第二十九話 応援される魔法少女
「先輩……」
あんなにボロボロなのに……。
先輩達は天使を倒しに向かってしまった。
私も一緒に行きたかったけど、天使がまた転移してくる可能性を考えると、誰かが結界内に囚われた人達を守る必要があった。
だから、遠くからでもみんなを『情報』のギフトでサポート出来る私が、囚われた人達を逃がすのが最適だと、頭では理解出来る。
理解出来るけど……納得は出来ない。
本当は見ず知らずのここの人達よりも、みんなを助けに行きたい。
「…………」
そんな複雑な気持ちを抱えたまま、私は後ろを振り返る。
結界内に囚われた人達の表情は暗く、ノロノロと重い足取りで私の後ろをついて歩いていた。
ほとんどの人は絶望した表情のまま一言も喋らない。
ボソボソと何かを喋っている人もいるけど……
「もうおしまいだ……俺達ここで死ぬんだ……」
「いやぁ……なんでこんな……」
「くそっ……魔法少女があんなにいるのに……使えねえ」
その内容は、聞くに堪えないものだった。
「────っ!」
先輩達が、今も諦めずに戦ってくれているのに……この人達は……!
この人達の絶望が天使を回復させてしまうのは、仕方がない事だと頭では分かっていてる。
だけど、絶望するだけでなく無責任に先輩達を非難までし始めるこの人達に、私はどうしても怒りを感じずにはいられない。
だって、囚われた人達の先輩達に対する無責任な態度は、かつて
《クローラ……大丈夫か?》
アルがそんな私の気持ちを察して、気遣ってきてくれている。
けど、全然大丈夫なんかじゃない。
胸の中にドス黒いものがうずまいていて、もうぐちゃぐちゃだ。
「────っ」
こんな……こんな風に無責任に魔法少女を非難をする人達ばかりだから
私は先輩達を助けに行かず、ここでこんな人達を守っていて本当にいいんだろうか?
そんな迷いが私の中で生まれ始めた時、
「おい……お前、今なんて言った! 俺達の為にあの化け物と戦ってくれているステラたんを……魔法少女達を『使えねえ』って言ったのか!」
一人の男の子の怒声が響き渡った。
「あの人……」
たしか先輩の友人──大地さんだ。
大地さんは『魔法少女を使えない』と非難した男性の胸ぐらを掴み、怒鳴りつけていた。
「な……なんだよ! お前! 本当の事だろ!? 」
急に掴みかかってきた大地さんに怯えながら、男性は言い返した。
そして、私を指差しながら
「ここにいるそいつも含めて六人も魔法少女がいるのに、それでも勝てないんだぞ! あいつらのせいで俺達は死ぬんだよ! あの化け物に喰われて死ぬんだよ!」
また私達魔法少女を非難し始めた。
「死ぬ……か」
大地さんはそう呟きながら、男性の胸ぐらから手を離した。
そして周りの人達を見渡した後、今度は諭すような口調で話し始めた。
「あの化け物が怖いのは分かる。俺だってせっかくステラたんに会えたのに、その喜びもぶっ飛びそうなほど怖いよ……。けどな、それってあの魔法少女達だって同じなんじゃないのか?」
「……え?」
大地さんの言葉を聞いた男性は、そんな事は想像すらしてなかった──そう言いたげな表情でぽかんと口を開ける。
「いや、でも……あいつらは俺達にない魔法の力があって……」
男性は少しバツの悪そうな顔で目を泳がせながら、尚も言い訳を口にする。
「……いいか? そんな魔法の力があっても!」
そんな男性の態度に苛ついたのか、大地さんはまた次第にまた語気を強めていく。
「魔法少女達は一度はあの化け物に負けて……傷ついて倒れた! もう一度戦えば今度は死ぬかもしれない! 一度負けた相手だし、きっとあの子達も怖いはずだ! なのに……なのに、それでも俺達を助けるために彼女達はあの化け物に立ち向かってくれてるんだぞ!? それでもあんたは役立たずだ、使えない、俺達が死ぬのは彼女達のせいだって責めるのか!?」
「それは……」
大地さんの言葉に男性も、そして周りの人達も静まり返った。
気まずさから目をそらす人、申し訳なさそうにうつむく人、泣いている人。
みんな様々な反応で、大地さんの言葉に共感を示していた。
「よし……」
大地さんはそんな周りの人達の反応を見て、満足そうに頷いた。
「俺達が今する事はステラたん達を責める事でも、ここで絶望する事でもないはずだ! 古今東西、魔法少女達に俺達一般人が出来る事はただ一つ!」
そして、大地さんは突然自分の鞄をゴソゴソと漁り始め、その中から
───────────────
天使の触手が、また私を拘束しようと迫ってくる。
「────ハァッ!」
私はその触手をなんとか掻い潜り、天使の懐に潜り込んだ。
そして、ありったけの魔力を込めた、剣による一撃を天使に喰らわせる。
「ギイイイイィイ!!!」
悲鳴を上げて苦しむ天使。
剣による一撃は天使の胸元をえぐり、内部のコアを露出させる事に成功した。
私は天使が苦しんでいる隙に、露出したコアを破壊しようとさらに接近する。
だけど……
「くっ……再生が早い!」
私が接近するよりも前に、天使のコアは無数の翼に覆れ、傷口も再生してしまった。
《ステラ! 攻撃が来るよ!》
「────っ」
もう反撃してきた!
ヒカリの言葉を聞いてすぐ、私は距離を取るために跳躍した。
だが、跳躍するよりも前に、既に天使の全身の目から怪しく光り始めていた。
天使は私に回避する隙を与えない。
ローズ達の花びらを破壊したあの攻撃──全身の目から光線を天使は放とうとしている。
「危ない! ステラ!」
そうして、天使の目から光線が放たれる寸前──シルフィの『風』が私を包みこみ、天使から引き離してくれた。
直後、天使は全身の目から光線を一斉に照射した。
助かった……。
私はほっと一息つきながら、天使の目から放たれた光線が、周囲の廃墟を粉々にする様子を見つめた。
「ひえー……」
軽く悲鳴を上げ、シルフィは体をぶるっと震わせる。
シルフィの風で私達はかなり距離を取ったはずなのに、振動がここまで伝わってくるなんて……。
天使の光線による破壊の衝撃は、まるで小さな地震でも起きているかのように、地面を揺らしていた。
もし、あのまま逃げ遅れたらと思うと、ぞっとする。
「ありがとう、シルフィ」
「いいってことよー! ……でもこれだけ何回も攻撃してるのに、あと一歩倒しきれないねー……」
「……うん」
私はシルフィの言葉に頷きながら、天使に視線を向けた。
天使は疲労しているのか全身の翼を折り畳み、全身の目も閉じて静止している。
大規模な攻撃の後は消耗し、ほんの少しの間動けなくなる──姿形は変わっても、攻撃パターンは人型だった時と同じだった。
だから私達はその隙を突くために、魔法やギフトで幾度も天使を翻弄し、攻撃を与え続けている。
けれど何度攻撃を繰り返しても、天使は傷ついてもすぐに再生してしまう。
私達はさっきからずっと、天使の弱点のコアにトドメの一撃を届かせる事が出来ずにいた。
「……っ」
じわりと、汗が顎を伝って地面に落ちた。
このままでは天使を倒すより先に、私達の魔力が先についてしまう。
一方的に攻撃を与え続けているのに……天使にじわじわと追い詰めらているのは、私達の方だった。
「──っ! また動き始めた!」
天使が再び全身の目が開き、全身の翼も広げ始めた──回復を終えた証拠だ。
天使は全身の目で私とシルフィをぎょろっと見つめると、こちらに向かって突進してきた。
「ステラさん! シルフィさん!」
その天使の前に、ローズとコスモスが立ち塞がる。
「ステラさん達は一旦、下がって回復に専念してください!」
「アタシらの幻惑のギフトで時間稼ぎしますよ!」
コスモスとローズはそう言うと、『幻惑』のギフトで生み出した花びらを天使に吹き付け始めた。
花びらを破壊されると『幻惑』の効果が切れてしまうので、二人は攻撃を必死にかわしながら、何度も何度も天使に花びらをぶつけている。
「────『ミノタウロス』」
コスモスとローズを支援するために、ノクスが残り少ない魔力を振り絞り、魔獣『ミノタウロス』を召喚した。
「グオアァ!」
召喚したミノタウロスは、雄叫びを上げながら地面を殴る。
すると、地面から迷宮の壁をせり上がり、幻惑に囚われたままの天使を覆っていく。
幻惑だけじゃなく、ノクスは物理的にも天使を完全に閉じ込めするつもりだ。
だが、天使は目から一つだけ光線を放つと、壁を一瞬で破壊してしまう。
「まだ!」
ノクスの命令を受けて、ミノタウロスが再度地面を殴る。
そして、壁を破壊して出てくる天使を、また壁の中に閉じ込めた。
天使はその壁をまた光線で破壊するが、
「アタシ達が────」
「逃さない!」
今度はコスモスとローズの花びらが追撃する。
これで天使はまた幻惑の中──あれなら三人の魔力が続く限りは、ずっと天使を閉じ込めておける。
「だけど……」
そう。あれでは決定打にはならない。
だけど、それでもみんな最善を尽くしている──誰もまだ諦めていない。
当然、私も呆れ目ていない。まだやれる事はあるはずだ。
あの中々突破出来ない天使のコアも、次はもっと魔力を込めた一撃を当てる事ができれば……。
例えば、まだ
《……ステラ!》
私が次に何をするつもりなのかを察したのか、ヒカリが固い声で私の名前を叫んだ。
「…………」
私はヒカリに心の中で無言で頷くと、
まだ魔力は完全には回復していないし、万全の状態でもあのコアまで突破出来るかは分からない。
けど、それでもやるしかない!
「よし……!」
そんな一か八かの賭けに出ようとした、その時────
《ステラー! がんばれー!!》
「え?」
声が──私を応援する声が、どこからか聞こえてきた。
《がんばれー!》
子供の声、それも大勢の子供の声だ。
《応援してるぞー! 負けるなー!》
いや、子供の声だけじゃない。
大人の声援も聞こえる。これは一体────
《先輩ー! 聞こえますかー?》
「クローラ!? この声はまさか……」
《そうです! 結界に囚われた人達の声です! みんな私のギフトで戦いを見て応援してくれてるんです!》
「みんなが……この戦いを……」
私を……いや、ここにいる魔法少女全員を応援する声が聞こえる。
しかも、声だけじゃない。
クローラのギフトが、私達の背後に巨大な半透明のスクリーンのようなものを作り出し、応援する人々の姿を映し出してくれていた。
《ステラー! がんばってー!》
《ノクス! がんばれー!》
スクリーンには、マギキュアライトを振って応援する子供達の姿もあった。
子供達は私とノクスの名前を呼びながら、一生懸命ライトを振っている。
「私が……応援されている?」
ノクスは応援される事になれていないのか、ものすごく戸惑っている。
けど、戸惑いながらも、少し嬉しそうな表情もしていた。
《ローズ! コスモス! 負けるなー!》
「わわ……私達応援されてる……これってまるで……」
「まるでアタシ達、マギキュアになったみたい……」
ローズとコスモスも天使に花びらをぶつけながら、感動して涙ぐんでいる。
《シルフィ! いいぞー!》
「私達……みんなにすごい応援されてるー! いい風吹いてきてるよこれー!」
シルフィも嬉しそうにはしゃいでいる。
ノクス達、四人──全員がスクリーンに映った光景に感動している様子だった。
「みんなが私達を……」
大人達も子供と一緒に、スマホのライトを振って私達を応援してくれている。
その光景は、まるで映画の中でマギキュアを応援するワンシーンのようだ。
だから当然、私も目の前の光景には感動していたのだが……
《うおおおおお! ステラたーん!》
……大地が私の名前を叫びながら、マギキュアライトを全力で振り回していたせいで、みんなよりも感動出来なかった。
せめてもう少し普通に応援してくれてたら、私ももっと感動出来たのに……
《なに……あれ……》
周りの人達も、顔を真っ赤にしながら必死に叫ぶ大地の姿にドン引きしている……。
《届け! 俺の愛! ステラたーん! がんばれー! うおおお!》
いつも通り、いや……いつも以上に今日の大地はキモい……。
そもそも、マギキュアライトは中学生以上には配られないはずのに、なんで持ってるのかも気になる。
まさか、売店で買ったんじゃないだろうな?
《一応、フォローすると……絶望してた人々に向かって、魔法少女達を応援しようって言い出したのは大地さんなんですよ、先輩。なかなかいい友人をお持ちですね! ……まあ、ちょっと全力で応援しすぎててキモ……怖いですけど……》
「大地がそんな事を……」
たしかに、マギキュアライトを半狂乱で振り回す大地はキモい。
キモいを通り越して、もう怖いぐらいだ。
だけど……それでも……。
それでも、私の胸には熱いものがこみ上げてくる。
《がんばれー! ステラー!》
いま……大地も含め、大勢の人達が私達を心から応援してくれている。
みんなの声を聞いてから、不思議と体の疲労も和らいでいくような……。
まるで人々の声援が私達に力を与えてくれているような、そんな気持ちに────
「え?」
いや、違う……。
気持ちだけじゃない──私の魔力が、ものすごい速さで回復し始めている!
これはまさか……
?
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