十一話
元六仙の一人相手では、荷が重かろう」
女官を寄越すから、蓬莱に戻るように玖楼に促す。
「でも……」
躊躇う玖楼に
「不服か?」
「碧玉ちゃん、鈍いなぁ」
紫輝は楽しそうな顔をして
「こんな、可愛い子たちがいたら帰れないよね」
瑤華と尚香の肩に手を回す。
「えーと」
「ちょっと、いきなりなんですか」
戸惑う瑤華と、恥ずかしがる尚香。
「どうせなら、僕のお嫁さんにしたいな」
ほら、同僚は碧玉ちゃんみたいに性格がキツイし、と紫輝は嘆く。
「……紫輝様、それはやめた方がいいです」
不機嫌な玖楼を見て
「あれ、道士妬いた?」
どっちが本命かな、と茶化す紫輝。
「紫輝よ、そろそろ解放せぬと怖い護衛に斬られても知らぬ」
後ろから黒いオーラを放っている咲耶を見て
「穏便に、穏便にいこう」
「失礼ながら、申しあげたいことがあります」
咲耶は頭を下げると
「こいつから、竜玉を取り出すことは出来ませんか」
「ふむ、事情を聞こう」
玖楼が、応竜の竜玉を飲んでしまった事情を説明。
「咲耶、薄情だぞ。竜玉は、朱江の呪術師に頼むと言ってたろ」
「事は、早い方がいいだろう」
「ぐぬぬぬ」
剥れる玖楼を横目に
「紫輝、診てやれ」
「え、僕?」
戸惑う紫輝に
「一応、術の成績は良かったであろう」
「分かったよ」
近くに来るよう、玖楼に声を掛ける。
「溶けているなら、分離して再構築かな」
玖楼に右手を近づけると
『嫌じゃ。帰るがよい』
青い竜に追い出される。
「はぁ」
紫輝は溜息をつくと
「……応竜様の機嫌が悪いよ」
「仕方がない。竜玉は、朱江の呪術師にお願いしよう」
道士が迷惑をかけるようだが、よろしく頼む、と碧玉は瑤華に伝える。
「東陽国の調査は、こちらに任せよ」
「王の呪いのことは、こちらで調べておくよ」
安心して、と紫輝は玖楼の肩を叩く。
上空の蓬莱島が、再び雲の中へと隠れる。
「では、失礼する」
「まったねー」
軽い感じで手を振る紫輝と、呆れ顔の碧玉。
術を使って、一瞬にしてその場から姿を消した。
「ふぅ、すごく疲れましたね」
腰が抜けそうです、と尚香。
「お前、記憶が戻ってたのか」
良かったな、と咲耶が言うと
「別に」
玖楼は背を向ける。
「感じ悪いな」
それを見て、眉を寄せる咲耶。
「咲耶さん、自覚なしとか」
尚香が溜息をつく。
主人の姿を見つけ、駆け寄ってきた白馬。
「良かった。白飛(はくひ)、無事だったのね」
瑤華になでられ、嬉しそうにしている。
「朱江を目指して、出発よ」
「玖楼、腕の怪我はどう?」
瑤華に聞かれ
「もう、すっかりいい」
包帯も取れた、と玖楼。
「あの女、治療だけは真面目にやったんだな」
「……」
そっぽを向いた玖楼に
「何とか言え」
眉間に皺を寄せる咲耶。
「が、ガキか……」
「大きな川ですね」
「そうね、海とは全く違うわ」
夏南国、最大の大河。
浅瀬が続き波打っていたが、今は聖人のように穏やかだ。
「あれ、どうするんですか」
馬車の上で、拗ねている玖楼に尚香は視線を向ける。
「咲耶が、厄介払いしようとするから」
「お、俺のせいですか」
「ちょっと言葉が足りないのよ」
瑤華は肩を竦めると
「懲りたら、少しは気を付けてよ」
「はぁ、申し訳ございません」
弱弱しい咲耶を見て
「なんか、新鮮です」
尚香は薄く笑う。
「玖楼、そんな所に居ないで降りてきたら」
瑤華は声を掛けると
「綺麗な川よ」
見ないなんて損だわ、と声を掛ける。
「……」
「咲耶は、言葉が足りないだけよ」
ピクリ、と玖楼の耳が反応。
「貴方の体を気遣って、早いうちに竜玉を取り出そうと思っただけよ。決して、嫌いなわけじゃないわ」
瑤華の言葉に反応し、玖楼は上半身を起こす。
「ホントに?」
「本当、本当」
私も尚香も貴方と旅が続けられて嬉しいわ、と瑤華が続ける。
「仙人のことには、びっくりしちゃったけど」
「神瑞様、嫌いになったか?」
「……私が生まれるより、ずっと昔の話だけど四神国は主神を神と崇め、争いを続けていた。四神国の覇者となれば、全知全能の神、神瑞の力が手に入るって」
それを見かねた神瑞は嘆き、争いを止めようとした。
結果、地上は神瑞と仙人たちによって管理されることになった。
「人間たちは、野心で争いを続けていたのは知ってるわ」
だから、悪いとは言えないわ、と瑤華は語る。
「そうか……」
「ねぇ、神瑞様って行方不明なのよね?」
「ああ、東陽国の麗喬に付き添っている刹那ってやつ」
玖楼は拳を握ると
「あいつが神瑞様を閉じ込めて、利用しているんだ」
「一体、何のために?」
「知らないけど、明莉って名前の女が関係していると思う」
あいつら肝心なことは教えない、と玖楼は肩を竦める。
「確か、夏南国の初代国王は道士と接触してるのよね」
詳しい話が聞けるかもしれないわ、と瑤華が言う。
「いいのか?」
「何が?
「旅には、全く関係ないのに」
「私も気になるもの」
「……瑤華」
「急にどうしたの?」
「響きが綺麗だから、読んでみただけ」
「玖楼、貴方って時々変よね」
「きゃあ」
「これは……」
尚香と咲耶の驚いた声。
「どうしたの?」
瑤華は、二人の視線の先を辿る。
白い甲羅が、川の上に浮かんでいる。
『よきかな、よきかな』
亀のように長い首。
「霊(れい)亀(き)様では?」
大きな亀は、瑤華の方に視線を向ける。
『はて、どこかで会ったかのう』
そう言って、再び水の中へ戻ってしまう。
「あんた、いい牛に乗ってるな」
黒い牛を見て、玖楼が言った。
「おっ、黒曜(こくよう)の良さが分かるのか」
いたずらっ子のような幼さを残した青年が
「うちの国では、牛を競走させる大会がある」
得意気に言った。
「それは、ちょっと興味あるな」
「おう、観光客大歓迎」
「慶(けい)雪(せつ)兄さん」
久々に会う従妹の顔を見て
「瑤華じゃないか」
慶雪は顔を綻ばせた。
「北斗国の王子、慶雪様でいらっしゃいますか」
「は、初めまして」
深々と頭を下げる、咲耶と尚香。
「普通でいいって」
堅苦しいのは苦手だ、と慶雪は頬を掻く。
「お心遣い、感謝致します」
咲耶は玖楼の方に視線を向け
「お前、慶雪様に失礼なことしてないだろうな」
「牛を褒めただけだ」
「ほう、たまには気が利くな」
「あはは、賑やかだな。今年は、瑤華が応竜様を迎えに来たのか」
「ええ、お父様が腰を痛めてしまって」
「母上が、はしゃぎすぎだって嘆いてたもんな」
慶雪は苦笑い。
「初めての旅は、何かと大変だろ」
「ええ、城にいては体験できないことばかりよ」
「まあ、俺は二回目だから慣れたもの」
「何をおっしゃいますか」
玲瓏とした女の声が遮った。
「魔物を相手にした時の、立ち回りがまだまです」
短髪と切れ長の瞳が特徴的な女性は
「瑤華様、お久しぶりでございます」
丁寧に一礼する。
「ふふふ、慶雪兄さんも麻里(まり)さんには頭が上がらないみたいね」
護衛にして剣の師匠である麻里には、慶雪は逆らえない。
「そ、それくらい分かってるって」
「肝に銘じておいてください」
麻里が念を押す。
「これで、最後です。咲耶殿、合同訓練の時はお世話になりました」
穏やかな顔をしているが、麻里の目は笑っていない。
「また、いずれ手合せをお願いします」
「はい、機会がありましたら」
その様子を見て
「なんだか、物凄いオーラが」
「戦闘狂は、これだから」
尚香と慶雪が後ろに下がる。
「慶雪様、買い出しは済ませております」
麻里は慶雪の方に視線を向け
「そろそろ、霊亀様を器に戻してください」
「おーい、ジジイ。そろそろ帰るぞ」
川の方を向いて、霊亀の器である鉄扇を掲げる。
「霊亀様と、お呼び下さいませ」
「だって、あのジジイ、俺の名前憶えねぇし」
白い巨大な亀が水面から顔を出す。
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