十三話

 気遣い感謝します、と麗喬は頭を下げる。

「麗喬は、これからどうするの?」

「神殿に東陽国の主神・麒麟様を迎えに行きますわ。それに、お父様の状態も気になりますから、早々に帰るつもりですわ」

「そうなんだ、えーと」

 何か言いたげな瑤華に

「何ですの?」

「いや、でも迷惑かな」

「言わない方が、気持ち悪いですわ」

「うちの主神祭って、他の三神国に比べたら遅いのよ。最終日、良かったら見に来てくれないかなって、私、麗喬ともっと話がしたい」

 麗喬は戸惑いながらも

「気が、向きましたらね」

 そう言って、踵を返した。

「さて、私たちもそろそろ出かけないと」

「尚香、姫様のことを頼むぞ」

「はい」

「赤い髪の男の人なんです。すっごい、目立つんですよ!」

 甲高い女の子の声が宿に響いた。

「申し訳ございません。こちらには、来ていないようです」

「そんな……」

 女の子は周りの様子を見て

「し、失礼しました」

 顔を赤くして去って行った。

「誰か、探してるのかしら?」

「そうですね、かなり慌ててましたし」

 咲耶は顎に手をあてると

「どこかで、見たような」

「ははは、歳だな」

 茶化す玖楼に

「行くぞ、無能道士」

「無能って言うな」

 朱江・東区。呪術街ということもあり、怪しげな店が並んでいる。

「ううっ、さらに薬草くさい」

 玖楼は袖で鼻を押える。

「店は、もっと奥の方だな」

 店頭の前に並んでいる不気味な像を眺めている玖楼に

「変なモノに触るなよ」

 前科があるからな、と咲耶。

「反省してるっての」

 玖楼は横目を向け

「咲耶、あんたの剣の腕は大したものだ」

「何だ、急に?」

「オレは、蓬莱島で剣術の修業をさぼってばっかりだった」

「自慢の黒い炎に、限界があるとは知らなかったか」

 魔物には無敵だが、対人や神獣となると分が悪い。

「蓬莱島にも、腕が立つ剣士がいるのか」

 どんな奴だと咲耶に聞かれ

「紫輝様」

「あの、へらへらした奴か。しかし、剣は持っていなかったような」

「仙人は、仙術を使って自然の力を借りる。紫輝様は、その力で風の剣を創る」

「よく分からんが、お前が黒い炎を出すのと同じ原理か」

「まあ、そんな感じ」

 玖楼は頷くと

「そこで、その……」

「言いたいことがあるなら、はっきりしろ」

 玖楼は、ぎこちなく頭を下げると

「剣術、教えてください」

「お前……」

(懲りたら、反省することね)

 耳の痛い瑤華の言葉を思い出す。

 また、玖楼に拗ねられても面倒だ。

「はぁ、時間があったらな」

「約束、約束したからな」

 目を輝かせる玖楼に

「くどい」

「なーあ、もう少しいいだろ」

 白い布で目元まで隠した男に言い寄られ

「困ります」

 次のお客様も居るんですから、と女の呪術師。

「ここは、何の店?」

「占い専門の呪術師の店だ」

 看板を見て、咲耶が言う。

「天候とか、季節ごとに育ちやすい作物とか、人間関係の相談とかな」

 咲耶は顎に手を当て

「俺の親父も、商品の流通の件で色々相談に乗ってもらっていた」

 玖楼は眉を寄せる。

「人間って、変なこと聞きたがるよな」

「お前ら天界の奴と違って、地上の人間は悩みが多いんだ」

「もう、いい加減にしてください」

「そんなこと言わないで、もう少しだけいいじゃない」

 さっきから、入り口で言い争っている男女を見て

「なんか、さっきから揉めてるけど」

「これでは、風紀が乱れるな」

 咲耶は腰の刀に手を掛けると

「いい加減にしろ、見苦しい」

「貴様には、あのメロンちゃんが目に入らないのか」

 男のロマンだろ、と指の先には女呪術師の胸。

 動くたびに揺れている。

「余は、あの微かな揺れを楽しんでおったのに」

 お前ら悪魔だ、と男は嘆いた。

「うわぁ、暇人だ」

 咲耶は眉間に皺を寄せると

「緑の仙人の方が、大きかった」

「碧玉様のこと?」

 そういえば

「ああ、碧玉様、羨ましいわ」

「一体何を食べたら、ああなるのかしら」

女官たちが羨ましがってたな、と玖楼。

「なんと、世の中には彼女以上のメロンちゃんが……ぶっ」

 男の背後から、女呪術師が塩を撒く。

「二度と来るな、このエロ男」

 勢いよく、ドアが絞められた。

「……ああ、そんな」

 肩を落とした男を見て

「まあ、当然の結果だな」

 咲耶は肩を竦める。

「なあ、孝直って人の店はこの辺りか?」

 あんた地元の人だろ、と玖楼に聞かれ

「なんだ、お前らジジイじゃなかった……先生に用か?」

 男は鼻を動かかすと

「旦那は、海の匂いがするな」

 ひょっとして西海国の出身だろ、と男が言った。

「おお、あんた鼻がいいな」

 目を大きく見開いた玖楼に

「まあ、お前の方はさっぱり分からん」

 何の匂いもしない、と続けると

「貴様、どっかで……いやもっと年とってた気が」

「余計なことは、喋るな。行くぞ」

「そうだな」

「待て、待て、先生の店はこの裏だ」

「貴様、付いてくる気が?」

 嫌そうな顔をする咲耶に

「いやぁ、そのメロンちゃんの話をもっと詳しく聞きたくて」

「しつこい奴だな……」

 咲耶は呆れ顔で、溜息をついた。

「すごい本の数ね」

「そうですね、うちの倍はあるかと」

 建物の天井に届く位、本が埋まっている。

「ここもハズレです」

まあ、勉強するような方ではありませんしね、と小さな子供。

「あら、確か宿屋に居た」

 尚香の言葉に首を傾げ

「お会いするのは、初めてかと思いますが」

「待って、尚香。この子の方が、少し背が高いわ」

 それに男の子よ、と瑤華。

「そ、そうなんですか?」

「ああ、お二人が見たのは双子の妹の方です」

 考え込む表情をすると

「そうですか、宿屋の方も……」

 男の子は溜息をつくと

「……新しいメロンちゃんとか、言っていましたからね」

「誰か探しているの?」

「ご主人様を探しています。仕事が、全く進まないのです」

「それは、困った人ね」

 こんな小さい子たちを心配させるなんて、と瑤華。

「では、失礼します」

 ぺこり、と頭を下げた男の子に

「早く見つかるといいですね」

 尚香が声を掛ける。

「はい、ありがとうございます。観光をお楽しみください」

 男の子の後ろ姿を見送り

「やっぱり、服装とか浮いてるのかしら」

 すぐに観光客ってわかったみたいだし、と瑤華。

「もうすぐ、主神祭ですから、そんなに珍しくもないからでは?」

 考えすぎですよ、と尚香は続ける。

「よう、先生」

 店を訪ねてきた陽気な声の男に

「まったく……貴方は、あいかわらずですのう」

 杖をついた白髪の老人は

「部下の苦労が目に浮かびます」

「先生に教わった通り、余はメロンちゃんの探求に忙しいのだ」

 そして、男は鼻息を荒くすると

「それより、噂で聞いた話だが世の中には、極上のメロンちゃんが居るようだ」

「な、なんと……某、たぎってきましたぞ」

 鼻息を荒くする老人。

「落ち着け、血圧が上がるぞ」

「何の話してるんだ?」

「お前は、理解しなくていい。それと、姫様と尚香には言うな」

「何で?」

「色々あるんだ」

 咲耶が咳払い。

「あー、そろそろいいか?」

「おや、お客様でしたか。むっ、そこの少年、何か飲み込んでおるな」

 玖楼を見るなり、一目で状況を理解した。

「すぐに、分かるんだな」

「視る人間が診ればな。さあ、奥の施術室に」

「有名な先生だと聞いていたが……」

 意外と店は空いているな、と咲耶。

「俺たちは、運が良かったか」

「そりゃ、男がメロンちゃんを好きなように、若い女だって、余のようなイケメンを選ぶのが道理だろう」

 男は腕を組むと

「つまり、ジジイの需要はない」

「うるさいわい!」

 飛んできた薬草入りの瓶を、男は軽く避ける。

 そして、本棚を漁り始めた。

「人の家で勝手に……」

 呆れ顔の咲耶をよそに

「あった、これだ」

 独特の古書の匂いが、鼻をかすめる。

 かなり古い本のようだ。

「あの白いやつ、どっかで見たことあるんだよ」

「玖楼は、夏南国に来るのは初めてだぞ」

 他人の空似じゃないか、と咲耶。

「これ、似てるだろ」

 描かれた人物の年齢は、二十代前半位だろうか。

 画家が隠れて描いたのか、かなり構図が悪い。

「面影は、あるな」

 玖楼より年上のようだが、よく似ている。

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