二十話
地上に降りた光は、白銀の大きな狼の形をとる。
その光景を避難所の近くで見ていた麗喬は
「あれは、何ですの」
「白銀の狼」
初めて見ます、と燐。
白銀の狼を目にした誰もが、その美しさに息をのんだ。
「黄水姉さま、あれって」
目を大きく見開いた海藍に
「ええ、間違いなく神瑞様の本体」
「碧玉と紫輝の用事って」
これだったか、と橙琉。
「神瑞様は、だいぶ変わられたようね」
このようなことをする方ではなかった、と黄水。
「ここで、神威と戦ったら……」
「消えるって、可能性もあるんだろ。よく、碧玉が許可したな」
上空の蓬莱島から、地上の様子をモニターで確認。
「無事、神瑞様は下りられたな」
「本体の封印とくのって、結構根気いるんだよね」
疲れた、と椅子に横になる紫輝に
「ご苦労であった」
「碧玉ちゃん、これでよかったの?」
「……神瑞様、ご自身で決められたことだ」
白銀の狼は疾走。
真っ直ぐに、離宮の大穴を目指した。
門から首を出した黒い狼、神威に狙いを定める。
そして、喉元に噛みついた。
「神瑞、ナンノツモリダ」
「このまま、我と共に奈落へ戻ってもらうぞ」
「ハ、離セ」
暴れる神威を、神瑞は門の中へと一気に押し込む。
「地上ヲ、捨テルト言ウノカ」
「奈落で、あの時の続きをしようではないか」
「許サヌ、許サヌゾ」
開きかけていた、門が再び閉じられる。
「……冷たい」
東陽王の体に触れ
「結局、ワガママなのか?」
神瑞から渡された回帰の小瓶を、玖楼は強く握りしめる。
「こんなの、持ってても何の意味も」
「待って、玖楼」
東陽王の口元が微かに動いている、と瑤華。
「意味ならば、ありますよ」
抑揚のない声。
「あんた素体か?」
「はい。貴方が、我々を助けてくれると決意したから」
少し、間をおいて
「こうして、東陽王を返すことができます。本当に、ありがとうございます」
「東陽王の意識はあるのか?」
「だいぶ衰弱しておりますが。回帰の小瓶をこちらに」
玖楼は言われるまま、回帰の小瓶を東陽王の体に近づける。
「小瓶が、黒く染まって」
「私は、老体です。元々、あまりながくなかった」
黒い炎と共に、東陽王の体を蝕んでいる瘴気を浄化する。
「大穴に、より強固な封印を施します」
このまま投げ捨ててください、と回帰の小瓶に移った素体は伝えた。
「待てよ、そんなことしたら」
「……お早く、瘴気を留められる時間がありません」
新たな、よき神瑞とおなりください。
そう伝え、回帰の小瓶は大穴の底へと消えた。
「ちくしょう」
回帰の小瓶を、大穴へと投げ捨てる。
「咲耶さん、見てください」
「大穴が塞がっていく」
まるで、何事もなかったかのように。
門には協力な封印が敷かれ、二度と瘴気が漏れ出すことはないだろう。
「玖楼、さっきの白銀の狼は」
「神瑞様だ。もっとも、本体なんて一度もみたことないけど」
あの白銀の狼を見た時、そうだと玖楼は直観した。
「馬鹿だよ。偉いくせに、神威と奈落へ行くなんて」
「……玖楼」
瑤華が掛ける言葉に迷っていると
『馬鹿者、さっきの素体も神瑞様も何も考えずに行ったわけではない』
後を託せる者を見つけたからだ、と応竜。
「後を託せる者?」
『それが、お主じゃ』
「え、オレが?」
「紅月、やっぱり逝っちまったか」
俺たちに相談なしでよ、と橙琉。
東陽王の状態を診て
「衰弱が激しいですね」
両手を広げ
「癒しの歌を」
黄水が歌うと、蒼白だった東陽王の顔に生気が戻る。
「神瑞様、うわああああん」
泣き出す海藍に
「泣くな、俺だって悲しい」
賑やかな三人組を前に
「えーと、貴方がたは?」
尚香は困惑。
「初めて見る顔だが」
どことなく紫輝、碧玉と同じ雰囲気だな、と咲耶。
「咲耶の言っていることは、合っている」
残りの六仙だ、と玖楼。
「やっぱり、仙人って綺麗な人たちよね」
瑤華の言葉に
「あら、なかなか見所あるじゃない」
(ちょっと変わった人たちの集まりのような……)
尚香は思ったが、口には出さないでおいた。
「海藍、切り替えはやいな」
「橙琉が、綺麗ってのはない」
「なんだとー」
「もう、二人とも静かに」
騒がしくてごめんなさい、と黄水が溜息をついた。
「お父様!」
麗喬が、父の傍に駆け寄る。
「……麗喬」
かすれた声で、東陽王が答える。
「心配、をかけた」
だが、またすぐに気を失ってしまった。
「避難所の方に、呪術師が待機しています」
そちらに運びましょう、と燐。
麗喬は玖楼の両手を掴むと
「本当に、本当にありがとうございましたわ」
貴方を信じてよかった、と麗喬は頭を下げる。
「おう」
「瑤華、あなたも」
「お父さん、早く良くなるといいね」
「はい」
麗喬の後ろ姿を見送り
「なあ、瑤華」
「どうしたの?」
「もし、天鏡光を使って見捨てていたら」
麗喬は紅月のようになっていたのか、と玖楼。
「……そうかもしれないわね」
その後、各国の物資を集め東陽国の復興に協力。
神と人間を巻き込んだ事件は、ひと段落したようだ。
瑤華たちが、西海国に応竜をつれて四日。
「はぁ」
釣堀から釣り糸をたらし、瑤華は溜息をついた。
その様子をこっそり見ていた西海国王は
「なあ、琉璃」
「旦那様、どうされました?」
「旅から戻ってから、瑤華ちゃん元気がない」
「尚香から聞きましたが、旅の途中で会った少年が、何も言わずに帰ってしまったようですからね」
琉璃は溜息をつく娘を見ながら
「元気もなくなるかもしれないわね」
「お、男って」
動揺する西海国王に
「あら、お年頃ですもの」
琉璃は想像を巡らせ
「どうして、何も言わずに行ってしまうの」
「フッ、別れが辛くなるからさ」
「また、会えるわよね」
「寂しくなったら、空を見上げてくれ」
こんな感じかもしれません、と琉璃。
「いやいや、咲耶が付いているのだ」
西海国王は首を横に振ると
「間違いはないだろう」
「主神祭ぐらい、見て帰ればいいのに」
東陽国での事件が終わった後
「オレは、このまま蓬莱島に戻るよ」
「そ、そう」
『主神祭を見てからでもよいのではないか』
瑤華の気持ちを、応竜が伝える。
「まあ、色々話し合うこともあるから」
「ええ、いいの? こう瑤華ちゃんを抱きしめるとか」
茶化す紫輝の頭を、咲耶が刀の鞘で叩く。
「やったら、切り刻むが」
というか剣で勝負しろ、と逃げる紫輝の後を追いかける。
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