第四十六話 毒の魔法少女

 部屋の中で毒針による攻撃を受けた私とノクスは間一髪、部屋の窓を突き破ってホテルから飛び降り、毒針と針から発生した煙を吸い込む前に脱出する事に成功した。

 だが、そのせいで先輩の元に向かうどころか逆に遠ざけられてしまった。

 そして、毒針で攻撃をしてきた毒の魔法少女も私達を追いかけてきてホテルを飛び降りて、いま私達の目の前に立ち塞がっている。


「誰だか知らないですけど、邪魔ですよ」

「そうだ、私は邪魔をしに来たんだ。悪いがしばらく私と遊んでもらうぞ」


 ふざけた事を……毒の魔法少女は蠍のような尻尾を揺らしながら、私を煽る。

 あの尻尾──あそこから毒針を飛ばしてきたんだろうか。もしそうなら気をつけないと。

 私は毒の魔法少女の尻尾に注意を払いつつ、先輩のいるホテル十一階の露天風呂の様子を『情報』のギフトで探る。


《どう? あっちの様子は》


 『情報』のギフトで私が上の様子を探っているのに気付いたのか、同じように毒の魔法少女の尻尾の針に注意を払いながら、ノクスが念話で先輩の事を聞いてきた。

 私は表面上は黙って反応せず、念話でノクスに返事をする。  


《大丈夫、露天風呂ではシルフィと後から乱入してきた謎の魔法少女との戦いがまだ続いてる。彼女がシルフィと敵対してくれているおかげで、先輩はまだ連れされずに済んでいるみたい》


 だけど、それもいつまで続くか分からない。

 あの乱入してきた白い外套の魔法少女が敗北するか、シルフィが先輩を連れて逃げ切ってしまえば終わりだ。

 二人の戦いがまだ続いているうちに、私達も目の前の毒の魔法少女を倒して先輩を助けに行かないと!


 私は再び目の前の毒の魔法少女に意識を集中し、睨みつける。

 

「そうですか……邪魔をしに来たんですか。それなら仕方ない……ですね!」


 私は焦りと苛立ちを魔力に乗せて、毒の魔法少女に電撃の魔法を放出した。

 だけど放出した電撃は毒の魔法少女にひらりと躱されてしまった。

 

「おお、怖い怖い」


 毒の魔法少女は大げさに驚いた素振りを見せながら、攻撃を外した私をあざ笑う。

 結局、私の攻撃は地面を削って、派手な爆発音を上げる事しかできなかった。

 毒の魔法少女は攻撃をした私を見てニタリと笑うと、今度は口から紫色の煙を吐き出して吹き付けてきた。


「────っ!」


 この煙! ホテルで私達を攻撃した針から出た毒と同じものだ!


 私とノクスはすぐに飛び退いて、煙から距離を取った。

 だけど煙はあっという間に辺り一面に広がり、毒の魔法少女の姿を隠したままじわじわと私達へと迫ってくる。


 厄介な……。まずはこの煙を晴らさない事には、毒の魔法少女に近づく事すら出来ない。


「みっちゃん!」

「分かってる!」


 私の呼びかけに返事をして、ノクスは魔獣『ワイバーン』のカードを取り出した。

 多分、召喚したワイバーンの翼で風を起こし、煙を吹き飛ばすつもりだ。


 その様子を毒の魔法少女は煙の中から見ていたんだろうか。魔法杖オーヴァム・ロッドに魔獣カードを挿入してワイバーンを召喚しようとするノクスに、煙の中から数本の毒針が飛んできた。


「させない!」


 ノクスに向かって飛んでいった毒針を、私はまた電撃の魔法で攻撃した。

 毒針は電撃の魔法に弾き飛ばされ、ノクスに命中することなくどこかへと飛んでいく。


「来なさい! ワイバーン!」


 その隙にノクスは召喚を終えて、魔獣『ワイバーン』が出現させた。

 召喚されたワイバーンは翼のはためかせ、突風で私達に迫る毒の煙を吹き飛ばしてくれた。


「よし、これで煙は────!?」


 私とノクスは目の前の光景に驚愕して、思わず目を見開いた。

 毒の魔法少女はいつの間にか私達のすぐ目の前にまで接近していたからだ。


「こいつ!」


 こっちに迫っていた煙の中を、私達の近くギリギリまで移動していたのか!?


 私とノクスは毒の魔法少女を迎撃するために魔法杖オーヴァム・ロッドを慌てて構える。

 けれど、毒の魔法少女の攻撃の方が一歩早かった。

 毒の魔法少女が伸ばした蠍のような尻尾が、ノクスに毒針を突き刺そうと迫っている。


「オオオォォ!!」


 だが、毒針がノクスに突き刺さる寸前、ワイバーンが前に飛び出した。

 そして、ワイバーンはノクスを庇って毒針に刺され、そのまま体内に直接毒を流し込まれてしまう。


「────グオオオオオオオォォ!!!」


 毒針に刺されたワイバーンの、耳をつんざくような絶叫が辺りにこだました。

 すぐに即死はしない、けれど苦しむには十分な毒が針には流し込まれていたのだろう。

 体から消滅間際の光の粒子を撒き散らしながら、ワイバーンは苦しそうにのたうち回っている。


「落ち着きなさい! ワイバーン!」


 毒に苦しむワイバーンは、主人であるノクスの命令も受け付けない。

 それどころかさらに苦しみ、火球を口から吐き出して暴れまわり始めた。


「きゃあ!」


 火球はノクスの近くにいた私にも文字通り飛び火してきた。

 私は咄嗟に魔力障壁バリアを張ったが、衝撃で少し吹き飛ばされてしまった。

 

「クローラ!? くっ! 戻どりなさい、ワイパー……」


 もうワイバーンを落ち着かせるのは無理だと判断したのか、ノクスはワイバーンを消すために封印していたカードを取り出そうと腰のカードホルダーへと手を伸ばす。

 そのほんの一瞬の間、ノクスは毒の魔法少女から注意を逸してしまい、そこに隙が生まれてしまった。


「あっ!?」


 ────その一瞬の隙を、毒の魔法少女は見逃さなかった。

 毒の魔法少女は手から蜘蛛の糸のようなものを放出し、あっという間にノクスの体を拘束してしまった。


「まず一人……」

「みっちゃん!」


 拘束されたノクスが毒の魔法少女に引っ張られていく。

 不意を突かれた形のノクスはあっけなく毒の魔法少女の眼前へと引き寄せられ、そのまま地面に押し倒されてしまった。


「しまっ……!」


 毒の魔法少女は左手に魔法杖オーヴァム・ロッドを出現させ、形をさらに大鎌へと変化させる。


「みっちゃん!」


 そして、その大鎌の刃をノクスの首元へと振り下ろした。

 大鎌の刃はそのままノクスの首元へと迫っていき────





「────なに!?」




 突如、飛来した弾丸によって弾き飛ばされた。

 飛んできた弾丸の正体は謎だが、おかげで毒の魔法少女が怯み、隙が生まれた。


「……この!」


 ノクスはその隙に糸を振りほどいて拘束から脱出し、一気に跳躍して私の近くへと退避した。


「大丈夫!? みっちゃん!」

「ええ……なんとか。戻りなさい、ワイバーン」


 ノクスがかざした魔獣カードの中に、今度こそワイバーンが戻っていく。

 毒の魔法少女は消えていくワイバーンを見て軽く舌打ちをして、弾丸が飛んできた背後へと視線を向けた。

 毒の魔法少女の視線の先には、露天風呂があるホテル十一階から飛び降りてくる、二丁拳銃を持った白い外套の魔法少女の姿があった。


「あれは……シルフィと戦っていた魔法少女……」

 

 今の弾丸はやっぱり、あの白い外套の魔法少女が?


「ああ、クソ! ムカつく! どいつもこいつも……」


 大きな音を立てて地面に降り立った白い外套の魔法少女は、なぜかとても苛立っている様子だった。

 頭を乱暴にかきながら、ぶつぶつと悪態をついている。


「貴様は────」

「うるせえ!」


 白い外套の魔法少女は問いかけを無視し、いきなり毒の魔法少女へと発砲した。

 弾丸はそのまま毒の魔法少女の顔へと飛んでいくが、尻尾によって弾かれた。

    

「いきなり発砲するとは……おまわりさんを自称する割には短気すぎないか?」


 毒の魔法少女は軽く溜息をついて、シラけた目で弾いた弾丸を見ながら白い外套の魔法少女を煽る。


「てめえ、上での会話を無線か何かで聞いてやがったな!?」


 毒の魔法少女に煽られた白い外套の魔法少女は、文字通り地団駄を踏んで地面を砕き始めた。


《……ものすごく短気な性格なのか? あの魔法少女は……》


 アルが怒り狂う白い外套の魔法少女を見て、引き気味にそんな事を呟いている。


《さあ……上でよっぽどシルフィに苦汁をなめさせられたのかも》

 

 なんで彼女があんなに怒っているのかは気になるけど、それりも先輩だ。

 結局、あのあと先輩はどうなったのだろう。上でシルフィと対峙していた彼女なら、先輩がどうなったのかを知っているはずだ。


「あの! 先輩は! 先輩はどうなったんですか!?」

「……調? もういないよ。奴が連れて行ってちまった……」


 白い外套の魔法少女に言われて、私は慌ててギフトで先輩の魔力を探る。

 だけど、どこにも反応が無い。十一階の露天風呂にも、ホテルの中にも、どこにも!


「そん……な……」


 先輩が連れ去れて行かれてしまった……。

 今度こそ私は大事な人達を守ってみせると誓ったのに……。

 

「あぁ……」


 ……。


 私は先輩が連れて行かれた現実に耐えきれず、目の前が真っ暗になって膝から崩れ落ちてしまった。

 

「クローラ……クローラ! 巴! まだ終わってない! 目の前のあいつを捕まえてシルフィの居場所を吐かせれば……」


 ノクスが私に駆け寄ってきて励ましながら、腕を掴んで起き上がらせようとしてくれている。

 だけど、私の体には力が戻らない。立ち上がる事が出来ない……。


 そんな情けない私をニヤニヤと笑いながら見ていた毒の魔法少女は、ホテルの十一階──露天風呂の方に指を向け、口を開いた。


「それは難しいんじゃないか? 正義の魔法少女として、奴らを放置しておくわけにもいくまい?」

「なっ……!」


 毒の魔法少女が指を差した十一階からは、翼の生えた石像の魔獣『ガーゴイル』がこちらへ向かって飛んできていた。

 そして、そのガーゴイルの後を追うように何十体ものグールの魔獣が十一階から飛び降り、大きな音を立てて地面に激突している。

 これが魔獣結界の中ならグール達も落下の衝撃で潰れていたかもしれないが、ここは現実の世界だ。

 落下したグール達には何のダメージもなく、のろのろと立ち上がりながらこちらへと向かっきている。


「あー……すまねえ。シルフィの奴が召喚した魔獣なんだが、一緒に連れてきちまった。まあ、なんだ。あんたらもピンチだったみたいだし、不可抗力って事で許してくれ」


 そのグールの様子を見ながら、白い外套の魔法少女はバツが悪そうに頭を掻き、私達に謝罪をしてきた。


「シルフィが召喚したって……それじゃやっぱり、今日の魔獣もあの時の天使も……」

「ああ、昼間の奴も召喚したってシルフィが自分で言ってたぞ」

「そんな……」

「おい! ショックを受けるのはいいが、後にしてくれ! 魔獣が来るぞ!」


 こちらに迫ってくる大量の魔獣達に銃を向けながら、白い外套の魔法少女が呆然としている私達を叱る。

 たしかにショックを受けている場合じゃない。けど、こんなの全部相手にしていたらその間に先輩とシルフィは……。


「私の目的は達成した。後はその魔獣達相手にせいぜい頑張ってくれ」


 毒の魔法少女は再び口から毒の煙を吐き、辺り一面を覆う。

 まずい! このまままた煙の中に紛れて、私達から逃げるつもりだ!

 シルフィが先輩を連れてどこかに消えた今、手がかりは目の前の毒の魔法少女だけなのに!


「待て! 逃げるな! 先輩を返せ!」

「別にそいつら放置して、私を追っても構わない。現実に現れた魔獣達が近隣住民を襲っても構わないならな」

「この……ふざけた真似を!」


 私は憤りながら魔法杖オーヴァム・ロッドを煙に向ける。

 けど、駄目だ……このまま闇雲に攻撃しても、煙の中に身を隠しているあいつには当たらない!

 魔獣もすぐ近くに迫ってきているし、このまま乱戦になったら奴を捕まえるのはもう……。


「おい相手にすんな! 俺と魔法少女が二人もいるんだ! さっさと瞬殺するぞ!」


 ……悔しいけど白い外套の魔法少女の言うとおりだ。

 魔獣達を放置しておけないのなら、まずは奴らの方からさっさと倒してしまうべきだ。

 煙にまぎれて逃げていく毒の魔法少女から私は渋々目を離し、迫ってくる魔獣達に魔法杖オーヴァム・ロッドを構え直した。


「よし! 雑魚は任せた! デカイのは俺がやる!」

「勝手に仕切らないで!」


 仕切り始める白い外套の魔法少女にノクスが反発した。

 時間が無いというのに……相変わらずノクスは協調性が全く無い。

 

「じゃあ、そっちは任せます! 行くよ、みっちゃん!」


 ガーゴイルを白い外套の魔法少女に任せ、私は無理矢理ノクスを引っ張ってグール達の方へと走り出した。


「ちょ……クローラ!?」


 まだ文句を言っているノクスを無視して、私は電撃の魔法を放ってグール達を数体蹴散らした。

 これでノクスが魔獣達を召喚する隙が出来たはず。

 

「ああ、もう! 現れなさい! 魔獣達!」

 

 私が作った隙を利用し、ノクスがケルベロス、ミノタウロス、シーサーペントの三体の魔獣が召喚する。

 召喚された魔獣達はグール達を次々に蹴散らし、あっという間に全滅させた。

 これでグールは全て片付いた。後はガーゴイルの魔獣だけだ。


「……で、あいつの方は?」


 不満げな顔をしているノクスと共に白い外套の魔法少女へと視線を向けると、彼女は既にガーゴイルを追い詰めていた。 

 何らかのギフトが行使されたのか、ガーゴイルは身体を痙攣させて固まっている。

 白い外套の魔法少女は二丁拳銃を連射し、痙攣するガーゴイルの全身を撃ち抜いていく。

 痙攣するガーゴイルは銃撃を避ける事も出来ず、身体が穴だらけになり消滅寸前だ。


「おい! 封印しなくていいのか!」

「どうして封印の事を……」


 ノクスはなぜ白い外套の魔法少女が『封印』の事を知っているのか不審に思いながらも、彼女の言うとおりに空白ブランクカードをガーゴイルへと投げ放った。

 弱っていたガーゴイルはあっという間にカードの中に吸い込まれ、封印は完了した。


 これでようやく戦いは終わった。


「あいつは……!」


 私はすぐに、毒の魔法少女が逃げていった方角へと目を向けた。

 戦っていた時間はほんの二分弱──短い時間だったが、奴が私達から逃げ切るには十分な時間だ。

 もうどこにも毒の魔法少女の姿はない。


 姿も見えず、魔力も感じ取れない。


「これでもう……」


 もう……先輩を追う手がかりが完全に無くなってしまった……。

 私とノクスは穴だらけになったホテルの地上一階で、為す術もなく立ち尽くすしかなかった。


「おい、何してる。さっさと追いかけるぞ」


 白い外套の魔法少女が駐車場の方へと歩き出しながら、そんな事を言い出した。


「……どうやってですか? さっきから私も『情報』のギフトで周囲の魔力を探してますけど、全く何の反応も無いんです。おそらく毒の魔法少女は私達が戦っている隙に、近くで待機させていた車か、その辺を走っているトラックの荷台に乗り込んで逃げたんですよ。風歌さん、いえシルフィに関しても同様でしょう」


 もうどうやっても連れ去られた先輩に追いつけそうにない。


 その事実を私が指摘すると、白い外套の魔法少女はなぜか呆れ顔で深い溜息をついた。

 そして、片方の銃を腰のホルスターに収めた後、なぜかもう一方の銃を空いた片手でコンコンと叩き始めた。


「おいおい、俺が何の手がかりもなく追いかけるなんて言うわけないだろ? さっき俺が毒の魔法少女を出合い頭に攻撃しただろ? 実はあの時発射した弾丸には『追跡』の効果が付与されていたんだよ。だから、奴が地球上どこに逃げても追いかけられるし、その効果は半日は続────」

「じゃあ、分かるんですね!? 今、毒の魔法少女がどこにいるのか! すぐに追いかけて捕まえましょう!」


 まだ毒の魔法少女を追いかける事が出来る! ──そう聞いた途端、私は白い外套の魔法少女の肩を掴んで激しく揺さぶりがら、とても大きな声を出してしまった。


「うおっ!? き、急になんだよ!?」


 急に大声を出した私に驚いた白い外套の魔法少女は、自分の肩を掴んでいる私の手を振りほどき、少し引き気味に距離を取った。


「お、おい落ち着けって。追いかけるって行ったが、今捕まえてもしょうがないだろ? 奴はきっとあんた達の仲間を連れ去ったシルフィと合流するはずだ。どこにいても場所は分かるんだから確実に捕まえるために、絶対に気づかれない位置から尾行すればいいんだよ」

「う……そうか。そうですね……すみません」


 恥ずかしい……完全に頭に血が上ってしまっていた。

 私は自分の顔が羞恥で真っ赤になっているのを自覚しながら謝罪をして、改めて白い外套の魔法少女を見つめ直した。


 白い外套、それに二丁拳銃。やっぱりこの魔法少女は────


「バレット。俺の名前はマジカル・バレットだ。よろしくな。まあ、名乗る必要無かったか。あんたはその『情報』のギフトって奴で俺の事も知ってるんだろ?」


 私達にウィンクをしながら挨拶をする白い外套の魔法少女──マジカル・バレット。


 彼女はたしか、二丁拳銃から様々な効果を付与した弾丸を発射する『捜査』のギフトを持つ、アメリカ国籍の魔法少女だったはずだ。

 そして、彼女には魔法少女とは別にもう一つの顔がある。


「バレット? それってまさか弾丸bulletから取ってるの? ちょっと安直すぎるネーミングじゃない?」


 ノクスが初対面のバレットに対して、いきなり失礼な事を言いだした。


「みっちゃん。助けてもらったのに失礼だよ?」


 まったく……さっきの戦いの時もそうだけど、基本的に他人とのコミュニケーション能力が低いのは相変わらずだ。

 私は溜息をつきながらノクスを叱った。


「……別に気にしてねえよ。しかし、ノクスだって大概だと思うけどな。なんでラテン語なんだよ?」

「べ、別にいいでしょ! カッコイイじゃない!」

「ああ、もういいから! みっちゃん! それより本題に入りましょう。助けてくれるのはありがたいですけど、そもそもあなたはどうしてシルフィと戦っていたんですか?」

「さっきも言ったけど、もう全部分かってるんだろ? 俺の銃を見て何か察した顔してたし」


 そう言うとバレットは変身を解除し、長い金髪を左側でサイドテールに纏めている白人の少女へと姿を変えた。


「俺はアリス。世界卵を狙う組織『カラザ』を追って日本までやってきた、FBI特別捜査官だ」

「私も噂には聞いていましたが、本当に実在していたなんて」


 私は驚いた、美月と一緒に変身解除して元の姿へと戻った。

 アリスは私達の元の姿を見て「へえ」と関心したように呟き、


「俺もあんたの噂は聞いてるぜ。魔法少女情報サイトを運営する魔法少女『マジカル・クローラ』の噂をな。FBIでもネットワーク上では正体を掴めないと聞いてたが、まさかこうして本物と会えるとはな」


 そう言いながら私に握手を求めてきた。


「その様子だと目撃情報から生活してる地域を絞り込むとかして、私の正体ももう分かってるんですよね? ノクスの正体も」


 私は差し出されたアリスの手を握りながら質問をした。

 アリスは質問に頷いて肯定し、自分が知っている私と美月の素性を語り始めた。


「まあな。アンタは新垣巴。それにの娘、星空美月。どっちもFBI、いや米国政府が正体を把握してる」


 やっぱり……FBI特別捜査官だと名乗る少女・アリスは私達の正体を知っていたようだ。


「なんでお父様の名前が出てくるの? お父様って結構有名な研究者だったの?」


 一方、美月はアリスに父親の名前をいきなり出されて困惑した表情をしていた。

 アリスの方も困惑していて、娘の美月がなぜ父である『星空博士』について知らないのかと言いたげな表情だ。


「は? 知らないのかお前の親父は────」

「それより! アリスさんはこれからカラザの毒の魔法少女を追跡するんですよね? 私達も連れ去られた先輩を取り戻したいんです。一緒に行ってもいいですか?」


 いまここで美月の父の話を出されるわけにはいかない!

 私は慌てて会話に割り込み、一緒に追跡する事をアリスに提案した。


「ああ、もちろんいいぜ。というか最初からそのつもりだし。さっきも追いかけるぞって言っただろ?」

「ありがとうございます。アリスさん」

「……巴?」


 いきなり話を逸らされた美月が、私を不審そうな目で見ている。

 美月には悪いけど、いまこの場で星空博士の事を言うわけにはいかない。

 いずれ言うつもりではあるけど、いまこの場で言っても混乱させてしまうだけだ。


「ふん……」


 美月は会話を私に遮られたのが面白くないようで、不満気な表情で俯いてスマホを手元で弄り始めた。

 また嫌われたかな……とは思うけど、まだその方がいい。

 私は美月の事は一旦放置して、アリスとの会話に戻った。


「他に魔法少女は来ていないんですか?」

「ああ……向こうにも魔獣はいるし、あんまり大勢こっちに来るわけにはいかなかったんだ。だから俺も日本じゃ人手不足でね。あんたらみたいにそこそこやる魔法少女が手伝ってくれるのは助かるよ。民間人を巻き込むのはよくないが、魔法少女には魔法少女しか対抗出来ないからな。よろしく頼む」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。アリスさん」

「アリスでいいよ。よろしくな、巴。そっちの……美月もよろしくな」


 挨拶を終えたアリスは、無愛想で初っ端から失礼な事を言いだした美月にも握手を求めて、手を差し出した。


 けれど、美月は差し出されたアリスの手を握る事どころか、顔も上げずに完全に無視。

 何も聞こえてないような態度で、黙ってスマホで何かを調べ続けている。


「おい……」


 この態度にはさすがにアリスも少し……いやかなり癪に触ったようで、こめかみをピクピクと震わせていてキレる寸前だ。


「あ、あの!」


 もう! 喧嘩している場合じゃないって言ってるのに!

 私はまた慌てて二人の間に割り込もうとするのだけれど、その前に美月がまた余計な一言をアリスに言い放ってしまう。


「ねえ? いま調べたらFBIって二十三才以上じゃないとなれないって書いてある。……あなたホントにFBIなの?」

「ああ!?」

「みっちゃん!? こんな時に何調べてるの!?」

「え……だって気になるじゃない」


 バレットの名前を安直だと言い出したかと思えば、今度はFBIかどうかまで疑い始めるなんて……。

 助けて貰ったのになんて事を言い出すんだろう、この子は……信じられない。


「テメエ……!」


 さすがにこの態度には我慢が出来なかったのか、アリスはとうとう完全にキレてしまい、美月を怒鳴りつけ始めてしまった。


「さっきから何だよ、お前! 俺は例外なの、例外! 魔法少女は同じ魔法少女でしか対処出来ないから特別にFBIとして認められてるんだよ! ……今はまだ魔法少女の存在を大々的に公表するわけにいかないから、表向きは非公認だけど……」

「じゃあ、今はまだ自称FBIって事?」

「おま……マジで喧嘩売ってんのか!」

「すいません! この子ほんとちょっとアレな子なんで!」


 私は今度こそ二人の間に割って入り、美月の代わってアリスに必死に頭を下げた。

 信じられない事に、美月は致命的に空気が読めないだけで悪意はない。

 今の質問だって、本当にただ疑問に思ったから口にしただけだ。

 悪気がない分余計に駄目な感じがするけど、この子は昔からこんなだから仕方がない。


「ったく……。ん?」


 私が何度も頭を下げてようやアリスの機嫌が直り始めた頃、誰かのスマホの着信音が鳴り響いた。


「悪い電話だ。ちょっと待ってくれ」


 アリスは私達に断りを入れて、ポケットからスマホを取り出した。


「おう。俺、俺。なんか用か?」


 なんだか、ずいぶんぶっきらぼうな態度で電話に応対している。

 相手は多分、FBIの人……かな? 大人の人に対して、あんな態度で相手の人は怒らないのかな?

 と私が思っていると、案の定電話の相手に怒られたのか「はいはい、口の利き方には気をつけるよ」とアリスが英語で言い訳をしていた。


「なに? ああ……」


 そして話は本題に入ったのか、アリスの表情が真剣なものへと変わっていく。


 嫌な予感がする──険しい表情で電話の相手に相槌を打つアリスの様子からすると、電話の内容が良い知らせではない事は明らかだ。

 一体、何があったのだろう……。


「そうか……分かった」


 話し終えたアリスはスマホをポケットに閉まって、真剣な表情で私達の方へと向き直った。

 そして、彼女は私達が予想もしていなかった事を口にした。


「あんた達の仲間の四宮凛々花と茅野優愛だが……ホテルにいないらしい。見張ってたうちの連中によると二人はシルフィ達を追いかけて行っちまったそうだ」

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