第五十一話 貫かれる魔法少女

 宝石から召喚された魔獣──デーモンの肩の上からシルフィが、強い敵意と覚悟を持った目で私達を見下ろしている。


 おそらく、彼女は今度こそ何の迷いもなく、私を捕らえるために全力を出してくるに違いない。

 だけど……私はシルフィとは違って、未だに彼女と戦う覚悟が決まらないままだ。

 体の痛みと痺れだけのせいじゃなく、シルフィと戦うため事を考えると立ち上がる気力が湧いてこな

い……。


「シルフィ!!」


 そんな私に構わず、最初に戦いの口火を切ったのはノクスだった。

 ノクスはシルフィの名前を叫びながら二枚の魔獣カードを魔法杖オーヴァム・ロッドに挿入し、『ケルベロス』と『スプリガン』の二体の魔獣を召喚した。


「行け!」


 召喚された二体の魔獣達はノクスの命令を受け、シルフィとデーモンに襲いかかる。


「迎え撃て! デーモン!」


 対するシルフィも、デーモンを迎撃に向かわせる。

 シルフィの命令を受けたデーモンは、迫ってくる二体の魔獣を迎え撃つべく両手を広げて構え、全身から強力な魔力を漂わせている。

 

「グオオオオオォ!!」


 そして、咆哮が周囲に響き渡り、ノクスとシルフィ──それぞれが召喚した三体の魔獣達の地響きを立てながら激突した。


 まず最初に先制攻撃を成功させたのはノクスの召喚した魔獣達だった。

 ケルベロスはデーモンへと火球を放ちながら噛み付き、スプリンガンはその岩石の体で殴り掛かる。

 どちらもノクスがよく召喚している強力な魔獣達だが、デーモンはそんな二体の魔獣の攻撃を身体で受け止め、牙や拳を掴んで押し返している。

 おそらくデーモンは特殊な能力はない代わりに、単純に内包する魔力量が多く強いタイプの魔獣なのだろう。


 一対二の不利な状況にも関わらず、デーモンは押し負けていない。

 

「……それなら、直接叩くまで!」


 魔獣達だけでは勝負がつかないと判断したのか、ノクスは二体の魔獣達にデーモンを押さえつけさせ、シルフィが立っているデーモンの肩へと一気に跳躍した。


「シルフィ!」


 跳躍したノクスは魔法杖オーヴァム・ロッドを黒い大剣へと変化させて、それをシルフィに勢いよう振り下ろした。

 ノクスの強力な魔力が込められたその大剣は、まともに受ければ並の魔法少女ではひとたまりもないはずだが、シルフィはノクスのその強力な一撃を翠緑の剣にギフトの「風」を纏わせて逸し、なんと防いでしまった!


「前と同じように倒せると思うな、ノクス!」

「────っ!」


 攻撃を防がれたノクスは忌々しそうに顔を歪め、舌打ちをしながら再び剣を構え直した。

 そして、またシルフィへと振り下ろし、金属音が周囲に響き渡った。


「くっ……! この!」


 ノクスの黒い大剣とシルフィの翠緑の剣が魔力を火花のように散らして交錯する。

 魔力量でシルフィを大きく上回るノクスは剣にさらに魔力を籠め、一撃で勝負をつけようとしている。

 だがその一撃を、シルフィは『風』を纏わせた翠緑の剣で何度も受け止め、直撃を避けて捌いていく。


《シルフィ……あんなに強かったんだね~……》


 あのノクスの攻撃をいなし続けるノクスを見てヒカリが驚いているが、私も同じ気持ちだった。


《ああ、たしかに強い。さっきよりもずっと……》


 覚悟を決めた今のシルフィの剣戟は、ついさっき私と戦った時よりも速く、鋭い。

 つまりさっきまでのシルフィにはまだやはり迷いがあったという事でもあり、それは同時に今のシルフィには迷いが無いという事でもある。


 だとしたら、やっぱりもう説得は無理なのか……。


「シルフィの奴……何を手間取っている!」


 クローラと白い外套の魔法少女と睨み合いながら、ヴェノムがシルフィに対して毒づいた。

 ノクスとシルフィの戦いはさらに過熱し、二人は何度も剣を交えながら、召喚した互いの魔獣達と共に徐々に森の中へと戦いの場を移していく。


「……まあいい。こちらにはまだ人質が一人いる。おい! お前たち、抵抗はするなよ」


 ヴェノムはここから離れていく二人を見ながら深い溜息をついた後、今度は私達を脅しながら、尻尾の針を優愛ちゃんの首筋へと向け始めた。

 針は今にも優愛ちゃんの細い首を突き刺さし、貫通してしまいそうだ。


「させるかよ!」

「────なっ!?」


 だが、その針が届くよりも前に、白い外套の魔法少女が拳銃から弾丸を一発発射し、ヴェノムの尻尾に命中した。


「バレット……! 貴様、何度も何度も……」


 自分を攻撃してきた白い外套の魔法少女──バレットの名前を憎々しげに呟くヴェノム。

 バレットはそんなヴェノムを見てニヤリと笑うと、二丁の拳銃からさらに弾丸を連射し始めた。

 ヴェノムは怒りで顔を歪ませながら人質の優愛ちゃんを盾にするが、連射された弾丸は私の矢と同じように軌道を変え、人質の優愛ちゃんをだけ避けてヴェノムに命中する。


「こいつも! ステラと同じように攻撃の軌道を! くっ!」


 バレットの銃は魔法少女の銃であるためか、途切れる事なくヴェノムを弾丸の雨にさらし続けていた。

 ヴェノムが受けているダメージはさほどではないようだが、弾丸は優愛ちゃんを傷つけようとする尻尾の針を的確に妨害し、奴を苛つかせて冷静な判断力を奪う事に成功している。


「ええい! 鬱陶しい!」


 弾丸の雨に耐えかねたヴェノムが大きく跳躍し、バレットから距離をとった。

 おそらく、これ以上弾丸で一方的に攻撃されないために、ひとまず森の木々の中に逃げて身を隠すつもりだ。


「あいつ……!」


 ヴェノムは私の予想通り、人質の優愛ちゃんを抱えたまま森の木々に向かって走り出した。

 だが、森の木々の中まで後一歩というその時、ヴェノムの目の前に雷が轟音を立てて落ちた。


「くっ……また邪魔が!」


 雷に行く手を阻まれたヴェノムは、森の木々を睨みつけて呻く。


「────逃しませんよ」


 言うまでもなく、雷の正体は電撃の魔法による一撃によるもので、土煙の向こう──森の木々の前にクローラがヴェノムの前に立ち塞がった。

 

「貴様……!」


 退路を塞がれてしまったヴェノムは苛立ち、蛇のような目でクローラを睨みつけるが、睨まれたクローラは気圧される事なく、魔法杖オーヴァム・ロッドを変化させた光の剣を構え、逆にヴェノムを睨み返した。


「優愛ちゃんを返して!」 


 そして、クローラは土煙を突き破りながら接近し、光の剣でヴェノムへと斬りかかる。


「くっ……! 調子に……乗るな!


 ヴェノムはクローラの光の剣を何とか避けきると、今度は逃げようとしていた森の木々から遠ざかり、こちらを振り返った。

 そしてその振り返り際──ヴェノムは尻尾の針から数本の針をクローラに向けて発射した。

 不意を付かれたクローラは動けず、針を交わす事も防ぐ事も出来ずにいる。


「サポートは任せろ! クローラ!」


 だが、針がクローラに命中する直前、バレットの弾丸が飛んでいき、針を弾き飛ばした。

 針は弾丸によって全て叩き落とされ、クローラには一本も届く事はなかった。


「ありがとうございます! バレット!」


 バレットにお礼を言ったクローラは、そのままヴェノムに向かって接近していく。

 針による攻撃をした直後のヴェノムには、クローラの接近を防ぐ術はない。

 しかも、ヴェノムはいまこの間もバレットの弾丸に妨害され続けていて、今度はクローラの攻撃を防げない。


「くっ……この!」


 ヴェノムはこめかみに青筋を立てながら、右手に出現させた魔法杖オーヴァム・ロッドを大鎌へと変化させ、クローラの剣を受け止めた。


「……また邪魔を!」


 クローラの剣を大鎌で受け止めている間も、バレットの弾丸は容赦なくヴェノムに命中し続けている。

 ヴェノムは飛んでくる弾丸を死に尻尾で防ぎながら、二人の攻撃を防ぎながら反撃の機会を窺っているようだが、絶え間なく続く二人の攻撃には隙が全く無い。


「貴様ら……!」


 もはや、ヴェノムは逃げることもまともに戦う事も出来ず、怒りでこみかめをピクピクと震わせるしかなかった。

 このままなら遠からずヴェノムは二人の連携を防ぎきれず、倒されるに違いない。

 だけど……


「私も……戦わないと!」


 覚悟が決まらないからと言って、みんなに戦いを任せて愚図っている場合じゃない!

 シルフィとは戦えなくても、ノクスかクローラ達のどちらに加勢してヴェノムから優愛ちゃんを助け出さないと!


「……っ!」


 だが、気持ちに反して私は未だ神経毒に侵されたままで、体の自由が全く効かない。

 概念体の自己治癒力に大量の魔力を回しても、ようやく何とか動ける程度にしかまだ回復していない。

 しかも、大量の魔力を身体の回復に使っているせいで、魔獣を召喚する余裕もない。


《ステラ! 無茶しちゃ駄目だよ~……。まだヴェノムの毒が抜けてないんでしょ? その身体で戦うのは無茶だよ~……》


 たしかにヒカリの言う通り、今の私の身体では戦闘には耐えられないかもしれない……。

 くそ! これじゃあ、戦いに加わっても加勢するどころか足手まといにしかならない!

 みんなが優愛ちゃんを助けようと頑張っている時に私は──今も、、いつも肝心な時に動けない自分に腹が立つ。


《今は凛々花ちゃんを連れて、ここから離れよう? ね?》


 ……たしかにヒカリの言う通り、今の私の体では戦いに加わるの不可能だ。

 気合や根性ではどうにもならないし、凛々花ちゃんを連れてここから離れるほうが皆の役には立つはずだ。


《分かった……凛々花ちゃんを連れてここから逃げるよ……》


 幸い、クローラとバレットは私と気絶している凛々花ちゃんを戦いに巻き込まないように、さりげなくヴェノムを攻撃で誘導して距離を取ってくれている。

 シルフィもノクスと一緒に森の奥深くへと移動しているし、これなら凛々花ちゃんを連れてここから逃げるのは容易いはずだ。

 

 そう考えた私はクローラ達の戦いから一旦目を離し、凛々花ちゃんが倒れている方向に視線を向けた。


「凛々花ちゃん……?」


 だが、視線を向けた先に凛々花ちゃんの姿はなかった。

 いつの間にか──凛々花ちゃんの姿が忽然と消えていた。


「凛々花ちゃん? 凛々花ちゃん!」


 私は凛々花ちゃんの名前を叫びながら辺りをキョロキョロと見渡した。

 だけど、どこにも彼女の姿が見当たらない!


《ええ~!? 凛々花ちゃん、いなくなっちゃったの~!? 一体、どこに!?》

《そんなの……こっちが聞きたいよ!》


 いくら周りが乱戦の様相を呈していたとはいえ、私が目を離したのはほんの一瞬だったのに!


 私はもう一度、凛々花ちゃんが倒れていたはずの場所に目を向ける……だけど、やっぱりそこには誰の姿もなく、────


《え!? この薔薇の花びらって……たしかローズのギフトの……》

「まさか……!?」


 まさか……気絶していたはずの凛々花ちゃんが、いつの間にか目を覚ましていたのか!?

 その私の予想を裏付けるように、激しい戦いを繰り広げているクローラ達とヴェノムの三人の周囲にも、赤い花弁が舞い散り始めていた。


「あ……? なんだ?」

「薔薇の花弁? これって、まさか!?」


 周囲に舞い散る赤い薔薇の花弁を見て、バレットは訝しんで首をかしげ、クローラは何かに気づいたように目を見開いて驚いている。


「これは……」


 ヴェノムもまた薔薇の花弁を見て警戒している。

 そこに、


「────優愛を返してよ! この蛇女!」

「ローズ!?」


 上空から赤い薔薇の花弁と共に、魔法少女に変身した凛々花ちゃん──ローズがヴェノムの背後に降り立った。


「ふん……ローズか」


 ヴェノムはローズの名前を吐き捨てるように呟くと、地面に落ちた赤い薔薇の花弁を踏みにじり、彼女を侮蔑するかのように鼻を鳴らした。


 しかし、その視線はローズが現れた場所とは正反対の方角へと顔を向けらている。

 おそらく、今のヴェノムは『幻惑』のギフトの効果に囚われていて、ローズがどこにいるのかわからなくなっているのだろう。

 だが、幻惑に囚われているにも関わらず、ヴェノムは全く焦る様子を見せていない。

 目を瞑ったまま優愛ちゃんを左脇に抱え、悠然とした態度でローズの攻撃を待ち変えている。


 あの余裕──なにか罠があるのかもしれない。迂闊な攻撃は危険だ!

 けれど、当のローズは警戒を全くすることなく、剣に変化させた魔法杖オーヴァム・ロッドでうとヴェノムを背後から攻撃しようとしている!


「いけない! ローズ! 罠だ!」


 私は慌てて忠告を口にしたが、ローズは優愛ちゃんを人質に取られた事で完全に頭に血が上っていて周りの声が全く耳に届いていない。


「もらった!」


 そして、ローズは無警戒なまま背後からヴェノムのへと剣を振り下ろしてしまった!

 勝利を確信して、僅かに微笑むローズ。だが……


「馬鹿が……」


ローズの剣がヴェノムに触れようしたその刹那──ヴェノムは心底呆れ返ったようにそう呟き、口から煙のようなものを地面に向かって吐き出し始めた。

 煙は地面から跳ね返り、ヴェノムと人質の優愛ちゃんの周囲を取り囲むように拡散していく。


「な!? うわっ!?」


 当然、攻撃しようと近くまで接近していたローズは避ける事が出来なかった。ローズはあっという間に取り込まれてしまい、煙は三人の姿を完全に覆い隠しながら、徐々に広がっていく。


「くっ! ローズ!」


 煙に取り込まれたローズを見て、慌てて中に飛び込もうと走り出すクローラ。


「なっ!? おい、待て!」


 だが、バレットはなぜかそれ以上に慌てた様子で、飛び込もうとするクローラの腕を掴んで止めた。


「落ち着け! あの煙は毒ガスなんだろ!? 近寄るのは危険だ!」

「でも!」


 毒ガス──そうか……それでローズはあんなに慌てているのか。

 あの煙が毒ガスだというのなら、中にいるローズと優愛ちゃんは……!


「ローズ!」


私は煙の外からローズの名前を叫んでみたが、返事はない。

 くそ……充満した毒ガスの煙のせいで、二人の姿がよく見えない!

 だけど、きっとローズは毒ガスを吸い込んだせいで概念体にダメージが持続的に発生し、私と同じように身動きが取れなくなっているはずだ!


「くっ……体さえ動けば……!」


 身体の自由が効かない今の私には、こんな風に煙の外から悠長に状況分析をするしか出来ない……。

 さっきみたいに声を張り上げるのが限界だ……。けれど、もし身体が万全であっても、あの煙の中に踏み入る事は出来ないかもしれない

 無策のまま近寄れば私も毒ガスを吸い込んで身動きが取れなくなり、ローズの二の舞いになってしまうだけからだ。


「……どうすれば!」


 バレットに引き止められたクローラは、今度は『情報』のギフトで煙を分析して中に入る方法を模索し始めた。

 だけど、果たしてローズが無事な間に間に合うかどうか……。


「だったら、外から!」


 そう言いつつ、二丁の拳銃を毒ガスの煙に向けるバレット。

 どうやら、毒ガスを吸い込む心配のない外から狙撃しようとしているみたいだけれど……


「くそ……!」


 毒ガスの煙で中の様子が見えないせいで、バレットはヴェノムに狙いをつける事が出来ていない。

 バレットは苛立って地面を蹴り飛ばしながら、ひとまず二丁の拳銃を下ろした。

 中の様子がわからないまま弾丸を放っても、ローズや人質にされている優愛ちゃんに当たるかもしれないからだ。


《ど、どうしよう〜! このままじゃローズが!》


 分かってる……けど、毒ガスの煙の中に踏み入る事も、外から攻撃する事も出来ないんじゃもうどうしようもない。完全に八方塞がりだ。このままじゃ、せっかく助け出したローズがまた人質に取られてしまう!

 

 いや、それどころ────


「────っ!」


 突然、私の背筋に冷たいものが走った。 

 今のは……おそらくヴェノムの魔力と殺気だ!

  

「やっぱり……!」


 この殺気──ヴェノムはローズを人質にするつもりなんてない!

 ヴェノムは人質は優愛ちゃん一人で充分だと判断して、ローズを始末するつもりだ!

 悪い予感が的中してしまった! もう、一刻の猶予もない!


「ローズ!」


 クローラとバレット、二人がローズの名前を叫んでいる。 

 やっぱり、まだ『情報』のギフトでもあの煙をどうにかする方法は見つかっていないようで、二人は煙の外から悔しそうな顔している。


 もう誰かが毒ガスを吸い込む危険を冒してでも中に飛び込むしか、ローズを助ける方法はない……!

 

 誰かが────

 

《ステラ!? まさか……駄目だよ!!》


 ああ……いつものように、ヒカリは私が何をするつもりなのかをすぐに察してしまったようだ。

 普段ののんびりとした口調ではなく、強い口調で私を止めようとしてくれている。


「ごめん……」


 私は一言だけヒカリに謝って、意識を集中させてありったけの魔力を全身に回す。


 集中した私の時間の感覚は引き伸ばされていき、一秒一秒がとても長く感じられる。

 説得を続けているヒカリの声も、クローラ達の焦っている様子も、ヴェノムの殺気も、私の全身の痺れと痛みも、全てが遠くへとほんの一瞬だけ離れていく。


 ────そう、ほんの一瞬。いまこの瞬間と同じように、ほんの一瞬だけでいい。

 毒ガスの影響を最小限にするために、魔力で加速して一瞬でローズの元まで駆けつけ、そして煙の中から引っ張り出すんだ。


 私は自分が一条の光の矢となる姿をイメージし、全身に魔力をさらに回す。

 自己治癒力に割いていた魔力すらも──当然、そんな事をすれば抵抗が無くなった神経毒は勢いを増す事になる。


「────ぐうううぅ!!」

《ステラ!》


 神経毒が勢いを増し、私の全身へと駆け巡っていた痺れは激しい痛みへと変わっていく。

 全身に駆け巡る激痛で、意識が飛びそうになって、集中して引き伸ばされていた時間が元に戻ってしまった。

 だが、まだ倒れるわけにはいかない……ローズが殺されそうなのに、そんな事で立ち止まるわけにいかない。


 私はもう……誰も目の前で死なせたりしない!


「ああ……あああああぁぁ!!!」


 煙の中からローズの悲鳴が、私の時間を元に戻した。

 おそらくヴェノムの針が、ローズを貫こうと迫っているのだろう。

 だけど、こちらもギリギリの所で魔力を溜めるのが間に合った!


「いま……行くぞ! ローズ!」


 私は溜めていた魔力を開放して全身を魔力の光で包み込み、自身を一条の光の矢のように解き放った。


「先輩!?」

「ステラ!?」


 毒ガスの煙の中へと突っ込んでいく私を見て、クローラとバレットの二人が驚きの声を上げている。

 けれど一条の光の矢と化した私は、そんな二人の声すらも一瞬で置き去りにしていく。


「…………っ!」


 その一瞬、私を見て今にも泣き出しそうな顔をしているクローラと目が合った……ような気がした。


『先輩は本当は一人で戦って、みんなを守って死にたいんでしょう!? 』


 ────そして、なぜかあの雨の日に巴に言われた事が頭をよぎる。

 ああ……きっと、後でクローラに──巴にまた怒られるんだろうな……私が生き残ったらの話だけど……。


「先輩! 先輩!!」


 巴がの本名を叫んでしまっているのも聞こえたが……きっと、それだけ必死に私の事を心配してくれているのだろう。 

 ほんの少し……巴に申し訳ないなと私は思ったが、これ以外にローズを救う手立てはない!


 私は巴に対して罪悪感を覚えつつ、煙の中へと一直線に飛び込んだ。




「────う、ぐっ……あぁ!」

《ステラ!》


 そして、事前に予想した通り──いや、それ以上の速度で、煙の中へと飛び込んだ私の全身を毒ガスが蝕んでいく。

 もう後戻りはできない──毒のダメージで動けなくなるよりも早くローズを助け出し、ここから抜け出すしかない!


 私は煙の中を突き進み────


「死ね────」


 ヴェノムがローズにトドメを刺そうとしている、その寸前になんとか間に合った!

 怯えて泣いているローズに、ヴェノムが私を刺した針を向けている。

 針は今にもローズを貫いてしまいそうだ。


「させ、るかああああぁぁ!!!」

「なにっ!?」


 突然、叫びながら飛び込んできた私を見て、ヴェノムは驚いて目を見開いた。

 だが、ヴェノムの尻尾の針、それ自体はまだ止まっていない──毒を滴らせながら迫るヴェノムの針は、ローズを今にも串刺しにしてしまいそうだ!


 ────頼む! 間に合ってくれ!


「ステラ、貴様──何を!?」

「く、あああああ!!」



 私は無我夢中でヴェノムの針の前へと飛び出し、ローズを守るために覆いかぶさった。

 ヴェノムの針は、そのまま止まる事なく進んでいき────……





「ステラ……さん?」




 私の体を再び貫いて、傷口から全身に致死量に至る猛毒を流し込んでしまった。

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