見せ物小屋

「では、移動しましょうか。もうすぐ、公開時間です」

「何とか、間に合いそうね」

瑤華が言った。

「皆さん、順番に並んでください」

 見物料を支払い、白い大きなテントの前に客が一列に並ぶ。

「ちょっと、押さないでよ」

「今、足を踏んだやつ誰だ」

「瑤華様、すごい人です」

 人に酔いそうですね、と尚香。

「やっぱり、神瑞様目当てね」

「俺は、どうも信用できませんがね」

「そう言えば、咲耶はこういうの好きじゃないわね」

 ここに来た時から否定的だったし、と瑤華。

「見たことがあるの?」

「身寄りのない子供を、飢えた獣の檻に放り込む」

 それを見て、喜ぶ観客。

「俺には、異常としか思えませんでしたが」

「そんなことが……」

 瑤華は、表情を翳らせる。

「外の世界は、私が知らないことばっかりね」

「刺激に、飢えているということでしょう。父からは、争いのない現在ではそういうのも商売として成立すると聞きました」

 玖楼は頭を掻くと

「ここに来る途中、血の気の多い盗賊には何度か会ったな」

「玖楼は、武器もってないようだけど」

「……よく今まで無事でしたね」

 瑤華と尚香に続き

「体格的に、あまり鍛えている感じもないな」

 咲耶冷静に分析する。

「オレは、捕まるほど間抜けじゃない」

 玖楼は腰に手をあて

「逃げ足だけは、早かった」

「それ、あまり自慢できないわよ」

「と、とにかく、行こうぜ」

玖楼は足を進める。

「フハハハ、大盛況じゃわい」

 テント横の椅子から、観客を眺め、小太りの男が自慢の顎鬚を撫でる。

「刹那(せつな)殿には、感謝しておるわ」

「私は、研究を続けているだけです」

長い黒髪を束ねた、端整な顔立ちの青年が答える。

「あのような生き物を、神瑞と呼んでもいいものか」

 いささか不安ではありますが、と刹那。

「客は、珍しい物を見れば満足であろう」

 現に神瑞という言葉に釣られ、無知な客は金を出す。

「客は満足して、儂は大儲け」

 だから商売はやめられぬ、と伯影は笑う。

「皆さま、お待たせいたしました」

 司会の言葉と共に、観客の視線はテント中央の巨大な檻に注がれる。

「こちらが、神瑞です」

 檻の中には、虎の顔を持ち山羊の胴体。そして、蝙蝠のような翼に蛇の尾。

両手両足は鎖で拘束され、身動きが取れない状態になっている。

 その異様な生き物を前に、観客たちは呆然としていた。

「あれが、神瑞なのか?」

「デカイな」

「そりゃ、神様なら大きいはずよ」

「神様、だもんな」

 観客たちの声を聞き

「瑤華様、私、怖いです」

 怯える尚香。

「あれが、神瑞様だなんて」

「会話できるかな」

 賢くなさそうな生き物だ、と玖楼。

「あれと、会話は無理だろう」

 咲耶は首を横に振ると

「よく出来ていますが、微かに縫い合わせたような繋目が見えます」

「へぇ、あんた目がいいな」

 本物じゃないのか、と玖楼は溜息をつく。

「何か思い出すと思ったけど」

「思い出す?」

 瑤華に聞かれ

「いや、こっちの話」

「グロロロロ」

 檻の中の化け物が、急に翼を広げて暴れだす。

「きゃああああああっ」

「に、逃げろ」

 拘束していた鎖が外れ、今にも檻を突き破りそうな勢い。

「な、一体何が起こっている」

 動揺した伯影の隣で

「ああ、来ているのか」

 刹那は不敵な笑み。

「うわあああん、お母さん」

 混乱で、親と離れた男の子が鳴き声を上げる。

「いけない」

 瑤華は傍に駆け寄ると

「大丈夫よ、一緒にお母さんを探しましょう」

「……お姉ちゃん」

「瑤華様、こちらです」

「ええ」

 尚香の後に続き、瑤華は男の子の手を引いてテントの外へ脱出する。

「グロロロロロロロロ」

 化け物は檻を突き破り、テントを破壊。

 短剣を構え、瑤華を護衛する尚香を無視して、玖楼へと狙いを定めていた。

「オレって、大人気」

「お前、恨みでも買ったか?」

 咲耶は皮肉気に言うと

「下がれ、丸腰のお前では無理だ」

 腰の刀を抜いた。

「必要ないよ」

 そう言って、玖楼は右手に黒い炎を灯す。

「本物じゃないからいいよな」

跳躍した化け物に、玖楼は黒い炎を放つ。

 一瞬にして、黒炎は化け物を灰にした。

「おい、伯影はどこに行った」

「きっと、金を持って逃げるつもりだぜ」

 探せ、探せ、と客たちは探し出す。

「坊や、よかった無事で」

「あ、お母さん」

「本当に、ありがとうございます」

 親子に頭を下げられ

「会えてよかったわ」

瑤華は見送った。

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