十九話
そんなわけないじゃない」
馬鹿じゃないの、この筋肉と罵った海藍に
「筋肉のどこが悪いって言うんだ」
苛立つ橙琉。
地面に手を付けていた長い金髪の女性は
「お静かに」
「こ、ごめんなさい」
「わ、悪い」
「ええ、はい。分かりました」
頷いて、女性は大きな瞳を開いた。
「あ、黄水(こうすい)姉さま、碧玉さん?」
「ええ、これより禊の準備を」
「禊って」
「あの、大穴に効果あるのか?」
「門はまだ開いていません。禊で、瘴気を押えることが出来れば」
溢れ出す魔獣を押えることが出来るでしょう、と黄水。
「海藍、私の後に続いて歌ってください」
「分かったわ」
「橙琉さんは、禊が終わるまで私たちの護衛を」
「了解」
もうひと頑張りするか、と橙琉は大剣を構える。
「燃えろ」
向かってきた蜘蛛の魔獣に、玖楼は黒炎を放つ。
しかし、一撃では仕留めきれず
「はっ」
咲耶が、刀を振り下ろす。
「やっぱり、効きにくい」
「神瑞様の血が、混ざってる影響もあるんだろ」
「これは、歌でしょうか」
その歌声に耳を澄ませた尚香は
「まるで海に住まう、伝説の生き物人魚の歌声のようです」
「人魚姫ね」
昔は綺麗な歌声を持つ人魚に憧れたな、と瑤華。
「これは、黄水様の歌だ」
『ふむ、禊じゃな』
「禊?」
「何かの儀式か」
瑤華と咲耶に聞かれ
『……玖楼、お主が説明してみるか?』
「応竜様、よろしくお願いします」
『仕方がないのう』
応竜は、コホンと咳払いをすると
『禊とは、瘴気の中和じゃ』
人間の援軍が来たことで、仙人側に余裕が出来た。
しばらくの間なら、瘴気から魔獣が生まれるのを押えられる。
「このまま、進めば離宮の方に出るはずです」
「ここは、我々にお任せください」
夏南国の兵士が魔獣を引き付けている間に
「このまま、走り抜けます」
咲耶が白飛の手綱を握り、一直線に進む。
そこには、大きな穴。
「底が、見えませんね」
「この下に、東陽王と紅月が居るのよね」
禊の効果もあり、瘴気は押えられている。
とても風光明媚な、離宮があったとはとても思えない。
「白飛、戻れ」
咲耶は白飛の尻を叩き、走らせる。
『瑤華よ、お主、術は使えるな』
全員を海水の膜で包み、ゆっくりと穴を降下する。
「でも、繊細なコントロールは」
『安心しろ、妾も手伝うぞ』
「分かった、やってみる」
意識を集中させた、瑤華の両手から海水が溢れ出す。
その海水は徐々に円の形を作り、皆の体を包んでいく。
「まるで、水の中にいるみたい」
不思議な感じですね、と尚香。
『よし、降下しよう』
ガラス細工を移動させるような感じじゃ、と応竜は言った。
「はい、応竜様」
「所々、キラキラ光ってるのは?」
玖楼が聞くと
「あれは、光石だな」
よく街灯にも使われている、と咲耶。
光石の影響もあり、最深部に近いというのに明るい。
『着地は、新調に』
海水の膜が地面に付く直前で、瑤華は術を解除。
「……ふう」
一息ついた瑤華の背を
「やるじゃん」
玖楼が叩いた。
「ちょっと、疲れたけどね」
「紅月って人は、この先でしょうか」
進もうとした尚香を
「まずい、止まれ」
咲耶が制した。
「……あれは」
白い直方体に繋がれていた、東陽王の体が地面へ落下。
「今更来た所で遅い」
白い直方体が二つに割れ、
「神威よ、私を生贄に地上へ」
『ヨカロウ』
門の向こうから、鋭い黒い爪。
それが、刹那の胸を貫き、その体を食らう。
「黒い狼……」
これが、神瑞様と双子の神、神威。
その凶行に、瑤華は恐怖に震える。
『マダ、足リナイ』
鋭い蒼氷色の瞳は、瑤華たちを捕え。
黒い爪を伸ばしてくる。
『いかん、ここを離れるぞ』
あやつはまだ自由には動けぬ、と応竜。
玖楼と咲耶が運んできた東陽王を連れ、瑤華が海水で膜をつくり、急いで地上へと浮上する』
逃げる瑤華たちを爪で捉えられない神威は
『グオオオオオオン』
苛立ち、咆哮を上げる。
「ううっ」
「きゃああっ」
激しい喉の痛みに、黄水と海藍の歌は中断された。
「どうした、二人とも」
「この力は、私たちでは押えきれません」
空気が重い。
「もしかして、奈落の門が開いた?」
魔獣と戦っていた兵士たちも、その違和感に気付いた。
「おい、向こうのほう真っ暗だぞ」
「さっきまで、曇り空だったのに」
一体何が起こっているんだ、と騒ぎ始める。
「おい、反対側の方」
「何か、光って……」
「こっちに向かってくるぞ」
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