第四十二話 親しくなる魔法少女
「ノクス! ようやく来たわね! 遅いのよ!」
戦いに合流した私を最初に迎えたのはローズだった。
ローズは憎まれ口を叩きながらも、少し嬉しそうな顔をしている。
「ふん、私がいないとそんなに苦しかったの?」
お返しに、私も憎まれ口を返してやった。
きっと、私の顔も少し笑顔になっていると思う。
「……そういうところが可愛くないって言ってんのよ!」
私とローズはお互いに憎まれ口を叩きながらも、本気では怒っていなかった。
その証拠に私達は連携し、触手を剣で次々に斬り落としていく。
「来たかノクス! よし、一気に決めよう!」
合流した私とローズの連携を見たステラが、温存していたであろう魔力で五枚の魔獣カードを解放した。
五枚……相変わらず成長が早い。ステラがいつの間にか一度に五体もの魔獣を使役出来るようになっていた事に、私は少なからず驚いた。
「行け! 魔獣達!」
ステラの命令を受けて、彼女がよく使役しているヘル・ハウンド、ジャック・フロスト、ハーピィ、それに新顔のウンディーネ、ケルピーがクラーケンに襲いかかっていく。
「オオオォォ……!」
クラーケンは驚いて混乱したのか、触手の大部分をステラの召喚した魔獣達へと向かって放った。
そのせいでもう自分を守る触手も、海水浴客達に向ける分の触手もクラーケンには残っていない──隙だらけだ。
「よーし今なら! 行くよコスモス!」
「うん! シルフィさん! お願いします!」
「オッケー!」
その隙を見逃さず、ローズ、コスモス、シルフィの三人がギフトの連携をし始めた。
天使との戦いでも見せた『幻惑』の花弁を『風』で吹き付けるあの連携攻撃を三人は繰り出し、無防備なクラーケンへと放つ。
「それそれー!」
「オオオオォォォ!」
三人の『風』と『幻惑』の花弁に捕らわれたクラーケンは私達の姿を見失い、ステラの魔獣に囲まれた時よりもさらに混乱し、触手をあらぬ方向へと振り回し始めた。
そのせいで隙はさらに大きくなり、クラーケンは接近するクローラにも気付けない。
「ビリビリに痺れてもらいますよー。それ!」
無防備なクラーケンに、接近したクローラが電撃の魔法を放った。
触手をそこら中に振り回していたせいで、クラーケンは電撃を避ける事も防ぐ事も出来なかった。
「────オオオォ!!!」
電撃をまともにくらったクラーケンは悲鳴を上げて、のたうちまわった。
そして、痺れてフラフラの体のまま海中へと潜っていく。
一旦、海中深く潜って逃げるつもりだ。
「逃がさない!」
私は深く息を吸い込み────逃げるクラーケンを追撃するために、
「────っ!」
────大丈夫、怖くない、怖くない! 怖くない!
私はそう自分に言い聞かせながら海中を潜り、大海蛇の魔獣『シーサーペント』の魔獣カードを解放した。
《行け!》
私が心の中で下した命令を受けて、シーサーペントはクラーケンをもの凄い速さで追いかけ始めた。
そして、痺れた体でのろのろと逃げるクラーケンにすぐに追いつき、その長い胴体で雁字搦めに締め上げた。
「グオォ……オォ……」
クラーケンはシーサーペントの長い胴体から逃れようともがくが、ガチガチに締め上げられていてもう身動き一つ取れない。
《ノクス! いまだ!》
私はバロンの言葉に頷き、拘束されて完全に弱り切ったクラーケンに接近した。
そして、私は全力の魔力を籠めた剣をクラーケンに叩きつけ、完全にトドメを刺した。
「オオォ……ォ……」
やった……!
トドメを刺されたクラーケンがぐったりと海中に体を浮かべ、体から光の粒子撒き散らしながら消滅していく。
《ノクス。早く封印を!》
《分かってる!》
消滅してしまったら、せっかく倒したのに封印出来ない。
私は少し慌てながら、
だが、その時────
「────オ、オオオオオォ!」
「……っ!?」
《ノクス!?》
消滅寸前だったはずのクラーケンが突然息を吹き返し、触手を振り回して暴れ始めた。
接近していた私は取り出した
「んんっ! ん~!!!」
どこにそんな力が残っていたのか、触手はガッチリと私を拘束していて外れそうもない。
まさか、こいつ……最後の力を振り絞って、私を道連れにするつもり!?
「……っ! んんっ!!」
────やだ……やだ、やだ! やだ! 嫌だ!
私は必死に触手から逃れようとするけど、テンパってしまっているせいでうまく魔力を生成できない。
もがけばもがくほど触手が体に絡まっていき、息が乱れて体内の酸素がどんどん失われて行く。
ああ、苦しい……呼吸が出来ない……誰か……。
《しっかりして、ノクス! 君は今、変身しているんだ! だから────》
バロンが何かを言っている。
けど、バロンの声も、海上の陽の光も、私の意識も、全てがゆっくりと遠ざかっていく……。
きっと酸欠で意識を失いつつあるのだろう。
このまま不安も恐怖も、なにかもがゆっくりと闇の中に溶けていくのだろうか……。
ああ、私は……
《────ノクス!》
意識が完全に途切れる寸前、突然どこからか私の名前を呼ぶ透き通るような綺麗な声が聞こえてきた。
そして一筋の光が闇の中に差し込み、海中の闇を晴らしていく……。
ああ、この……人を安心させるような優しい声は……。
《もう大丈夫!》
差し込んだ光は私の予想通り、身体能力を強化する魔法使ったステラのものだった。
ステラは海中の中を身体強化の魔法で一瞬で移動し、私の元へと駆けつけてくれたのだ。
《ノクスから離れろ!》
駆けつけたステラは
そして、消滅寸前のクラーケンに向かって
「オオォ……」
ステラに
もう海中には、あの忌まわしい姿はどこにもない。
《もう大丈夫》
そう言うとステラは微笑み、私の手を引いて海上へと浮上してくれた。
一度は遠ざかって消えかけていた陽の光が、みるみる近づいていく。
「……ぷはぁっ! はぁ……はぁ……」
海中から顔出した私は激しく咳き込み、そして深く息を吸い込んだ。
もう二度と見れないかも────そう一度は思っていた陽の光が目に染みた。
「うぅ……」
「ノクス? 大丈夫?」
「だい……じょうぶ……」
また、涙がこぼれてきた。
私は泣いている姿をステラ達に見られたくなくて、海水を手で顔にかけて誤魔化したが、果たして誤魔化しきれただろうか?
いや、多分バレてる……ああ、もう恥ずかしい……。
また泣いてしまった事もそうだけど、溺れるかもと勘違いして気を失いそうになった事が何より恥ずかしい。
魔獣結界の中ならともかく、概念体の魔法少女が現実の世界の海で溺れるはずがないのに。
海で溺れる──という意識に引っ張られて、本当に気を失う所だった。
「あ! 黒い魔法少女も出てきた! きっと、あの怪物を倒したんだ!」
ステラの肩を借りながら浜辺に上がると、そこには避難していた駐車場から戻ってきた海水浴客達で溢れていた。
「早すぎてよく分からなかったけど、なんだかすごい連携だったよね、今の」
「おーい! ありがとー! 助かったよー!」
魔獣を倒した私達六人の魔法少女に、人々から大きな拍手と歓声が湧き上がる。
砂浜は滅茶苦茶になっているけど、駐車場に避難していた海水浴客達は全員無事だ。
────散々私が足を引っ張ってしまったけれど、どうにかみんなを守り切る事が出来たみたいだ。
「まあ、よくやったんじゃない? カナヅチのアンタにしては……」
ローズが照れ臭そうに頬をかきながら、そんな生意気な事を私に言ってきた。
まったく……私も人の事を言えないけど、ほんと素直じゃない。
私もさっきのように憎まれ口を返してやってもいいけど……やめた。
今だけは素直になろう。
「その、ローズ……」
「……何よ?」
「ありがとう……」
「はぁ!?」
天使を倒したあの時と違って、今日の私は素直にお礼の言葉が口にする事が出来た。
一方、ローズは私が素直にお礼を言うとは全く思っていなかったのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
……失礼な。だけど、いま怒ったらまた喧嘩になってしまう。
ここはこみ上げた怒りをぐっとこらえて、私が大人になるべきだ。
「な、なんでアタシにお礼を言うのよ! アンタを助けたステラさんにお礼を言いなさいよ!」
「うん……。ステラも、それに他のみんなも本当にありがとう……」
「ノクス……」
私はローズに頷いて、今度はステラや他の皆にも向けてお礼を言った。
本当に心の底から私はみんなに感謝していた。
その気持ちは、頭を下げる私を見て微笑んでいるみんなにも多分伝わっていると思う。
「……アンタ、なんか酸欠で頭がどうかしちゃったんじゃないの? そんなに素直にお礼を言うなんて……」
……気味が悪そうに私を見ているローズ以外には。
本当に心の底から心配して言って感じなのが、余計にムカつく!
「……やっぱり、あなたにはお礼なんて言うんじゃなかった。やっぱり私もあなたの事が嫌い」
「なによそれ! 泣き喚いてたアンタを私が励ましてやったのが誰か忘れたの!? もっと感謝しなさいよ!」
「な、泣き喚いてなんかない! そもそも私が魔獣にトドメを刺したんだから、あなたこそ私を敬いなさい!」
「はぁ!? ほんっと偉そうよね、アンタ! 大体、アンタはいつもいつも────」
ああ、もう! 結局、喧嘩になってしまった……。
前はローズに何を言われてもどうとも思わなかったのに、今はなぜか無性に腹が立ってしょうがない。
そのせいで、サボり気味の学校では見せたことのない本心をローズにぶちまけてしまっていたのだが、この時の私はその事に気付く余裕がなかった。
怒りとはいえ、自分の本心をぶつけるあえる存在をどう呼ぶのか……その事にも。
「みっちゃんがルクスの事以外で、あんなに感情をむき出しにするなんて……」
「やれやれ……喧嘩するほど仲が良い、てことなのかな? あれは」
「さあ……。でも、今日のバスの中みたいに黙ったままギスギスしてるよりはいいんじゃないですか?」
「いいねー、青春だねー!」
ステラ達が生暖かい目で見ているのにも気づかないほど、私とローズの言い争いはヒートアップしいって、一向に終わる気配がない。
「あ、あの……。そろそろ二人を止めたほうがいいんじゃ……いつまでも終わりそうにないんですけど……」
ただ一人、コスモスだけはオロオロとしながら私達の言い争いを止めようしていた。
けれど結局、私とローズは変身を解いた後もたっぷり三十分ほど言い争いを続けてしまうのだった───
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