第五章 海浜編

第三十二話 信仰される魔法少女

 映画館で天使を倒した、翌週の月曜日。


「そこで俺がビシっと言ってやったわけよ。みんなで絶望して嘆くより、みんなで魔法少女達を応援しようぜってな! それでみんなでステラたん達をマギキュアライトで応援して……って聞いてるのか? 勇輝」

「はいはい。聞いてる、聞いてる」


 俺は大地の話を聞き流しながら、昼休みの教室で昼食をとっていた。

 今日の昼食は購買で購入したカツサンドとベーコンレタスサンド、それと牛乳だ。

  

「それで俺達の声援を受けて、ステラたん達がパワーアップして────」


 お昼休み──いや、朝からずっとこの調子で、喋り続けている。

 大地はステラや他の魔法少女達に会えた事が、よっぽど嬉しかったらしい。


「はぁ……大地。あんた、その話を朝から何回すれば気が済むわけ?」


 一人でずっと話し続ける大地を、姉の茜が呆れ気味に咎めた。


 茜が言うには大地は家でもこの調子だそうだ。

 家族にも同じように自慢し続けているらしい。


 ……お気の毒としか言いようがない。


「はぁ~……まあ、実際にこの目で見た人間じゃないと、あの感動は分からないかぁ……」


 大地は咎められて反省するどころか、逆に茜に可哀想なものを見るような目で見下した。

 やれやれといった仕草をとって、溜息までついてる。


「ふふ……ああ、それにそれしても……」


 大地はいきなり笑い出し、なんだか遠い目でうっとりと悦に浸り始めた。

 もしかしなくても、ステラに会えた事を思い出しているんだろう……。


 はっきり言ってキモい……。

 悪寒で背筋がゾクゾクする。


「この目で実際に見たステラたんは、ほんっと可愛かったなぁ……。写真や映像の何倍も可愛くて、綺麗で、凛々しくて……美しくて……はぁ……」


 うっ……!

 ヤバイ。本当にキモい。かつてなくキモい!

 気持ち悪くて、鳥肌が立ってきた。


「大地、あんた調子に乗りすぎ! ちょっと生でステラ様を見れたからって何様のつもり?」


 ステラに会えた事を自慢し続ける大地を、茜がまた咎めた。

 しかも、こめかめに青筋を立てながら。


 そういえば茜もステラ信者──もといファンだった。


「姉貴さぁ……ステラたんは俺の声援でパワーアップしたんだぜ? これってもう相思相愛……」

「ひぃっ……!?」



 大地が信じられない事を言いだしたせいで、俺の全身にかつてない程の悪寒が走った。

 天使と戦った時でさえ、ここまでの恐怖と悪寒は感じなかった。


 あの時、魔法少女を応援するように提案してくれた事には感謝してるけど、本当にキモい。

 仮に俺の正体がステラじゃなかったとしても、今の大地の言動は誰が聞いても心底キモいと感じるはずだ。


「はぁ!?あんたの声援だけじゃないでしょ! 他の大勢の人達の声援のおかげでパワーアップしたんでしょ! 何勘違いしてんの! ほんとキモイよ、あんた!」


 ────そうだそうだ! 言ってやれ、茜!


 俺は黙ったまま、心の中で茜の意見に同意する。

 

「キモくないし! 大体、姉貴だって部屋で毎晩ステラ様がどうこう言って何かやってるだろ! そっちのがキモイじゃん!」

「……え?」


  なにそれ……本当に何してるのそれ……。

 前からちょっと宗教っぽくなってきてるとは思ってたけど、まさか本当に……?


「ち、違うの! キモくないし! 聞いて、勇輝!?」


 そんな疑問が俺の顔に出ていたのか、茜はめちゃくちゃ動揺していた。

 そして、聞いてもいないのに、俺に対して言い訳をし始める。 


「あのね!? 私がやってるのはあんたみたいに不純な気持ちのない、もっと尊い……言うなれば、ステラ様への信仰みたいなものなの! だから、大地とは一緒にしないで!」

「いや、キモいし! しかも怖いし!」


 二人はお互い「キモい」と罵り合い、喧嘩はどんどんヒートアップしていく。

 だが、まあ……それはいつもの事だ。


 俺が止めても言うことを聞かないので、もう放っておくことにする。

 というか正直、もう面倒くさくなった。


 二人のステラトークには、もうついていけそうにない……。

 

「……はあ」


 俺はため息をつきながら、窓の外──しとしとと降り続く雨をぼんやりと眺めた。


 もうすぐ五月も終わる。

 六月になれば、本格的に梅雨入りの時期だ。


《元気ないね~。気になる事でもあるの~?》


 窓をぼうっと眺めていると、ヒカリが念話で話しかけてきた。

 俺の後ろの席では、茜と大地の姉弟喧嘩がまだ続いている。


《あの戦いの後からずっと、気になる事だらだけだ……。天使の事、世界卵の事、ノクスの事……それに……》


 始まりの魔法少女マジカル・ルクスの事──と言いかけて、俺は途中で止めた。


 ……マジカル・ルクス。

 魔獣から世界を救った代償にこの世界から消滅し、人々の記憶から消えた始まりの魔法少女。


 俺は巴からマジカル・ルクスの話を聞いた時、ヒカリに記憶が無いのはルクスが人々の記憶から消えた事が関係しているんじゃないかと考えていた。


 例えば、ヒカリが元はルクスのパートナー妖精だったとか──それなら色々な事に合点がいく。

 他の妖精よりも魔法について詳しい事もそうだし、その詳しい知識を得た経緯を覚えていないのも、ルクスの記憶がヒカリから消滅したからだと説明出来る。


 それにヒカリがイメージした少女──沙希の姿、あれもルクスの変身前の姿なんじゃないだろうか。

 沙希の姿は自分のかつてのパートナーの姿だから、無意識にヒカリはが沙希の姿で着替えたり、風呂に入る事を咎めるのではないだろうか。


 俺はそんな予想を最近までしていた。


《急に黙って、どうしたの~? あんまり暗い事ばかり考えていても気が滅入っちゃうよ~。もっと楽しい事も考えようよ~。例えばさ~、天使を倒した後にみんなで遊びに行った時は楽しかったよね~》


 黙り込んだ俺を心配して、ヒカリが俺に話しかけてくれている。


《ああ、そうだな。楽しかったな……》

 

 だけど、俺はヒカリとルクスの関係について考えるのをやめらなくて、つい気のない返事を返してしまう。


 そもそも……ヒカリがルクスのパートナー妖精だという予想は、もしかしたらそうあって欲しいという、俺のただの願望かもしれない。


 別の予想──もう一つの可能性について考えた時、俺はその残酷な憶測をヒカリに話す勇気がない。


 俺は都合の悪い部分について、意図的に目を逸らしている。

 例えば、沙希の姿でが風呂やトイレに入るのを咎めるのは分かる。


『……美少女は言い過ぎだよ~。あと恥ずかしいからあんまりその姿で変な事はやめてね~?』


 だが、この言動はおかしい。

 かつてのパートナーの容姿が褒められているのに、なぜヒカリが恥ずかしがる?


 自分の姿を褒められたわけでもないのに。


 そう、姿


 もし俺の推測が正しかったとすれば……沙希の姿を褒められる事は、ヒカリにとって姿────


「おーい、勇輝? さっきから黙ったままぼうっとして、一体どうした? スマホ震えてるのにも気付いてないし」

「え?」


 大地に呼び掛けられ、俺の意識は現実に引き戻された。


「ほら。ポケットの中」

「あ……」


 ほんとだ。振動している。

 俺はポケットからスマホを取り出して確認した。

 どうやら、誰かからSNSアプリのグループチャットの方にコメントがあったようだ。


<ふーか:やっほーみんな! こないだの打ち上げ楽しかったねー! あの時の写真貼っておくよー!>

 

 ロック画面を解除してアプリを確認すると、そこには魔法少女五人で撮った写真が投稿されていた。

 天使を倒したあの日に撮ったものだ。


 撮影場所はカラオケ店の中で、私達はみんなで歴代マギキュアのOPを歌ったり(もしかして魔法少女って全員マギキュアファンなんじゃ……)それぞれの学校の話題や魔法少女の話で盛り上がった。


《とっても楽しかったね~……。勇輝はずっと一人で戦ってたから、こんなに大勢の仲間が出来てヒカリは嬉しいよ~》


 俺を通して写真を見たヒカリが、感慨深げに呟いた。


《ああ、そうだな……》


 たしかに……楽しかったし、嬉しかった。

 正体を隠したままとはいえ、四ヶ月前はあんな風に他の魔法少女達と共闘するなんて想像も出来なかった。

 

《いつかノクス……みっちゃんも仲間になるといいね~。えへへ~。ヒカリ、なんだかみっちゃんって呼び方気に入っちゃたよ~。どうしてか分からないけど、すごくしっくりくるんだ~》

《そっか……》


 ────その呼び方がしっくりくるのは、記憶を失う前のヒカリが実際に美月をそのあだ名で呼んでいたからじゃないのか?


「勇輝、お前……」

 

 その時、茜を喧嘩をしていたはずの大地が、いつの間にか俺のスマホの画面を覗き込んで、絶句していた。

 いつの間に後ろに……。念話でヒカリと話し込んでいたせいで、気づかなかった。


「 いや、これは……」


 また巴が学校に来た時みたいに騒がれたら困る。

 俺はさっと写真を手で隠したが……遅かった。


「その写真……」


 写真はばっちり見られてしまったようだ。

 大地はわなわなと肩を震わせている。


「あー……」


 ……俺はこの後の展開を予想して、少しうんざりした。


「そうか……ここ何ヶ月か、俺が土日に遊びに誘うといつも断ってたのは、他校の女子達と遊んでたからなのか! このポニテの子とか前にうちの校門に来てた子じゃん!」


 ほら来た……案の定だ。

 写真を見て誤解した大地は、予想通りギャーギャーと喚き始めてしまった


 教室中の生徒も大地が騒ぐせいで、俺達の方を注目してしまっている。


「ちょ……ほんと、やめろよ騒ぐのは……」


 大地は悪い奴じゃないんだけど、他人の恋愛どうこうの話になるとこうして騒ぎ出し、興奮して大声になってしまうのが玉に瑕だ。

 せっかく、陸上部のエースなのに……大地は普段の態度や言動で台無しにしている。


 まったく……そういう所のせいだぞ、モテないのは。


「あ! いま『そういう所のせいだぞ、モテないのは』とか思っただろ! 自分がモテ始めてるからって見下してただろ!!」

「人の心を読むなよ……あと別にモテてないから! これは……そのとにかく違うから!」


 このままここにいても、誤解はさらに深まってしまう。

 俺は残ったカツサンドを牛乳で流し込み、大急ぎで昼食を終わらせて立ち上がった。

 そして、大地からの鬱陶しい追求を避けるために、教室から逃げ出すのだった。


 

───────────────



「うぅ~……姉貴ィ……。勇輝がリア充にぃ……憎いよぉ……」

「大地、アンタほんとうるさい。あんたが喚くから勇輝も出て行っちゃったでしょ」

「だってぇ……」


 私の愚弟──大地が机に突っ伏して、みっともなく泣いている。

 陸上部で活躍してて、顔立ちも(仮にも私と血がつながっているから当然)まあまあ良いはず大地がモテないのは、こういう態度が心底キモいせいだ。

 

「うぅ……今、姉貴も俺の事キモイって思っただろ……!」


 嫌悪感が顔に出ていたせいか、大地が恨めしそうな顔で私を睨んできた。


「だってキモいし」


 そうハッキリ言ってやると、大地は漫画だったら「がーん」とか擬音が出そうなほどショックを受けた顔をした。


「ひでえ! ひでえよ! 勇輝も姉貴も! うわあああん!」


 そして、大地は大声を上げながら教室を出て、どこかに走り去っていく。

 まったく……一体どこに行くつもりなのやら……。


「あらら。日向君も弟君もどっか行っちゃったね、茜。それなら、今日はこっちで一緒に食べようよー」

「ん、そうする」


 勇輝と大地がいなくなったので、私は話しかけてきた友達──ミキと一緒にお昼ごはんを食べる事にした。


 実は私は、たまに愚弟と幼馴染の勇輝にステラ様の話題を振りに行くだけで、普段はミキや他の女友達と一緒に行動している。

 陸上部に他に友達もいる愚弟の大地はともかく、大地以外友達がいない──作ろうともしない勇輝が心配だからだ。

 

「しかし、茜ってばほんと日向君の事好きだよねー」

「っ!? ちょ……はぁ!?」


 ミキがいきなり変な事を言ったせいで、私は飲んでいた水を吹き出しそうになってむせてしまった。


「べ、別に好きとかそんなんじゃないし……」

「えー? ほんとにー?」

「……ほんとよ」


 まったく……ミキはすぐ恋愛に結びつけるから困る。


 勇輝はただの幼馴染で、腐れ縁だから何となく心配で放っておけないだけだ。

 ……それだけだし、うん。


 私はいつもの癖──右の前髪に付けている撫子のヘアピンを手でいじった。

 こうすると私は動揺したりした時、気持ちを落ち着けさせる事ができるからだ。


「そんな事言ってていいの? 弟君が言ってた通り、本当に日向君に彼女が出来たんならさ~、茜ピンチじゃん! 恋のライバル出現じゃない?」


 ニヤニヤとしながら、ミキがしつこくからかってくる……。

 ミキはどうしても私が勇輝を好きだという事にしたいみたいだ。

 

「だから違うって! そりゃあ、女の子と大勢遊んでるのは心配だけど……前みたいに一人でいるよりはずっといいし……」


 私はそんな風にミキに答えながら、最近の勇輝の雰囲気が変わった事を思い返した。


 一見すると前と同じようにテンションが低いように見える。

 けど、最近の勇輝はどこか目が生き生きとしている……気がする。


「そっかなぁ。正直、変わらないように見えるけど?」

「────ううん。変わったよ。勇輝は」


 去年までの勇輝は……なんていうか目が死んでいた。


 私達と話をしていてもどこか上の空で、笑顔もどこか乾いていた。

 放っておくとどこかにフラフラと消えてしまいそうな危うさもあって、勇輝の妹──日和ちゃんもよく私にその事を相談をしていた。


 可哀想に…………。


「私は勇輝が元気でいてくれるなら……それでいいよ」

「健気だよねぇ、茜は……。ステラ様が好きすぎる以外は良い子なのに、日向君も罪な男だよね」

「ちょっと!? ステラ様が好きなのは別にいいでしょ! よくない事みたいに言わないでよ!」


 私が必死にそう言うと、ミキはやれやれと肩をすくめる仕草をした。


「なにその態度は……」 


 私は少し苛ついた。

 そもそも、好きとかそんな程度の気持ちじゃない。

 ステラ様は……私にとって希望の星だ。


 勇輝と大地にも言っていないけど、実は私はステラ様を見たことがある。

 四ヶ月前の一月──魔獣に襲われていた私の前に、ステラ様が颯爽と駆けつけて助けてくれたのだ。


 マギメモで注目される前の事だから、ステラ様はまだ活動初期の頃だったんだと思う。

 その証拠に、ステラ様はまだ戦いに不慣れな様子で苦戦していた。

 けれど、それでも魔獣相手に一歩も引かず、私を傷だらけになりながら守り抜いてくれた。

 

 最近のマギメモの記事を見ると、ステラ様は今はあの頃よりもすごく強くなったみたいだ。

 だけど、あの頃の一生懸命なステラ様も素敵だったなぁ……。

 

「ちょっと茜?」

「待って、いまステラ様の事を考えてるから」

「え、ええ~……いきなり!?」


 私はミキに断りを入れ、目を瞑る。


 するとすぐに、あの日の美しくて凛々しい……それでいて私を助けようと一生懸命なステラ様の姿を、鮮明に脳裏に思い返す事が出来た。


 もう一度言うが、ステラ様は私にとっての星──希望そのものだ。


 あの日、ステラ様に助けられた事は誰にも秘密の、私だけの大切な思い出だ。

 どこかの大地ばかみたいに言いふらしたりしない。 


 それに……思えば、ステラ様が私を助けてくれたあの日から、勇輝も少しずつ元気になっていったような気がする。

 私と大地では、何をしても勇輝を元気にする事は出来なかったのに……。

 きっとステラ様のおかげだ。そうに違いない。


 何の根拠もないけど、私はなぜだかそう確信する事が出来た。


「ステラ様……」


 だから、私は今日もステラ様に手を合わせて祈る。


 ミキが「あーあ、また始まったよ……」なんて言ってるけど、無視して祈る。

 私達では無理だったけど、ステラ様なら勇輝をもっと元気に……助けてくれる事を願い、祈る。


 ────ステラ様、どうか勇輝を助けてあげて下さい。


 。どうか……どうか彼の心を救ってあげて下さい。


 そう……私はいつものように、ステラ様に祈った。

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