新しい旅の始まり

「咲耶さん、買い出し終わりました」

 尚香は、馬車に荷物を詰め込む。

「また、野宿が続きますから準備しておかないと」

「姫様、そろそろ出発しましょう」

 ここから、さらに南下し曲(きょく)楊(よう)という小さい村を経由して川沿いに夏南国の首都・朱江を目指すことになります、と地図を見て咲耶が説明。

「地図で見ると、かなり近く見えるけど」

 実際は違うということが旅に出て分かったわ、と瑤華。

「よい勉強になられたでしょう」

「ええ、そうね」

 咲耶の言葉に、瑤華は頷く。

「やった、馬車だ」

 乗り込もうとした玖楼の服を掴み

「お前は、前だ」

 咲耶は運転席へと放る。

「ケチ」

 玖楼は頬を膨らませると

「天涼に来るまで野宿と徒歩の連続だった」

「だったら、馬車に乗れるだけでもありがたいと思え」

「どうせ、乗るなら後ろがいい」

 その話を後ろの客車で聞いていた瑤華は

「玖楼は、どこから旅をしてきたの?」

「えーと、寺院の廃墟で目が覚めて」

 どうしていいか分からなかったが「神瑞」という言葉だけは憶えていた。

「それで、行商人から妙な連中の噂話を聞いたから」

「天涼の見せ物小屋に、神瑞が居るっていう?」

 瑤華の言葉に頷き

「そう、でも偽物だった」

 玖楼は溜息をつくと

「結局、何も分からないままだな」

「ひょっとして、記憶喪失?」

 話の内容から推測するに、尚香も咲耶も思っていた。

「え? そうなの?」

「それを言いたいのは、こっちだが……」

 咲耶は、馬の手綱を握りながら、溜息をついた。

「尚香、地図を見せて」

「はい」

 瑤華は地図を開くと

「玖楼と最初に会ったのは、天涼の北口の露天商だったから……」

 少なくとも南から北上してきたとは考えられない。

 指で地図の北の方角を辿りながら

「有名な、寺院の廃墟と言ったら」

「その辺りだと、ちょうど四神国の中心になりますね」

 瑤華と尚香は地図を覗き込む。

「蓬莱でしょうか」

「……そこには、第五の神国、常世国が存在したとか」

 商人の父と子供の頃に一度見たことがある、と咲耶。

「神瑞に仕える道士たちが、修業していた寺院と聞いています。ですが、初代・東陽王の怒りを焼き討ちされ廃墟と化した」

 当時は、四神国が神瑞を求め争っていた時代。

「神瑞は、道士を夏南国の王に協力するよう操作したとか」

 歴史の節目には道士を使って、神瑞は人間に関与すると言われている。

「それが、気に入らなかったというところでしょう」

 真実までは分かりませんが、と咲耶は言った。

「ひょっとして、玖楼は道士?」

「そうか、オレは神の使いだったのか」

 瑤華の言葉に玖楼は深く頷くと

「よく聞くのだ、人間どもよ。崇めてもよいのだぞ」

「こいつが?」

「神瑞様の遣い?」

 咲耶と尚香は眉を寄せると

「いや、ないだろ。馬鹿そうだし」

「竜玉、食べるくらいですから」

「ぐぬぬ、記憶が戻ったら憶えてろ」

 それから、街道に沿ってしばらく進む。

「今日は、ここで野宿にしましょう」

「私は、白飛を休ませてきますね」

 馬を連れて、小川に向かった尚香。

「姫様は、ここでお待ちください」

 咲耶は周囲を警戒しながら

「私は、魔獣がいないか周囲を偵察して来ます」

「はいはい、オレは?」

 暇だけど、と玖楼が言うと

「姫様に失礼のないようにしろ」

 変なことしたら刻む、と咲耶は警告。

「へーい」

 信用ないな、と玖楼。

「よし、何か食べられるものを探そう」

 非常食は貴重ですから、と立ち上がった瑤華に

「大人しくしてろって、言ってたのに?」

 一緒にゴロゴロしようぜ、と玖楼が言うと

「私だって、役に立ちたいの」

「瑤華が、元気なだけで尚香も咲耶も幸せそうだけど」

「だって、私、何の役にも立ってないのよ」

 出来ることと言ったら、と両手を合わせて集中。

 そして、手のひらを上に向けると、瑤華の手から水が湧き出した。

「すごい、水だろ」

「飲んでみる?」

「ちょうど喉が渇いてた」

 しかし、その水は

「……塩辛い」

 余計喉が渇いた、と玖楼は竹の水筒に口を付ける。

「海水よ。何に使えるかも分からないし、さっきキノコが生えてるのを見たわ」

 ちょっと行ってくる、と森に向かう瑤華。

「元気だなー」

 玖楼は頭を掻くと

「女の子を、一人にするのは心配だな」

 森に向かった瑤華の後を追った。

「うん、このキノコなんかいいと思う」

 瑤華が右手に持つ黄色のキノコを見て

「なんか、食べたら笑いが止まらなそうな色してる」

「じゃあ、こっちの赤いの」

「地味な色の方が美味しいって」

 玖楼の取った茶色のキノコを見て

「華やかさが、足りないわ」

「それって、重要か?」

 首を傾げる玖楼に

「今まで何を食べていたの?」

「その辺に生えてる、雑草のスープ」

 不味かったな、と続けると

「尚香の料理は最高だな。毎日、七食位は食えるぞ」

「綺麗なキノコ採って、尚香に美味しく料理してもらいましょう」

 瑤華の言葉を聞き

「……お姫様の答えには、一理ある」

 そうか足りないのは華やかさだったか、と玖楼は頷く。

「二人を驚かせましょう」

 周囲の偵察から戻ってきた咲耶は

「安心してください。近くに、魔獣は居ませんでした」

 しかし、二人の姿が見当たらない。

「姫様が、勝手にいなくなるはずがない」

 考えられるとしたら、玖楼が森の方へ連れ出した。

「あのガキか」

 咲耶は空を見上げ

「そろそろ、日が暮れる」

「あ、咲耶さん。お疲れ様です」

 白飛に水を飲ませて戻って来た尚香に

「尚香、ちょうどよかった。ここで、火を焚いて待機だ」

私は姫様とついでにガキを探しに行く、と咲耶は踵を返した。

「これだけあれば、十分ね」

「今日は、キノコ鍋」

 玖楼は空を見上げ

「薄暗くなってきた」

「……早く戻りましょう」

 夜間は、魔獣が活発になって行動範囲を広げることがある。

『待て、何かおるぞ』

 澄んだ女の声に

「お姫様、何か言った?」

「いえ、私は何も」

 茂みの奥に、金色に光る凶悪な瞳。

「グルルルルル」

 飢えた獣の唸り声。

「魔獣か」

 玖楼は瑤華を庇うように前に出ると

「お姫様、せっかく獲ったけど悪い」

 ここを抜ける、とキノコを投げつける。

 魔獣が怯んだ隙に、玖楼は瑤華の手を引いて走る。

「まだ、居るわ」

 狼の魔獣が、二人を追いかける。

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