十六話

「紫輝から、事情は説明させている。あの地は、神瑞様と神威が最後に戦った場の影響で瘴気が強い。初代の王にとりついた道士の呪いが、奈落と結びついた」

 これは呪いではなく、仕向けられたものだ、と碧玉。

「麗喬の兄妹たちが、立て続けに亡くなったのは?」

「呪いではない。瘴気に敏感な人間は、悪影響を起こしてしまう」

 それが、続いたため呪いだと噂されることになった。

「東陽王は、瘴気の影響がゆっくりと蝕んだ結果だ。麗喬という娘の方は、言い方は悪いが鈍感だったことが、幸いしたようだ」

「……麗喬、お父さんのこと心配よね」

 表情を曇らせる瑤華を見て

「天鏡光だったか」

あれを使えば楽勝だろう、と咲耶。

『ふむ、その点に関しては使えないと見た方がよい。碧玉とやら、お主、転移術を使って疲れておるな』

 ここまで転移術を駆使したことを応竜に見透かされ

「……」

 碧玉は、無言。

 それは、図星を意味している。

『蓬莱島の管理権は、神瑞様にある。上から差し押さえれば、代理のお主には、だだの空飛ぶ島と鏡であろう』

「……紅月が連れ去った、神瑞様は人間の体に捕えられている」

 器として選ばれたのは、東陽国王。

紅月は病で壊れかけの体を、神瑞の力で救った。

曲楊で配られていた、神瑞の血の薬は東陽国王の体から作られたもの。

「あやつは、奈落から神威をこちらに呼び寄せるつもりだ」

 神獣を作りだし、神瑞の力を削ぐ。

 そして、四神国に新たな神、神威を招く。

「奈落との門の鍵として使うなら、人間の体を使う必要もないのだが」

「人間と同じ苦しみを、神瑞様に味あわせたい」

 そんな感じだな、と辰砂。

「一生寝てればよいものを」

「ああ、冷たいメロンちゃん」

 でも、そこがいい、と目を輝かせる。

「紫輝以上に、性質が悪いな」

 碧玉が、眉を寄せる。

「祖母から聞いた話だが、神瑞は明莉の病を癒さなかった」

 全知全能の神が、これはおかしくないか、と辰砂。

 距離を詰めてくる辰砂を、玖楼を壁にして碧玉が交わす。

「人間の生死を操作してしまえば、歪み発生してしまう」

 碧玉は溜息をつくと

「紅月のしていることは、逆恨みでしかない」

 過去の人間の囚われ、明莉を救えなかった神瑞に復讐する。

 それだけのために、地上で計画を進めてきた。

「だから、未練がましいというのだ」

 苛立たし気に碧玉が言う。

「歪みか……だが、メロンちゃんたちはどうだ?」

 人間から見れば、仙人も道士も異常だ、と辰砂は語る。

「初代東陽王により蓬莱の焼き討ちの後、瀕死の六人を救ったのは、間違いなく神瑞のはずだ。だが、一人の少女の命は救わなかった」

 辰砂は肩を竦めると

「余から見れば、神瑞は傲慢にして臆病ものに見える」

 鳳凰は溜息をつくと

「王、今日はやたらと責めますね」

「強気なメロンちゃんを攻めるのは、大好きさ」

 気取った態度の辰砂を見て

「なぜかしら、趣旨が違うような気がします」

「俺もそう思った」

 尚香の言葉に、咲耶が頷く。

「瑠架、気付いた?」

「そうだね、瑠奈」

 双子に視線を向けられ

「な、なんだよ」

 玖楼がたじろいだ。

「同じだね」

「同じ、同じ」

「あの二人と同じって……玖楼は、神瑞様の素体?」

 瑤華の言葉に

『やはり、のう』

 竜玉が馴染みやすいと感じがした、と応竜。

「神瑞様でしたら、私以上に素体を使いこなすでしょう」

 おそらく彼の他に複数はいる、と鳳凰。

「そういえば……」

 孝直の家で見た、夏南国見聞録に残された神瑞の絵。

 その人物には玖楼の面影が残っていた。

「貴様も気付いたか」

 辰砂に視線を向けられ

「素体なら、似ているのも納得出来る」

 頷く、咲耶。

「碧玉様、どういうことですか」

 玖楼は碧玉を睨むと

「道士って、一体何なんですか!」

「これには、事情がある」

「事情ってなんだよ」

「……」

 視線を逸らした碧玉に

「あんたら、嘘つきだ!」

 そう言って、玖楼は出て行ってしまった。

「ま、待て、道士」

 後を追おうとした碧玉を

「メロンちゃんは、行かない方がいい」

 騙していたツケが来た、と辰砂。

「そんな慎重な奴が、攫われたとは思えない」

「刹那、いえ紅月が連れ去ったのは、玖楼と同じ素体ってこと?」

 そう考えた方が自然ね、と言った瑤華に

「瑤華ちゃん、二、三年もあれば立派なメロンちゃんになれる可能性があるぞ」

 辰砂は瑤華の手を取り

「余の側室から、初めて見る……」

 咲耶が、辰砂の頭を鞘で叩く。

「寝言は寝てから言ったらどうだ」

「女の敵です」

 全く目が笑っていない、咲耶と尚香。

『瑤華よ、後を追うのじゃ』

「そうね。こんな広い町で、迷子になったら大変だわ」

 瑤華は、神殿の外へと向かう。

「尚香、俺たちも行くぞ」

 咲耶の言葉に

「この話の流れだと、ちょっと野暮な気がします」

「二人にさせるのは癪だ」

「……応竜様も一緒ですよ」

 そう言って、咲耶と尚香も後に続く。

「祭り前だというのに」

 騒がしい日です、と鳳凰。

「忙しいのは、これからだ。東陽国に、兵を派遣する。余と鳳凰は、主神祭のため動けないが、手の空いている兵を招集する」

 民に不安を与えないよう隠密に、と辰砂。

「増援ですか?」

 鳳凰の言葉に

「メロンちゃんたち、仙人が苦戦しているようだからな。それと、東陽国に向かわせる兵には瑠奈を同行させる」

 そうすれば、術を妨害されている地域でも鳳凰に情報が入ってくる。

「後は、西海国と北斗国に協力要請を出す。瑠架、頼むぞ」

「はい、かしこまりました」

 その光景を横目に

「四神国が協力だと?」

 平和協定こと結ばれているが、未だに腹の底を探っているような状況。

 かつて大戦に、勝利した夏南国が、各国の主神を自国に奉納することで、強国の体裁を保っているが、納得していない国も多い。

「いいことを教えてやろう」

 辰砂は不敵な笑みを浮かべ

「人間てのは、共通の敵を前にした場合は協力するんだよ」

 その場合、利害は関係ない。

「……全くもって理解出来ない」

 碧玉は踵を返すと

「妾はこれで失礼する」

「どうだろう、余の側室から初めてみるのは」

「たわけが」

 左膝に蹴りを入れられ

「……いい」

 辰砂は、床でもがく。

 だが、その表情は嬉しそうだ。

「嘆かわしい」

 鳳凰は、深い溜息をついた。

「意志が強いのも、考えものだな」

 そもそも、玖楼は他の素体とは異なるイレギュラー。

神瑞の素体を、道士としての記憶を与え地上で起こっている事件の調査。その記憶は本体の神瑞の方へ、リアルタイムで伝わる。

 地上に降りた直後は、記憶が安定していなかったが、瑤華たちと行動を共にすることで記憶は徐々に回復。

 本来の役割を終えてまで、瑤華たちと旅を続けることを望んだ。

 この状況には、神瑞も興味を示していた。

「どう報告するべきか」

「碧玉様、大変です」

 神殿の外に出た碧玉に、女官が慌てて駆け寄る。

「何事だ」

「神瑞様が、我も祭を楽しむと言って」

 行方不明です、と女官の報告。

 夜の帳がおり、川の対岸からは色鮮やかな花火が上がる。

 鳳凰を模した花火に、人々たちから歓声が上がった。

「まさに、祭の始まりって感じね」

 玖楼の姿を見つけ、瑤華が声を掛ける。

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