第三十三話 雨中の魔法少女

 とある、夕暮れの無人の街のような魔獣結界の中────


「先輩! そっちに逃げましたよ!」


 はクローラと共に、ある魔獣と戦っていた。

 その魔獣は十メートル程の巨大な人のような姿をした影で、目の部分は怪しく光っていた。


 おそらく、元になった伝承を持ないタイプの魔獣──ひとまず『人影』と呼ぶ事にしよう。


 その人影の魔獣は結界の中で、同じような姿をした二メートル程の配下の使い魔を引き連れてゆらゆらと揺れている。

 数はそこそこ多く、ざっと見たところ二十体ほどだ。


「よし」


 ────ここは魔獣を召喚して、一気に倒そう。


 私は人影の使い魔達を一気に蹴散らすために、『ヘルハウンド』の魔獣カードを魔法杖オーヴァム・ロッドに挿入し、召喚した。


「蹴散らせ! ヘルハウンド!」


 私の命令を受けたヘルハウンドが雄叫びを上げ、口から火球を一つだけ放った。

 火球は人影の使い魔達のうちの一体に命中して、爆発──近くにいた他の使い魔達も爆発に巻き込まれて吹き飛び、光の粒子となって消滅した。


「うわー……あっけないですねー」


 クローラが気の抜けた顔で呟いているけど、まあ……たしかにあっけない。

 でも、元になった伝承を持たない魔獣の──それも手下の使い魔ならこんなものだろう。


「さて、残るは親玉だけ……」


 私は配下を失って孤立した人影に視線を向ける。


 人影は建物の影の中に、私達から逃げ出しそうとしている。

 魔獣は元になった伝承を持たない魔獣には珍しく、人影は特殊な固有能力を持っているようだ。

 人影はさっきからああやって影から別の影に移動し、私達から逃げ回っている。


 だが、それももう終わりだ。

 影に溶け込もうとする人影の前に、クローラが立ち塞がったからだ。


「おっと、もう逃しませんよ!」


 クローラはニヤリと笑い、魔法杖オーヴァム・ロッドから電撃を放った。

 放たれた電撃はギフトによるものではなく、クローラが得意とする魔法攻撃だ。

 電撃は見事命中し、人影を痺れさせ、動きを止める事に成功した。


「よし、トドメだ!」


 私は魔法杖オーヴァム・ロッドを弓へと変化させ、魔力を籠めた光の矢を素早く人影へと放った。

 天使の時に見せた必殺技『スターダスト・アロー』──ではなく、少し強めの魔力を籠めただけの通常攻撃だ。

 

「ォ……ォオ……」


 けれど、そんなただの通常攻撃も、人影にとっては致命傷だったようだ。

 光の矢はあっけないほど簡単に人影の体を穿ち、胸元に大穴が空けてしまった。

 人影は胸の穴から魔力を垂れ流し、今に消滅してしまいそうだ。


《ステラ~! 早く、早く!》


 ヒカリが念話を通して急かしてくる。


《わかってる!》


 私はヒカリに返事をしながら、慌てて空白ブランクカードを投げつけた。 

 そして人影が消滅する寸前に、なんとか命中させる事ができた。

 人影が消滅寸前だった事もあって、封印はあっという間に終わり、カードはすぐにくるくると周りながら手元に戻ってきた。

 私は戻ってきた人影の魔獣カードを受け止め、いつものようにカードホルダーへと収納した。


 ────と同時に、無人の夕暮れの街が元の現実の景色へと戻り始めた。

 結界の主人である人影の魔獣を私が封印したからだ。


「終わったか……」

「ですね」


 街を赤く染めていた夕日は結界と共に消えている。

 現実の世界──夜の遊園地に俺たちは戻ってきていた。


 結界が完全に消滅したのを確認し、と巴はそれぞれ変身を解いた。


 時刻はもう夜の二十一時。


 閉園時間は十七時なので、当然いまここには誰も中にはいない。

 もうすっかり暗くなってしまった。


「結界の中が夕暮れでしたけど、外はもう完全に夜ですね。ほら、『月が綺麗』ですよ」


 夜空を見上げていた巴がそう言って俺の方を振り返り、微笑んだ。


「……?」


 いや、微笑むというより……ニヤニヤしている。

 なんだ……月が綺麗なのが、そんなに嬉しいのか?


「ほらほら。綺麗ですよねー、月が……」


 ああ、なるほど……そういう事か。


 しつこいぐらいに月が綺麗だと言われて、ようやく巴の意図を察した。

 あれだ。夏目某が「I love you.」を「月が綺麗ですね」と訳したとかいう、例の。

 本当にそう訳したのか知らないけど、どうやら巴は俺が勘違いして慌てふためくのを見たいようだ。


「ふふーん……」


 だけど、そうだと分かっていても──月明かりに照らされながら微笑む巴は、どこか幻想的だった。

 調子に乗るから本人には口が裂けても言わないけど、思わず勘違いしてしまいそうなほど今の巴は綺麗だ。


 しかも、夜の無人の遊園地で(お互いに妖精がいるのを除けば)二人きりというシチュエーション。

 ここでそんな勘違いするような事を言われたら、以前の俺なら巴の狙い通りに顔を赤くしてうろたえていたかもしれない。


 そう、以前の俺なら。


「────ん、そうだな。たしかに綺麗な月だ」


 俺は顔色一つ変えず、さらっと巴に返事をしてやった。


「……むぅ」


 すると、巴は俺の反応が面白くなかったのか、頬を膨らませて半目で睨んできた。


「……ちょっと、先輩? そこはベタに『え!? もしかして、いま俺って遠回しに告白された!?』とか勘違いして顔を赤くする所でしょ?」

「ふっ……」


 悔しがる巴を鼻で笑ってやった。

 全く動じなかったのは、今まで散々巴にからかわれたおかげた。

 もう巴に多少からかわれた程度では全く動じないぐらいに、俺は精神的に成長したのだ。


「……その余裕そうな表情がなんかムカつくんですけど。昔のからかいがいがある先輩に戻ってくださいよー」

 

 巴はぷくっと頬を膨らませながら、両手で俺の肩を掴んで揺らしてきた。


「あのなぁ……もう一ヶ月も一緒に戦ってるんだぞ? いい加減、俺だって慣れるに決まってるだろ?」


 そう、もう一ヶ月だ。

 あの天使を倒した日からそれだけの時間が過ぎ、六月も終わりを迎えようとしていた。


 実はこの一ヶ月間──俺はほぼ毎日、巴と一緒にいる。


 巴が天使を倒したあの日から、俺の魔獣退治に毎回付き合うようになったからだ。

 なんでも、まだステラの密着取材は終わっていないから、というのが理由らしい。


 しかも、巴が着いてくるのは、魔獣退治の時だけじゃない。

 それ以外の時間も「密着取材なので!」とか言って着いてくる。

 俺の家にかなりの頻度で来ていて、日和ともすっかり顔なじみだ。

 そのせいで誤解がさらに深まり、日和の中ではもう俺と巴は完全に恋人同士という事になってしまっている。

 

 まったく……どこまで俺をからかえば、気が済むのやら。

 

「それにしても、今日も楽勝でしたね、先輩! 見ましたか? マジカル・クローラこと、巴ちゃんの活躍を! 天使の時は戦いに参加出来ませんでしたが、私は直接戦っても強いんですよー?」


 ドヤ顔で胸をそらしながら、巴が俺に言った。 

 俺がこの一ヶ月を振り返っていた間に、いつの間にか巴の機嫌は直っていたようだ。


 実際、言葉通り巴は──クローラは強かった。

『情報』のギフトによるサポートの能力もさることながら、電撃の魔法による攻撃も強力で、正直かなり助かっている。


「ああ。巴と一緒だと、強い魔獣相手でも楽に戦えるから助かってるよ。ありがとう」


 だから俺は、素直に巴にお礼を言ったのだが……


「え!?」


 なぜか巴はものすごく驚いた。

 そして、頬を赤く染めながら目をキョロキョロと左右に動かし、


「ま、まあ……当然ですよ。ほんとに先輩のお役に立ててるなら、良かったです。はい……」


 消え入りそうな声でそう言い終えると、そのまま黙り込んでしまった。

 

 この反応は──もしかして、照れてる?


 なんて思っていると、


「……何見てるんですか。照れてませんからね!」


 巴がまたむすっとした顔で睨んできた。


「いや、まだ何も言ってないけど……」


 そもそも、当然のように俺の考えを読むなよ……。

 ……ヒカリにも散々言われているけど、俺はそんなに顔に考えてる事が出てるんだろうか?

 

「……早く帰りましょう!」


 巴はよっぽど照れている事を追求されたくないのか、俺の背中をぐいぐいと押してくる。

 こいつって自分がからかわれると、弱いんだよなぁ……。


「 天気予報によると、今日はこれから雨が降るみたいですし!」

「え!? そうなのか? しまった、傘を持ってくるのを忘れたな……」


 けど今から急いで帰れば、濡れずに済むはずだ。

 最悪、変身して帰ればいいし。


「へえ~……そうなんですか」


 ……なぜだろう。俺が傘を持っていないと知って、巴に笑顔が戻っている。

 それも爽やかな笑顔じゃない。イタズラを思いついた子供のような笑顔だ。


「どうせ先輩は傘を忘れてくるだろうなーって予想していましたよ、私は」


 満面の笑みで、巴は自分の鞄の中をゴソゴソと漁り始めている。 


 俺はそんな巴の様子を見ながら、


 ────ああ、これはまた何かからかってくるな。


 とすぐに察した。


 だけど、無駄だ。今度も動じる事なくスルーしてやる。

 ……と決意した俺だったが、


「じゃーん! ここに一本、傘があります! これで二人共濡れずに済みますね、先輩♪ 雨が降ったら、この傘をさして帰りましょうね!」


 巴が折り畳み傘を取り出しながら、そう言ってきた途端、ものすごく動じてしまった。


「え? いや、でも……だって……」


 帰りましょうねって……巴が出した傘は一つだけだけなんですけど?

 なのに二人共濡れずに済む?


 それって、つまり……。

 巴が盛ってきた傘の中に二人で────


「はい、先輩のぶんの折り畳み傘です」

「あ、はい」


 ……普通に傘はもう一つあった。


「ふふん」


 今度は巴が得意げな顔をしている。


「くっ……」

 

 畜生……。なにがからかわれるのにも慣れた、だよ……。

 凄まじい敗北感を味わいながら、俺は黙って巴から折り畳み傘を受け取った。

 

「え? どうしたんですか? なんだかすごく残念そうな顔ですけど? ねえ、ねえ!」


 うぜえ……。

 巴は憎たらしいほどの満面の笑顔で、俺の顔を覗き込みながら追い打ちをかけてくる。


「ざ、残念なわけあるか!」

「ぷっ……あははは! うそうそ! 顔真っ赤ですもん、先輩!」


 俺を指差しながら笑う巴。

 笑いすぎて痛いのか、巴はお腹を抑えながらうっすらと涙まで流している。

 いくら何でも笑いすぎだろう。


 ……結局、また巴にからかわれてしまった。

 悔しい……けど、不思議な事にからかわれるのが不愉快なわけじゃなかった。

 むしろ、巴にからかわれる日々も悪くないなと感じ始めている自分がいる。


 ……そう感じるのは、巴が他の魔法少女達と違って、俺が男だと知った上で一緒に戦ってくれているからなのかもしれない。

 巴といる時は性別や姿を偽ることもなくありのままの自分でいられるし、嘘をついて罪悪感を覚える事もせずに済む。


 正直、それはものすごくありがたい事だ。

 

「……ありがとな、巴」

 

 ────気づくと、俺は自分でも驚くぐらい自然に、巴に向かって感謝の言葉を口にしていた。

 

 あの日、ローズ達と別れた後の駅のホーム──あの場所に巴が来てくれたから、今の俺がある。

 巴がいなかったらノクスの事も、始まりの魔法少女マジカル・ルクスの事も知らないままだった。

 天使と戦った時もそうだ。クローラがローズ達を連れて来てくれなかったら、俺もノクスも多分やられていた。


 巴には感謝してもしきれない。


「え……なんで急にお礼を?」


 一方、いきなり俺にお礼を言われた巴は、困惑した顔をしていた。

 まあ、当然の反応か。


「あっ!」


 だけど、巴はすぐにピンときた顔をして、俺を見つめてきた。


 やれやれ……また考えが顔に出ていたのか。


 俺の考えている事は、どうやら巴にも伝わってしまったようだ。

 少し照れくさくなって、俺は頬をポリポリとかいた。


「そっか、先輩って……」


 巴は驚いて目を見開きながら、俺の考えている事を口に出していく。


 そうそう、俺はお前に感謝して────


「実は年下の女子中学生にからかわれて興奮する、そういう性癖が……」

「────って、おい!」


 全ッ然! 伝わってないじゃないか!


「つまり先輩はドM……」

「ちげーよ!」


 普段は俺の考えている事をズバズバ言い当てるくせに……。

 なんでこういう時だけ察しが悪いんだよ!


「ええ? ほんとですか……」


 駄目だ……完全に俺がそういう趣味だと思っている。

 だって巴のやつ、めちゃくちゃ引いた顔で俺を見ているもん。

 大地を見ている時のそれと近い。


「はぁ……」 


 深い溜息が出た。

 これじゃ、俺が何に感謝しているのか伝わらないじゃないか。


 だけど、まあ……まだ伝わらなくて、よかったかもしれない。

 今まで色々と助けられてきた事を感謝しているとか、一緒にいるのが居心地が良いと感じ始めているだとか──巴に知られたら照れくさいし。


「ほらほら、黙り込むほど悦んでないで。もう遅いですし、さっさと帰りますよ先輩」

「だから違うって! それになんか今「よろこぶ」の漢字がなんか違ってただろ!? なあ!」




 ────と、そうやって巴と話しながらしばらく歩き続けていると、遊園地の出口のゲートが見えてきた。

 巴が綺麗だと言っていた月には雨雲がかかっていて、今にも雨が降り出しそうだ。


「……そういえば、先輩って弱い魔獣も毎回封印してるんですか?」

「なんだ、突然……」

「いえ、少し気になって……。で、どうなんですか?」

「どうって……」


 なんだか暗い顔をしているけど、巴はどうして今更そんな事を聞いてくるんだろう。

 俺は少し巴の様子が気になりながら、質問に答えた。


「まあ、な。塵も積もれば山となるって言うだろ? 封印した魔獣が何の能力を盛って無くても魔力源としては使えるし」

「へえ……コツコツ貯金するタイプですね、先輩って。じゃあ弱い魔獣も含めたら、今まで何匹ぐらいの魔獣を封印してきたんですか?」


 どうだろう。そういえば最近はあんまり数えてないな。

 特殊能力のある魔獣の数だけなら覚えているんだが……。


「そうだなぁ……。この間、数えた時は百四十枚ちょっとだったかな?」

「ひゃく……」


 とりあえず覚えているだけの数を口にすると、なぜか巴は驚いて絶句してしまっていた。


「……先輩って魔法少女になって今月で五ヶ月目ですよね? 一日一体以上のペースで倒してるんですか? いや、前に最初の二ヶ月は苦戦してたって言っててましたね。となると、実質三ヶ月でそんなに……」

「いやいや! 毎日倒してるわけじゃないぞ? 近くに倒す魔獣がいない時とかもあるし、逆に一日に四、五体倒す日もあるし」

「そういう事じゃなくてですねー……」


 ……なんだか巴がものすごくイライラしている。


「先輩、働きすぎです! ワーカーホリックですよ、それ。社会人になったら過労死するタイプです。ちゃんと休みも取ってください!」

「そんな大げさな……別に毎日魔獣と戦ってるわけじゃない。他の魔法少女に任せられそうな時はちゃんと休んでるよ」

 

 これは言い訳じゃない。事実だ。

 週に一日ぐらいは休んでいる……週もたまにはあるし。

 

「で、休んでいると言い張ってる日は何をしているんです?」

 

 巴がジトっとした目で見つめながら、俺に聞いてくる。

 ……正直に答えると多分、また怒るんだろうなと思いながらも、


「訓練……」


 俺は巴の質問に答えた。

 なるべく小声で。


「休むって言葉の意味、分かってますか!? いい加減、怒りますよ! 先輩!」

「うっ……」 


 もう怒ってるじゃないか。

 ……とか言ってやりたいけど、それを口に出したらもっと怒られそうだ。

 このまま黙ってやり過ごし、巴の怒りが収まるのを待つしかない。

 

「大体、先輩はですね────」


 ……またいつもの説教がはじまった。

 巴は最近、どういうわけか頻繁に俺の魔法少女としての生活態度に文句をつけてくるのだ。


 最初に山で訓練を取材した時は、ただ俺にドン引きしただけだったのに……。

 巴は天使と戦った後から、ガミガミと俺を叱る事が多くなった。


 なんだよ……巴は俺の母親か何かなのか?


《きっと巴ちゃんは勇輝が心配なんだよ~。ヒカリが何度言っても、無茶な量の訓練を辞めてくれなかったからありがたいよ~》

《……ヒカリまでそんな事を言うのか》


 さっきまで「巴ちゃんとイチャイチャしてるの邪魔しちゃ悪いよ~」とか言って黙っていたくせに。

 

「…………」


 ……だんだん腹が立ってきた。

 なんでそんなに怒られなきゃいけないんだ?


 たしかに俺は学校に行ってる時以外は、ほとんどの時間を魔法少女の訓練や魔獣との戦いに費やしている。

 その量は人によっては無茶な量なのかもしれない。


 ……だけど、これだけ訓練をしていても、あの天使には一人では手も足も出なかったんだ。

 あんなに強い天使が、ノクスの言う通りならまだ他にもいるのだとしたら、むしろ訓練の量を増やすべきなんじゃないか?

 

 幸い、俺はいくら訓練をしても苦にならない。

 今だってこっそり魔力を体に流して、魔力を循環させる訓練を────

 

「ちょっと、先輩? 聞いてますか? ……バレてないと思ってるかもしれませんけど、今も魔力を使って何かしてますよね?」

「え!?」


 バレてる!?

 俺は思わず体をビクッと震わせてしまった。


「い、いや! これは訓練と言ってもそう大したものじゃないから! ちょっとした筋トレみたいなものだよ!」


 しどろもどろになりながら、「アブトロニック的な? アレだよ」とか意味不明な言い訳を言ってみるけど、巴からの返事はない。


「…………」


 俯いて黙り込み、肩を震わせている。

 ああ……まずい、これは相当怒っている。

 

「そ、そんなに怒るなよ……。たしかにオーバーワークはよくないけど、ちゃんと日常生活だって送れてるし! むしろ魔力の循環のおかげで体調が良いぐらいで────」


 それでも、怒る巴をなんとか宥めようと、俺はさらに言い訳を続けるのだが……


「巴……?」


 ……黙り込んでいる巴の様子が、どこかおかしい。

 気になった俺は少しかがんで、巴の顔を覗き込み……


「え……」


 そして、ようやく気がついた。

 肩を震わせていたのは、怒っていたからじゃない。 


 巴は……泣いていた──俯いたまま肩を震わせ、声を殺しながら。

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