曲陽へ向けて

「ちっ、燃えろ」

玖楼は、手から黒い炎を放つ。

「燃えない?」

 あの化け物を一瞬にして燃やした黒い炎。

 しかし、狼の魔獣には聞いていない。

「ガゥ、ガゥ」

 襲いかかって来た狼の魔獣から

「ぐっ」

 玖楼が瑤華を庇う。

「さっさと、逃げろ。時間くらいは稼げる」

 狼の魔獣に噛まれた右腕から流れる血。

「でも……」

「クソガキ、そのまま動くな」

 冷静な声と共に、鋭い銀光が走る。

 それは、的確に狼の魔獣を貫いた。

「ガルウッ」

 まだ立ち上がろうとした魔獣に

「浅かったか」

 刀を深く刺し、確実に仕留める。

「咲耶」

「姫様、ご無事ですか」

 刀の血を払い、咲耶は腰の鞘に納める。

「それより、玖楼が私を庇って」

「あー、オレも二つになるかと思った」

「それだけ、憎まれ口が叩ければ十分だな」

 咲耶は玖楼の右腕を見ると

「傷口は深くはない応急処置をして念のため明日は、曲楊の医者に見せましょう」

「ごめんなさい。私が、キノコを獲ろうなんて言わなければ」

 落ち込む瑤華を見て

「湿っぽい顔をするなよ。結局、無駄になっちまったし」

 辺りに散らばっている色鮮やかなキノコを見て

(全部、毒キノコ……)

 ある意味才能ですね、と咲耶は苦い顔。

「とりあえず、戻りましょう。ここは、危険です」

 焚き火を囲いながら

「おい、もっと丁寧に」

「うるさいですね」

尚香は、玖楼の傷の手当をする。

「てっきり、俺はこの馬鹿が連れ出したと思っていましたよ」

「私も二人の役に立ちたくて」

 尚香は玖楼の右手に布を巻きながら

「瑤華様、そのお気持ちだけで十分です」

「ですが、急にどうして?」

 咲耶に問われ

「その、玖楼と私は歳が近いと思って」

 瑤華は玖楼の方に視線を向け

「天涼までは、一人旅だったのよね」

「ん、まあな」

「……食料を探すくらいなら、私にも出来ると思って」

 そう思ったけど不注意でした、と反省する瑤華。

「これと張り合ってはいけません」

「オレは、これ呼ばわりか」

 なんか眠くなって来たから寝る、と横になる玖楼。

「ですが、俺たちも反省しなければなりません」

 初めての長旅ということもあり、尚香も咲耶も過保護になりすぎた。

「まずは、食べられるキノコと毒キノコの見分け方からですね」

 二人が獲っていたのは毒キノコですよ、と咲耶。

「ご、ごめんなさい」

 落ち込む瑤華に

「瑤華様、少しずつ覚えて行きましょう」

 尚香が励ます。

「しかし、あの魔獣、黒い炎では退治できませんでしたね」

「それは、私も不思議に思った」

 天涼の化け物は、一瞬で灰になった。

「あの見せ物小屋のは、おそらく金儲けのために伯影が呪術師に頼んで違う魔獣をつなぎ合わせたようなものでしょう」

 どちらも同じ魔獣のはずですが、と考え込む咲耶。

 心地よさそうに眠る玖楼を見て

「結局、玖楼くんの謎が深まっただけですね」

 尚香は溜息をついた。

 薄暗い部屋の中央に、四本の柱。

「まったく、何を考えておるのやら」

 左から二番目の柱から、溜息混じりの女の声。

「夢の中で、説教かよ」

 高度な嫌がらせか、と祭壇前の椅子に腰かけていた玖楼は呟く。

「道士が授かるは、邪悪を払う浄化の炎よ」

 神聖なものは払うことはできぬ、と女は続ける。

「さっきの狼は、魔獣とは違うってこと?」

「いかにも、神獣だ――」

 声が遠い。

「よく聞こえないんだけど」

「距離が――、悪いが切らせてもらう」

 玖楼は追い出されるように、その場から弾かれた。

「夢、か」

 翌日、曲楊へ向かう道中にて

「このおにぎり、形が不揃いだな」

 尚香、料理下手になったな、と玖楼。

 瑤華は気まずそうな顔をして

「そ、その今日は私も手伝ったの」

「お姫様が? 食えるけど、塩が多いよ」

「姫様の手作りでしたか!」

 咲耶は、玖楼の頭に手を置いて前へと倒す。

「ありがたく、いただきます」

「何度か練習すれば、三角に握れるようになりますよ」

 尚香に励まされ

「もう少しがんばってみるわ」

「昨日の夢の話だけど」

 咲耶は眉を寄せ

「いきなりだな」

「四つの柱の前で、説教を食らった」

オレの黒い炎で退治できなかったのは、あれは魔獣と違うからだ、と玖楼。

「それは、朱江の神殿の話か? お前、行ったことあるのか」

 咲耶の問いに、玖楼は首を横に振る。

「左から二番目の柱に言われた」

「そう言えば、玖楼は声を聞いたのよね」

 瑤華の言葉に

「あ、そうそう同じ声だった」

「神殿に左から二番目の柱……確か、応竜様の柱ですよね」

 どうして玖楼くんの夢に出て来たのでしょう、と尚香。

「……なるほど、竜玉か。一時的に、繋がったと考えるのが妥当だ」

玖楼が竜玉を飲んだ影響で、応竜様の言葉が届いている。

「咲耶、それは誰でも可能なの?」

「いえ、多少は才能に左右されるかと……」

 それを可能にしてしまう玖楼は

(まさか、本当に道士……)

 馬の手綱を握りながら、咲耶は横目を向ける。

「それで、魔獣じゃなかったら昨日のアレは何だ?」

「いやー、神様って肝心な時に使えないよね」

 玖楼は欠伸をすると

「神獣とか言ってたけど、後は聞こえなかったし」

「……応竜様に失礼な」

 咲耶は溜息をつくと

「神瑞の遣いとか、ありえんな」

客車から外の様子を眺めていた尚香が

「あ、瑤華様、羊がいますよ」

「まあ、ふわふわして可愛いわ」

 目を輝かせる瑤華。

「この辺りは、羊の放牧が盛んですからね」

「おーい、オッサン」

 世話をしている老人に、玖楼が声を掛ける。

 こちらに気付いて振り返るが、老人は急に胸を押えて倒れ込む。

「オッサン!」

 玖楼が、馬車から飛び降りる。

「馬鹿、お前も怪我人だろうが」

 咲耶が止めるのも聞かず、玖楼は老人の元へ駆けていく。

「あまり、無理をしないようにと言ったでしょう」

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