十話

中には互いの家に火をつけるものまで、と忍者が報告。

「待って、楽嘉さん」

 宿で聞いた話が気になり、瑤華と尚香は楽嘉の家へと向かった。

 そこには、数人の村人が集まり武器を手に取っていた。

「こいつ、余所者のくせに」

 鍬を向けた男に

「瑤華様、後ろへ」

 小刀を構え、尚香が背後へ庇う。

「よせ、こいつらには関係ねぇ」

 楽嘉は男を止めると

「……どうして、こんなこと」

「すまねぇ、嬢ちゃん。あんた達には、世話になったが止められねぇんだ」

「よし、このまま診療所まで向かうぞ」

「あの女、薬を独り占めしてるんだ」

「許せないわ」

「襲って、取り上げるんだ」

 診療所の方へ向かう村人たちを眺め

「やっぱり、こうなったか」

 見えない階段を下るように、屋根の上から降りて来た青年。

「紫輝さん、ですよね」

「やあ、美しいお嬢さんたち」

 相変わらず軽い声に

「瑤華様、ひょっとしたらこの騒ぎを起こしたのは」

 怪しすぎます、と尚香。

 紫輝は頬を掻くと

「酷いな。むしろ逆なのに」

 そう言って、手に持った赤い石を二人に見せる。

「これ、何だと思う?」

「石かしら?」

「でも、見たことありませんよ」

「固形状にするために、薬草やら混ざってるけど」

 これは血だよ、と紫輝が言った。

「よく効く、神の血の薬だよ」

「ひょっとして、楽嘉さんの?」

 瑤華に聞かれ

「あはは、ちょっと拝借しました」

「拝借って」

「不法侵入ですよ」

眉を寄せる尚香。

「ま、緊急事態だし」

 マイペースな人だ、と瑤華と尚香は思う。

「この薬、瀕死の人間を生き返らせるくらいすごい力があるんだけど、完全に治るわけじゃないんだよ。中身はボロボロのままだ」

 だから、定期的に摂取しなければならない。

「でも、これには副作用がある」

中毒性が、強いため末期になるとさっきの村人のように、凶暴になってしまう。

「でも、楽嘉さんは私たちを守ってくれたわ」

「彼は、まだ症状が軽い。でも、行きつく先は化け物だよ」

 そいつらが増えると非常に困る、と紫輝は溜息をつく。

「ひょっとして、灰色の狼」

「確か、神獣って玖楼君が言ってましたよね」

「ええ、応竜様が夢の中で語り掛けた見たいだけど」

 神獣と聞いて、紫輝は

「会ったのかい?」

「ここに来る途中で、襲われたの」

 玖楼の黒い炎は聞かなかった、と瑤華は語る。

「応竜様の情報がなかったら」

 てっきり新種の魔獣だと勘違いするところだった、と瑤華。

「……そうか」

 紫輝は空を見上げ

「近くまで、来ている」

 雲の隙間から、顔を覗かせる大地の一部。

 透明な霧のバリア解除し、徐々に姿を現していく。

「空の大地」

 瑤華は瞳を大きく見開いた。

「うおおおおおおおっ」

「なんだ、この馬鹿力」

「これが、人間の力か?」

 忍者達が、村人に押されている。

 農具を手に取った村人たちの異常な再生力。

 そして、凶暴化。

「診療所に入るには、好都合か」

 その騒ぎに紛れ、咲耶は診療所に向かう。

「ゴホッ、ゴホッ」

 天井の石畳の隙間から、煙が地下へと漏れてくる。

「この煙は?」

「麗喬様、火をつけた者がいるようです」

 脱出しましょう、と燐。

「こちらです、ついて来てください」

「道士、面白いものが見れるかもしれませんよ」

 予知をしていたかのような、刹那の言葉に

「何が起こるって言うんだ」

 玖楼は睨みつける。

「おい、医者はどこだ」

「この煙だ、すぐに外に出て来るだろ」

 農具を持った村人。

 その中に、楽嘉の姿を見て

「オッサン、何してるんだよ」

 瑤華が家に連れていったはずだろ、と玖楼。

「坊主、さては手を組んでたのか」

 最初に会った時と雰囲気が違う。

「な、なんの話してるんだよ」

 その豹変に玖楼は動揺する。

「ゴホッ、ゴホッ」

 煙を吸い込んだ麗喬が咳き込む。

「麗喬様、裏手から外へ」

「おっと、そうはいかねぇ」

 裏口は、すでに村人に囲まれている。

「くっ、こいつら正気じゃない」

 そして、口々に神の薬を出せと呟いている。

 その光景は、まるで洗脳。

「ああ、鬱陶しい」

 奥の部屋から出て来た春蘭。

「大人しく、管理されていればいいものを」

 彼女の口は大きく裂け、やがて灰色の狼へと変貌。

「ひっ」

 その姿に、村人たちは戦慄する。

「あれは……」

「道士、あれが神獣です」

「この世界が、神瑞の管理から外れる切り札となるでしょう」

刹那は告げた。

 曲楊、上空――

 蓬莱の一部を、空へと浮かべた島。

「目的地上空、中央のモニターに映します」

「碧玉(へきぎょく)様、目的地上空です」

 濃緑色の長い髪を束ねた美女は

「天鏡光の準備を」

 中央の宝珠に触れる。

「しかし、地上には紫輝様と道士が」

 焦る女官に

「問題ありません」

 碧玉は淡々と答える。

 雲の中から、徐々に姿を現していく巨大な島。

「今、何か光ったような……」

 瑤華の言葉に

「え、私にはよくわかりませんでした」

 目を凝らす尚香。

「いきなりかよ」

 紫輝は焦ると

「二人とも、伏せるんだ!」

 上空を覆う巨大な影。

「暗くなってきましたわ」

 雨でも降るのでしょうか、と麗喬。

「麗喬様、あれは」

 まさに、神の住居にふさわしい巨大な島。

「蓬莱島。近くで見るのは、久しぶりですね」

 刹那は肩を竦めると

「そして、あいかわらずせっかちだ」

 これでは失敗ですね、と小さく呟いた。

 次の瞬間、大量の光線が地上へと降り注ぐ。

「いってぇ、派手に吹き飛んだな」

 そして、近くの瓦礫に埋まっていた玖楼を見つけ

「おい、クソガキ」

 しっかりしろ、と咲耶は声を掛ける。

「ううっ、人がいるのに天鏡光を使うとか」

 薄らと目を開いた玖楼を見て

「どうやら無事のようだな」

 咲耶は、安堵する。

「心配してくれたのか?」

「そりゃ、お前の中には竜玉があるからな」

「無くなったら、お姫様が悲しむよな」

 棒読みの玖楼に

「その通りだ」

 咲耶は深く頷いた。

「さっきの光は?」

「天鏡光、蓬莱の秘密兵器」

 上空の島を見上げ、玖楼が言う。

「そんな危ないものを、地上に向けて使ったのか」

 咲耶は溜息をつくと

「神の考えることは分からんな」

そう言って、頭を掻いた。

 所々に、崩れた白い柱。

「これは……」

「塩の柱だよ」

 紫輝の言葉に

「確か、宿に居た」

 そして、後をついて来た瑤華と尚香を見て

「姫様、尚香、無事でしたか」

 咲耶が駆け寄る。

「ええ、紫輝さんが守ってくれたの」

「一体、何だったんですが、あの光」

 生きた心地がしませよ、と尚香が溜息をつく。

「紫輝様、どうして地上に」

 訝しげな顔を向ける玖楼に

「これは、僕の決定じゃない」

「碧玉様ですか」

「彼女は、強引な所がいいんだけどね」

「聞いてません」

 顔見知りらしい二人を見て

「玖楼と紫輝さんは、知り合いなの?」

 瑤華が尋ねる。

「上司、みたいな?」

「六仙の一人」

 温度差を感じた紫輝は

「あれ、嫌われてる?」

「気のせいです」

「君、昔から僕の授業はサボりまくっていたからね」

 背を向けた玖楼を見て、紫輝は苦笑い。

「六仙って、道士とは違うの?」

 瑤華の質問に

「道士が地上で活動するなら、仙人は天上で地上の観測」

 紫輝が答える。

「つまり、六人いるのね」

「まあ、今は一人足りないけど」

「私は、怪しい人かと思ってました」

 素性を聞いて、尚香は目を大きく見開いた。

「いいんだよ。元々、胡散臭い奴らの集まりだし」

「珍しく、玖楼君と意見があいましたね」

 尚香が薄らと笑う。

 そのやり取りを横目に

「塩の柱、確か蓬莱の寺院を襲った兵がそうなったとか」

 咲耶は紫輝に聞いた。

「あれが、使われたのは二回目だ」

 地上に見過ごせない綻びができたからだよ、と続ける。

「ひょっとして、あの赤い色に薬が?」

 瑤華の言葉に紫輝は頷くと

「あれは、人間が手を出していいものじゃない」

 玖楼は、灰色の狼に変わった春蘭のことを思い出す。

「だからって、まだ変わってないやつまで……」

 天上の光線から逃れた人々は、村の惨状に呆然と立ち尽くしている。

「探せば、治す方法もあったかもしれない」

 あの麗喬と名乗る女の子は、必死に父の病気を治そうとしていた。

 刹那という男を頼るのは間違っているかもしれない。

「玖楼、その、大丈夫?」

 心配そうな瑤華を見て

「悪い。だだ、悔しい」

 玖楼は唇を噛みしめる。

「今回の道士は、出来が悪い」

 呆れた若い女性の声。

「あ、碧玉ちゃん。死ぬかと思った」

どさくさに紛れて抱きつこうとした紫輝を

「対象だけを、狙ったつもりだが」

 これから死ぬか? と碧玉は右手を掲げる。

 蓬莱の管制塔に指示が伝わり、不気味な機械音が響く。

 そして、おそらく目標を紫輝へと定めている。

「け、結構です」

 紫輝は、後ずさり。

「この村は、しばらく我々の監視下に置く」

 生き残った村人を、女官たちが世話をしている。

「人の子は管理してやらねば、すぐに道を踏み外す」

「だから、玖楼のような存在が必要だと」

 碧玉は瑤華の方に視線を向け

「ふむ、聡いのう。名は、なんと申す」

「こちらは、西海国の姫、瑤華様です」

 瑤華の傍らに立つ、咲耶が答える。

 尚香の方を見て、碧玉は瑤華へと視線を戻す。

「見たところ、主神を迎えに行く旅の途中じゃな」

 道士が面倒をかけておるの、と続ける。

「あの、神獣って何なのですか?」

 瑤華の問いに

「なぜ、その名を……」

 碧玉は眉を寄せる。

「ここに来る途中、見たようだよ」

 教えてあげてもいいんじゃない、と紫輝。

 碧玉は溜息をつくと

「神と人の世を歪めるもの」

 それゆえ、作り出してはいけない。

「それは、玖楼の黒い炎が効かないことと関係しているのではありませんか」

 そして、仙人が最も恐れていることを口にする。

「あなた方は、自分たちが支配出来ない存在が怖いのよ」

「……瑤華様」

 物怖じせず、真剣に相手と向き合う。

 それが瑤華の強さであるが、尚香には時折脆く思える。

「娘よ、世の中には知らない方が幸せなことも多い」

 天鏡光で粛清された、曲楊の地。

「こうして我々が管理することで、得られる安寧もあるのじゃ」

 人の子には不服であろうが、と碧玉は踵を返す。

「して、道士よ。主は、現況の人物と接触したはずじゃな」

「黒髪に、眼鏡を掛けた白衣の男……名前は、刹那」

 玖楼の答えに

「なるほど」

 忍者たちの姿が見えない。

 騒ぎに紛れ、脱出しているだろう。

「東陽国の姫、麗喬に仕えている。死の淵を彷徨っていた王を、救ったことで重宝されているみたいだけど、あいつには頼っちゃ駄目だと思う」

 仙人の力で救って欲しい、と玖楼は碧玉に頼む。

「碧玉様なら、道士の呪いを解けるだろ」

「初代東陽王の事件か……」

 碧玉と紫輝は、表情を曇らせる。

「あの件なら、とっくに終わってるって思ったけど」

「それで、東陽国の姫に加担とは」

「やっぱり、偽名かな」

 紫輝は肩を竦めると

「神瑞様の主治医なら、簡単に運び出せるかもね」

「未練がましい男じゃ」

 そのやり取りを見て

「明莉って、名前知ってるのか」

 唯一、刹那が感情を動かした相手の名。

「知ったところで、何もできまい」

 それに主の役目はここで終わりじゃ、と碧玉は目を細める。

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