十五話

「玖楼は、どう思う?」

「瑤華、頭いいな。碧玉様に会ったら、問いただしてやる」

 いい情報を仕入れた、と玖楼は上機嫌。

「姫様、昨日の話聞いていたんですね」

「その、最後の方だけよ」

応竜を迎えに行くため、瑤華たちは神殿に向かう。

 今夜から始まる、夏南国の主神際。鳳凰の炎の羽をあしらった色鮮やかな飾りつけ、出店の準備。人々が浮足立っているのが分かる。

「こういう雰囲気、好きだわ」

「姫様、朱江では、川の向こう岸から花火を上げるようです」

「海とは、また違った雰囲気ね」

 西海国では、屋形船から打ち上げられた花火を眺める。

「そういえば、咲耶さんと玖楼くんは昨日、夏南王に会ったんですよね」

 尚香に言われ

「昔、父が珍しい果実酒を献上したことがあったんだ。俺は中庭で待っていたんだが、向こうは憶えていたようだ」

「そこで、あの宿屋の子にあったんですよね」

「ああ、あまり変わってないようだが」

 玖楼は、瑤華と尚香の胸を見比べ

「二人は、メロンちゃんには」

「余計なことを言うな」

 慌てて、咲耶が口を押える。

「ねえ、尚香」

「はい、瑤華様」

 二人とも顔は笑っているが、目は笑っていない。

「私、イラッとしたわ」

「ええ、同感です。これだから、男の方は……」

 尚香は溜息をつくと

「私達が、図書館で調べている間に美女呪術師を見て、鼻を伸ばしていたんですね」

「待て、誤解だ」

 孝直先生は男だ、と咲耶。

「どーで、しょうね」

「まあ、それは少し置いておきましょう。応竜様、待ちくたびれてるわ」

 瑤華は、竜玉を取り出す。

 四主神を祀る神殿。

 荘厳で厳かな雰囲気に、自然と口数は少なくなる。

「ここの空気は、緊張するな」

 姿勢を正す、咲耶。

「ここ、夢で見憶えがある」

 辺りを見回す玖楼に

「玖楼は、応竜様の力でここに招かれていたのね」

「夢の中で、何度か話したけど、瑤華は母親と同じく釣り好きだとか」

「そ、そんなことまで……」

 苦笑いする瑤華に

「瑤華様、暇があったら釣竿たらしてますものね」

「い、いいじゃない。好きなんだから」

 神殿の中央まで来ると

「ようこそ、西海国の姫」

 鳳凰が炎の羽を広げ、出迎える。

 燃えるような炎の羽。

 しかし、不思議と熱くない。

 鳳凰の声と同じく、優しい炎。

「父君の方には、何度か顔を合わせていますが」

 また、派手に腰を痛めましたね、と鳳凰は薄ら笑う。

「え、ええ……」

 苦笑いの瑤華に

「さすが、噂の千里眼」

 鳳凰の能力に感心する尚香。

「千里眼くらい、神瑞様だって出来るぞ」

「何を張り合っているんだ」

「別に」

 言いたかっただけ、と続けた玖楼に

「ガキか……」

 咲耶は溜息をつく。

 瑤華は柱の前に、竜玉を掲げる。

「応竜様、お待たせしました」

 柱から、青い竜が姿を現す。

「ふう、やっと自由に動けるのう」

 応竜は竜玉へと宿る。

「これで、ようやく静かになります」

 応竜は口うるさく安眠妨害です、と鳳凰。

『ふーんだ、妾も鳳凰の頭でっかちとしばらく顔を合わせなくて済むと思うと、清々するのお。ああ、西海国が待ち遠しいのう』

 主神たちの会話を聞きながら

「神様って、結構子供っぽい所があるのね」

「あはは、私も思いました」

 瑤華と尚香が笑う。

「お母様」

「大変です、大変です」

 慌ただしく走ってきた双子の兄妹に

「神殿内は、静かにしなさい」

 鳳凰は優しく窘める。

「あら、この子たちって……」

 それに、お母様。

 鳳凰は主神だが、双子の方はどう見ても人間。

 不思議に思う瑤華に

『あれは、鳳凰の炎から生成された素体じゃ』

 簡単に言えば人形だ、と応竜が説明。

「つまり、応竜様にも同じことが?」

『妾は好かんのう。色々と、情報の処理がややこしい。使いこなせるのは、神瑞さまと頭でっかちの鳳凰くらいじゃろて』

「神瑞様も……」

 瑤華は、玖楼の方に視線を向ける。

「どうした。惚れたか」

「うーん、何となく?」

「変な奴……って痛い」

 咲耶に、剣の鞘で軽く叩かれる。

「姫様に変とはなんだ、変とは」

「さっきから、緑色の髪の美女を追い回しているのです」

「極上のメロンちゃんと、発作のように叫んでおります」

 瑠架と瑠奈の話を聞いて

「……嘆かわしい」

 鳳凰は、呆れて溜息をつく。

「待ってくれ、極上のメロンちゃん」

 必死な男の声。

「ええい、くどい」

 続いて、苛立たしげな女性の声。

「全く、このようなことに要らぬ労力を使うことになるとは」

 碧玉は、花を持った神官の少女を見て

「貸せ」

「え?」

 強引に、薄い黄色い花を奪い

「この愚か者を縛りあげよ」

 活性化した花の蔓が、男の体を壁へと縛りつける。

 その衝撃で、男の顔を隠していた布が床へと落ちた。

 逆立つような赤毛を見て

「お主、夏南王ではないか」

 先代も女癖が悪いと聞いていたが、その通りだな、と碧玉。

「男というのは、本当にどうしようもない」

 ゴミを見るような目で、碧玉は見下ろす。

「強引なメロンちゃんも、悪くない……」

 気を失った辰砂に

「辰砂様!」

「今、お助けします」

 瑠架、瑠奈が慌てて主の元に駆け寄る。

「すまない、鳳凰様。後で部下の者に修理させよう」

「貴方は相変わらず、過激ですね」

 鳳凰は溜息をつくと

「王が失礼を働いて、申し訳ありません」

「碧玉様、どうしてこちらに」

 玖楼の姿を見つけ

「竜玉は取り出せたようだな」

 碧玉は玖楼の腕を掴むと

「このまま、蓬莱島へ戻るぞ」

「その前に、説明する方が先だろ。刹那って、紅月なのか?」

 碧玉は足を止め

「いらぬ知恵をつけおって」

 眉を寄せる。

「……刹那とは、紅月の偽名です」

 明莉に尋ねられた時、紅月はとっさに刹那と名乗ったのを、鳳凰は記録していた。

「鳳凰殿、それは」

「碧玉様、観念するんだな」

 玖楼に言われ

「こ、この……」

 苦い顔をした碧玉に

「いつまでも、隠し通せるものではないでしょう」

『そうじゃ、そうじゃ。あの神獣という存在が増産されるのは、困りものじゃ」

 主神である鳳凰と応竜に言われ

「さすがに、今回ばかりは手に余るか……」

 碧玉は深い溜息をつく。

「東陽国に、大きな穴が?」

「そ、そんなことってあるんですか?」

 瑤華、尚香に続き、その場にいた全員に動揺が走る。

 東陽王が療養していた、離宮を含む周辺が崩落。

 その穴から、大量の魔物が漏れ出している。

 奈落と繋がり、そこから発生する霧が千里眼や術の類を阻害。

「居住区への侵入は、他の六仙が総出で防いでおる」

だが、あれは神瑞様の血を取り入れ、神獣に近い、と碧玉は語る。

「麗喬は、この事を知っているの?」

 麒麟を連れ、帰る途中だろう。

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