第四十三話 入浴する魔法少女

「よーし! 気を取り直して、海を満喫するぞー!」

「おおー!」


 浜辺で魔獣・クラーケン倒した後──風歌さんの宣言通り、私達は思い切り海を満喫した。

 海で泳ぐのはもちろん、ビーチバレーにスイカ割り、砂で大きな城を作ったりもした。


「美月……アンタ凝リすぎじゃない?」

「黙って。気が散る」


 城造りは美月が一番張り切っていて、超精密なノイシュヴァンシュタイン城を作り上げていた。

 トラウマを克服したとはいえ、泳ぐのはまだまだ得意じゃないからだろうか。

 美月は海には目もくれずに、城の細部のディティールにこだわっていて、その姿は鬼気迫る勢いだった。


「はいはい、じゃあアタシは向こうに行って……あ!」

「あああぁぁ!!! 城が!! 凛々花!!」


 その城の一部を凛々花ちゃんがうっかり壊してしまい、その事が原因で二人がまた言い争いを始めるのをみんなで呆れながら見守ったのも、振り返ると楽しい思い出だった。

 他にも海の家で焼きそばやかき氷を食べ、浜辺で海をバックに記念写真も撮った。


 とても……とても楽しかった。


 こんなに楽しいのは何年ぶりだろう。

 からずっと、私は心の底から笑った事なんてなかった気がする。

 共に死線を潜り抜け、何度も戦った仲間と一緒だからなのだろうか?

 別に学校で友達といる時に嘘をついているわけではないけれど、いつも以上に一緒にいて心の底から楽しいと感じる。


 ……だけど私は、そんな仲間達に嘘をついている。

 私の正体を知っている巴に対してもそうだ。

 あるいは自分自身に対してさえ────


《だから、みんなに話すの? 沙希が本当は男の子だって……》

《ああ、もうこれ以上みんなに嘘をつきたくない。その結果、失望される事になっても……。巴にも母さんの事をちゃんと話すよ》

《そっか〜……。まあ、どんな結果になってもヒカリだけは一緒にいてあげるよ〜》

《ありがとう、ヒカリ……》


 もうみんなには嘘をつきたくない──私は今日、みんなに自分の正体を打ち明ける決心をした。

 私の正体と……もう一つ。今日の戦いで疑惑が確信に変りつつある、あの事も────



 ────全てを打ち明ける覚悟を決めた私はまず、みんなに話をする機会を伺うことにした。


「いやー遊んだ遊んだ! もう遊びすぎてお腹ペコペコだよー」

「あ、風歌さん。それならこの近くに評判の焼肉店があるみたいですよ。そこに行きませんか?」

「優愛、アンタほんと焼肉好きよねー。見た目は草食系のくせに」

「べ、別に好きとかじゃ……」


 海で存分に遊び終えた私達は今、私服に着替えてホテルの近くの町の中を歩いている。

 ……みんなはこれから何を食べるかの話題で盛り上がっていて、とても楽しそうだ。


《まだ打ち明けないの〜?》

《これから夕食だし、食べ終わってから話したほうがいい気がする……》


 よし、食事中か食後に打ち明ける事にしよう。

 結局、夕食は優愛の意見が通って焼肉店に行く事になった。


「風歌さん! ここの焼肉、めっちゃ美味いですよ!」

「でしょー? あ、これ焼けてるよー沙希ちゃん」

「あ、はい」

「ていうか女子が六人も集まって夜に焼肉って……」


 美月が自分の肉を焼いて育てながら、呆れ気味に呟いた。

 普通の女子が夕食を外でみんなで食べる時に、一体どんな店に入るのか知らないが、たしかに焼き肉はなんとなく違う気もする。

 まあ、私は本当は食べ盛りの男子だから焼き肉は大歓迎なわけだが。


「優愛ちゃん、結構大食いなんだね……」

「えぇ!? そ、そんなに食べてないよぉ……巴ちゃんが少食なんだよ。で、ですよね! 沙希さん!」

「え、ああ、うん……」


 一応は頷いては見たものの、たしかに優愛ちゃんが食べている肉の量はかなり多い。

 ご飯まで注文してるのに……あの細い体のどこに、あんなに大量の肉が入るのだろう?

 不思議で仕方がない。


「ええー? 絶対、そんな事ないよ! だって先輩、優愛ちゃんもうご飯三杯目ですよ!? 肉だってこんなに育てて……やっぱり食べた分は胸にいくの? 優愛ちゃん?」

「ちょ、つんつんしないでよぉ……巴ちゃん……」


 しかし、この空気……なんというか……。

 

《……で、いつ言うつもりなのかな~? むっつりさん》

《な!? なんだよ、むっつりって!》


 たしかにぼうっとしていたけど、それは断じて巴に胸をつつかれている優愛ちゃんを凝視していたからじゃない!

 落ち着いたら言おうと思っていたのに、どんどん言い辛い空気になっている事が気になっていただけだ!

 大体、焼肉店だと他の人も大勢いるし、どうやっても真面目な話をする空気にはならない。

《……やっぱり駄目だ。ここで打ち明けるのは無理だ》

《ええ〜!? またなの〜? ……ほんとに打ち明ける気あるの〜?》

《あ、あるよ! 絶対、打ち明けるから! ……ホテルに帰った後に話すから》


 私はヒカリにそんな言い訳をしながら、育てた自分の焼き肉を食べた。

 うん、よく焼けていて美味しい。


《────で、帰ってきたけど……まだ打ち明けないの〜?》

《いや、その……》


 時刻はもう夜十九時。

 夕食を終えた私達は、宿泊しているホテルり、ロビーのソファーに座って夕陽で赤く染まった海を見ながら談笑をしていた。

 さすがに、そろそろ打ち明けなくてはと思うのだが……


「いやー……今日はたくさん遊んだねー」

「楽しかったですね! 途中、魔獣が出た時はどうなることかと思いましたけど」

「ほんとよ……美月まで捕まるわ、観光客はなかなか逃げないわで苦戦したし」

「苦戦させて悪かったわね……」

「まあまあ、美月ちゃん。あんな事言ってるけど、凛々花ちゃんは捕まった美月ちゃんの事をすごく心配してたんだよ?」

「ちょっと!? 優愛! アンタ何余計な事言ってるの!?」


 みんなの楽しそうな会話を聞いていると、その決心がまた鈍っていく。


《……もうさぁ~。今日、言うのはやめたら〜?》

《い、いや! 今日言わなかったら、またズルズルと打ち明けるのを先伸ばしにしてしまう!》

《けどさ~……》

《それには……あれだけは今日言わないとまずい》

《……勇輝にとってはそっちの方が言い辛いんじゃないの? そっちは一度、巴ちゃんと相談したら?》

《うん……私の勘違いかもしれないしね。でも、とにかく私の正体に関しては今日言うよ! 絶対に言う!》

《はいはい、頑張ってね~》


 というわけで早速、私は本日二回目の覚悟を決め、自分の正体を打ち明けるために口を開いた。

 だが……


「あ、あのぉ……」

《ちっさ!? 声小さいよ〜! そんな囁くような声じゃ駄目だよ〜!》

「うぅ……」


 口を出た声はとても小さく、誰の耳にも入らなかった。

 ヒカリにあんな風に啖呵をきっておいてこれは情けなさすぎる……。


「そういえば温泉楽しみですね、風歌さん」

「ここの温泉凄いよー、血行がよくなって肩凝りとか治るらしいし、美肌効果もあっておまえけに露天風呂はとって大きいらしいよー」

「美肌効果! いいですね! アタシ、めっちゃ楽しみです! 温泉!」


 凛々花ちゃんと優愛ちゃんが、風歌さんから温泉の話を聞いて盛り上がっている。

 そうか温泉か……


 ────温泉。


 あ、まずい。このままじゃ、みんなで入る流れに……


《────いや、ならないからね。熱中症気味だ~とか、体調が悪いから~とか言って断るんだよ~?》


 私の邪な考えをまた読み取ったのか、ヒカリが即座に釘を刺してきた。


《どうしても温泉に入りたいなら時間ズラして、少し休んだら治ったとか言って一人で入って下さいよ、先輩。不可抗力で仕方なく、とか言い訳しないでくださいよ》


 巴まで一緒になって、棘のある言い方でそんな事を言ってくる。

 まだ何も言っていないのに。なんで、みんな私の心を読むんだろう……。


《先輩は顔に出てるんですよ。ポーカーとかしたら絶対、弱いタイプですね》

《何を想像したのかはしらないけど、沙希の身体で顔を赤くしながら鼻息荒くすのはやめてよね~》

《し、してないよ!》

《まあ、それはともかく。……先輩。ヒカリちゃんやルクスとの件とは別に、少し真面目な話があります》


 巴の声のトーン低くなる。

 少し真面目な話とは多分、私が巴に相談しようと思っていた事と同じ話なはずだ。

 

《ああ、分かった。……部屋で話そう》


 私と巴は予想通り温泉に行く事になった他の皆と別れ、二人で相談をするために自室へと移動した。




 ────そして、それからしばらくして……。




「あー……気持ちいいねー。沙希ちゃん、どう? ここの露天風呂はさー」

「アッハイ……とっても素晴らしいデス。ハイ」


 私はホテルの温泉に入っていた。

 に。それも……。


《勇輝の変態……》

《ち、違……!》

《違わないじゃん!》


 ああ、もう……またヒカリに変態扱いされてしまった。

 私も最初は男湯の暖簾をくぐろうとしたのに、あの時────


「お、沙希ちゃん! 体調、良くなったんだねー。でも、そっちは男湯だよ?」

「え!? 風歌さん!? これはその……」

「ちょうど私ももう一回入りたいなぁって思ってた所なんだー。一緒に入ろうよ、沙希ちゃん!」

「え、ええええ!?」


 温泉に入り直しに来た風歌さんに見られてしまい、そのまま一緒に入る事になってしまった……。


《なってしまった……じゃないよ~! また沙希の身体でお風呂に入った~! それも風歌さんと一緒に!!》

《ふ、不可抗力だよ! 仕方ないじゃん!》

《またそれ~? 何が不可抗力なの!? 全然、仕方なくないよ~! だから部屋かトイレで勇輝おとこのこに戻ればよかったじゃない!》

《いや、それは……巴と一緒にいる部屋や、女子トイレから勇輝おとこが出てくるのを見られたらヤバイだろ!?》

《じゃあ、見られないように魔力で人の気配を察知するとかしなよ~! 油断しすぎだよ! 何のために魔法を覚えたの~!?》

《前にこういう事のために魔法を教えたんじゃないって言ってなかった!?》


「沙希ちゃん、大丈夫? 顔も真っ赤だしー……のぼせちゃったー……?》

「い、いやいや! 大丈夫です! ちょっと考え事をしていただけです! はい!」


 突然、黙り込んだ私を心配したのか、風歌さんはお風呂の中で少し屈んで、私の顔を下からのぞいこんでできた。

 当然お互い裸なので、真正面から覗き込まれると色々と見てはいけないものが見えてしまう。


「そっかー……ならいいけど」


 目の前には昼間に海で見た水着姿よりもさらに露出の多い、ありのままの風歌さんの姿がある。

 しっとりと濡れた肌も、お湯の熱さで少し紅潮した頬も、淡く瑞々しい桜色の唇も全て鮮明に見えてしまっている。

 そして何より昼間は水着で隠されていた、風歌さんの二つの大きな────


《最低……。やっぱり、風歌さんの裸が見たかっただけなんだ……ほんと最低だよ……》


 無意識のうちに風歌さんの裸を食い入るように見ていた私に、ヒカリの軽蔑したような思念が含まれた念話が届いた。


《……どうしてそんなに胸の事ばかり考えてるの? 男の子ってみんなそうなの? このむっつり!》

《ち、ちが……》

「どうしたの? 突然、私の方をじっと見つめちゃってー……あ! もしかして私の裸に見惚れてた、とか!」


 風歌さんまでもがそんな事を言いだした。

 もしかしてヒカリの言う通り、そんなに風歌さんの裸をジロジロと見ていたのか!?

 本人にも分かるほどに!


「違います! 見てません! 裸なんて!」

「ええー? ほんとにー?」


 私は慌てて首を振って否定してみたものの、風歌さんはジト目でこちらを見ている。

 明らかに疑い深いと思っている目だ。


「こんな風にガン見してなかったー?」


 そう言いながら風歌さんはニヤリ笑い、逆にこっちの身体を舐め回すように見返してきた。


「うぅ……」


 風歌さんの視線を全身に感じて、羞恥で私の頬がますます赤くなっていく。

 本来の自分の身体じゃないのに、人に裸をジロジロと見られるのがこんなにも恥ずかしいだなんて……。


「いやー前も言ったけど、沙希ちゃんほんっと可愛いよねー! 肌も白いしスベスベで、胸も結構大きいしさー!」


 私の反応がよほど面白かったのか、風歌さんは視線だけじゃなく実際に沙希わたしの体に手を伸ばしてきた!


「ほれほれー。よいではないかー! なんちゃって!」

「ひぁっ!? や、やめ……んっ……!」


 風歌さんに全身を手で弄られて思わず変な声が出てしまった。

 しかも、後ろから抱きつくように弄られているせいで、風歌さんの胸が背中に当たってこれはもう……すごい。


「あ……やぁ……」

《……沙希の身体で艶めかしい声出すのやめてくれる? 勇輝》


 喘ぐ私を今まで聞いた事もないほど固く冷たい声でヒカリが罵ってくる。

 私だって好きでこんな声を出しているわけじゃないのに……。


「まあ、冗談はこのぐらいにしてさー……巴ちゃんとは仲直り出来たみたいだけど、まだ他に何か悩み事でもあるの?」

「え?」

「だって今日一日、話しかけても上の空で何か考え事してたじゃない。みんなも心配してたよー?」


 どうやらヒカリと巴の言うとおり、やっぱり私は思った事が顔にそのまま出てしまう性格なようだ。

 私が何かに悩んでいる事なんて、他のみんなにはとっくの昔にバレてしまっていたのか……。


「何か悩み事があるならさー、前みたいにお姉さんに話してみなよー。役に立つか分からないけど、またアドバイスするよー」

「……ありがとうございます、風歌さん」


 本当に……風歌さんには頭が上がらない。

 今日だって、風歌さんに話し合うのが大事だと諭されなかったら、巴とは今もギスギスしたままだったかもしれない。

 彼女には本当にいくら感謝してもしきれない。


《……勇輝。気付いてる?》


 のぼせ気味だった私の頭が、急速に冷えていく。


《ああ……分かってる……》


 ────相手が何を考えているのか分からないなら、話し合えばいいと風歌さんは言った。

 だから今日、私はその事を教えてくれた風歌さんに対してその話し合いを実践しようと思う。


「……風歌さん、私が悩んでいるって言いましたよね? けど、風歌さんも何か悩んでいる事があるんじゃないんですか?」

「えー? そりゃあるよー。この間のテストも散々だったし補修どうしよっかなーとか、色々悩み事だらけだよー」


 そう言って無邪気に笑う風歌さんの笑顔が、私にはとても眩しかった。

 思えば彼女には色々な意味でずっと助けられっぱなしだ。

 巴との事もそうだし、美月と凛々花ちゃんが仲良くなったのだって、痴話喧嘩する二人を絶妙なタイミングでヒートアップしすぎる前に諭す風歌さんがいてくれたおかげだ。


「風歌さんには本当に感謝しているんです。天使との戦いで助けに来てくれてからずっと……」

「え、なにさー急に私の事を褒めちゃって……そんなに大したことしてないよー?」

「いいえ、そんな事はありません。いつも風歌さんには助けられています。巴との事もそうだし、魔獣との戦いの時も」

「そ、そうかなー……いやー! それほどでもある、のかなー!」


 だから、風歌さんにはこんな事を考えたくないし……言いたくもない。

 目の前で無邪気そうに笑っている風歌さんの笑顔を、そのまま信じれたらどんなに良かっただろう。


「────でも、だからこそ腑に落ちない事が一つだけあるんです」

 

 私の言葉で風歌さんの笑顔ほんの一瞬だけ固まった。

 

「へー……どんなところが腑に落ちなかったの?」


 だが、すぐに風歌さんは私からじりじりと距離を取りながら、笑顔を取り繕った。

 温泉に入った時から密かに……。


《勇輝、気をつけて!》


 ヒカリが開放された風歌の魔力を感じ取り、私に注意を促してきた。


《分かってる……》


 ヒカリに念話でそう返事をして、私も徐々に距離を取りながら風歌さんの質問に答えた。


「最初は何も疑問に思いませんでした。けど、海で魔獣で戦いながら、天使の時も風歌さんには『風』のギフトで的確なサポートをしてもらったなと思い返した時に、何か違和感を覚えたんです」

「んー? 違和感?」


 風歌さんはとぼけたような声でそう言い返すと、右手に魔宝石オーヴァム・ストーンを出現させ、魔力を籠め始めた。

 そして、彼女のギフトによって『風』が巻き起こり、私と風歌さんを取り囲んでいく。


「風歌さん……」


『変身せずに使えたら便利だよねー! 私も風のギフトで家で扇風機いらなくなるし!』


 今朝はあんな事を言っていたのに……。

 平然と生身のままギフトを使う風歌さんを目の当たりにして、私の胸が締め付けられるように痛む。

 だけど、ショックを受けて悲しんでいる場合じゃない。

 私も彼女に対抗するために魔宝石オーヴァム・ストーンに魔力を込め、魔法杖オーヴァム・ロッドと魔獣カードを取り出した。


「風歌さん、あなたはノクスに力が無い魔法少女だと見なされて襲われたはずです。なのに天使との戦いの時でも、今日の魔獣との戦いでも、私にはとてもそんなに弱い魔法少女には見えませんでした」

「美月ちゃんの強い弱いの判断基準が厳しいのか、私があの後特訓とかしてすごく強くなったのかもよー?」


 風歌さんはそんな言い訳しながら、魔宝石オーヴァム・ストーンに魔力を籠めるのをやめようとしない。

 私と風歌さんを取り囲む風はさらに激しさを増していく。

 何をされてもすぐ対応出来るように身構えつつ、私は風歌さんの質問に答えた。


「それだけじゃありません。さっきも言ったように、あなたのサポートは的確でした。いや、。元々コンビを組んでいた凛々花ちゃんと優愛ちゃんはともかく、あなたは一体どこであんな連携を身に着けたんですか? なんで今は一人なんですか?」


 そう、私が今日と前回の天使との戦闘で一番違和感を覚えたのはその事だ。

 一緒に戦ったのはたったの二回なのに、その二回ともで風歌さんは的確な援護で私達を支援してくれていた。

 その援護はとても的確で、最初の戦闘の時もだった。

 

「いやー……沙希ちゃんに偉そうな事言ったけど、私も昔の仲間と喧嘩しちゃっててさー……」

「じゃあ、今そうやって生身で魔法を使ってるのはどうしてですか!? 使えなかったんじゃないんですか!?」

「使えないなんて言ってないよー? 生身で使えたら便利だよねーって、凛々花ちゃんに同調しただけだよ?」


 矢継ぎ早に問い詰める私に、風歌さんはいつものマイペースな雰囲気を崩さずに答えを返してくる。

 そんないつも通りの風歌さんの態度は私をますます苛つかせ、失望させる。

 

「もういいかなー? しかし、それだけの事で私を疑うなんて傷つくなー……」

「……天使と現実の世界に現れた今日の魔獣。その事についてはどうですか?」


 私に天使と今日の魔獣の事を聞かれ、今度こそ風歌さんの笑顔が固まった。


「────どうって?」


 今まで聞いた事もないぐらいに固い声で、風歌さんが聞き返してきた。


「巴と美月が言うには、あの天使と魔獣は出て来るのがまだ早すぎるそうです」

「へえ……そうなんだー、知らなかったよー」

「どちらの時もあなたは一緒に時にいましたよね。天使の時も本当は最初から近くで様子を見ていたんじゃないですか?」

「どうだろうねー……」

「ノクスに強さを隠したままやられそうになったのも、最初からノクスと私に接触するのが目的だったんじゃないんですか?」


 執拗に問い詰める私に気のない返事をする風歌さん。

 その顔からは笑顔は完全に消え去っていて、もう勘違いでは済ませないほどビリビリとした風歌さんの敵意が突き刺さるのを感じる。


「で、何が言いたいのかなー?」


 風歌さんが今まで見たことがない、暗い眼差しを私に向けている。

 今から私を言おうとしている言葉は、口にしてしまえばもう後戻りは出来ない。

 今日のようにみんなで遊ぶ事も、互いに背中を預け合って魔獣と戦う事も出来なくなるかもしれない。


 だけど、それでも……いや、だからこそ私はきちんと風歌さんに言わなければならない。

 相手が何を思っているか分からないなら、それを口に出してきちんと話し合えと言ったのは他ならぬ風歌さん自身なのだから。


「風歌さん……」


 風歌さんの名前を呼び、私は一旦、深く息を吸い込んだ。

 そして呼吸を整え、私は決定的な一言をとうとう風歌に言い放った。


「単刀直入に言います。あの天使と魔獣が現れた事に……風歌さん、あなたが何か関わっているんじゃないんですか?」


 ────言い放って、しまった……。

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