西海国の竜玉
「竜玉が盗まれた?」
眉間に皺を寄せた咲耶に
「ちゃんと入れていたはずなのに……」
着物の帯に入れていた竜玉入りの小袋がない。
宿に戻って、瑤華は初めて気がついた。
「こうなれば、姫様とすれ違った人間を」
「全員、切るなんて物騒なことはやめてください」
腰のベルトに括っている刀に手を掛けようとした咲耶だが
「いやいや、そんなことはしませんよ」
だが、全く目は笑っていなかった。
「ごめんなさい。私が、もっとしっかりしていれば」
竜玉は、西海国(さいかいこく)の主神・応竜を迎え入れるための器。かつて、四神を崇めていた四つの国の王に全知全能の神瑞(しんすい)を手に入れるために争いを続けていた。
その長い戦いに終止符を打ったのが、夏南国(かなん)の王。
戦に負けた三国の主神は、夏南国の首都・朱(しゅ)江(こう)の神殿に奉じられ年に一度、それぞれの国の主神祭の時にだけ、持ち運びを許させる。
「でも、これといって思い当たるのは……」
「瑤華様、さっきの少年ですよ」
ちょっと不自然でしたし、と尚香。
「では、切り刻むのは少年だけということで」
見つけたら怪しい少年を切り刻みかねない咲耶に
「咲耶、早まっては駄目よ」
瑤華の脳裏に、印象的な赤い目が思い浮かぶ。
「珍しい、瞳の色をしていたわ。手分けして探せば、見つかるわ」
聞き込みを続けると
「ああ、見たぜ。この道を真っ直ぐだ」
露天商のお兄さんに教えてもらい、瑤華たちは急ぐ。
「何だ、これ?」
小さな袋に入っていたのは、透明な丸い球。
「ああ、飴玉か。腹の足しにくらいはなるか」
そう言って、少年は口へと入れる。
「安物だな。味が全くしない」
「ああ、見つけました!」
尚香の大声に
「ひっ」
驚いた少年は、一気に飲み込んでしまう。
「ゴホッ、ゴホッ」
「お願い、私から盗ったものを返して」
真剣な表情の瑤華を前に
「あんた、さっきの……」
少年は肩を竦めると
「飴玉なら、食った。まったく、脅かしやがって」
あんな安物買うなんて貧乏だな、と小馬鹿にする少年。
「た、食べ……」
動揺して、よろめいた瑤華を
「瑤華様、しっかり」
尚香が支える。
「出せよ。このクソガキ」
少年の襟首を掴み、咲耶は鋭い目を更に尖らせる。
「む、無理だって」
咲耶の手を振り払うと
「つーか、オレには玖楼(くろう)って名前がある」
「聞いてない」
そして、色素の薄い髪と赤い目を見て「確かに、珍しい」と咲耶は呟く。
咲耶は玖楼の両足を掴み、逆さまに持ち上げる。
「おら、吐け」
「やーめーろ」
「咲耶さん、それ小さい子にやるやつですよ」
「そうだったか」
「……申し訳ありません、応竜様」
激しく動揺している瑤華に
「だ、大丈夫ですよ。そうだ、朱江には腕のいい呪術師がいるとか」
尚香の言葉に
「そ、そうね」
瑤華は、大きく息を吸い込んで深呼吸。
「玖楼、しばらく私たちに同行して」
「はあ? 何でオレが」
「黙れ、竜玉を食った貴様が悪い」
咲耶に一括され、玖楼は黙り込む。
「竜玉?」
「実は……」
瑤華から事情を聞いて、玖楼は目を大きく見開いた。
「じゃあ、西海国のお姫様」
「腰を悪くした父に代わり、今年は私が応竜様を迎えに来たのよ」
瑤華は苦笑いをすると
(さすがに、武術大会ではしゃぎ過ぎて、腰を悪くしたとは)
言えないわよね、と視線を逸らす。
「オレ、間抜けじゃん」
玖楼は額を押えると
「そんな厄介なもの、入れておくなよ」
尚香は腰に手をあて
「懲りたら、盗みはしないことね」
「見せ物小屋に、神瑞を見に行くつもりだったのに」
溜息をついた玖楼に
「馬鹿か。神瑞は、四主神を統べる全知全能の大神」
そんな場所にいるはずがないだろう、と咲耶は続ける。
「あんたら、知らないのか?」
玖楼は、懐から紙を取り出す。
その紙には、見せ物小屋では神瑞を公開すると描かれていた。
「咲耶、これは……」
「本当だとしたら、罰当たりな」
「なんでも、店主の伯(はく)影(えい)って男が捕まえたとか」
でも、金が足りなくて中には入れなかった、と玖楼。
「だから、瑤華様から……まさか、他にも」
尚香から訝し気な表情を向けられ
「他にはやってない」
こうなって反省してる、と玖楼。
「このガキの分まで、金を払う必要はないかと思いますが」
溜息をついた咲耶に
「この情報を持ってきたのは玖楼よ」
その対価を払う必要はあるわ、と瑤華。
「まったく、不本意ですがね……」
その話を耳で捉えていた玖楼は
「お姫様、太っ腹。やっぱり、気になるよな」
「瑤華様のお心遣いに、感謝しなさい」
「はいはい、感謝しています」
「調子いいんだから」
尚香は眉を寄せる。
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