第四十九話 惑う魔法少女
「風歌さん……」
馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な! あり得ない!
睡眠薬を投与したのになぜステラが起きている!?
気絶させ、魔力を阻害する首輪で拘束したはずのなのに……どうしてステラが屋上にいるんだ!?
「……ステラ!」
月の光に照らされ、僅かに光を帯びた黄金色の髪を靡かせながら私を見つめるステラ。
幻想的な美しさを私に感じさせる彼女のその手には、壊された魔力阻害の首輪が握られていた。
「まさか……破壊したのか!?」
だが、一体どうやって!? 首輪の機能は効果を発揮しなかったのか!?
せっかく真正面から戦う事を避けられたのに!
焦りと混乱で、私の呼吸はどんどん荒くなっていく。
「くっ……!」
……落ち着け、とにかく今はもう一度ステラを拘束する事を考えろ。
私はそう自分に言い聞かせながら荒くなってきた息を整え、
「な……!?」
身体に魔力の光を纏わせ、ステラが目にも留まらぬ速さで私のすぐそばを走り抜けていく。
そして、そのまま私が振り返る暇もない程、一瞬で廃墟の屋上から飛び降りてしまった。
────まずい、逃げられる!
このまま森の中に逃げ込まれたら、ステラを見失ってしまう!
「……くそ!」
私は焦燥にかられながらすぐにステラの後を追って、廃墟の屋上から飛び降りた。
だが、あの速さ……追いかけたところで私は追いつけないかもしれない。
ステラはあのまま森の中を駆け抜けていて、降りても姿はどこにもないかもしれない。
それにステラには魔獣カードもある。あのカードから召喚した魔獣を足止めに使われた、もう絶対に追いつけない!
「……え?」
だが、屋上から降りてみると、予想に反してそこにはまだステラの姿があった。
しかも、
……どうして森に逃げない? 待ち構えるにしても、魔獣を召喚する事も出来たはず。それとももう魔獣は召喚されていて、どこかに潜んでいるのか?
私は疑心暗鬼になりながら、ステラから目線を外さずに周囲の魔力をそれとなく探る。
だが、どこにも魔獣の気配はない。という事はステラは本当に何もせず、ここで私が地上に降りてくるのを待っていただけという事か?
本当に、一体何のために……?
「ここに移動したのは、あの廃墟の中にいる人達を巻き込まないためです」
そんな疑問が顔に出てしまっていたのか、聞いてもいないのにステラがこの場に留まった理由を語り始めた。
「……なるほどねー、さすがはマジカル・ステラ。正義の味方の魔法少女は敵にも優しいんだねー」
私は軽口を叩きながら、ステラの隙を伺う。
ステラはもう変身している──つまり、生身の身体ではない今の彼女には、露天風呂の時のように周囲の酸素濃度を上げて気絶させる手は使えない。
魔法少女の体は魔力で構成された概念体で、生身の人間のように酸素を必要としないからだ。
となればステラと真正面から戦い、概念体を破壊して変身を解除させるしかない。
いくらステラが魔獣相手には強くても、同じ魔法少女と戦う経験はノクス相手ぐらいにしかないはずだ。
対魔法少女戦の経験なら私に一日の長がある。
私は思考を続けながら、ステラから目線を外さずに周囲の様子を『風』で探った。
だがやはり、魔獣や何らかの魔術的な罠が仕掛けられている気配はない。
「魔獣も罠も仕掛けていませんよ。私はただここで待っていただけです。風歌さんと話をするために」
「話……? 君と私で何を話する事があるのかなー?」
「風歌さん、言ってたじゃないですか。『相手が何を考えてるか分からないなら、分かるようになるまで話し合えばいい』って。だから話を聞かせて下さい。風歌さんが何でこんな事をするのか」
この期に及んで何を言ってるんだ? こいつは……。
まさか、本当にただ話をするためだけに、わざわざ危険を犯してここに留まったのか?
お人好しも度が過ぎるとただの馬鹿でしかないが、向こうが勝手に話し合いをするつもりで無防備になってくれるなら、私はそれを喜んで利用するだけだ。
適当に話を合わせて、また奴の不意を突いてやればいい。
「ふーん、まあいいや。そんなに言うならお話しよっかー。じゃあ、まずは言い出しっぺの沙希ちゃんから私の疑問に答えてよ」
「ええ、構いませんよ」
私の提案に頷くステラ。まだ隙はない……。
私は仕方なく、人差し指を立てながら一つ目の質問を口にした。
「じゃあ、まず一つ目。睡眠薬を投与された君は後数時間は眠ったままなはずなのに、どうして起きていらるの?」
「風歌さんは私の正体が男だって知ってるんですよね? だったら答えは簡単です。沙希としての体も魔法少女と同じ概念体だからです」
そうか……ステラの
それならあの身体は、魔法少女と同じように概念体である可能性は十分にあったはずだ。
生身でも常に魔力を身に纏わせてはいたが、それは普通の生身の魔法少女でもあり得る事だし、『風』が拾った呼吸や心拍数は人間のそれと代わりはなかったから分からなかった。
「なるほど、沙希ちゃんの姿は見た目は普通の人間だけど、実際は違ったんだねー……。じゃあ、気絶してたのも演技だったの?」
「いえ、それは本当です。沙希の身体は普通の少女の肉体を再現したものなので、まともに呼吸が出来なくなれば当然活動を停止します。けど、それはあくまで普通の少女の肉体の機能を再現した結果なんです。私の意識はあくまで変身中の魔法少女と同じく、
平然とそんな事を言うステラだが、魔法少女が自分の概念体と意識を切り離して考えるのはそう簡単じゃない。
大抵の魔法少女はどうしても生身の肉体と同じように、概念体のダメージに意識が引っ張られてしまうからだ。
カラザに所属していた私も、拷問のような厳しい訓練を重ねたおかげで概念体の痛覚を遮断出来るようになっているが、目の前のステラはその私と同じ領域に達している。
一体、こいつは一人でどんな訓練を──私はステラに戦慄し、冷や汗を流した。
「……じゃあ、あと一つ。いま君が手にしている、魔力阻害の首輪はどうやって破壊したの? まさか生身の腕力で壊したのかなー。沙希ちゃんの体が概念体だって言うなら、当然魔力で動いてるはずだし、首輪のせいで体も満足に動かせないと思うんだけど」
内心の動揺を悟られぬように気を付けながら、私はステラへの質問を続ける。
実際、どうやってあの首輪を破壊したのか、私は気になって仕方がなかった。
「私は訓練するとき、いつも最初に精神統一をして自分の体に流れる魔力を把握し、作り出す練習をしていました。どんな危機的な状況や体調でも魔力を作り出すためです。首輪は魔力の発生を妨害するけれど、完全に封じ込めるわけじゃないのはすぐ分かりました。それなら訓練を応用して、首輪の妨害でずれた波長に合わせて魔力を作る事は出来ます」
それで作った魔力で体を強化して首輪を破壊した、という事か。
しかし、また簡単に言ってくれる……そんな方法で首輪を無効化するなんて完全に想定外だ。
このままではまた倒して気絶させたところで、首輪は何の意味も持たない。
一体どうやってステラを拘束すればいい……。
「風歌さんの質問には応えました。私からも質問してもいいですか?」
「……どうぞ」
応えながら、私はまたステラの周囲を探る。
やはり何も仕掛けられていない──なのに、私はステラを攻撃する事が出来ない。
一見すると隙だらけなのに、攻撃を仕掛けても奴を倒せる気がしない。
私の中の何かが、ステラへの攻撃を躊躇させている。未だ計り知れない彼女の実力への恐れか、あるいは────
「風歌さんはどうして魔法少女として戦うんですか?」
黙って考え込む私に、ステラはそんな質問を投げかけてきた。
「聞きたい事はそんな事なの? てっきり天使とか魔獣について聞かれるかと思ってたよー」
どうして魔法少女として戦うか? なぜそんな質問をするのか意味が分からない。
分からなさすぎて、とてもイライラする。
「それも重要ですけど、今は風歌さんの事が知りたいんです。風歌さんが何を目的に魔法少女として戦っているのか、それが聞きたいんです」
「私の目的ね。それを聞いてどうするつもりなのかなー?」
「分かりません。でもまずは聞きたいんです。後の事はそれから考えます」
やはり意味が分からない……その分からなさが、私はますます苛つかせる。
こんな会話をステラが続けるのは、もしかしたら時間稼ぎが目的なのかもしれない。
時間を稼いで、巴達が探しに来るのを待っているという事も考えられる。
それならもうこれ以上、こんな意味不明な質問に付き合う意味はない。
たとえ不安があっても、いまここでステラを捕まえる!
「今の目的は、そうだねー……ここで君を捕まえる事、かな!」
私は『風』のギフトを身に纏わせて、身体を透明にして姿を消した。
これでステラの目には私の姿は映っていないが、身に纏った風には魔力が含まれている。
たとえ姿を消したところで、魔力を探知すれば私がどこにいるのか分かってしまうだろう。
だからこうして風を起こしつつ周囲に魔力を含ませ、ステラの魔力探知を妨害する。
これでステラがいくら魔力探知をした所で、もう私を見つけられない。
「ほらほらー、ここだよ、ここー!」
私はステラを煽りながら、彼女の背後へと接近していく。
声は『風』に乗って拡散しているから、ステラには上下左右と様々な方角から聞こえて私の位置が掴めないはずだ。
「…………」
だが、姿を消して居場所を掴めない私に煽られているのに、ステラは平然とその場に立ったまま、焦りもしていない。
一体、何を考えている? 真意はかわからないが、ともかく隙だらけだ。
私はステラを攻撃するために、
────その右手をステラは振り返りもせず掴み取り、私をそのまま投げ飛ばした。
「な!?」
デタラメだ──反応が早すぎる!
私が攻撃のために右手に集中させた魔力を、ステラは即座に感じ取って防御したとしか考えられない!
「この……!」
私は投げ飛ばされながら、空中でステラに『風』をぶつけて攻撃した。
しかし、風の攻撃はステラが展開した
それならばと、私は今度は
だが、ステラは斬りつける私の剣を右手で掴み取り、また攻撃を防いでしまった。
「くっ……!」
手に魔力を集中させているのか、私の剣はステラの手に締め上げられて、ビクともしない。
まずい、距離を取らなければ──そう思った時にはもう遅かった。私は剣を持っていない左手もステラに掴まれてしまい、その場に繋ぎ止められてしまった。
「離……して!」
「まだ風歌さんの目的が聞けていません。話の続きが聞けたら、この手を離します」
まるで万力のように私の腕を固く握りしめながら、ステラがそんな事を言い出した。
「だから! 私の目的は君を────」
「それは風歌さんが所属している
こいつ……まさか、本気で私と話し合って分かり合いたいとでも言うのか!?
馬鹿な……ステラの頑なな態度には苛つきを通り越して、殺意すら沸いてくる!
「……それを話してどうなる? お優しい正義の魔法少女のステラ様は、私の目的を叶えてくるとでも言うのか!?」
怒りのせいで思わず地が出てしまった。
いつも演じていた口調とは違う、激しい口調で私に問い詰めらたステラは一瞬だけ目を大きく見開いて驚いた後……どういうけか私に微笑んできた。
「何を笑っている……?」
また……意味が分からない。
だけど、ステラの笑顔を見ていると、なぜか私の心はざわざわとしてとても落ち着かない。
私はステラから逃れようと身体をよじらせるが、なぜか掴まれた腕を振りほどく事ができない。
相変わらずステラの手は私の上でを万力のように固く締め上げていて────
「……え?」
いや、いつの間にかステラの手には全く力が入っていない。
ステラは私の腕にそっと手を添えているだけだ。これならいつでも振りほどいて逃げられる。
それなのに、私はその手をどういうわけか振りほどけない……。
「風歌さんって、笑う時にいつも少し悲しそうな顔をしてますよね。気付いてますか?」
「悲しい……私が? ハッ……」
見当違いな事を言うステラに、思わず私は苦笑する。
私が悲しいだって? もし悲しいとすれば、それは私に騙されてもお人好しな事を言い続けるステラの馬鹿さ加減が哀れすぎるからだろう。
大体……今更、私が人を騙して罪悪感なんて持つわけがない──持つ事なんて許されない。
「今だって、ほら。そんな、泣きそうな顔をしてるじゃないですか」
私が内心で毒づいているのも知らずに、ステラは知ったような事を口にする。
そんな、ステラの見透かしたような態度は私をますます苛つかせる。
「分かったような事を……。一体、私が何を悲しんでいると言うんだ? 君達を裏切った事か? それとも天使と魔獣を、人の大勢いる場所で発生させた事か? 私がいやいや組織の命令に従っているだけで、本当は罪悪感を覚えているとでも言いたいのか!?」
「違います。きっと、あなたが本当に悲しんでいるのはもっと別の事です。俺も同じだから分かるんです。風歌さんが何を悲しんで、苦しんで、罪悪感を覚えているのか」
「だから……そんな、分かった風な事を! 言うな!」
私は怒鳴りながら、今度こそステラの手を力任せに振り払った。
当然、軽く握っただけだったステラの手はあっけなく私の腕を離れていくのだが──それがなぜだか少し悲しくて、胸が傷んだ。
「だったら……だったら言ってみなよ! 私が何を悲しんでるのか! 何に罪悪感を覚えているのかを!」
私は自分の感じた悲しみを誤魔化すかのように、大声を上げてステラを怒鳴りつけた。
そのせいで、私の呼吸は荒くなり、動悸が止まらない。
「…………っ!」
けど、概念体は酸素が足りなくたって呼吸が苦しくなったりはしないはずだ。
つまりこの苦しさは精神的なものだ。認めたくはないけど、私はステラの言葉に酷く動揺している。
でも、ステラの言葉が、なぜこんなにも私の胸が苦しくさせるのかが分からない。
ステラが言っている事は全部見当違いなはずなのに……まるでステラの蒼い瞳に胸の内を全て見抜かれてしまっているようで、私の心がざわついている……。
「分かりますよ。だって、風歌さんは俺と同じだから」
「同じ? 何が?」
私はステラに苛立った声で返事をしながら、ある予感を感じた。
これから、ステラが私の胸の内を暴く、決定的な一言を告げてしまう。
そんな予感が────
「風歌さんは、
「え……」
なに、それ──私はステラの言葉に心臓を矢で貫かれたような衝撃を受け、恐怖で後ずさった。
私は後ずさりながら、それでもステラの蒼い瞳から目を離す事が出来ない。
このままステラの瞳に吸い込まれ、どこまでも落ちていく──私はそんな感覚に陥り、足元がガクガクと震えた。
気が付け恐怖で手が震えていて、剣をいつの間にか地面に落としてしまっている。
ステラは動揺して震える私を悲しげに見つめ、さらに話を続ける。
「気付いたのは最近なんです。風歌さんはみんなといる時はいつも笑顔で楽しそうにしているけど、ふとした時に少し辛そうな顔をしているって。まるで今生きている事を楽しいと思うのは自分には許されない、罪深い事だと思っているような……。だけど、周りにはその事を気付かせたくなくて無理をしていている──そんな笑顔だと私は感じたんです」
駄目……やめて。それ以上、言われたら私は……。
このままステラに話を続けさせたら、私が私でいられなくなってしまう。
もうこれ以上、ステラの会話を聞くべきではない──そう頭では分かっているのに身体は動かず、口を開く事も耳をふさぐ事も出来ない。
「これは推測ですけど、風歌さんは誰か大事な人を亡くしたんじゃないですか? 家族か、あるいはそれに等しい愛する誰かを。風歌さんの目的はその事が────」
そして、とうとうステラが私の本当の目的について触れようとしたその時、
「おい、シルフィ。いつまでそんな無意味な話を続けるつもりだ?」
誰かがステラの会話を棘のある言葉で遮り、終わらせた。
「……ヴェノム」
この声は私の……同じカラザに所属する仲間。
ヴェノムはホテルで他の魔法少女達の足止めをしていたはずだが、もう戻ってきたのか?
私はステラの言葉の続きを聞かずに済んだ事を、ほっとしたような、あるいは残念なような複雑な気持ちでヴェノムの声がした背後を振り返った。
すると、そこには……
「ステラ。抵抗をやめて大人しくしろ。この二人の命が惜しいのならな」
気絶し、ヴェノムの尻尾に拘束されている優愛ちゃんと凛々花ちゃんの姿があった。
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