九話

 尚香が目を覚ますと、見慣れない白い天井。

「ここは……」

「良かった、尚香」

 瑤華は目尻に涙を浮かべ

「痛むところはない?」

「瑤華様、そうだ」

 意識が遠のく直前

「オレが残る。尚香は、解放してくれ」

 玖楼の言葉が聞こえた。

「申し訳ありません、私のせいで玖楼くんが」

 起き上がろうとした尚香に

「まだ、ゆっくりしてないと」

 瑤華が止める。

「あのガキは、そう簡単に倒れる性格じゃないだろ」

 戻って来た咲耶に

「外の様子はどう?」

「診療所への道は、忍者たちが塞いでいます」

 咲耶は溜息をつくと

「これは、東陽国が何かしら絡んでいると考えた方がいいでしょう」

「どうして、東陽国が……」

「噂では、王が病に倒れたと聞いています。王の三人の子供たちが立て続けに亡くなっていますので、道士の呪いとも言われていますね」

 高齢になってから生まれた末の姫が、王位を継ぐことになっている。

「初代東陽国の王は、玖楼が目を覚ました寺院を燃やしたのよね」

 どうしてそんな酷いことを、と言う瑤華に

「古来より、歴史が大きく動く時には神瑞が道士を派遣するといわれています」

四神国が争っていた時代も、道士はもっとも力のある王に加担した。

「それが、初代夏南王ね」

「……はい。その事実を知って、初代東陽王は怒り狂い行動に移した」

「なんだか、道士って神瑞様のでばがめ装置みたいですね」

 何気なく呟いた尚香に

「なかなか上手い」

 咲耶が褒める。

「どうも」

「なら、道士である玖楼は安全って考えていいのよね」

「おそらく。ですが、状況からみてあの女医もグルでしょう」

 瑤華の言葉に咲耶は頷くと

「しかし、あいつ全く道士の自覚がありませんでしたね」

「あ、そうです」

 尚香は、一呼吸置く。

「私、ぼんやりと憶えているんですけど……玖楼くんの黒い炎は、人間には使えないって忍者が言ってました」

 向こうのほうが道士のことに詳しかった、と尚香。

「私たちが魔獣だって思ってた狼も、黒い炎が聞かなかったのよね」

 確か神獣だっけ、と瑤華は考える。

「……どんどん、弱体化してますね」

 咲耶の言葉に

「ちょっと、言えてるから妙ね」

 それを聞いて、瑤華は苦笑い。

「道士に与えられるのは、浄化の炎」

 軽快な声。

「神聖な生き物や、人間には効かない」

 彼らはそう出来ている、と穏やかな表情の青年。

「すごい、綺麗な髪と顔」

 青年の青い髪と端整な顔を見て、瑤華の口から自然と言葉が漏れる。

「嬉しいです、お嬢さん」

「あ、男の人に綺麗は失礼ね」

「いいえ、素直に嬉しいですよ」

(気配がまるでなかった)

(胡散臭いですね)

 怪しむ尚香と咲耶の視線を横目に

「驚きました。まさか、この宿に他のお客さんが居るなんて」

 新しい道が整備されて以来、こっちは旧道でしょう、と青年。

「こっちは、旧道だったのね」

 通りで素朴な風景が続いていると思った、と瑤華。

「も、申し訳ありません、姫様。決して旅費を、ケチろうなど」

 頭を下げる咲耶に

「いいのよ。その武道大会で……お父様が無茶したから」

 旅費に余裕がないのは知っているわ、と瑤華。

「えーと、ところで貴方は?」

「僕は、紫輝(しき)」

へらへらとした表情で「旅人だよ」と語る。

「そ、そう」

 きょとんとした瑤華に

「姫様、さすがに怪しいですよね?」

「うーん、妙な既視感が」

「そうそう、この村は空気が澱んでいる」

 真摯な顔で

「その女の子の体調が回復したらさ、なるべく早めに立ち去った方がいいよ」

 紫輝は、三人に警告する。

「ありがとう。ですが、私たちの仲間が捕まっているの」

 彼を助ける必要がある、という瑤華。

「最近会ったばかりなのに?」

「玖楼は、私たちを助けてくれたわ」

「ふーん、信用はされてるのか」

 聞けてよかったよ、と紫輝は踵を返した。

「あれ、隣の部屋って」

 瑤華が廊下の方を覗くと、すでに姿はなかった。

「確か、私たちが来た時は誰もいなかったわよね?」

 瑤華の言葉に

「はい、店主の話では」

 咲耶が頷く。

「こほっ、こほっ」

 咳き込む尚香に

「大丈夫?」

「すみません、少し喉が渇いて」

「水を持ってくるわ」

「姫様、それでしたら私が」

「大丈夫よ。貴方は、尚香の傍にいて」

「分かりました。しかし、何かありましたら大声で叫んでください」

 瑤華は階段を降り、宿の水場へ向かう。

「……確かに、先生からもらった薬はよく効く」

「で、でも、私見ちゃったのよ」

 従業員の女は震えた声で

「羊の放牧中に、魔獣に襲われた楽嘉さん」

「それで?」

「あの春蘭先生が持ってきた薬で」

 傷が一瞬にして治った、と店主に話す。

「大した傷じゃなかったんじゃないのか?」

「いいえ、そんなはずないわ。それに、何だか不気味なのよ」

 たまに数人で集まって話し合っている、と続ける。

「あの」

 瑤華の声に

「お客様、何か御用で?」

「今の話、詳しく聞かせて」

 水で喉を潤すと

「瑤華様、ありがとうございます」

 体調はだいぶ良くなりました、と尚香が起き上がる。

「まだ、薬が完全に抜けたわけではない。無理はするな」

「ええ、咲耶さんが心配してくれるなんて」

 珍しい、と言う尚香に

「大事な戦力だ」

「言うと思ってました」

 素直に言えないんですから、と尚香。

「姫様、その話が本当だとすると……」

「あの春麗って医者は、呪術師以上の軌跡を体現したことになるわ」

 どんな呪術師だって、瀕死の人間を救うことは不可能。

 咲耶は顎に手を当てると

「そのような事が可能に出来るのは、四主神……または、それ以上の存在になります」

「しかし、四主神は、朱江の神殿に奉じられています」

「そうなると……」

 瑤華は表情を曇らせると

「神瑞様って、考えるのが妥当かも」

 刹那は村での研究結果を、紙へと書き込んでいく。

「神瑞の血は万能ですが、やはり定期的に飲み続ける必要がある。そうしなければ、傷口が開きまた元の状態に戻ってしまう」

 それがこの村での研究結果です、と刹那が語る。

「あの女医も、魔獣に襲われて瀕死でしたが、神瑞の血によって若さと命を保っているのですよ」

 彼女はよく働いてくれます、と刹那。

「人間のこういう部分は、嫌いではありません」

 あの執着には、恐怖を感じた。

「それって、死人と同じだろ」

 睨みつける玖楼に

「貴方がたは、明莉を見捨てた」

 これだけの力がありながら、と憎悪に震える。

「この技術があれば、救えたはずだ」

(こいつ、一体……)

 再び、階段を降りる音。

「刹那、道士の様子はどうです?」

 女の声。

「これは、麗喬様」

 刹那は頭を下げると

「道士、こちらは東陽国の姫、麗喬様です」

 瑤華を太陽に例えるなら、この麗喬という少女は月。

「人を縛ったまま会話するのが、東陽国の礼儀ってやつか」

「失礼しましたわ」

 麗喬は薄く笑うと

「燐」

「招致しました」

 麗喬の影に潜んでいた忍者が、クナイで拘束していた縄を切る。

「さっきのチビ忍者」

 玖楼の首筋にクナイを近づけ

「チビは余計だよ」

 燐は溜息をつくと

「余計な考えは起こさない方がいい」

「燐、クナイを降ろして」

「しかし、分かりました」

 燐は玖楼を睨むと

「余計なことはするなよ」

釘をさして玖楼を解放する。

「お願いですわ。どうか、私の父の命を救って下さい」

「あんたの父親ってことは……」

「はい、東陽国王ですわ。お父様は、私に向けられた呪いを肩代わりして、病に伏していますわ。ここにいる呪術師、刹那のおかげで何とか命を繋いでおります」

 玖楼は刹那の方に視線を向け

「信用されてるんだな」

 胡散臭いのに、と小声で悪態をつく。

「光栄です」

「褒めてねーよ」

「彼の技術は、確かですわ」

 道士にも引けをとらない、と麗喬は称する。

「悪いけど、道士に人を生き返らせる力はない」

「そんな、道士のかけた呪いは道士にしか解けないのでしょう」

「道士に呪われるとか、一体何をやったんだ?」

 玖楼の言葉に、麗喬は表情を曇らせる。

「それは……」

「言葉には、気を付けろ」

 いちいち突っかかってくる燐に

「お前、そんなんで隠密行動できるのか」

「そこ、煩いよ」

「初代東陽王は、蓬莱を焼き討ちにしました。もちろん、分け合ってのことですわ」

「どういうことだ?」

 眉を寄せた玖楼に

「四神国が争っていた時代、神瑞様は中でも一番力のある夏南国の初代国王の元に道士を送り、戦いを終結させたと聞いていますわ」

 やり方は過激かもしれませんが、と麗喬。

「なるほど、それで呪いってわけか」

「私の三人の兄も、原因不明の病で倒れていますわ」

 そして、麗喬に向けられるはずだった呪いを現在東陽王が引き受けている。

「オレが、生まれる前の話だ」

 神瑞は、残った道士たちを仙人にして天上へと引き上げた。

「あんたが本気なのは、目を見れば分かる」

 玖楼は溜息をつくと

「もし、その呪いを解けるとしてあら仙人だ。神瑞様に遣える六仙、オレもあまり詳しくはないけど」

「仙人とは、道士とは違うんですの?」

 麗喬の問いに

「道士より、格上の存在」

 そして、滅多に下界にはおりない、と玖楼は語る。

「その仙人を、呼ぶ方法はあるの?」

 燐に聞かれ

「さっぱり」

 肩を竦める玖楼に

「道士ってのは、役立たずだな」

 燐は呆れて溜息をつく。

「とにかく、こいつには頼らない方がいい」

 玖楼は刹那を睨むと

「神瑞様を攫ったのは、この男だ。お前らも、きっと騙されてる」

「刹那、その話は本当ですの?」

「やっぱり、信用できないね」

 訝し気な表情をする麗喬と燐に

「神瑞は、全知全能の神」

 とても捕まえられるような存在ではないと思いますが、と刹那。

 そして、溜息をつく。

「どうやら、道士は地上に降りた影響で気がふれているようです」

「いけしゃあしゃと……オレは、まともだぞ」

「どちらにしても、我々とこのまま同行してもらいます。道士が消息不明となれば、仙人も不振に思うでしょう」

 麗喬の方に視線を向け

「どちらが正しいか、決めるのはそれからでも遅くはないのではありませんか」

 不敵な笑みを浮かべる刹那に

「……そう、ですわね」

 ガタガタ、と上の方が騒がしい。

「統領」

 部下の忍者に

「何があった?」

 燐が聞く。

「村人たちが争っています」

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