黒い炎
「本当に、一瞬で」
「黒い炎……お前は、一体?」
呆然とした表情の尚香と咲耶を横目に
「ただの旅人だって」
飄々と玖楼は答えた。
翌日、テーブルの上には色彩鮮やかな料理が並べられていた。
「朝餉の準備が整いました」
昨日は色々ありすぎて、あまりよく眠れなかった。
「宿の台所を借りて作りました」
自信作ですよ、と尚香。
「いただきます」
「尚香の作るご飯、おいしいのよね」
白米を口に運ぶ瑤華を見て
「あのさ、オレの少ない気がするんだけど」
「見物料、払ってやっただろ」
少しは遠慮しろ、と咲耶に刀の鞘で小突かれる。
「ちぇっ」
立ち上がった玖楼を見て
「どちらに?」
瑤華が聞いた。
「厠」
「もう、食事中にやめてくださいよ」
顔を顰める尚香と
「あはは……」
苦笑いの瑤華。
「さっき宿屋の主人から聞いたんですけど、あの見せ物小屋を取り仕切っていた伯影って商人、詐欺容疑で役所に捕まったようですよ」
尚香の話を聞いて
「当然だろう。詐欺の上に、妙な化け物を暴走させた」
運がいいことに怪我人が出なかったのが幸いだ、と咲耶。
「しかし、あれはどう見ても作られたものです」
神妙な表情の咲耶に
「ひょっとして、協力者が」
「やっぱ、出ないな」
瑤華の言葉を、厠から戻って来た玖楼が遮る。
「その竜玉ってやつ、出ると思ったけど」
腹を押える玖楼を見て
「だから、食事中にしない」
尚香は呆れ顔。
「竜玉というのは、霊的な物質で構成されているの。おそらく玖楼の中に消化されたのではなくて、体の中に溶けた状態と考えたほうがいいわ」
瑤華の説明を聞いて
「つまり、呪術師にオレに溶けた竜玉を再構成してもらうのか」
「そうなるわね」
「ふーん」
興味のなさそうな玖楼に
「お前、昨日のあれは一体なんだ?」
「呪術師の使う、術とは違う感じでした」
咲耶と尚香が問い詰める。
「えー、どうしよっかな」
待遇悪いし、と言う玖楼に
「こ、このクソガキ」
咲耶は口元を引きつらせる。
「誰にだって、言いたくないことの一つや二つあるものよ。二人とも、無理に玖楼を問い詰めるものではないわ」
窘めるような瑤華の言葉に
「お姫様、惚れそうだ」
はしゃぐ玖楼の横で
「分かりました。姫様がおっしゃるのなら」
「咲耶さん、いいんですか?」
小声で聞いた尚香に
「玖楼は、頭の良さそうな奴ではない」
「まあ、それは」
「一緒に行動していれば、嫌でもボロが出る。その時に、問い詰める」
執念深い咲耶を見て、尚香は少しだけ玖楼に同情した。
天涼で、一番の高級宿。
西側の障子を開け、池で泳ぐ鯉を眺めていた少女は
「伯影が、役人に捕まったんですって?」
濃緑色の瞳を細めた。
「あの商人には、相応かと」
隣に控える黒衣の従者に
「まあ、当然ですわ。合成獣(キメラ)を、神瑞様だなんて」
少女は頷いた。
「ですが、いい餌にはなったかと」
遅れて部屋を訪れた刹那の報告に
「餌?」
眉を寄せた少女に
「麗(れい)喬(きょう)様、西海国の一行に、見慣れない少年が同行しています」
「少年?」
一体何者ですの、と麗喬。
「あの合成獣を一瞬にして倒したと噂になっているようです」
黒衣の従者。
「さすが、燐(りん)殿。情報が早い」
麗喬は目の色を変えると
「ま、まさか、その方が」
世界に綻びが生じる時、神瑞は道士を地上に派遣する。
「合成獣を倒したのは、偶然とはいえ、成行きでしょう」
刹那は、肩を竦める。
「私の見た所、彼はなんのために地上に降りたのかすっかり忘れているようです」
「お父様を助けるには、道士の力が必要ですわ」
麗喬は溜息をつくと
「刹那、その者を、目覚めさせるにはどうしたら?」
「すでに、新しい合成獣の研究は進めております」
ご安心ください、と一礼して刹那は部屋を出た。
刹那の気配が遠ざかるのを見計らい
「……あの男に、全てを任せてよいものでしょうか」
燐が不満を口にする。
「でも、腕は確かですわ」
父は呪術師に手の施しようのない状態だといわれていたが、突然現れた流浪の呪術師である刹那の力によって、かろうじて命を繋ぎ止めることができた。
そして、完全に戻すには神瑞の力が必要だと麗喬に言った。
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