第二十八話 立ち上がる魔法少女 

「オオオォォォ!!」


 天使が咆哮し、地響きを鳴らしながら走り出す。

 まるで大きな地震でも起きているかのような、そんな凄まじい速さと勢いで、私に向かってくる。


「来るか……!」


 私は震える手を固く握り締め、ぎゅっと拳を作った。

 そして天使を睨みつけ、私も走り出した。


 お互いの距離はあっという間に縮まり、 


「グオオオォ!」


 目の前に迫った天使は、私に向かって巨大な前足を振った。

 私は跳躍し、天使が振るった前足をギリギリの所で躱した。


「……っ!」


 だが、攻撃は避けたのに、奴が振るった前足の余波だけで、私を思い切り吹き飛ばされてしまった。


「くっ……来い! ヘル・ハウンド!」


 吹き飛ばされながら、私は空中で魔獣カードを取り出した。

 そして、すばやくそのカードを魔法杖オーヴァム・ロッドに挿入し、魔獣『ヘルハウンド』を召喚した。


「いけ!」

「────グオオオォ!」


 私の命令を受けて、召喚されたヘルハウンドが雄叫びを上げながら、天使に向かって数発の火球を一度に放つ。


 私を攻撃した隙を突かれた天使には、火球を避けきる事は出来なかった。

 火球は天使の顔に全弾命中し、奴の全身は爆発に飲み込まれていく。


「まだだ!」


 このまま押し切る──私は受け身を取って着地しながら、ヘルハウンドにさらに魔力を回した。

 そしてまた数発の火球が放たれ、爆炎の向こうにいる天使に次々と飛んでいく。

 合計数十発程の火球──それらが全て天使に命中し、爆炎の勢いはさらに増した。


「……どうだ?」


 私は疲労で息を切らしながら、爆炎と煙を睨みつけ、その向こう側にいるはずの天使の様子を窺った。


 あの火球には私の魔力をかなり注いでいるが、それでもあれで天使を倒したなどとは思っていない。

 パワーアップしている以上、きっと体の強度も上がっているに違いない。

 だけど、さすがに全くの無傷という事はないはずだ。


 翼を切り裂いた時のように、天使に少しでもダメージがあれば……。


 しかし、そんな私の淡い期待は……


「────っ!?」


 全身の翼をはためかせて爆炎を吹き飛ばした天使が、火傷一つない姿見せてきたせいで、脆くも崩れ去ってしまった。


「無傷……か……」


 大したダメージがないのは覚悟していたけど、まさかここまでとは……。


 天使は戦慄している私を見て、目を細めてにやりと笑う。

 そして、口を大きく開いた。


「また攻撃をするつもりか……!」


 まずい──さっきは奴が攻撃した隙をついて攻めたけど、今度は逆だ。

 私はともかく、ヘルハウンドは何十発も火球を放った余波で動けない!


「くっ……! ごめん、ヘルハウンド!」


 私はヘルハウンドに謝って、走り出した。

 ヘルハウンドをカードに戻さずに置いていったのは、囮にするためだ。

 置いていけば、天使はまだ動ける私ではなく、消耗して動けないヘルハウンドを先に始末するはず。


 そして、走り出した私が充分に距離を取った後──天使は口から光弾を発射して、やはり動けないヘルハウンドを攻撃した。

 

「グオオオオォォ!!」


 光弾が命中し、ヘルハウンドの断末魔の雄叫びが響き渡る。


 やっぱりとんでもない威力だ……。

 天使の光弾は、たった一撃でヘルハウンドを跡形もなく消し飛ばしてしまった。


「くっ……だったら、次は!」


 私は光弾の余波から魔力障壁バリアで身を守りながら、次のカードを取り出そうと腰のカードホルダーへと手を伸ばす。


「────なっ!?」


 だが、私の手はホルダーへと届く前に何かに掴まれてしまった。

 でも、一体何が……困惑しながら、私は自分の手を見ると、


「これは……!?」


 絡みついたのは、なんと天使の舌だった。


 天使の口から無数の舌が触手のように伸びていた。

 しかも、舌は私の手だけじゃなく、全身にも絡みついてくる。


「くっ…… やめろ……! はなせ!」


 私は必死に身を捩らせてもがく。

 けれど、魔力を振り絞り、身体能力を強化しても触手はびくともしない。


 天使の舌によって手足の自由を奪われて、私は完全に拘束されてしまった。


「うっ……」


 私を天使の舌にじわじわと締め上げられ、悲鳴を上げた。

 締め上げる力は徐々に増していて、どうにもならない。


「ああ!」


 そうして、私が何も出来ずに呻いていると、


「ステラ! 逃げて!この~……離してよ~……!」

「ヒカリ!?」


 ヒカリが実体化して、天使の舌を爪でひっかいたり、歯で噛み付き始めた。

 まさか、私を助けるつもりなのか!?


  だけど、無茶だ!


「ヒカリ……引っ掻いても……天使には……」

 

 くそ……首にも舌が巻き付いているせいで、上手く喋れない。

 

 予想通り、ヒカリの爪は天使の触手に傷つけるどころか、逆にどんどんボロボロになってしまっている。


「うぅ……このぉ~!!」


 だけど、それでもヒカリは引っ掻くのをやめようとせず、私を助けようとしてくれていた。


「ひ、ヒカリ……駄目だ。実体化を解け……いや、そのまま逃げ────」


 私はなんとか声を出して、ヒカリにもう一度呼びかけた。

 けれど、ヒカリは首を左右にぶんぶんと振って、


「やだ! 逃げない! ステラを置いて逃げたりなんか出来ないよ~!!」


 そう言って、触手を引っ掻き続けるのをやめようとしない。

 ただただ、必死に触手を引っ掻き続けている。

 そのせいで、ヒカリは自分にも触手が伸びてきている事に気づいていない。


 くそ……このままじゃヒカリも一緒にやられてしまう!


 なんとかしないといけないのに、触手のせいで私の意識がだんだん遠のいていく……。

 

「ステラ……そんな!」


 もう駄目だ……ヒカリの声もだんだん遠のいてきた。

 このまま私は死ぬんだろうか……けど、時間は少しは稼げたはず。

 後は、クローラがみんなを上手く逃してくる事を祈るしか出来ない。


「…………っ」


 そして、私の意識がいよいよ闇の中に溶けようとしたその時、

 

「────ステラ!」


 私を拘束していた触手状の舌を、誰かが剣で切断した。


「ギイイイイイイィィ!!!」


 舌を一度に何本も切断された痛みで、天使が悲鳴を上げてのたうち回った。

 そして、拘束が解けた私はそのまま落下していく。

 だが、誰かが地面に激突するより前に、私を優しく受け止めてくれた。


「借りはこれで返したから……」


 私を受け止めた誰かが言った。

 

「君は……」


 この声。それにぶっきらぼうな態度。

 思い当たる魔法少女は一人だけだ。


「ノクス……もう回復したのか?」


 舌を切断して私を助け出してくれたのは、やはりノクスだった。

 ノクスは頷き、そのまま私を抱えたまま移動して天使から離れていく。


「あなた達が戦っている間に少しだけだけど回復が出来た……。ありがとう……」


 そして、顔を少し赤くしながら私にお礼を言ってきた。

 照れているのか、少し目を逸らしながら。


「ギイィ……」


 そんなノクスを、天使は全身に無数に生えている目で睨みつけていた。

 自分を傷つけたノクスを絶対に許さない──とその目は言いたげだ。


「ギイイイイィ!」


 そして天使は奇声を発すると、また地響きを立てながら走り始めた。

 私を抱えて走るノクスを、猛スピードで追いかけてくる。


「おっと待った! 回復したのはノクスだけじゃないよー! はあ!」


 だが、そんな天使を竜巻が行く手を阻んだ。

 この声と、竜巻は────

 

「やっほー! ステラ! ノクス!」

「シルフィ!」


 予想通り、声の正体はシルフィだった。

 風に乗って移動しながら、私達に向かって手を振っていた。


「いつまでも気絶してたら格好がつかないからねー! 」


 シルフィは少し申し訳無さそうに笑いながら、


「それと私だけじゃないよー!」


 自分のギフトで発生させた竜巻の中でもがく天使を指差し、そう言った。


「え?」


 シルフィだけじゃない?


 そういえば……さっき天使を襲った竜巻の事を思い返してみると、あの中にはが巻き込まれていた気がする。


 あれは……たしかローズとコスモスの『幻惑』のギフトが作った花びらだ。


「という事は……」


 私はノクスに抱えられたまま、竜巻の中でもがく天使に視線を戻した。

 天使は花びらに気づかず、竜巻を消し飛ばそうと翼をはためかせていた。

 そして、竜巻の中に巻き込まれていた花びらに触れ、そして、天使はローズとコスモスの『幻惑』の中に囚われた。


 これで天使はもう私達を認識できない。

 その証拠に天使は私達とは正反対の方向へと走り出し、何もない廃墟を攻撃していた。


「遅くなってすみませんでした! ステラさん!」

「助けに来ました……! ごめんなさい、私達だけ気絶しちゃって……」


 天使が私達を見失っている間に、ローズとコスモスが申し訳無さそうな顔をしながらこちらに駆け寄ってきた。


「みんな……」

 

 これで……この場に五人の魔法少女が再び集結した。


 けれど私も含め、みんなボロボロで魔力もそう多くは残っていない。

 対する天使の方は力も増大していて、身体も大きくなっている。

 

 圧倒的に不利な状況だ。


 だけど────


「弱点は胸のコアなんですよね? さっきクローラさんから念話で聞きました」

「さっきと違って弱点が分かってるなら、後はそこを狙うだけですよね! 陽動はアタシ達にまかせてください!」

「回避は私に任せてよー。風のギフトでみんなをあの魔獣……いや、天使? とにかく逃してあげるから!」


 だけど、それでも……それでもみんなは諦めていなかった。

 この五人で力を合わせれば、必ず勝てると信じている──そんな目をしていた。


「みんな……分かってるのか? 今度はさっきよりも危険だ。生きて帰れる保証はない……。それでも────」

「それでもです! それでもステラさんと一緒に戦います!」


 私の言葉を遮り、コスモスが大声でそう啖呵を切った。

 初めて会った頃は、俯いてもじもじとしていたコスモスが、こんなに堂々と私に意見するなんて……。


 どうやら彼女はまた、随分と成長したようだ。 


《……先輩、聞こえてますか?》

「クローラ……」


 その時、私の脳内にクローラの念話の声が届いた。


「クローラ……あそこにいた人達は……」

《みんな無事です。私の側にいます》


 念話から聞こえるクローラの声がどことなくそっけなく、固い。

 なんとなく棘が感じられるような気が……。

 

「あの……なんか怒ってる?」

《べっつに~? 怒ってませんけど?》


 嘘だ……絶対、怒ってる。

 あからさまに不機嫌そうな声だし。


「いや、その……悪かったよ」


 私はノクスの手を借りて立ち上がりながら、クローラに念話で謝罪をした。


《……一人で無茶しないでくださいよ、先輩。先輩が死んだらもうからかって遊べないし、私も少しは……悲しいですから》


 すると、クローラはふてくされた声で私にそう言った。

 さっきは泣いていた癖に……相変わらず素直じゃないな。


「クローラ……。ああ、すまない。もう一人で無茶はしない。また力を貸してくれるか?」

《……はい。天使の核の正確な場所は、私の『情報』のギフトでみなさんの脳内に視覚情報として表示させます。他にも何か分かったらすぐ連絡します》

「ありがとうクローラ。助かるよ」

《必ず、生きて帰ってきて下さいね……必ずですよ?》


 クローラは何度も、何度も念押ししてくる。


「ああ、必ず生きて帰る。約束する」


 私はクローラにそう強く断言し、念話をひとまず終えた。

 そして、みんなの方を振り返る。


「…………」


 すると……なぜかノクスがじっと私を見つめていた。

 一体、何なんだろう……。


「あの……」


 気になって私が話しかけると、


「ふん……」


 ノクスはそっぽを向いてしまった。

 そして、そのままこちらを見ずに、


「……今回だけ。今回だけ力を貸してあげる」


 ノクスは私に向かって、そう言ってくれた。


「ノクス……」


 よく見ると、ノクスの耳は少し赤くなっている。

 今はそっぽを向いているから分からないけど、きっと顔も赤くなっているはずだ。


 まったく……クローラと同じで素直じゃないな、この子も……。



「────グオオオオォォォォ……!!」


 私達が話している間に、切断された舌の再生を終えたのか……天使がまた雄叫びを上げた。

 そして、無数の目からビームを放って花びら消し飛ばし、『幻惑』のギフトを解除してしまう。


「あーあ……。流石に三回目は通じないかぁ」

「仕方ないよローズ……。でもわざわざ迎撃したって事は、当て続けていれば今の天使にも効果はあるって事だよ」


 だけど、ローズとコスモスの表情には、驚きも絶望の色も浮かんではいなかった。

 冷静に幻惑を解除した天使を分析している。


 二人は本当に強くなった……私は改めてそう感じた。


「オオオォォ……」


 そんな二人を、天使が唸り声をあげなら無数の目で睨んでいる。

 今度は笑みではなく、今の奴は怒りをにじませた目で。

  

 回復したノクスが加わっているとはいえ、四人で戦っていたさっきよりも状況は悪い。

 天使はパワーアップしているし、私達は全員魔力をかなり消耗している。

 けど、不思議といまの私は──私達はまったく負ける気がしなかった。

 

「行くよ、みんな! 奴を……天使を今度こそ倒す!」


 私はそう宣言し、みんなの方を振り返った。

 すると、みんな力強い目で私を見つめ返し、深く頷いてくれた。

 

 前言撤回──不思議なんかじゃない。

 この頼もしい四人の魔法少女とクローラのサポートがあれば、天使がどれだけパワーアップしても負けはしない!


 強い覚悟と決意を胸に……私達魔法少女と天使──その最後の戦いの火蓋が切られた。

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