十二話

『一太郎くん、いや三太郎じゃったかの』

 そろそろ戻ろうか、と光の粒子となって鉄扇へと入る。

「このジジイは、あいかわらずだな」

 米神に青筋を浮かべる慶雪を見て

「慶雪様の信仰心が足りないからではありませんか」

 麻里はあっさりと返した。

「さてと、そろそろ出発しないとな」

 牛車に乗り込む慶雪に

「慶雪兄さんは、朱江の主神祭は見て行かないの?」

 瑤華に聞かれ

「うちは、距離があるからな。戻ったら、すぐに準備しないといけない」

 慶雪は頬を掻くと

「四神国の主神祭を見て回れたら、最高だけどな」

「そう、残念ね」

「なあ、あの白いのって瑤華の婚約者?」

 従者とは雰囲気の違う、玖楼を見て慶雪が言った。

「話すと、長くなるんだけど……」

 竜玉を飲み込んだ話を聞いて

「最高、面白い奴だ」

「慶雪様、笑い話ではありません」

「玖楼とは、旅仲間です」

「瑤華様、朱江には腕のいい呪術師も多いですが、悪名高い呪術師もおりますので」

 お気を付けください、と麻里は言った。

「そういや、旧道の方に光の柱が上ったとか」

 そんな噂を聞いた、と慶雪。

 玖楼が首を横に振ったのを見て

「は、花火かしらね」

 瑤華は適当に誤魔化した。

「打ち上げの練習でしょうか」

「でも、嫌な感じだよ。旧道には、近寄らない方がいい」

 そう告げて、慶雪たちは去って行った。

「さすがに、神獣や天鏡光の話は混乱させるだけよね」

「瑤華って、慶雪と仲良いな」

「こら、姫様に馴れ馴れしい」

 口煩く玖楼に言おうとした咲耶に

「いいのよ」

 瑤華は嬉しそうに

「響きが綺麗って、玖楼が言ってたから」

 咲耶は、瑤華と玖楼を交互に見る。

「ま、まさか」

「咲耶さん、瑤華様は鈍い所ありますし、玖楼くんは精神が子供だから」

 ないない、と尚香は首を振る。

「私の叔母様が、北斗国に嫁いだから慶雪兄さんとは従兄なの」

 小さいころに何度か遊んでもらったわ、と瑤華。

「玖楼にとっての、紫輝さんみたいな感じかな」

「あれは、違う気がする」

 玖楼は腹を撫でると

「腹が減ったな」

「宿を取りましょう。白飛を休ませたいし」

 赤レンガで作られた門を通り、朱江の町へと入る。

「遠くに見える、あのデカい建物は?」

 目を輝かせる玖楼に

「あれが、城だ。四主神を奉納している神殿が隣にある」

 玖楼が説明をする。

「さすがに、天涼とは違うわね」

「なんだか、目が回りそうです」

 大きな町、忙しなく行き交う人々。

「薬草を煎じたような匂いがするわね」

「おそらく、土地の匂いというやつでしょう」

「あ、あの店、面白そう」

「玖楼君、勝手に行っちゃ駄目です」

「中央の宿屋がお勧めです」

 咲耶に案内され、町の中央へと進む。

 宿の看板には夏南国の主神、鳳凰の木彫り像。

 名のある画家が描いた絵画が、あちこちに飾られている。

夏南国は四神国の中で、主神祭りが最初に行われため観光客も多い。

「いらっしゃいませ、馬車はこちらでお預かりいたします」

 入り口の店員に白飛を預け

「格式高い宿みたいね」

「奮発させて頂きました」

 外から水を取り入れ、室内には川が流れている。

 橋の上から色鮮やかな魚を眺め

「あれって、食用?」

 玖楼が言うと

「あれは、観賞用ですね。錦鯉って魚みたいです」

 観光客用の説明文を、尚香が読んだ。

「普通の鯉より、かなり高いですね……」

「なるほど、風情ってやつだな」

「今日はもうお休みになりますか?」

「そうですわね、疲れてしまいましたわ」

 聞き覚えのある若い男と女の声。

「あ」

「あ」

 忘れる訳がない。

 曲楊であった東陽国の姫、麗喬と従者の忍者、燐。

「やっぱり、疲れてるわ」

「そうですね」

 身を翻して無視しようとした二人を

「ちょっと、待てコラ!」

 大声で玖楼が止める。

「クソガキ、宿で騒ぐな」

 他の人の迷惑だろ、と咲耶が玖楼の頭を叩く。

「だって、こいつら」

「咲耶さん、実は」

 尚香から事情を聞き

「貴方が、東陽国の姫と従者の忍者か」

 咲耶は、警戒して刀に手を掛ける。

「麗喬様に無礼な」

「やめなさい。ここで騒ぐ必要は、ありませんわ」

 燐を制し、麗喬は溜息をつく。

「私たちは、主神である麒麟様を迎えに来ましたの」

 瑤華に視線を向け

「そちらと目的は同じですわ」

 麗喬は答える。

「ここに居るのも、おかしな話ではありませんわ」

 瑤華は麗喬を凝視すると

「あの、麗喬」

「よ、呼び捨て」

 初対面ですのに、と麗喬は眉を寄せる。

「歳、いくつ?」

「今年で、十五歳ですわ」

「私、十四歳よ。でも、うちの主神祭が始まる日には十五だから同い年だよね」

「へ、変な子ですわね」 

麗喬はたじろぐ。

「刹那ってやつは?」

 一緒じゃないのか、と玖楼に聞かれ

「先生とは、あの騒ぎで逸れてしまいましたわ」

 ふらついた麗喬を、燐が支える。

「影抜けの疲れでしょう。このまま、部屋まで運びますのでお休みください」

「……助かりますわ」

「影抜けって? 麗喬、どこか具合が悪いんじゃ?」

 不安そうな瑤華に

「あの騒ぎで脱出するには、影抜けしかなかった」

 名の通り、影を抜けて移動する忍者の技。

「便利な技ですね」

 皮肉気に尚香が言うと

「普通の人間には、負担が大きい」

 早めに麗喬様を休ませたい、と燐は言った。

「そろそろ、失礼する」

「あのさ、東陽国に仙人たちが向かってる」

 蓬莱島の機能を使えば、そろそろ到着しているころだ。

「麗喬の親父さんの病気、調べてくれるって約束してくれたんだ」

 玖楼の言葉に

「分かったよ」

 燐は頷くと

「麗喬様が起きたら、伝えておく」

「おい、背の低い忍者」

「背の低いは余計だよ。で、何?」

「ちゃんと伝えろよ」

「僕が、麗喬様に嘘言ってどうするんだよ」

 翌日

「瑤華様、起きてください」

 尚香の声に合わせて、瑤華は寝返りをうつ。

 ふかふかの布団は、とても寝心地がいい。

「うーん、あとちょっと」

「放っておいたら、四時間は寝ているじゃないですか」

「そ、そんなことないわ」

 瑤華は、慌てて起き上がる。

「姫様、おはようございます」

「おはよう、二人ともよく眠れた?」

 瑤華に聞かれ

「こいつが、オレの布団をとった」

 床に埋められたガラス窓から、川を泳ぐ錦鯉を見ていた玖楼が言った。

「先に蹴りを入れたのは、お前のほうだろう」

「なんだとー」

 玖楼と咲耶が言い争う。

「なんて低次元な」

 尚香は、呆れて溜息をついた。

「失礼しました」

 咲耶は咳払いをすると

「宿の人から聞いたのですが、孝(こう)直(ちょく)と言う名の有名な呪術師がいるそうです」

「分かったわ。咲耶は、玖楼と呪術師の所へ、私と尚香は図書館に行くわ」

「図書館ですか」

「ええ、明莉さんのことを調べようと思って」

「瑤華様が、自ら勉強をしようだなんて」

 感動です、と尚香。

「そうすれば、刹那って人がやろうとしてることが分かる気がするのよ」

 うまく言えないけど嫌な感じがする、と瑤華は続ける。

「四神国を巻き込む、事件になるんじゃないかって」

 咲耶は眉を寄せると

「仙人たちから、関わらぬよう言われたでしょう」

「でも、神瑞様を早めに見つけないと魔獣側の力が強まる」

今はまだ均衡を保っているけど、危うい状況だと玖楼。

「神瑞様が、四主神を創ったように、魔獣を創ったのは」

「奈落の王、神威(かむい)ですわね」

 協力して世界を創造した神瑞と神威。

 しかし、どちらが地上を支配するかで争うことになった。

 負けた、神威は地底の世界・奈落へと追いやられる。

魔物は、神瑞への腹いせに神威が作りだした。

「東陽国の、古い文献にあった話ですわ」

 二階から降りて来た麗喬の姿を見て

「麗喬、もう体はいいの?」

 瑤華が聞いた。

「ええ、だいぶ良くなりましたわ」

「背の低い忍者は?」

「ここに居るけど」

 麗喬の影から抜け出し、玖楼の背後に移動。

 首筋にクナイを近づける。

「やる気が」

「この無能道士」

「お、オレが役立たずだと言うのか」

「実際、そうだろ。魔物以外は」

「こ、この……」

「燐、戻りなさい」

「御意」

 麗喬の影に波紋。

 水に潜るよう、燐の体が沈んでいく。

「燐も、子供な所がありますわ」

 麗喬は溜息をつくと

「道士、仙人が東陽国に向かった話は燐から聞いていますわ」

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