第四十八話 風の魔法少女


 ────カラザのとある施設。


 そこで私は、とある白衣の男からある命令を受けていた。


「さてシルフィ君。君がこれからやるべき事は三つある。一つは日本で魔法少女として活動する事。二つ目はマジカル・ステラ及びマジカル・ノクスと接触し観察する事。そして最後に三つ目はこの『世界卵の欠片』を彼女達、いやと彼女の目の前で孵化させる事だ。欠片には特殊な装置が取り付けてある。君がこの装置に魔力を籠めて、今から渡す起動スイッチを押せば遠隔で天使を孵化させる事が出来る。ま、簡単な任務だ。ついでに日本で普通の高校生としての生活も満喫するといいよ~」


 まるで子供にちょっとしたおつかいを頼むかのようなとても軽い調子で、白衣の男は私への命令を口にする。

 白衣の男は喋っている間、『カラザ』が世界中から血眼になって集めている『世界卵の欠片』を人差し指に乗せ、くるくると回して遊んでいた。私はどうもこの男のこういう軽薄な態度が好きになれない。

 私も任務でこの男のように軽薄な態度を取る事はあるが、それはあくまで任務を遂行する上で必要だからだ。


「ああ、ついでにの正体についてだけど……実は他の人達には話してないんだ。後でびっくりさせようと思ってね~。別に止めはしないけど、君も出来ればみんなには内緒にしててね~」


 けれど、目の前の男は違う──こんな風に意味も無くふざけた態度を取り、人をからかって楽しむ、そんな奴だ。


 こういう手合は注意深く観察しなければならない。

 自分の気分次第で予想外の行動を取り、仲間の不利益を全く考えないからだ。

 貴重な研究者とはいえ、こんな男がなぜカラザの中で高い地位を得ているのか不思議でならない。

 私はそんな疑問を顔には出さず、白衣の男の命令に頭を下げた。

  

「分かりました、博士の命令を遂行します。しかし、よろしいのですか? 世界卵の欠片は我々にとって重要なものです。ステラとノクスの目の前で世界卵の欠片を孵化させて、天使を出現させるなんて……。報告通り彼女達が『封印』のギフトを持っているとしたら、天使を封印されて奪われる事になるかもしれませんよ?」

「いや、それでいいんだ。むしろ、封印されて欲しいんだ」

「それはどういう……」

「世界卵の欠片にはね、ある種の鍵のようなものが掛かっているんだ。今この状態の世界卵の欠片からは何のエネルギーも取り出す事は出来ない。まあ、出来るのはぐらいだね。おかげで『カラザ』は魔法少女を増やす事が出来るわけだけど。ま、とにかく世界卵に魔力を与えて封印を解き、中にいる天使を倒す試練を乗り越える事で初めてその力を手にする事ができる……と思うんだよね」

「思う? 一体何を根拠にそんな事を……」


 私がそう質問をすると男は目を瞑り、わざとらしく「うーん……」と唸って腕を組みながら考え込むような仕草をし始めた。


「…………」


 いい年をした大人なのに……子供のような仕草で考え込む男の姿は、私を酷く苛つかせる。

 今後、戦いで敵の冷静さを失わせる時に使う煽りとして参考にしようと私に思わせる程だ。


「悪いけどこれは組織の機密事項なんだよねー。僕も教えてあげたいんだけど、本当にごめんね。ま、とにかく命令はそれだけだから、後は頑張ってね。ああ、それと世界卵の欠片を孵化させると、近くにいる人達も結界の中に一緒に巻き込まれるからね。

「なるべく人のいない所で孵化させるように……ではなく、ですか?」

「うん。そうしないと実験の意味が無いんだ。巻き込まれた人達がどうなったかも後で報告してね」


 大勢の人を巻き込む事を、まるで何でもない事のように言う白衣の男。

 実験の結果、人が大勢死ぬかもしれないという事をなんとも思っていない。この男は正真正銘の人でなし、マッドサイエンティストだ。

 あの子……毒の魔法少女『ヴェノム』もこの男によってあの異形の姿になり、精神にも異常をきたしてしまった。

 地獄があるとするならば、こいつは間違いなく堕ちるだろう。


 そして、自分ののためにそんな男の命令にも黙って従う私も────


「風歌君、だっけ? 。応援してるよ」


 白衣の男に突然見透かしたような事を言われ、私の心臓の鼓動が早まった。


「はい……」


 心の中を見透かされたようで内心かなり動揺したが、私は何とか表情に出さないように努めて返事をした。


「目的の為ならありとあらゆるものを利用し、犠牲にする事を厭わない──君のそういう所は僕も好感が持てるからね~」


 白衣の男に言われた瞬間、私の胸のうちにとてつもない不快感が広がった。

 この男に好感を持たれる事も、私がそんな人間だと男に断言されるのも、どちらもとても不愉快だった。


 だが……男の言う事を私は否定出来ない。

 私は男の言う通りの人間だ。事実、私は自分の目的のために組織カラザも目の前の男も利用している。

 所詮、私もこの男と同じ人でなしの一人にすぎないのだから。




 ────そして数日後、私は任務を遂行するために日本で高校生としての生活を始めた。


 怪しまれないために昼は真面目に学校に通い、友達もそれなりに作った。そして、夜は魔法少女『マジカル・シルフィ』として活動を行い、ステラとノクスの情報を集めた。

 

 どうやらステラは弱い魔法少女から力を奪っているノクスと敵対関係にあるらしいとの情報を得た私は、未熟な魔法少女を演じた。そして、私の狙い通りノクスは未熟な魔法少女を演じた私を襲ってきて、ステラも私を助けるためにやってきた。


 こうしてステラとノクス、その両方と接触する事が出来た私は次に、命令通り人の大勢いる映画館でステラとノクスを天使と戦わせる事にした。


 出現させた天使は予想よりもはるかに強力な存在ではあったが、私はマギメモの救援要請に応じて駆けつけたフリをしてローズとコスモスと共に二人を助けに現れ、全員と協力をしてなんとか倒す事に成功した。

 そして、ステラに天使を封印させる事にも成功し、彼女の信頼を得る事にも成功した。


 一緒に天使と戦ったクローラ、ローズ、コスモスの三人の魔法少女とも仲良くなった。

 ステラと関係が深いこの三人と仲良くする事は、任務を遂行するのにプラスになるはずだ──そう考えた私は少し気の抜けた年上のお姉さんを演じ、彼女達が親しみやすくなるように心掛けた。


 みんなで一緒に行ったカラオケでは、なぜか魔法少女達の間で流行っているアニメ『マギキュア』の主題歌を私は歌った。事前にマギキュアのアニメシリーズを見て、一通り予習をしておいて良かった。

 それにまあ……少しはマギキュアも面白かったから、予習は苦痛ではなかった。

 

 それから夏休みも間近になったある日の事。


 任務の為と言い訳をしながら日々をローズとコスモスの二人と一緒に魔獣と戦って過ごしていた私は、一緒に水着を買いに来たステラ──沙希からある相談を受けた。その相談とは、クローラ──巴と喧嘩をしたので仲直りするにはどうすればいいのか、というものだった。

 私は迷う素振りを見せながら(まあ、本当に迷っていたのだが)、巴ともう一度きちんと話し合えばいいとありきたりなアドバイスをした。

 本当にありきたりなので沙希も最初はがっかり顔をしていたが、私がそれらしい言い訳を言うと最後には納得し、何やら満足した顔になっていた。


 これでステラは私をより一層信頼するはず。作戦が順調で気分が良かったので、ついでに水着も少し気合を入れて選ぶ事にした。

 正体が男だと分かっているせいか、私が水着を持って来るたびにいちいち顔を赤くしてる沙希をからかうのは少し楽しかった。

 


 これは全ては任務のため──そう言い聞かせながら、私は今までステラ達と行動をともにしてきた。

 


 だが、正直に言うと…私は日本に戻ってきからの全てを心の底から楽しいと感じていた。

 普通の高校生として暮らすのも、他の魔法少女と力を合わせて天使と魔獣と戦って絆を深めるのも、全部が新鮮でとても楽しかった。

 どんなに苦戦しても諦めない彼女達と一緒に戦っていると、まるで自分も真っ当な魔法少女であるかのように錯覚する事が出来た。

 たとえその天使と魔獣が私が発生させたものであっても……。彼女達の心は希望に満ちていて、私にはそれがとても眩しく羨ましかった。


 あと少しだけ、あとほんの少しだけだけ彼女達と一緒にいたいとつい思ってしまうほどに────



 そうやってカラザにステラについての報告だけをして、ズルズルと日本に滞在するのを引き延ばしていたツケがとうとうやってきた。



「え……ステラを……ですか?」

《うん。それそろ直接見てみたいなぁ~って思ってね。それじゃ、頼んだよ~》



 カラザから──あの男から私に、マジカル・ステラの回収をするよう命令が下されてしまったのだ。

 世界卵の欠片である天使を封印しているステラをカラザが欲しがり、研究対象にしようとするのは当然だ。ステラを回収すればきっとあの博士によって隅々まで観察対象として調査され、様々な実験を受けさせられてしまうのだろう。

 おそらく死ぬまで──カラザに回収されればステラの人としての一生は終わったも同然だ。


 だが、それでも……それでも私は命令を実行する。

 自分の目的を果たすために────



 そして、今日の朝。

 ステラ達と海に遊びに行く当日であり、同時にステラ回収を実行する当時でもあるその日がとうとうやってきてしまった。

 新たな命令が下された以上、四月から始まった高校生活も正義の魔法少女としての生活もこれで終わりだ。

 宿泊するホテルでカラザの末端構成から魔獣を発生させる卵型の宝石『召喚石』を受け取った私は、浜辺で魔獣を発生させてステラの実力を改めて観察した。


 ステラは強い──真正面から戦えば、私が本当の実力を出したとしても苦戦するだろう。


 その事を改めて確信した私は、都合よく温泉で一人になってくれたステラ──沙希をギフトの『風』による不意打ちで、まともに戦う事なく気絶させる事に成功した。

 途中、「正義のおまわり」を名乗るふざけた魔法少女──マジカル・バレットとも交戦する事になったが、召喚石から獣を呼び出し、なんとか切り抜ける事が出来た。


 その後、ホテルを出て近くの山の中へと逃げ込んだ私は、バレット達の追跡を振り切るためにカラザの末端構成員が運転する黒のワンボックスカーに乗り込み、魔力を探知される可能性を考えて変身解除をした。私を乗せた車は人気のない山道を走っていくのだが、末端構成員達の情報によるとFBIと日本の警察が動いていて、このままでは検問に引っかかてしまうらしい。

 そのため、私達は一旦車を止めて山の中にあった廃墟に身を隠し、組織カラザに連絡をして車以外の別な方法で逃亡できないかを相談する事にし、今に至る。




 私はカラザとの連絡を末端構成員達に任せ、廃墟の屋上で月を眺めていた。

 

「ふぅ……」


 逃走の疲労か、あるいは末端構成員達と一緒にいる事へのストレスからか、私の口から深い溜息が漏れた。


 カラザにはカルト宗教的な側面もあり、所属する末端構成員達のほとんどは世界卵を信仰する信者だ。正直、彼らとの会話はストレスが溜まって仕方がない。

 口を開けばやれ「信仰のために」だの、「新しい世界のために」だのカルト宗教特有のお決まりの台詞がついてまわる。

 他のカルト宗教よりもタチが悪いのは、彼ら信仰する世界卵が起こす奇跡が本物であるという事だ。

 末端構成員達は世界を作り変える力すら有する世界卵を信仰し、そのためなら他人も自分の命すら惜しまない。

 当然、そんな妄信的な信者と、何事にも懐疑的な私とで反りが合うはずもない。だから、私は彼らとは事務的な会話以外で関わる事を避け、今もこうして一人離れた場所で待機している。

 世界卵の力に魅せられた者同士という点では彼らと私に違いは無いのかもしれないが、それでも会話をしていると頭がおかしくなりそうだ。

 「世界卵は世界に救いをもたらしてくれる」だの何だの言ってる彼らを見ていると吐き気がする。


 私は世界卵が世界に救いをもたらすかなんてどうでもいい。

 ただその力が私の目的──願いを叶えてくれるものであるならば、利用する。

 それだけだ。そこに信仰なんてものはない。


 所詮、この世界に本当に信じれるものなんて無い。……私にもかつては信じられる大切なものがあったけれど、それももう永遠に失われてしまった。

 つまるところ、私の目的はその『失われた大切なもの』を取り戻す事だ。

 その失われた大切なものを取り戻すためなら、私はいくらでも人を裏切るし、逆に裏切られても気にはしない。

 取り戻すという結果だけが重要で、その過程には何の価値もないからだ。  

 私はどんな醜い過程を経ても、必ず大切なものを──を取り戻す。

 それだけがあの子を失った世界で、私が今も生き続ける理由なのだから────


「……くだらない。何を今更……」


 ステラ──沙希の回収を終えて気が緩みかけているせいだろうか。

 月を見ながら、どうでもいい事に思考を割いてしまった。

 気絶している沙希には念の為に睡眠薬を注射し、カラザが開発した魔力操作を阻害する首輪もつけている。

 万が一睡眠薬の効きが悪くて目が覚めても、首輪のせいですぐには変身出来ない。

 もう任務の半分は達成されたと言えるが、まだ完全にFBIの追跡を振り切ったわけじゃない。

 今は日本国内からステラを連れて脱出する事だけを考えないと。


「しかし……それにしても遅い。まだカラザとの相談は終わらないの? それに……」


 それになにか──あまりにも周囲が静かすぎる。

 

「まさか……」


 私は胸騒ぎがして『風』のギフトで廃墟の中の様子を探る。すると、どういうわけか末端構成員の気配が消えていた。末端構成員達がカラザと連絡を取る声も、歩く音すら『風』のギフトから拾う事が出来ない。

 廃墟の中にいるに末端構成員は全員、地面に突っ伏していた。


「馬鹿な!?」


 この呼吸──全員、気絶している!?

 それにこのは……。


「風歌さん……」


 私は聞き覚えのある、透き通るような声に呼び掛けられ、ハッと顔を上げて背後を振り向いた。


「……ステラ!?」


 すると、そこには月の光に照らされたステラが静かに佇んでいて、その透き通るような蒼い瞳で私を見つめていた。

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