第六章 空座編
第四十四話 裏切りの魔法少女
話は温泉に入る前、巴とホテルの部屋に戻った時まで遡る。
部屋に戻った私はまず、風歌さんに抱いている自分の疑念を巴に相談した。
巴も同じ疑念を抱いていたようで、ときどき相槌を打ちながら黙って私の言葉に耳を傾けてくれた。
風歌さんがノクスに力を奪おうと狙われるほど弱い魔法少女に見えず、明らかに実力を隠していた節がある事。
魔獣との戦いで見せたあの見事な連携は、一体どこで風歌さんは身につけたのかという事。
そして、確証はないけれど天使と現実世界に現れた魔獣に、不審な動きを見せている風歌さんが何かしらの形で関わっているのではないかと言う事。
私は自分の考えを全て巴に説明した。
「────結論から言うと、天使と今日の現実世界に現れた魔獣──この二つは風歌さんが発生させた可能性が高いです」
「な……!?」
はっきりとそう断言する巴の言葉に、私は思わず絶句した。
たしかに私は天使と現実に現れた魔獣に、不審な動きを見せている風歌さんが何か関わっているのではと疑っていた。
けれどまさか、そんな……天使と魔獣をそのものを発生させているだなんて、いくらなんでも────
「そんな事が可能なのか? 風歌さんには
風歌さんが本当は私やノクスと同じようなギフトを持っていて、風のギフトは魔獣の力を借りて再現していると考えればあり得ない話じゃないが……。
「いいえ、風歌さんのギフトは間違いなく風のギフトです。私の情報のギフトでも確認したので、間違いありません」
「だったら、やっぱり思い過ごしなんじゃないのか? いくらなんでも……」
まさか関わっているどころか、天使と魔獣を人が大勢いる場所で発生させた張本人だなんて……。
さすがにそんな事は信じたくない。だが、巴は私を悲しそうに見つめながら静かに首を振った。
「今日、現実世界に現れた魔獣を見た後──実は私、昼間のうちにこっそり風歌さんの事を詳しく調べたんです」
「いつの間に──昼間はずっと遊んでいたのに」
夕方になってこうして部屋に帰るまでは、巴はノートパソコンやタブレット端末に触るタイミングも、スマホで何かを調べているような素振りも見せていなかったはず。
「私の情報のギフトなら可能です。たとえば今こうしてる間も、私のギフトでマギメモのサイトや公式SNSは自動更新中です。電子世界のありとあらゆる『情報』を自動収集するのも、私のギフトの能力なんです」
なるほど、だから巴の魔法少女としての名前が、ウェブ上を徘徊して情報を収集する自動巡回プログラム『クローラ』と同じなのか。
ちなみにクローラの言葉の意味は、巴の自己紹介を聞いた後にネットで検索して調べた。
「話を戻します。それで風歌さんを調べた結果なんですが、記録上は彼女が日本国籍の女子高生なのは間違いありません。学校では友達も多いみたいで、彼女の同級のSNSにも写真やコメントがたくさん上がっていました」
「その話しだけを聞くと、風歌さんはどこにでもいる友達の多い普通の女子高生に思えるけど……」
「そうですね、高校以前も記録上は日本で小学校と中学校も卒業しています。けど、
「それは……」
巴の話を聞いて、胃がぎゅっと締め付けられるような気持ちに襲われた。
やはり風歌さんには怪しい部分がある……。そのことは重々承知した上で、それでも何かの間違いであってほしくて私は反論を口にする。
「……中学までは人見知りだったけど、心機一転して高校デビューしたとかかもしれない」
「学校の公式サイトの広報や、生徒の親御さん達が運動会や文化祭などの行事を撮影しているSNSにも一切何の痕跡も無いんですよ? あるのは後から
淡々と『七海風歌』なる人物の不審な点を指摘する巴に、私は何も言い返す事が出来なかった。
もはや実力を隠していた──なんてことは些細なことに思えるほど、風歌さんの経歴には不審な点しかない。
「……じゃあ、彼女は一体何者なんだ? 何が目的で経歴を偽ったり、弱い魔法少女を装ってノクスや私に近付いたんだ? そもそも天使や魔獣をどうやってあの場で発生させたんだ? そんなことをする目的は一体なんなんだ? どうしてあんな……映画館にも浜辺にも人が大勢いたのに……!」
経歴や強さを偽っていたのは別にいい。
私だって性別を偽っているし、人の事をとやかく言える立場じゃないし。
けど、天使と魔獣を発生させたのだとしたら、私は風歌さんを許すことができそうにない。
どちらも一歩間違えれば大勢人が死んでいた……。本当にそんな非道な事をあの風歌さんが?
やっぱり本人の口から聞くまで、私はそんな事は信じたくないと思ってしまう。
「彼女が所属していると思われるとある『組織』なら、天使や魔獣を発生させる事は可能かもしれません」
「組織──なんだよそれ。じゃあ、何か? 風歌さんはその悪の組織か何かに属しているとでも言うのか? バカな……」
そんなフィクションじゃあるまいし、と言いかけて私は途中で止めた。
魔法少女なんてものがいる世界でそんな事を言っても、なんの説得力もない。
もうニュースですら国が実態調査に動き出したとか言われているのに、今更フィクションだなんだと言うのはただの現実逃避だろう。
「────すみません、先輩。私はもっと早く『七海風歌』について調べるべきでした。天使との戦いだけでも疑うには充分だったのに、天使やヒカリちゃん、それに先輩の事で頭がいっぱいで──というのは言い訳ですね……」
「いや……私だってそうだ。何も気づけなかった」
怪しい点はあったから疑ってはいたけど、それでも私は風歌さんが天使と魔獣を発生させた張本人だなんて事は信じたくなかった。
風歌さんが何者であっても、彼女の性格やアドバイスに助けられたのは間違いないからだ。
「でも、一体どういう組織なんだ? 風歌さんが所属しているかもしれないというその組織は……」
「詳しくは分かりません。私のギフトでも情報が不足するということは、その組織にも私と同じ『情報』に関するギフトを持つ魔法少女がいるのかもしれません。今わかっているのはその組織の名前と目的です。その組織の目的は『世界卵』を手に入れる事。そして、その組織の名前は────」
───────────────
「『カラザ』──それが風歌さんの所属している組織の名前……ですよね?」
私から『カラザ』の名前を聞いた途端、風歌さんに笑顔が戻った。
だけどそれはいつもの優しげな笑みではなく、今の風歌さんはどことなく軽薄な印象のある微笑みを浮かべている。
「参ったなぁ……。巴ちゃんのギフトがそんな事まで分かっちゃうんだー……」
「じゃあ、やっぱり本当にあなたが────」
「うん、天使と魔獣を呼び出したのは私だよー。正確に言うと私と私の組織『カラザ』が、かな?」
「────っ!」
風歌さんが天使と魔獣を呼び出した事をあっさりと認めた!
しかも、友達に聞かれた昨日の出来事を振り返るかのような、そんな平然とした態度で!
「しっかしさー、みんなラテン語好きだよねー。オーヴァムとかカラザとか、ステラやノクスだってそうでしょー?」
落ち着け……風歌さんがああやって笑うのは、私から冷静さを奪うためだ。
多分、風歌さんは今も自身の周囲に漂わせている『風』のギフトで何かを狙っていて、それを隠すために私を煽っているのは分かっている。
分かってるのに……それでも私は湧き上がってくる怒りを抑えきれなくない!
「なんで……なんでそんな風に笑えるんですか!? 風歌さんがした事で人が、人がいっぱい死んでたかもしれないんですよ!?」
「いやほんとみんな無事で何よりだよねー。私も無駄な犠牲は出来れば出したくなかったから、ほんと良かったよー」
「出来ればって……」
信じられない……本当に目の前にいるのは、あの風歌さんなのか?
いつも同じように笑い、同じように間延びした喋り方をしているのに……。
いつも笑顔で周りに気を使っていて、みんなを楽しい気持ちにしてくれていたあの風歌さんはもう見る影もない。
人が死ぬかもしれなかった出来事を、まるで他人事のように話すしている今の風歌さんはまるで別人だ。
「……全部、全部嘘だったんですか!? 私達と天使や魔獣を倒した事も! 海で遊んで楽しかった事も! 私の相談に乗ってくれた事も全部!」
「別に嘘ってわけじゃないよー? みんなで天使や魔獣を倒した時も全力で戦ったし、海で遊ぶのも楽しかったよー。沙希ちゃんの相談に乗った時だって、私は真剣に考えて答えてあげたつもりだよー。けど、それとこれとは別っていうか……仕方のない事なんだよ、ほんと。ごめんね!」
敵意と魔力を残したまま、風歌さんは全く悪びれずに笑いながらそんなふざけた事を言う。
「大体さー。嘘がどうこうって言うなら、沙希ちゃんだって人の事言えないよねー?」
「なに……?」
「だって君……
「なっ!?」
風歌さんは私の正体を知っている!?
私は動揺して思わず後ずさってしまい、そんな私を見て風歌さんは意味深に笑っている。
《な、なんで!? どうして風歌さんが勇輝の正体を知ってるの~!?》
私よりも動揺しているヒカリの声を聞いたおかげで、少し動揺が収まってきた。
予想がたしかなら、風歌さんは最初から私とノクスに接触するつもりだった。
それなら風歌さんが私の正体を知っていてもおかしくはない。
だから落ちつかないと……動揺している場合じゃない。
「顔が真っ青だよー? 女の子のフリしてみんなや私の体をジロジロと見てたくせに、人の事を悪いとか言えるかお姉さんは疑問だなー」
「くっ……!」
風歌さん──いや、
集中しろ! こうしている間も奴は魔力を生成し、何かを狙っている!
私はそう自分に言い聞かせ、先手を打とうと
「どうしたのー? 怒って攻撃しないのー?」
目の前で私を煽っている相手は敵だ。
天使や魔獣を人が大勢いる場所で発生させ、今もこうして私を攻撃しようと魔力を生成している敵だ。
そう頭ではわかっているのに……私は風歌さんに敵意を向ける事が出来ず、魔力を上手く生成する事も出来ずにいた。
萎えていく私の戦意に呼応するように、すでに蓄えていた体の魔力も徐々に失われていく────
「うっ……」
《勇輝!?》
……いや、これは違う! 魔力だけなく、私の体から本当に力が抜けている!?
「あっ……ぐっ……!」
私はたまらずその場にしゃがみこみ、湯船の中で水しぶきを上げた。
足と手足が痺れてきて、全身に力が入らない。目も霞んできて、気分も悪い……。
これは一体……?
「私が正体がバレた後もすぐに戦わずに、悠長に君とおしゃべりを続けてた理由が分かる? 君がそうなるまで時間を稼ぎたかったんだよ」
「な……にを……?」
「さあ……何をしたんでしょうかー」
風歌さんはぐらかすようにニヤリと笑いながら、片手で
「あっ……!」
その仕草を見て、私は彼女の
そして、その風と魔力は私の周りにも漂っている。あまりにも微量の魔力だったせいで屋外に吹く風と区別がつかなかった。
もしかして、この風が私の今の状態と何か関係があるのか?
「ふふーん♪」
自分の体の不調に『風』が関係していると私が気付いたのを察したのか、風歌さんは得意気な顔でまたニヤリと笑い、聞いてもいないのに解説をし始めた。
「酸素ってねー、必要なものだけどあんまり多いと猛毒になるって知ってた? 酸素中毒って言って、スキューバダイビングやってる人が深い所を潜った時にたまになるらしいんだけど、私はこっそりギフトの風で純粋酸素を送り込んで君の周りの酸素濃度を高くしてたってわけよー」
「なん……だと?」
そうか……それで私の体からみるみる力が失われているのか。
だったら、魔力で体を回復させれば……!
「え!? な、なんで!?」
意識も朦朧としているせいなのか!?
「無理、無理。うちの
「な……!?」
「沙希ちゃん達もおかしいって言ってたでしょー? こんな立派なホテルなのに、他の宿泊客がほとんどいないなんて変だねってさー。このホテルも最初から
「ふざ……けるな……!」
早くみんなを助けに行かないと! 体が動くとか動かないとか知った事か!
私は無理矢理にでも魔力を生成しようと、意識を集中する。
「……っ!」
だが、やはり気合や根性ではどうにもならず、魔力も生成されない。
それどころか、頭が激しく痛んで意識がどんどん薄れていく。
《勇輝! しっかりして、勇輝! ねえってば────》
「まあ、そういうわけでもう何をしても無駄だから、大人しく回収されちゃってねー」
嘲笑う風歌さんの声も、脳内に直接響いてるはずのヒカリの声さえも遠ざかり、私の視界が闇に包まれていく────
「……ぁ」
駄目だ……もう意識が……。
体からとうとう完全に力が抜けてしまい、私は浴槽の縁に倒れ込んでしまった。
「……ようやく、気を失ったか」
倒れ込んだ私の耳に、何の感情も籠もっていないような風歌さんの冷めた声が届いた。
水しぶきを上がる音からすると、風歌さんが私を回収しようと近づいてくるようだ。
バシャバシャと水しぶきが上がる音はさらに近づき、私の顔にも水しぶきが降りかかる。
多分、風歌さんは倒れた私のすぐ目の前に立っている。
くそ……まだ僅かに意識は残っているのに……。
僅かに残った意識すら完全に消えようとしている私には、もう立ち上がって逃げる事すらできそうにない。
そして……いよいよ私が風歌さんに回収されようとしたその時、
「────よう、お取り込み中かい? 服着たままで悪いが、邪魔するぜ」
露天風呂の入り口から誰かの声が響いた。
……誰だ? この声──どこかで聞き覚えが……。
私は声の正体が誰かを思いだそうとしたが、その前に体の限界が来てしまった。
とうとう私の意識は完全に闇の中へと落ちていき、そして────
───────────────
意識を失った日向沙希──いや、日向
「────よう、お取り込み中かい? 服着たままで悪いが、邪魔するぜ」
背後から何者かが話しかけてきた。
「……っ!?」
私は振り返らず、すぐさまギフトの『風』を露天風呂入り口へと叩きつけた。
「うおっ!? 危ねえな! いきなり攻撃する事はないだろ?」
私の風で巻き起こった煙でよく見えないが、どうやら声の主人にダメージは与えられなかったようだ。
軽く吹き飛ばす程度の攻撃だったとはいえギフトによる風を防いだとなると、声の正体は魔法少女という事か。
「────誰?」
私はすぐさま変身して身構えながら、乱入者に問いかけた。
「悪党に名乗る名前は無い──とか言いたい所だが、魔法少女としての名前だけ教えてやる」
やはり魔法少女か……。
乱入者は男のような喋り方で格好をつけながら、煙の向こうからゆっくりと歩いて来る。
そして煙が晴れ、中から姿を現したのは白い外套に身を包んだ金髪の魔法少女だった。
「俺の名前はマジカル・バレット。遥々、外国からアンタをしょっぴくためにやってきた、正義のおまわりさんって奴だ」
白い外套の魔法少女はそう宣言し、両手に持っていた
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