第五十話 合流する魔法少女
ヴェノム──それがあの毒の魔法少女の名前だと、私達にアリスは教えてくれた。
アリスが言うには、ヴェノムはFBIでも危険視されている魔法少女だそうだ。
実際、ヴェノムの行方を追った捜査官達が何人も彼女のギフトの『毒』の犠牲になっているらしい。
(まあ本当はアリスに教えられなくても、以前にFBIのデータベースに『情報』のギフトで侵入した事があるからヴェノムの事はもう知っていた。けど、それ言うと逮捕されそうなのでここでは知らないふりをしておく事にする。)
ともかく、ヴェノムはシルフィと同じく、全ての世界卵を手中に収めようと目論む組織・カラザの一員だ。
きっと仲間であるシルフィと合流するに違いない──だから、その彼女を尾行すれば捕らえられた先輩にも辿り着くはずだ。
そう考えた私達は、FBIの女性捜査官クレア・ポールソンさんの運転する車に乗り、アリスの『捜査』のギフトでヴェノムを追跡していた。
車で移動するのはヴェノムの魔力探知に反応しないようにするためで、念の為に走行音や目視による確認でも見つからないように少し距離を取ってクレアさんには走行してもらっている。
「一度行った事のある場所じゃなければ移動できない──なんて制約さえなかったら、バティンの能力ですぐ追いつけるのに……!」
そう言って悔しげに唇を噛む、美月。
美月が焦るのも無理もない。連れ去られた先輩だけじゃなく、シルフィを追いかけた二人──凛々花ちゃんと優愛ちゃんも危険な状態にあるからだ。
シルフィを追いかける二人と、シルフィに合流しようとするヴェノム──このままではいずれニアミスしてしまう。
もしそうなれば終わりだ。危険な毒を使うヴェノムが相手では、いくら二人が強くなったと言っても勝ち目はない。
「おい……これって」
そして追跡中、とうとう恐れていた事態が起こってしまった……。
二人のスマホの反応がヴェノムの反応とある地点で重なり、途絶えてしまった。
そしてアリスが感知している
「そんな……」
────間に合わなかった。
反応が消えたという事は、二人はヴェノムの手にかかってもう──私達の脳裏に、そんな最悪の想像がよぎる。
「……とにかく、今はこのままヴェノムを追いかけるぞ。まだ二人が始末されたと決まったわけじゃない」
アリスが私と美月に何か気休めの言葉をかけてくれているけれど、頭の中に全く入ってこない。
移動する車の中で、私は美月と一緒に二人の無事を祈る事しか出来なかった。
そして、車で追跡を始めて約十分ほどが経った頃。
「着いたわよ、三人とも」
山の中にある道路上でクレアさんは車を止め、目的地に到着した事を流暢な日本語で私達に知らせてくれた。
この道路は、二人のスマホの反応が消えた地点だ……。私とみっちゃんは重い足取りで、先に車を降りたアリスとクレアさんに続いた。
「……あの二人の反応がスマホの反応が消えたのは、本当にこのあたりなのか?」
「はい……。間違いありません。ここです」
私はアリスに応えながら道路に目を向けると、そこには破壊された二つのスマホが放置されていた。
そのスマホはそれぞれ凛々花ちゃんと優愛ちゃんのもの間違いなかった。
「……遅かったか。やっぱり反応が消えた地点で、二人はヴェノムに襲われたみたいだな」
破壊されたスマホを見たアリスは苦々しい顔で舌打ちをした。
「そんな……」
美月は青ざめた顔で言葉を無くしていた。
私もスマホを見た瞬間、頭の中が真っ白になるほどの衝撃を受けていて、何も言えなくなってしまった。
「どうして……」
どうしてこんな──夕方まではみんなで楽しく遊んでいたのに、こんな事に……。
「おい、しっかりしろ巴! 美月! スマホだけがここに放置されてるって事は、あの二人は気絶されて連れて行かれただけでまだ無事かもしれないだろ! それに、もうヴェノムの反応もかなり近い。奴はここから三キロメートル先で移動をやめている。多分、隠れ家か何かがあってシルフィと合流したんだ。それに……なんだ? この魔力──シルフィか? 誰かと戦っている?」
本当だ……アリスの言う通り、シルフィの他にもう一人の魔法少女の魔力を感じる。
うつむいていた私は顔を上げて、この魔力が誰のものかを詳しく探った。
この、
「先輩だ……先輩が! ステラがシルフィと戦っているんですよ、きっと! この魔力、間違いないです!」
「ステラが!? マジかよ!?」
「気絶してたんじゃないの!?」
アリスと美月が驚いて声を上げた。
そう、たしかに先輩は連れ去られた時は気絶していたけど、
先輩の
概念体とはいえ人間の体を完全に模倣しているため、魔法少女と違って生身の肉体と同じように傷つき、時には気絶もする。
けど、その意識だけは本当の体を守るために、魔法少女と同じく
その事を先輩が理解していれば、沙希さんの体に引っ張られて気絶する事なく
きっと先輩は私の予想通り、
「一体、どうやったんだ!? 俺が見た時は完全に気を失ってたぞ!?」
「ええと……」
……だけど、この事を美月とアリスに伝えると、二人に先輩の正体が男だとバレてしまうかもしれない。
なので、どうして先輩が気絶から目を覚ましたかについては上手くはぐらかす事にした。
「え、えっと、先輩は修行で山ごもりとかしてましたから。だから、シルフィが予想していたよりも早く目を覚ましたんじゃないですかね?」
「ふーん……。まあ、そういう事にしておくか。けどステラが気絶してないなら、今度はローズとコスモスの二人が人質にされる可能性があるな」
「……なら、そうなる前にヴェノムに追いついて二人を取り返すだけ」
ふう……アリスはまだどこか私の言葉を疑っているような様子だけど、とりあえずはこの場はしのげたようだ。
先輩には後でこの事を恩着せがましく報告して、お礼に何かをしてもらう事にする。
────うん、きっとそうしよう。
「よし、ここからは変身して一気にヴェノムに追いつくぞ! ほら、いつまでも辛気臭い顔してんなよ、美月!」
「……辛気臭い顔なんてしてないし。それに勝手に仕切らないで」
「ハッ! なんだよ、調子出てきたみたいじゃねえか!」
自分に憎まれ口を叩く美月の様子を見て、満足そうにニヤリと笑うアリス。
あの言い方が彼女のなりの励まし方なようだ。
「クレア、念の為、ヘリと救命士の用意を頼む」
「分かった。ヘリと救命士を用意して近くに待機させておくわ。けど、気をつけてね……あなたにもしもの事があったら、私はあなたのお父様に申し訳が────」
「ああ、分かってるよ! 親父の事はいまはいいだろ!? いつもいつも、親父の事を口に出すのはやめてくれよ!」
クレアさんに父親の話題を出た途端、アリスは不機嫌そうな顔で苛ついた様子で頭をかきはじめた。
きっと、アリスは日頃からクレアさんに父親の事を引き合いに出され、自分の身を案じるように注意されているのだろう。
クレアさんが心配するのも無理もない。なんせ、
「巴、美月。あなた達二人も気をつけてね。……本当は民間人、それも他国の子供にこんな危険な事はさせたくないんだけどね。私も魔法少女として戦えたら……」
「ハハッ! そりゃ、無理だろ。だってもう少女って歳じゃな……いてっ!」
笑いながら失礼な事を言いかけたアリスの後頭部を、クレアさんが即座に平手で殴りつけた。
「~~~っ!!」
結構強めに殴られたのか、アリスは涙目になって頭を抑えて痛がっていた。
アリスは「今のはパワハラだぞ! 暴力反対!」などと文句を言っていたが、クレアさんに睨まれてすぐに黙り込んだ。
……私もうっかりクレアさんの前で年齢の事を話題にしないように気をつけておこう。
「クレアさん、心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫です。かならず先輩達と一緒に無事に帰ってきます!」
「ええ、待ってるわ。でも、本当に無理はしないでね。絶対、無事に帰ってきて」
クレアさんは、私達と「誰かさんに殴られたせいで、もう無事じゃねえっての……」とまだ文句を言っているアリスの無事を願って、そう言ってくれた。
「はい」
「……なるべく気をつける」
「まあ……言われなくても、そうするよ」
私達はそれぞれクレアさんに返事をして、深く頷いた。
────そうだ、私達は絶対に無事に帰るんだ。
捕まった凛々花ちゃんと優愛ちゃん、隣にいる美月、今日会ったばかりのアリス。
そして、シルフィと戦っている先輩──誰一人死なせたりはしない!
私達三人はその決意を
「行こう、みんな! 先輩達を助けに!」
───────────────
「ステラ。抵抗をやめて大人しくしろ。この二人の命が惜しいのならな」
「────ヴェノム!」
気絶した凛々花ちゃんと優愛ちゃんを人質にしながら現れた紫の魔法少女に向かって、シルフィが彼女の名前らしきものを叫んだ。
あのヴェノムと呼ばれた魔法少女──あいつはシルフィと同じカラザの構成員なのだろうか。
それにしても……
《ねえ、ステラ~……あの二人、多分仲間なのになんだか仲が悪いような気がしない?》
たしかに……ヒカリの言う通り、シルフィは仲間であるはずのヴェノムをなぜか憎々しげに睨んでいる。もしかして凛々花ちゃんと優愛ちゃんが人質にされているから? ──と考えるのは、私が風歌さんにそう思っていて欲しいだけなんだろうか……。
「ふん……そんなに大事か? こいつらが」
ヴェノムは私とシルフィを嘲笑うように目を細め、二人を拘束している尻尾の締め付けをさらに強め始めた。
「凛々花ちゃん! 優愛ちゃん!」
なんてことを! 私は急いで二人に駆け寄ろうと、一歩足を前に踏み出す。
だが、それよりも早くヴェノムが尻尾の針を二人に向けた。
「おっと、動くなよ? 動けば、こいつらの命は無い。まずは変身を解いてもらおうか」
くそ! どうする!? ヴェノムの要求通り変身を解いても二人が開放される保証はない。
沙希の身体なら私が生身だと油断してヴェノムが近づいた所を逆に反撃出来たかもしれないけど、あの身体が概念体である事はもうシルフィには知られてしまっている!
「早くしろ。嫌だと言うならまずはこいつから……」
ヴェノムは私に変身解除を促すために、拘束している優愛ちゃんの首を尻尾できつく締め上げ始めた。
「────ぁ……ぐっ」
「優愛ちゃん!」
尻尾に締め上げられたせいで呼吸が上手く出来ないのか、優愛ちゃんが苦しげに喘いでいる──もう悩んでいる場合じゃない!
このままじゃ、優愛ちゃんが殺されてしまう!
私はすぐに変身解除をして、
「言う通りに変身を解いたぞ! 二人を開放しろ!」
私は両手を上げてヴェノムに変身を解いた事をアピールしながら、横目でちらりとシルフィの様子を窺った。
シルフィはそんな私を見つめ返し、何かを言おうと口を開き始めている。
《ああ~! シルフィに沙希の体の秘密を喋られちゃうよ~!》
駄目か……やっぱり、沙希の姿が概念体である事を報告されてしまう……。
諦めかけた私だったが、意外な事に、シルフィは沙希の姿が概念体である事をヴェノムに報告する事なかった。そのまま黙って私の背後に移動し、私の両手を後ろに回して拘束してきた。
《え? なんで~? ど、どういう事~!?》
本当に何故? 一体どういうつもりで……。まさか、凛々花ちゃんと優愛ちゃん助けるのを手伝ってくれるのか?
「ヴェノム、ステラは拘束した。その二人の拘束を解除しろ」
感情を押し殺したような顔で、ヴェノムにそう報告するシルフィ。
その表情からは、彼女の真意は読み取れない。
「ほう? なぜだ? この場で始末してしまえばいいじゃないか」
「それは……」
俯いて言葉に詰まるシルフィを、ヴェノムは楽しげな顔で見つめていた。
彼女の苦悩する姿を見るのが、楽しくて仕方がないとでも言うように。
「大体、なぜステラの拘束が解けているんだ? 気絶させて、薬物も投与したんじゃなかったのか?」
「それは、途中で……その、不手際があって……」
「そうか。なら、そういう事が無いようにしないと──なぁ!」
ヴェノムは言い終えると同時に、尻尾の先端から何か針のようなものを私に向けて射出した。
「────ぐっ!」
突然の事で私は防ぐ間もなかった。
針は私の体に深々と突き刺さり、腹部に鋭い痛みが走らせた。
「あ……ぐ、ああああ!!!」
私の口から悲鳴がこぼれた。そして、激しい痛みと共に腹部から痺れるような感覚が全身へと広がり、私の身体の自由が効かなくなっていく。
《勇輝!》
《これは……まさか、毒か……》
しかもただの毒じゃない……概念体にも効果がある毒だ。
その証拠に、今の私は上手く魔力を生成する事が出来ない。
私は痛みと痺れでその場に立っていられなくなり、地面に倒れ込んでしまった。
「ヴェノム!? まさか、毒を!?」
「死にはしない。毒といってもただの神経毒だ。
「な!?」
「昏睡させ、薬物を投与し、それでも今こうしてステラが起きているという事はその姿が概念体なのだと予想するのは当然だろう? それに何を……と言いたいのはこっちだ。私が気付いたからいいようなものの、なぜこいつの姿が概念体である事を黙っていた? その姿が概念体だという事は、他に生身の姿があるのか?」
「それは……」
やっぱり……シルフィは私の正体をカラザには報告していないようだ。
でも、本当にどうして……風歌さんは私達を裏切ったんじゃないのか?
「この二人の事といい、情でも移ったのか? まさかとは思うがカラザの一員であるお前が、いまさら正義の魔法少女ごっこにでも興じたくなったのか?」
「違う……概念体であっても、私が拘束して見張っていれば問題はない。だから、わざわざこの場で報告する必要が無かっただけだ」
「そうか、ならこの二人を処分しても問題ないな?」
ヴェノムはシルフィの返事を待たずに、針の先端を凛々花ちゃんと優愛ちゃんへと向ける。
そんな…ヴェノムはあの針を、今度は生身の二人に向けて突き刺すつもりだ!
「なっ!? 待っ────」
くそ! 強引に全身に魔力を回せば、無理矢理身体を動かしてヴェノムへと近づく事は出来るけど、それには少しが時間がかかってしまう!
あの針が二人を貫くまでには、とてもじゃないが間に合わない!
「くっ……!」
それでも何とか間に合わせようと、私が全身に魔力を回し始めたその時、
「────っ!? もう追いついたのか!」
ヴェノムは二人に向けていた針を途中で止め、自分の背後を素早く振り返った。
「今度こそ逃がさないぜ! ヴェノム!」
森から姿を現したのは、露天風呂でシルフィと対峙していた白い外套の魔法少女だった。
白い外套の魔法少女は二丁の拳銃を腰のホルスターから取り出し、ヴェノムに向かって弾丸を発射した。
人質を抱えているヴェノムは、白い外套の魔法少女の弾丸から身を護ろうと二人を盾にしている。
「なに!?」
だが、弾丸は空中で軌道を変えて曲がり、人質の二人を避け。
そして、ヴェノムの頭部に軌道を変えた弾丸が見事に命中する。
「くっ!」
ヴェノムが頭部に弾丸を喰らった事で、人質の二人の拘束が少し緩んだ!
戦いの様子を見ていたシルフィの注意も、私から一瞬だけ逸れている──拘束を振り切るなら、今しかない!
「はあああああ!!!」
凛々花ちゃんと優愛ちゃんを救うために、私は強引に溜めていた魔力を開放し、無理矢理ステラへと変身した。
そして、痺れる身体を魔力で動かし、シルフィの拘束を乱暴に振り払った。
「なっ!?」
「馬鹿な!? 動けるはずが……」
動いた私を見てヴェノムとシルフィが動揺し、さらに隙が大きくなった。
私は大きく跳躍してシルフィから距離を取りながら、
身体がまだ痺れているせいで弓を持つ手は震えているが問題ない──これから放つのは魔力を籠めた光の矢だ。
「二人を……離せ!」
私は弓と魔力を振り絞り、ヴェノムに向けて光の矢を放った。
今度は人質を盾にする事なく、飛んでくる光の矢をヴェノムは避けようとする。
だが、光の矢は私の籠めた魔力で軌道を変えた。
「……なにっ!?」
そして、ヴェノムの尻尾に吸い込まれるように、二人の人質を避けて命中した。
「ぐっ……!」
元々緩みかけていたヴェノムの拘束が矢による攻撃でさらに緩み、人質になっていた凛々花ちゃんが地面に倒れ込んだ。
「……バレットのように矢を追尾させたのか!」
舌打ちをしながら、凛々花ちゃんを再び捕らえようとヴェノムは手を伸ばす。
「おっと、そうはいきませんよ」
だが、凛々花ちゃんへと伸びるヴェノムの手を、どこからか飛んできた魔法の電撃が弾き飛ばした。
そして、白い外套の魔法少女に続いて森からクローラが飛び出し、倒れた凛々花ちゃんを庇うようにヴェノムの前に立ちはだかる。
「クローラ!」
「はい! 先輩! 助けに来ましたよ!」
私が名前を呼ぶと、クローラはこちらに向かってぶんぶんと手を振って応えてくれた。
ああ、よかった……私は助けが来てくれた事にほっとして、深い安堵のため息をついた。
「次から次へと……」
一方、ヴェノムはそんな私とは対照的に軽薄な笑みが消え、苛立った顔へと変わっていた。
「シルフィ! 何してる! 早くステラを捕まえろ!」
「え……あ、ああ……」
ヴェノムに怒鳴りつけられ、シルフィが再び私を拘束するためにギフトの『風』を纏ってこちらへと飛んきた。
だが、すぐに目の前に『黒い孔』が出現し、進路を塞がれたシルフィは動きを止めた。
「シルフィ、あなたの相手は私」
「……ノクス!」
黒い孔から姿を現したのは、バティンの魔獣カードを使ったノクスだった。
ノクスは私にちらりと一瞥した後、
「ステラ、あなたは下がっていて。その身体じゃ足手まとい」
そうピシャリと言い放ち、再びシルフィへと向き直るノクス。
《あんな事言ってるけど、多分ステラの体を心配してくれてるんだよ~》
《分かってるよ、ヒカリ》
だって、突き放すような口ぶりだったけど、ノクスは今もちらちらと不安そうな顔で何度も振り返っている。
私の事を心配してくれているのは、誰が見ても明らかだ。まったく……こんな状況なのに、相変わらず素直じゃない。
私はそんなノクスの態度が少しおかしくて、思わず頬を緩めた。
「さあ、シルフィ。大人しくここで私に倒されなさい」
剣を突きつけ、そう宣言をしてきたノクスを、シルフィは感情を押し殺したような無表情な顔で見つめ、同じように
シルフィは……風歌さんはまだ戦うつもりだ!
「シルフィ……いや、風歌さん! もうやめましょう! ヴェノムにも優愛ちゃんを離すように言ってください!」
私はまだ、シルフィが考えを改めてくれる可能性を諦めきれずにいた。
だって、シルフィは凛々花ちゃんと優愛ちゃんがヴェノムに掴まっているのを見た時、彼女は明らかに動揺してヴェノムを睨んでいた。
風歌さんが本当に人を裏切っても何も思わない人なら、二人を人質にしたヴェノムに対してあんなに拒否感を示すはずがない。
だから、きっと……きっと、風歌さんはまだ説得出来るはずだ。私はそう思いたかった。
「風歌さん!」
けれど、風歌さんは私を見て悲しげに笑って何も首を縦には振ってくれなかった。
そんな風歌さんの態度に、「どうして」という気持ちと、「やはり」という気持ちが私の中でせめぎ合う。
だって、風歌さんが私と同じような後悔を抱えているのだとしたら、きっと何があっても止まらないし、止まれない。
彼女を説得する事はもう────
「沙希ちゃん。さっきの話の続きだけど、君の言う通りだよ。私は失ったもののために戦っている。そのためにはもう何があっても止まる事は許されないんだよ」
やっぱり……私の思ったとおりの事を、シルフィは口にした。
今のシルフィは後悔と諦めの混じった目で私を見つめている。
「でも、だからって他の人を傷つけてまで!」
きっと、これ以上の説得は無意味だ。
そう悟りながらも私は諦めきれず、無意味なシルフィへの説得を続けてしまう。
「……分かって貰おうとは思わない。君達と一緒にいて楽しかったのは本当だし、その君達を裏切った事を許してもらおうとも思わない。私は……私の目的の為、願いの為に君達を傷つける。そして、ステラ! 君をカラザへと連れて帰る!」
風歌さんは私にそう宣言すると、宝石のようなものを取り出し、それを地面へと叩きつけた。
地面に叩きつけられた宝石は砕けて弾け飛び、中から
「なっ!? この魔力は……魔獣!?」
驚く私の目の前で、砕けた宝石から漏れた魔力と光が魔獣の姿へと変化していく。
現れた魔獣は、姿形からすると多分『デーモン』の魔獣だ。
「そうか……浜辺の魔獣もシルフィがこうやって……」
あれをシルフィが召喚したのは本人も認めていた事だけれど、こうして実際に目の前で見せられると思っていたよりもショックが大きい。
本当にあのシルフィが──風歌さんが……あんな事を……。
「ステラ! もう戦うしかない!」
ノクスが未だに迷い続けている私を叱りつけ、先に戦闘態勢に入った。
たしかに魔獣まで召喚されてしまった以上、もう戦うしかないのかもしれない。
けど……それでも私の覚悟はまだ決まらない。
「風歌さん!」
やっぱり私は諦めきれず、もう一度だけシルフィの……風歌さんの名前を叫んだ。
けれど、今度はシルフィは何も反応を返してはくれなかった……。
また、あの感情を押し殺したような無表情な顔に戻り、召喚された三メートル程の大きさの魔獣『デーモン』へと飛び乗り、私達を見下ろしている。
もうその目にはもう迷いはない。あるのは私達を倒そうとする意思──敵意だけだった。
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