第四十七話 追跡する魔法少女

 夜中、二十時三十分頃────

 私と凛々花ちゃんはホテル十一階の温泉に向かって歩いていた。


「ああ、もう。汗でベトベト」

 

 凛々花ちゃんは汗で少しベトベトしている浴衣の胸元を、パタパタとさせながら愚痴っている。

 私の方も汗でベトベトで少し気持ち悪い。ホテルに帰ってすぐに風歌さんと温泉に入ったのに、どうしてこんなに汗をかいているのかというと、それは娯楽室で卓球をしていたからだ。


「もう、凛々花ちゃん。少しは手加減してよ……強すぎるよぉ……」


 最近は魔法少女としてはそれなりに強くなった気がしていたけれど、生身の私の運動神経はダメダメなままだった。だから今日も凛々花ちゃんに手も足も出ず、ほとんど一方的に負けてしまった。


「アタシが強いんじゃなくて優愛が弱すぎるだけよ!」


 愚痴を言う私に言い返す凛々花ちゃんの顔は少し得意気で、さすがに私も少し悔しくなってきた。

 今度、こっそり沙希さんに生身で身体能力を強化する方法を教えてもらって凛々花ちゃんを驚かせようかな? なんて考えが頭を少しよぎった。


「凛々花ちゃん?」


 そんな事を考えながら凛々花ちゃんの方を振り返ると、なぜか少し暗い顔をしていて俯いていた。


「ねえ優愛……今さらだけど、今日はみんな様子がおかしくなかった? 沙希さんは調子が悪いみたいだし、他のみんなも部屋に閉じこもったままだし……」

「うん……」


 たしかに……みんなどこか様子がおかしかった。

 沙希さんは海で遊んだ後からずっと元気がないし、美月ちゃんも巴ちゃんと多分念話で何かを話した後からどこか様子がおかしくて、ちらちらと風歌さんの表情を窺っていた。風歌さんだけはそんな美月ちゃんの視線を全く気にせずに、私達と温泉にも一緒に行ってくれていたけれど……。

 

 本当に一体、何があったんだろう? 昼間はみんな楽しく遊んでいたのに……。


「ああ、もうせっかく卓球して暗い気分を吹き飛ばしたのに! もう考えるのはやめやめ! さっさと温泉に入り直そう!」

「うん……そうだね」


 もう一度汗を流してさっぱりしてから眠れば、きっと明日にはみんなも気持ちを切り替えてくれているはず──そんな事を考えながら暖簾を二人でくぐり、中に入った。


「……ってあれ? 誰か中に入ってる?」

「え?」


 凛々花ちゃんが更衣室の二つのカゴの中を見てそんな事を言うので、私もカゴの中を確認した。

 あんまりジロジロと見るのは悪いなと思いながら、確認すると二つのカゴの中にはそれぞれどこか見覚えのある服が入っていた。

 この服はたしか……。


「凛々花ちゃん。これって沙希さんと風歌さんのじゃない?」

「え? ほんとだ……。って事は沙希さんも体調良くなったのね!」


 そう言って、少し嬉しそうな顔をする凛々花ちゃん。

 私も同じように顔をほころばせ、沙希さんの体調が良くなった事を喜んだ。

 せっかくここの温泉は広くて綺麗だったのに、沙希さんだけ入れないのは勿体ないと思っていたから本当に良かった。


「よーし! じゃあ、アタシ達も入るとしよっか! 沙希さんのありのままの姿も気になるし!」

「もう、凛々花ちゃん。ちょっとおじさん臭いよ?」


 それも少しセクハラ気味の。まあ、私はもう沙希さんの裸は見たことがあるんだけどね。


「……なにそのドヤ顔」

「別に? なんでもないよ~?」


 内心そんな風に優越感を抱きながら、私は服を脱ごうと上着に手をかけた。

 

 その時……突然、温泉の方から激しい爆発音のようなものが聞こえてきた。

 

「……ええ!? なに、爆発!?」


 続いて、桶か何かが床のタイルにぶつかる音も遅れて聞こえてくる。

 突然の爆発のせいで、私の心臓も大きな音を立ててしまっている。

 いまの音は温泉の奥の方から聞こてきていたから、つまり────


「ろ、露天風呂の方からだよ! 今の爆発は! それにこれ……風歌さんの魔力の気配!?」

「どういう事!? まさか、また魔獣が現実世界に出たの!? それにもう一人の気配は沙希さんじゃないし……」


 そんなの私だって分からない……何で露天風呂で風歌さんと別の誰かの魔力の気配があるかなんて!

 とにかく私達は事実を確認するために走り出し、爆発音のした露天風呂まで急いだ。


「沙希さん! 風歌さん!」


 私達が露天風呂にたどり着くと、そこには気絶した沙希さんを抱えた風歌さん──シルフィさんと、ゾンビのような姿をした魔獣に二丁の拳銃を向けている、見たことのない白い外套の魔法少女の姿があった。


 状況はよくわからないけど、シルフィさんと白い外套の魔法少女が魔獣らしきゾンビ(グール?)と戦っている?

 

「やっぱり魔獣が現実の世界に──え?」


 信じられない光景を私達は目の当たりにして、私達は絶句した。

 シルフィさんが白い外套の魔法少女へと宝石のようもの投げつけて、そこから新たな魔獣──ガーゴイルを召喚したからだ。


「うそ……どういう事!?」


 わけがわからない──シルフィさんのギフトは『風』の能力だったはず!

 ステラさんやノクスみたいな魔獣を召喚したり、使役したりする力じゃなかったのに!

 それになんで魔獣を魔法少女に襲わせてるの!?


 辺りに漂っている湯気と魔獣達のせいか、シルフィさんと白い外套の魔法少女は呆然と立ち尽くしている私達の存在にまだ気付いていない。


「じゃあ、今度こそお別れだね。お勤め頑張ってねー。おまわりさん♪」

「ぜってえ逃がさねえからな! 覚悟しとけよ!」


 シルフィさんは白い外套の魔法少女にそう言うと、そのまま気絶した沙希さんを連れてどこかへと飛び去ってしまった。


「ああ、くそ!」


 白い外套の魔法少女もガーゴイルとグール達に追いかけられて、露天風呂からホテルの外へと飛び降りて逃げ出してしまった。


 魔獣達も飛び降りた白い外套の魔法少女を追いかけて、ホテルの外へと飛び降りて行き、露天風呂には私と凛々花ちゃんだけがポツンと残されてしまった。


「な、なんでシルフィさんが沙希さんを!? ど、どうしよう!? どっちを追いかけたらいいの!?」


 凛々花ちゃんが混乱して頭を抱えている。けど、私だってどうすればいいのか分からない。

 シルフィさんが沙希さんを連れてどこに行ったのかも気になるけど、白い外套の魔法少女だって大勢の魔獣に追われている……放ってはおけない。


「どうしよう……どうしよう!」

 

 焦りが募るけど、どっちから追いかけたらいいのか決められない。

 そうして迷っているうちに時間は過ぎて、今度はホテルの下からまた爆発音が聞こえてきた。


「……また!?」

「きっと下でさっきの魔法少女が戦ってるんだよ! と、とにかくまずはあっちの様子を見てから、シルフィさん達を追いかけるか決めよう!」

「え、ええ……」


 ひとまず下の様子を確認する事にした私達は、その辺に散乱している桶などを二人で積み上げて露天風呂の柵をよじ登った。

 そして、下の様子を確認すると予想通り、白い外套の魔法少女と魔獣達が戦っていた。

 しかも……


「凛々花ちゃん見て!」


 どうしてか分からないけど、下にはノクスとクローラもいた。なぜか紫色の魔法少女と戦っていて、その魔法少女にノクスがやられそうになっていた所を、ここから飛び降りた白い外套の魔法少女が攻撃して助けていた。


「あっちも戦ってるの!? それにまた知らない魔法少女だし……あーもう! どうなってんのよ!」

「ノクスを守ってくれたのを見ると、白い外套の魔法少女は味方……なのかな? ど、どうしよう! 凛々花ちゃん!?」

「わ、分かんないわよ、そんなの!でもとりあえずあっちは三人で戦ってるから大丈夫でしょ!? ……ノクスだっているし。だから私達は変身して風歌さんを追うわよ! 今ならまだ魔力探知できるし!」

「そ、そうだね!」


 私は凛々花ちゃんに言われるがまま変身し、シルフィさんを追いかけてホテルを二人で一緒に飛び出した。 シルフィさんは少し遠くへと飛んで行っているけど、まだ十分追いつける距離だ。




 ────それから私達は気絶した沙希さんを抱えて山の中へと入って行くシルフィさんを、五百メートル程先から尾行し続けた。


 宿泊していたホテルからはもう随分と遠くまで来た気がする。多分、かるく十キロぐらいはホテルから離れていると思う。

 私達は沙希さんから教わった魔力探知のおかげで、何とかシルフィさんを見失わずに済んでいたけど、山の中は森はとても暗くて何も見えない。

 まるで私達の行く末を暗示しているみたいだと、私は不安になった。


「ほ、本当に私達だけで追いかけてよかったのかな……」


 暗い森の中にいるせいか、私は急に心細くなってきてそんな弱音をつい口に出してしまった。

 

「何言ってんのよ! 美月達も誰かと戦ってたじゃない! 私達だけでも追いかけないと、風歌さんと沙希さんを見失っちゃうでしょ!」


 案の定、凛々花ちゃん──ローズは弱音を吐いた私を叱りつけてきた。

 その声は尾行中なので、一応小さめだ。私も小さめの声でローズに返事をした。


「そうだけど……。それになんでシルフィさんが沙希さんを……魔獣だって……」

「だーかーらー! それを聞くためにシルフィさんを追いかけてんでしょうが! ほら、さっさと行くわよ!」


 ローズはそう言うと、迷いのない目でシルフィさんがいる五百メートル先の暗闇に視線を向けた。

 けど、やっぱり本当に私達だけで追いかけていいんだろうか? たしかに私達はあれから強くなったけれど……胸に残る不安がどんどん大きくなっていく。

 


「あ! 見てコスモス! シルフィさんが!」


 そんな不安を抱えながらローズと尾行を続けていたら、シルフィさんが急に森を抜けて道路へと飛び出した。 道路には黒のワンボックスカーが待機していて、その中から屈強な男の人達が姿を現した。

 誰だろう……あの男の人達。なぜかどこかで見覚えがあるような、無いような……。


「ねえ、コスモス。もしかして、あの人達って……ホテルにいた他の宿泊客の人達じゃない?」

「あ!」


 そうか! ホテルにいた私達以外の宿泊客の人達!

 たしか夕方のロビーにいた……他の宿泊客達は少ないって聞いてたから余計に印象に残ってたけど、なんであの人達が一緒にいるんだろう?


 シルフィさんはその宿泊客の男性達に沙希さんを預けると、代わりに着替えを受け取ってそのまま車中へと入ってしまった。そして扉を閉じた後、どうしてか魔力の気配が消えてしまった。

 多分、シルフィさん──風歌さんが変身解除したのかな……?


 そして、車はそのまま、風歌さんと沙希さんを連れて何処かへと走り去っていく。


「ま、まずいよぉ……。変身解除しちゃったら、魔力探知出来ないし尾行が……」

「もう尾行なんて必要ないでしょ! 風歌さんが変身解除して油断してる今なら、沙希さんが人質に取られてても余裕で勝てるでしょ! この場で車ごと『幻惑』のギフトを不意打ちで喰らわせれば……」

「攻撃するの!?」


 物騒な事を言いながら魔法杖オーヴァム・ロッドを構え、ローズは赤い薔薇の花弁を撒き散らし始めてしまった。


「待って! まずは話し合おうよ! 相手は風歌さんなんだよ!? きっと何か事情が────」

「どんな事情よ!」


 私は慌ててローズの魔法杖オーヴァム・ロッドを掴んで止めながら攻撃を辞めるように諭した。

 けれど、ローズはとても怒っていて全く聞く耳を持ってくれない


「アンタも見たでしょ! なんか怪しい大人の人達と一緒に、気絶した裸の沙希さんを車に連れ込んでたのを! 誘拐よ、誘拐! まずはアイツら全員ボッコボコにして、それから風歌さんも問い詰めるのよ!」

「ちょっとまってよローズ! なんでそう短絡的なの!?」


 ああ、もうローズの分からずや! 怒って興奮するローズに釣られて段々と苛々して、私の語気も荒くなっていく。


「短絡的って何よ! それしか方法はないでしょ! ほら、さっさと攻撃するわよ!」

「だから落ち着いてよ! 攻撃なんてしなくても、まずは追いかけて車を止めて、それから……っ!?」


 その時、ローズと言い争いに夢中になっていた私の背筋に急に冷たいものが走った。

 ぞわっとするような気持ち悪い感覚に私は会話を途中で止めて、意識を集中する。


《優愛。これ……魔力なの!》


 気持ち悪い感覚の正体に気づいた私の妖精──モルガが頭の中で叫んだ。

 魔力と気配がどこからか漂っていて、私の全身にはピリピリとするような敵意が突き刺さっている!


「コスモス? ちょっと聞いてるの!?」


 私よりも怒って興奮しているせいで、ローズはまだあの魔法少女が近くに来ている事に気づいていないみたいだった。

 まずい……早くローズに敵が近寄っている事を伝えないと!


「ローズ! 誰かが────っ!?」


 私は慌ててローズに忠告をしようと喋り始めたけれど……間に合わなかった。


「……うっ!」


 さっきの気配が急に私のすぐ後ろに移動したかと思うと、首に鋭い痛みが走った。

 気配には気づいていたのに……私は避ける事も防御する事も出来ずに、誰かの攻撃を受けてしまった。


「あっ……ぐぅ……あぁ……」


 針? のようなモノに何か塗られていたのだろうか……体が痺れて動かない。

 痺れはすぐに全身に回ってしまい、私は立っていられなくなって倒れてしまった。


「え!? コスモス!? 一体どうしたの!?」


 ああ、まずい……倒れた私を心配してローズがしゃがみこんでしまった!

 そのせいでローズは、後ろに誰かが立っているのに気づいていない!

 暗いせいでよく見えないけど、その誰かには蠍の尻尾のようなものが生えていて、その尻尾の先端にある針をローズに向けている!


 きっと私を突き刺したのも、あの尻尾の針だ!


「……ぁ、……っ!」


 私はローズに危機を伝えようとするけれど、体が痺れてうまく喋る事が出来なかった。

 まるで餌を食べようとしている金魚のように、口をぱくぱくと開け閉めする事しか出来ない……。


 ローズの背後にいる誰かは、そんな私の姿を見てニヤリと笑い……


「コスモス!? うっ……!」


 尻尾の針でローズを突き刺さしてしまった!


「……っ!」


 刺されたローズは目の前で意識を失って倒れてしまった。

 そして、私の意識もローズと同じように薄れていく……。

 

 そんな……このままじゃ、私達……。


《コスモス! 寝たら駄目なの! 起きるの!》


 ああ、駄目だ……このまま気を失ったら駄目だとわかってるのに、どうしても目を開けていられない。

 モルガの声もどんどん遠くなっていって、私の意識はどんどんぼんやりしていく……。


「シルフィも意外と間抜けだな。この程度の奴らに尾行されるとは」


 倒れた私達を見て、攻撃してきた誰かが吐き捨てるように言った。


「……ぁ」


 そして、意識が完全に途切れる瞬間──私が最後に見たのは、ノクス達と戦っていたあの紫色の魔法少女の蛇のような瞳だった────

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