二十一話

「あー、僕も蓬莱島に戻ろう」

 そんな感じで、帰ってしまった。

 瑤華は空を見上げ

「今頃、どのあたり飛んでいるんだろ」

 釣竿の糸に、強いあたり。

「これは、大物かも」

「瑤華様、瑤華様」

 尚香の声と共に、釣竿の糸が切れる。

「……ああ、逃がした」

「あら、また釣りですか」

「いいでしょう、気分転換に」

 それより何、と瑤華は尋ねる。

「さっき、瑠架くんが来たんですよ」

「瑠架って確か、鳳凰の素体の」

 双子の兄の方だ。

「なんと、東陽国で合同主神祭を開催するって」

 辰砂王の提案ですけど、と尚香。

「合同ってことは、四主神が揃うの?」

「そうですよ」

 尚香は頷くと

「ほら、東陽国って、ごたごたで主神祭、まだやってないんですよ」

「辰砂王って、考えることがすごいわね」

それなら、避難中の民たちを喜ばせることが出来る、と瑤華。

「考えることはすごいですけど」

 尚香は眉を寄せると

「あの人は、全国からメロンちゃんが、大集合とか言って鼻の下伸ばしているような気がします」

「普通に、想像できるわね」

「陛下から、応竜様を運び出す許可はもらっています」

 瑤華様も出発の準備をしてください、と咲耶。

「あら、咲耶、準備いいわね」

「はい、各国から腕の立つ武人が集まるかもしれません」

「それ、楽しみにしてるのは咲耶さんぐらいですよ」

 尚香は、溜息をついた。

 四神国上空を、霧のバリアを纏い浮遊する蓬莱島。

 蓬莱島、最上階。

 薄暗い部屋の四方に貯水槽。

その中には複数体の正方形の物体が納められている。

中身はすべて、神瑞の素体。

「現在、起動できるのは三人です」

「そちらの席にどうぞ」

「神瑞とお呼びした方がいいでしょうか」

 少し年上の自分と同じ顔の素体。

「……玖楼でいい」

「やはり、変わっていますね」

「それは、地上に降りた時の偽名でしょう」

「かつて蓬莱寺院に暮らしていた道士から、適当にサルベージした」

 同じ素体だというのに、いちいち嫌味ったらしい。

「で、何の用?」

「これからのことです」

「神瑞様は、貴方を次の座へと押しています」

「この件について、不満はありません」

 玖楼は眉を寄せ

「だったら解決だろ」

 これからどうしたいか、はお前らで話し合って決めろ。

 その玖楼の言葉に

「それは、困ります」

「我々は、素体であって」

「すべてが、神瑞となりえる」

 ようするに直訳すると、我々だけじゃ決められない。

「はぁ」

 玖楼は溜息をつくと

「だったら、これからの地上の観測禁止」

「観測を放棄すれば」

「いずれ、人間たちはまた争います」

「その時は、どうするつもりですか」

 個人で決められないくせに、文句だけはやたらと多い。

「その時は、その時」

 玖楼は机を叩いて、立ち上がると

「人間は自分で歩けるよ」

 これで解散、と言って部屋を出る。

「本当に厄介なこと押しつけられた」

 どうもあの統括意志は、後のことは玖楼に任せると指示を残しておいた。

 苛立たし気に歩いている玖楼に

「脳内会議お疲れ、道士いや、玖楼の方がいいのかな」

 悩む紫輝に

「道士で結構です」

 玖楼は溜息をつくと

「あんたらに名前で呼ばれると、含みがあるようにしか聞こえない」

「あらら……」

 紫輝は苦笑い。

「そういえば」

 瑤華が、紫輝のことを兄みたいだと言ったことがあった。

「こうして、何かと世話を焼いてくれることには助かっています」

「え、そう?」

 紫輝は「弟よ」と嬉しそうな顔をすると

「お兄ちゃんて、読んでもいいよ」

「調子に乗らないでください」

「せっかく、面白い情報持ってきたのに」

 紫輝から紙を受け取り

「……合同主神祭か」

 東陽国に、四神国の主神が揃う。

 あの戦いで、荒んだ人々の心を癒すという意図もあるだろう。

「ほら、瑤華ちゃんとは、そっけなく別れちゃったし」

 お祭の最中に

「瑤華、抱きしめていいか」

「もちろんよ、玖楼」

「愛している」

「ええ、私もよ」

 どうかな、と紫輝の一人芝居。

「瑤華とは、そんなんじゃない」

「またまた、照れちゃって」

 紫輝が肘でつつくと

「蓬莱島、全員参加で」

「え?」

 もちろん素体たちも連れていく、と玖楼は伝えた。

「瑤華様、おにぎり上手に作れてますね」

「うふふ、特訓の成果ね」

 三角に握ったお握りを、お盆へと並べていく。

「すみませんわ、手伝わせてしまって」

 申し訳なさそうな麗喬に

「いいのよ。困ったことがあったら言って」

「あ、あの、瑤華」

「どうしたの?」

 麗喬は照れた表情をして

「今度、遊びに行っても……」

「うん、うん、来てよ。いっぱい案内するよ」

 瑤華は目を輝かせると

「いい釣り場とか」

「釣りって、魚を?」

「麗喬、釣りしたことない? お刺身おいしいのに」

「東陽国では、あまり生の魚を食べませんの」

 麗喬は体を震わせると

「それに、あの八本足のあるやつは気持ち悪くて」

「タコも美味しいのに」

「あれを食べるなんて、勇気ありますわね」

「釣りより、女子会の方がいいですよ」

 尚香の言葉に

「女子会?」

「何ですのそれは?」

 そろって首を傾げる瑤華と麗喬に

「古い文献で呼んだのですけど」

 手作りのお菓子を持ち寄って、女の子だけで朝までお喋りをする。

「なんでも友情も深まるとか」

「うん、いいわね」

「楽しそうですわね」

 太鼓と笛の音と共に、山頂から花火が打ち上げられる。

 四神国協力、合同主神祭の始まり。

「ういー、瑤華、お前も飲んでるか」

 クラスを片手に、慶雪の頬は赤く染まっている。

 テーブルの上に転がっている瓶を見て

「慶雪兄さん、まさかお酒を……」

「いえいえ、山の湧き水です」

 雰囲気酔いというやつです、と麻里。

「咲耶殿は、来ておられないのですか?」

「お祭前から、腕のたつ武人と手合せがしたいって」

 どこか行ってしまいました、と尚香。

「なんと、その手がありましたか」

 私も見習わなくてはいけない、と頷く麻里に

「……咲耶さんの同類がここにも」

 尚香は、溜息をついた。

「見て、綺麗な鳥」

「あれは、夏南国の主神、鳳凰様よ」

 夜空を舞う炎の鳥。

「なぜ、私たちがこのようなことを」

 溜息をつく鳳凰。

「楽しんでいるのだから、よかろうて」

 応竜が雨を降らせると

「うわぁ、冷たい」

「西海国の応竜様よ」

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