を見て楽しんでいると、明里はクラリスから人間ならば行っているはずの寝息が無いことに気づく。至近距離からでも息を吐いている様子が全く無い。
(ここまで近づかないと人間じゃないってわからないんだなあ。普通にしてたら気がつかないや)
その擬態っぷりに驚嘆しながら、明里は身体をさらに布団の中へと潜らせ、顔をクラリスの胸に密着させる。
人と変わらないほどの柔らかい弾むような感触が肌に心地良い。が、耳を谷間の奥、胸に直に当てると、心臓の鼓動音とは全く違う機械的な駆動音が小さく聞こえてきた。
(すごいなあ……こんな人間にしか見えない見た目で機械が詰まってるなんて)
感心と感動と、驚きの感情が渦巻く中、胸の柔らかさが心地よい枕のような効果を起こし、明里の眠気がどっと強くなる。
(いけない……そろそろ寝た方がいいかな……夜更かししすぎちゃうかもしれないし)
普段ならばちょっと離れてから寝ようと考えるような状況でも、明里はまあいいかと、眠気によって思考が鈍ったことにより怠惰の波に抗えず、その2つのクッションをそのまま気持ち良い枕のようにして顔を沈めた。
明里はそのままクラリスの胸の中で眠りについた。
* * *
「設定された起床時刻になりました。スリープモードを解除します」
ゆっくりと目を大きく見開き、システムメッセージを口にするクラリス。喋り終えた後、再び目を閉じて、人間のような目覚めで小さく唸り声を上げる。
「ぅ……うん……ああ、もう朝なのか……っ!?」
クラリスは自分の胸に、何かが乗せられてるような感触を覚える。視線を傾けると、蕩けたような顔で涎を垂らしながら、胸に顔を埋めて眠る明里の姿があった。
垂れた涎が染みになり、Tシャツに跡が出来ている。
「あ、明里殿……?」
僅かに身体を動かして頭が揺れたからか、明里の口から呻き声が漏れ、それから間もなく目を覚ます。
「ん…ぅ……ふぁ……?」
寝惚けてまだ視界がはっきりとしないのか、瞬きを数度繰り返して目を擦る。頬に何か雨水が染み込んだタオルのような感触があり、それが何かを確かめるために首を動かすと、涎で濡れたTシャツと人肌が目に写った。
「……はぁっ!? ごごごごめんなさい!! わわわわたしTシャツを汚したりクラリスさんのむむむむ胸に!!」
何の断りもなく身体を密着させて眠っていたことと、Tシャツを汚してしまったことへの後ろめたさが一瞬で沸き上がり、掛け布団を吹き飛ばす勢いで起き上がる。
「ああいや……私は何も気にしてないぞ。だ、だから……」
「……ほんとですか?」
「ああ、だからその……早く涎を拭こう」
その一言ではっと我に返り、即席の対応として、着ているパジャマで口を拭く。
(うう、顔を洗いにいこう……おっと、忘れないうちに……)
クラリスの充電ケーブルを首筋から外し、部屋を出て手洗い場へと向かう明里。ケーブルを外した瞬間、クラリスの身体が一瞬震えた。
「替えの服が無いので、母さんが着てたTシャツでしばらくは……お願いします」
歯磨きや洗顔などの身支度を一通りのことを終えた後、タンスの中から引っ張り出したTシャツを渡す。
クラリスが着ていたTシャツよりもサイズが小さく、より胸が強調され、腹を露出するような服装になっていた。
「まあ、替えがない以上仕方ない」
意図せず露出が多い服装になってしまい、ほんのりと顔を赤くして、恥ずかしがるような反応をして下を向く。
「ところで、明里殿は今日はどうされるのですか? 私は近辺の見回りを行おうと思うのだが」
「うん、今日も材料集めかな。大きめの機械を分解したかったけど、また昨日みたいなことになったらね……」
「ご安心を。明里殿は私が御守りします」
胸に手を当て、自信と誇りを掲げるように胸を張って明里に護衛の意志を示す。
「……うん、ありがとうクラリスさん。あっ、折角だから私の知り合いにクラリスさんを紹介したいんだけど大丈夫ですか?」
「え、ああ……構わないが」
「やった! それじゃ早速準備をしよっと」
楽しみが一つ増えたとばかりに輝くような笑顔を見せて、外出の準備を始める。合わせてクラリスも、脱ぎ捨てて置かれた鎧を着始める。
明里は渡されたリュックサックを荷物袋として中身を入れ換えて持参し、クラリスは昨日と変わらない鎧と剣の装備で身を整えた。
「それじゃあ出発しましょう!」
こうして、クラリスとの共同生活の一日目、そして明里の新たな日々の一日が始まった。
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