第三十四話 詰問される魔法少女
な、なんで、巴はいきなり泣き出したんだ!?
《ひ、ヒカリ? ヒカリさん!? どうすればいい!?》
助けを求めて俺はヒカリに念話で呼びかける──が、なぜか返事はない。
いつもなら「あ~女の子を泣かすなんて最低だよ~」とかうるさく言ってきそうなのに。
ヒカリのやつ……。
「と、巴!」
ともかく、謝るしかない。
「悪かった!」
泣き続ける巴に俺は必死に頭を下げ、謝罪の言葉を並び立てた。
「ほんとに悪かったよ! 訓練も魔獣と戦う回数も少し減らすから!」
だけど、駄目だ……全然泣きやまない。
「ほ、ほら! もうすぐ七月だし、夏休みはみんなで海に行こうって風歌さんが言ってただろ? 海では羽根を伸ばして思いっきり休むよ! あとは……そうだ! 美月も誘おう! 美月も天使と戦ってからは魔法少女を襲ったりしてないみたいだし、心変わりがあったのかもしれない。今なら仲直りして、一緒に戦ってくれるんじゃ────」
楽しい話題にも変えてみてけど、やっぱり駄目だ。
巴は俯いたまま、顔を上げてくれない。
頬を伝う涙が、ポツポツと足元を濡らしてしまっている。
だけど、何でだ……何が悪かったんだ?
さっきの会話の何が、巴をそんなに傷つけたんだ?
俺が訓練ばかりしているのを咎めるのは……まあ分からないでもない。
けど、なぜ突然泣き出す?
「あ……あとは、そうだな……えっと……」
もう、どうしていいのか分からない。
話す話題も完全に尽きてしまった……。
しかも、さっき巴が言っていた通り、ぽつぽつと小雨も降り始めている。
それなのに巴は持ってきた傘を差さず、黙って俯いたまま。
このまま放っておいたら、いつまで経っても傘をささないかもしれない。
「その……濡れるぞ?」
俺は渡された方の傘を広げて、巴をその中に入れた。
「……そっくりですね」
俯いたまま、巴が呟くように言った。
「え?」
「そうやって頑張りすぎちゃう所も……一人で戦いたがる所も……」
「そっくりって誰に……ていうか一人で戦いたがるって何の事だよ。最近はずっと巴と一緒に戦ってただろ?」
「私が密着取材だって言って無理矢理着いて来るから仕方なく、ですよね?」
違う……誤解だ。
実際、ついさっきだって俺は巴が一緒に戦ってくれる事に、心の中で感謝していたはずだ。
巴の言っている事は見当違いだ。
「────っ」
そのはずなのに……どうして俺の心はざわついているんだ?
なんで何も言い返せない?
「ほら、やっぱり……」
責めるような、諦めるような巴の言葉は、俺の心をひどくざわつかせる。
なぜか息苦しくて、落ち着かない。
「先輩はどうして魔法少女と一緒に戦わないんですか?」
「なにを……この間も天使と戦って────」
「その天使と戦ったのだって、もう一ヶ月も前ですよ? 」
「それは……」
落ち着け……この問いかけに対しては、きちんとした答えが返せるはずだ。
俺は深呼吸をして、なるべく気分を落ち着かせてから、巴の質問に答えた。
「……それは俺だけ正体を隠したまま戦うのが、後ろめたく感じるからだ」
「答えになってません。天使の強さは身に沁みて理解しましたよね? それなのに、本当にそんな理由で、一度もローズ達と一緒に戦うどころか、訓練すらもしないんですか? 天使が一人で倒せない相手なのは、この間の戦いでよく分かってますよね?」
「いや、それは……」
もう、何も言い返す事が出来なかった。
たしかにそうだ……みんなに正体を隠しているのが後ろめたい、なんて言い訳にはならない。
そんな俺の個人的な事情よりも、みんなで訓練をして、いざという時の連携を強化したほうがいいに決まっている。
……天使は一人では倒せないのだから。
そんなことは分かっているけど……じゃあ、俺はなぜみんなと一緒に戦わないんだ?
みんなを無意識のうちに避けているんだ? 本当に正体が男だと知られたくない、という理由だけなのか?
「…………」
本降りへと変わり始めた雨が、俺を激しく打ちつけている。
人気のない遊園地にいるせいか、雨の音が痛いほど耳に響く。
「結局……」
巴は雨の音に負けないように、少し声を大きくしながらまだ話を続ける。
「正体が男だから気後れするっていうのも嘘ですよね。結局、先輩は一人で戦いたいんですよ」
「……違う。それじゃノクスと同じだ。一人の戦いには限界がある。みんなで協力して魔獣と戦うべきだと思ってるよ」
「思ってるだけです。必要に迫られて、仕方なく共闘する必要があるからそうするだけで、本当は一人で戦いたいんですよ、先輩は」
「違う……俺は!」
巴に本音を見破られたような気がして、俺はつい大声を上げてしまう。
「俺は……なんですか?」
だけど、巴は俺の大声に怯むどころか、逆に顔を上げて睨みつけてきた。
「毎日、何かに追い詰められるように過度な訓練したり、一人でたくさんの魔獣を封印したりするのも、強くなって一人で戦いたいからなんじゃないんですか!?」
そして……巴は拳を固く握りしめ、より熱の籠もった口調で俺を追い詰める。
「天使との戦いで私と先輩以外の魔法少女が気絶した時もそうです。どうして一人で天使に立ち向かったんですか? あのまま他の魔法少女達が誰も起き上がらなかったら先輩は死んでたんですよ? 魔法少女に変身した影響で誰でも恐怖心が薄まるものですけど、それにしたって異常ですよ!」
「それ、は……あの時はああしないと、誰も助からないから仕方なく────」
俺は俯いたまま、弱々しい声でなんとかそう言い返す。
それが精一杯だった。
「それも嘘です!」
だが、巴はそんな俺の言い訳をピシャリと否定し、
「先輩、笑ってました! これから死ぬかもしれないのに……あれは強がりじゃなくて、本当に嬉しそうでした! 先輩は本当は一人で戦って、
そんな決定的な一言を口にしてしまった。
「────っ」
そしてその瞬間、俺は脳天を貫かれるような衝撃を受けた。
「何をバカな事を」と言い返したいのに、なぜだか言葉が出ない。
これじゃまるで、巴が言う通り本当に死にたがっていると認めているようなものだ。
「ちが────」
「違いません!」
言い訳も嘘も許さない──そう言いたげな顔で巴は俺を怒鳴りつけ、睨みつけている。
「……っ」
俺はうろたえ、逃げるように後ずさり、そのせいで巴は傘からはみ出し、雨に濡れてしまった。
けど、巴はそんなことは全く気にせず、激しい雨に打たれながら、逃げる俺を追いかけるように一歩前に出る。
「そういう所が! 自分の犠牲を顧みない所が……自分を追い詰める所が────」
────だけど、それまで激しい口調で俺を問い詰めていた巴は、ある人物の名前を口に出した事で勢いを失ってしまう。
「先輩は
「……え?」
マジカル・ルクスが……沙希?
いま……たしかに巴はそう言った。
その名前は俺が──ヒカリがイメージした少女の名前のはず。
「巴……」
俺は驚いて、目を見開いて巴を見つめる。
「…………っ」
ルクスと沙希の名前を口に出した巴自身もまた、驚いた顔で固まっていた。
そして、巴の視線は俺ではなく、その背後──いつのまにか、俺の中から姿を現していたヒカリに向けられている。
「ルクスが……沙希? じゃあ、私はやっぱり……」
ヒカリはとてもショックを受けたような顔で、呆然と巴を見上げていた。
……あの反応からすると、ヒカリも俺と同じような予想をしていたのかもしれない。
ヒカリが思い浮かべた少女──沙希。
彼女がマジカル・ルクスの変身前の姿だという予想を。
そして、沙希が
「ヒカリちゃん……ごめんなさい」
巴がとても申し訳なさそうな顔で頭を下げ、ヒカリに謝った。
「いつか話そうとは思っていたの……。だけど、今は……」
「うん……大丈夫。分かってるよ。勇輝に言うべき事をちゃんと言ってあげて……」
二人は互いに見つめ合うと、なにかに納得したように頷き合った。
けど……俺はまったく納得出来ない。
それどころか、まだ俺に説教を続けようとする巴に俺は少し苛ついた。
「なんだよ……それ」
俺に説教をする時はずいぶん威勢がよかった癖に……どうしてヒカリの事については口籠るんだ?
今は俺の話なんかより、どう考えてもヒカリの話のほうが重要なはずだ。
「俺のことなんかもういいだろ! それよりヒカリの事だ。途中まで言いかけたんだ。このまま詳しい話をしてくれ」
俺は言葉に怒りをにじませながら、ルクスの話の続きを促した。
だけど、巴は悲しそうな顔でゆっくりと首を振って、続きを話そうとしない。
「よくないですよ……先輩こそ、私の話を聞いて下さい」
「これ以上、なにを……!」
「それは……」
俺が問い詰めると巴は口籠り、目を逸らしてしまった。
自分で聞けと言ったくせに、俺への説教の続きもなかなか話そうとしない。
「────っ」
さっきまで、あんなに一方的に俺を問い詰めていたくせに……!
言うつもりの無かったルクスのことを口にしたせいで、さっきまでの勢いが無くなってしまったとでも言うのか?
……だとしたら勝手な話だ。
《勇輝、落ち着いてよ……》
巴の煮え切らない態度に苛つき始めていた俺を、ヒカリが念話で宥めてくる。
だけど、逆効果だ──余計に腹が立ってきた。
そもそも……自分に関係のある話なのに、ヒカリは何も気にならないのか?
俺がどうとか──そんな、どうでもいい話のほうが大事なのか?
「────っ」
……ああ、駄目だ。
このままじゃ、今度は俺の方がキレてしまうかも。
結局、巴はまだ黙ったままだし……。
今はひとまず、ヒカリとルクスの関係性について考えることにするか……。
まず、今さっき巴が口を滑らした事実──沙希の姿がルクスの変身前だという話だ。
ルクスの変身前が沙希の姿だとしたら、巴が俺に接触してきた理由も分かる。
この世界から消えたはずの
きっと、そのために巴は密着取材がどうとか言って、この一ヶ月間ずっと俺の側にいたのだろう。
だとすると……巴はヒカリにルクスの時の記憶がない原因を知っている可能性がある。
なにせ、巴には『情報』のギフトがある。
どこかのタイミング──たとえば今日みたいに一緒に魔獣退治をしている時に、こっそりヒカリを分析することだって出来る。
もし分析を終えているのなら、聞きたいことは山ほどある。
ヒカリが元は人間だったとして元の姿に戻れるのかとかもそうだし、世界卵の欠片とか、天使のことだって気になる。
……やっぱり、どう考えても俺のことなんかよりも、ヒカリや世界卵の話の方が重要だ。
もう二分は経つが、巴はいつまで経っても口を開こうとすらしない。
なら……もう俺の事はいいだろう。
「とも────」
しびれを切らし、俺が巴に呼びかけようとしたその時────
「……先輩」
巴がようやく顔を上げ、喋り始めた。
「あなたがそんなにも自分を追い詰めるのは……」
そして、俺は……
「亡くなった
「──────」
巴のそんな一言に、言葉を失った。
無人の遊園地の中────
俺と巴は、互いにそれ以上なにも言えなかった。
頭が真っ白になって、あの後どうやってそれぞれの自宅まで帰ったのか、まるで覚えていない。
ただ、激しい雨の打ち付ける音と、巴の最後の一言が……いつまでも耳にこびりついて離れなかった。
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