第二十七話 足止めする魔法少女

 ────────…………。


 …………。


《……テラ! ……ステラ!》


 ────声が……どこかから、声が聞こえる。


《ステラ! 起きてよ~!》


 誰だろう? 私の名前を呼ぶのは。

 頭の中、いや……心の中に響き渡る、この声は……。


「ステラ! 起きて~!」


 心の中で聞こえていた声が現実で、それも大きな声で聞こえ始めた時、


「うっ……」


 ようやく、私は目を覚ました。

 

「……ヒカリ?」


 あの声は間延びした声は多分、ヒカリだ。 

 寝起きなせいか、まだ頭がぼんやりとするが、それでも分かった。


「ステラ!? 起きたの!」

「うわっ!?」 


 目を覚ました私に、ヒカリが勢いよく抱きついてきた。

 腰の辺りにぎゅっとしがみつき、泣きじゃくっている。


「ステラ~! よかった~……ようやく目を覚ましたよ~」

「ああ……」


 私はヒカリの頭を撫でながら、固い声で返事をした。

 声が固いのは、自分がいつ、そしてどうして眠っていたのかが思い出せないからだ。

 

 私は一体、どうして……。

 たしか、みんなと一緒に天使を凍らせて、それから──……。


「大丈夫~? すごい爆発だっけど、怪我はない?」

「爆発……あ!」


 そうだ……私達は天使の自爆に巻き込まれたんだった!

 

 ようやくその事を思い出し、私は慌てて自分の体を確認した。

 変身はまだ解けていない──ステラの身体のままだ。

 あの時、とっさに魔力障壁バリアを張ったおかげだ。


 だけど……みんなは?

 みんなは無事だろうか? 一瞬の出来事だったから、みんなもバリアを張れたのかどうか、確信が持てない。


「ヒカリ! 他のみんなは無事!? それと私は何分ぐらい気絶してた!?」


 私はヒカリの肩を掴みながら、みんなの無事を確認をした。

 ヒカリは私の必死な様子に少し驚きながら、


「えっとね〜。あの時、ジャックフロストとハーピィが盾になってくれたおかげで、みんな気絶してるけど無事だよ~。ステラが気絶してたのは五分ぐらいかな~。みんなはすぐほら、あの辺りにいるよ〜」


 そう言って、すぐ近くの廃墟の瓦礫の上を指差した。

 慌ててヒカリが指差した方角を見ると、たしかにノクス達の姿があった。

 そしてヒカリの言う通り、気絶はしているが変身も解けていない。

 ただ爆発のショックで気を失っているだけで、全員無事だった。


「よかった…」


 みんなの無事を確認し終えて、私はほっと胸を撫で下ろした。

 だけど、すぐにまた不安が私を襲った──天使の事だ。


「ヒカリ。天使は……天使はどうなった? あの爆発で消滅したのか?」

「それが……」

 

 私の問いかけにヒカリは言葉を濁しながら、天使が爆発した方角へと視線を向ける。

 そこには爆発の煙がもうもうと立ち込めていて、周りの廃墟は爆発で粉々に消滅していた。

 水面にも巨大な穴が穿たれていて、爆発の凄まじさを物語っている。


 だが、その穴の中心地……そこには────


「な……!?」


 そこにはなんと、使が浮遊していた。

 しかも……


「無傷!? いや、それどころか片翼が再生している……!?」

「あの爆発の後、天使は一度は消滅したんだけど~……すぐに再生し始めちゃったんだよ~……」

「そんな……」


 さすがに、私は言葉を詰まらせるしかなかった。

 いくらなんでも絶望的すぎる。

 

 まだ私の魔力には余裕があるが、また天使が完全に再生してまた光弾を無数に作り出し始めたら今度こそ打つ手がない。

 逃げ切れないし、そもそも他の魔法少女達が気絶している以上、一人だけ逃げるなんて選択肢がまず取れない。

 そして攻撃を防ぐにしても、光弾は一発防ぐのが精一杯な威力がある。

 またあんな数を一斉に発射されたら、他の魔法少女を守りきれない……。


 完全に詰みだ──勝ち目はないだけならまだしも、自分を犠牲にしても他の魔法少女達を守る術も思いつかない。


「くそ……」


 どうすれば……どうすれば皆を守りきれる?


 必死に頭を働かせてはみるものの、良い考えは浮かんではこない。

 いまこの瞬間にも天使が攻撃を再開するかもしれないと思うと、ただ焦りが募るだけだ。


「くっ……!」


 私はそれでもなんとか気力を振り絞り、魔法杖オーヴァム・ロッドを構えた。

 無駄な足掻きだと思いつつも、ひとまず天使を睨みつけ、奴の出方を窺う。


 だが……


「……?」


 どういうわけか、天使はいくら待っても攻撃を再開する事はなかった。

 もう一分は経つのに、天使は何もせず下を向いたまま動かない。


「……なんだ? どうして攻撃してこないんだ?」

「ほんとだね~……あ! もしかして天使もあの爆発で消耗してすごく疲れているとか~……?」


 私の疑問に、ヒカリがそんな思いつきを口にした。

 たしかにあれほど威力の爆発なら、あり得る話だ。


「もし本当にそうだとしたら……」

「うん。追い詰められたのは私達じゃなくて、消耗した天使のほうなのかもしれないね~!」


 無傷の天使を見た時はもう駄目かと思ったが、それならまだ希望はあるかもしれない。

 こちらも消耗しているが、私の魔力にはまだ余裕がある。

 他のみんなも気を失っているだけで、まだ戦う力は残っている。


 天使の消耗の度合いによっては、このままみんなが起き上がるのを待たずに一人でトドメを刺したほうがいい可能性すらある。

 だけど……


「でも、罠かもしれないよね~……」


 そうだ、まだ本当に消耗していると決まったわけじゃない。


 ヒカリが言うように、ああやって動かないのは、私が油断して接近するのを誘っているから……という可能性だってある。

 なにか確信が……奴が消耗しているという確たる証拠が欲しい。


 そうして、私が消耗しているかもしれない天使の前で動けずにいたその時、


《先輩! 聞こえてますか!》


 クローラからの念話の声が頭の中に届いた。

 

「クローラか!? ああ、聞こえているよ」

《よかった……無事なのは確認出来てたんですけど、誰も応答がないから心配しましたよ……》


 そうか……クローラも呼びかけてくれていたのか。

 ヒカリの声しか聞こえていなかったのは、爆発のせいで一時的にクローラの『情報』のギフトとの繋がりが切れていたからだろう。


「ごめん、心配をかけた。それで天使の事なんだけど……」

《はい、こっちでも天使の今の状態は確認していますよ。天使の体は再生しちゃってますけど、内部のエネルギーはだいぶ減ってます。多分、さっきみたいな光弾を無尽蔵に作り出すのは無理だと思いますよ》

「やっぱりか……」


 おそらく天使はあのまま私達に拘束されたまま、ジワジワとやられるのを避けたかったんだ。

 だから、エネルギーを大量に消耗して、大爆発を起こしたんだ。

 そしてそれはつまり、私達の連携にかなり追い込まれていた証拠でもある。


《あ、それと先輩。今更ですけど、天使の弱点らしき部分が判明しました。あいつは再生する時、胸の内部にある光る核のようなものを中心に身体を作り直していました。多分、そこが奴の弱点です。そこさえ壊せば……》

「────天使を倒せる!」

《そういうことです!》


 クローラが明るい声で断言した。


「よし……」


 私はそんなクローラの声に力を貰いながら、魔法杖オーヴァム・ロッドを構え直し、天使を睨みつけながらどう攻めるかを考える。


 今の天使が消耗している。だけど、それでも奴の近接戦闘能力は危険だ。

 ここはヘルハウンド達を召喚して、火球などの遠距離の攻撃からじわじわと奴のエネルギーを削っていくべきか?

 それとも魔獣カードは自分自身の強化にのみ使い、一気に奴の弱点である核を破壊するべきか……。


《先輩!》


 その時、長考していた私に、またクローラからの念話が届いた。


「どうした!?」


 なにかよくない事が起こったんだろうか。クローラの声に焦りを感じる。


《天使が体内のエネルギーを使い始めました! 何かやろうとしてるみたいですよ!》

「なに!?」


 まさか、また自爆……いや、もう同じ規模の爆発はエネルギーが減っていて不可能なはず。

 だとしたら奴の狙いは、残ったエネルギーで私や気絶している他の魔法少女に攻撃する事か? 

 それとも他になにか狙いがあるのか────


「ステラ! 来るよ~!」

「────っ!」


 ヒカリに言われて前を向くと、天使は右手を前に突き出し、また光弾を作り始めていた。


 あれで私か他の誰かを攻撃するつもりか?

 けど、その数は一つだけ──受け方に工夫を凝らせば、さっきのように一撃で変身解除寸前に追い込まれる事なく受けきれる。


 そんな事は天使だって分かっているはずなのに、なぜそんな無意味な攻撃を?


「まさか……」


 気絶している他のみんなを狙うつもりなのか?

 私は天使の狙いが分からないまま、ひとまずみんなを庇いにいけるように身構える。


「……え?」


 だけど、天使は作り出した誰も攻撃する事なかった。

 どういうわけか突き出した手と光弾を、天にかざし始めた。


「……なんだ? 何をするつもりなんだ?」


 私が困惑しながら、天使のかざした手を見上げた。


 その時、


「うっ……!」


 天使の光弾が激しく輝いて弾け、光の粒となって周囲に飛び散った。


 光の粒は何もかも白く塗りつぶし、そして────……





「……え!? 先輩!?」


 遠くは離れた場所にいるはずの、クローラの声が背後から聞こえてきた──念話ではなく、生の声で!


「な──クローラ!?」


 どうしてここに!?

 私はわけも分からず、慌てて背後を振り向く。


「ステラだ! ステラがなんでここに!? 遠くで戦ってたんじゃ……」

「あれは……天使?」 


 すると、そこにはクローラだけではなく、結界に囚われた人達の姿があった。


「他の人達も!? 」


 私はさらに困惑して、周囲を見渡した。

 そして周囲の景色が、さっきまでいた結界最奥部ではなくなっていた事にようやく気がついた。


「これは……」


 クローラ達が移動してきたんじゃない。

 おそらくあの天使の光によって、私とノクス達の方がクローラ達がいるこの場所まで移動させられてしまったんだ!


「魔法少女達が倒れてる……あの天使に負けたのか……?」

「そんな!?」


 まずい──気絶しているノクス達を見て、結界に囚われた人達が誤解してしまった。

 みんな恐怖で青ざめて、パニックになり始めている!


「もう駄目だ! 逃げるぞ俺は!」

「わ、私も!」


 最悪の事態だ……。

 ショックでその場を動けない人はまだいい。

 だけど、慌てて逃げ出した人達は、広い結界の中をバラバラの方向に逃げてしまっている。

 あれじゃ私とクローラだけで守り切るのは不可能だ!


「くそ……だったら!」

「先輩!」


 私は静止するクローラの声を振り切りながら、魔法杖オーヴァム・ロッドを構えて天使に突進した。


 天使も結界の空間を歪ませるのに相当なエネルギーを使ったはず。

 みんなを守りきれないなら、消耗した天使を今すぐ倒してしまうしかない!


 そう考えての行動だったが、甘かった。

 天使は人質を得るためだけに、ここの転移したわけじゃなかった。


「先輩……! 天使の姿が!」


 クローラが私に向かって叫んだ。


 そして、その瞬間──天使の全身が、無数の翼で覆われ始めた。

 メキメキと異様な音を立てながら、私が接近するより前に天使の外見はあっという間に変化してしまった。


「これは……」


 天使のあまりの変わりように、思わず私は息を呑んだ。


 一見すると神々しい雰囲気すらあった姿はもう見る影もない。

 天使は人型から牙と爪を持った四足獣のような姿へと変化して、五十メートル程の巨体となって私達を見下ろしている。


 しかも、全身を覆う翼の中には────


 があった。


「……うわああああ!!!!」


 そして、その無数の目に見つめられ、囚われた人達はより一層パニックに陥ってしまう。

 出口の無い結界内を逃げ惑う人、絶望しその場で立ち尽くす人、子供を抱きかかえ震える人。

 異形の姿の天使と気絶した魔法少女達を見て、


「────しまった!」


 私はその光景を見て、天使がわざわざ私達ごとここに移動した理由を、ようやく理解した。

 天使が魔獣と同じような存在だとしたら、結界内で絶望する囚われた人達の感情は奴にとって貴重なエネルギーの回復源なはずだ。

 つまり、こうして気絶するノクス達や自分の異形と化した姿を見せる事で、結界内に囚えた人達を絶望させて、エネルギーを得る事──それこそが目的だったんだ!


「先輩! 天使が……天使のエネルギーが……」


 クローラが弱々しい声で私に言う。


 もう…クローラが『情報』のギフトで解析するまでもない。

 天使は目に見えてエネルギーを増大させ、それを全身から漂わせている。

 人々の絶望を喰らった天使は、元通りに回復するどころか、消耗する前よりも強くなってしまっていたた。


「そんな……。これじゃ勝ち目は……」


 そうつぶやくと、クローラは目の前の光景に絶望して膝をついてしまう。

 天使はそんなクローラの姿を、無数の目で見下ろし、勝ち誇ったようにニタリと笑う。


「……いや、まだだ!」


 私も絶望でくじけそうになったが、拳を握ってぐっと堪え、何とか持ちこたえた。


「けど……」


 そんな私を、膝をついたクローラが不安そうな目で見上げた。


 たしかにクローラの言う通り、この状況じゃもう勝ち目はない。

 けど、ここで私まで絶望したら、それこそ天使の思う壺だ。

 私達の絶望を喰らい、奴はさらにパワーアップしてしまう。


 だからいま私がするべきことは、この状況に絶望することなんかじゃない!

 クローラと傷ついたノクス達、そして囚われた人達をここから逃がす事だ!


 ────たとえ、この命に変えても!


「……クローラ」


 私はクローラの名前を呼びながら、彼女の頭の上に掌を乗せた。


「え?……ふえ!?」」


 すると、クローラは変な声を上げた。

 そして、クローラはどうして頭に手を乗せるのかわからないという表情で、私を見上げる。


「…………」


 私はそんな風に戸惑うクローラ見て微笑みながら、そのまま彼女の頭を撫でた。

 そして、クローラの目をしっかりと見つめながら、


「……心配するな。あいつは私が必ず倒す。幸いまだ私の魔力は残っている」


 そう断言して、私は深く頷いた。


「でも……今の天使が相手じゃ……」

「大丈夫だ。かならずなんとかする」


 私はまだ不安そうなクローラに、重ねて言った。


「だからクローラは気絶したノクス達とここの人達を連れて、『情報』のギフトで結界の出口を探して────」


 そして、ノクス達とパニックになった人々を指差して、一緒に逃げるように指示を出すのだが……


「だ、駄目ですよ! 死んじゃいますよ先輩! 勝てっこないですよ! 」


 私を置いて逃げろ──言い切る前に、クローラが話を途中で遮り、大声を出した。


「駄目……絶対に駄目です!」


 そして、拒絶するように首を左右にぶんぶんと振り、私に腕にぎゅっとしがみついてしまう。

 まるで駄々をこねる子供のように、大粒の涙をポロポロとこぼしている。


「クローラ……」


 私はそんなクローラの様子に少し……いや、かなり驚いた。

 あのいつも飄々としてるクローラが、私のために泣いてくれるなんて思ってもみなかったからだ。


「…はは」


 こんな絶望的な状況なのに……私は自分を心配してくれるのが、嬉しくて思わず、笑みが溢れた。


 クローラの奴、意外と可愛げがあるじゃないか。  

 

「先輩……?」


 クローラはそんな私を信じられないものを見たという表情で見つめ、驚いていた。


「なんで……笑ってるんですか! 怖くないんですか! 死ぬかもしれないんですよ!」


 そして、少し……いや、かなり怒った顔で私を問い詰めてきた。

 私は「笑って悪かったたよ」と言って謝り、クローラの頭をまた少し撫でた。


「まあ……そりゃ、怖いさ。けど、ここでクローラやみんなを守れない事の方がもっと怖い。もう……」


 そうだ……それに比べたら、私がここで死ぬなんて事は些末な事だ。

 いや、むしろそれどころか……こんな私が、みんなを守って死ねるなら


 私はいま……本気でそんな事を考えていた。


「先輩……あなたは──」


 クローラは私の答えを聞いて、さっきよりも驚いた表情を浮かべていた。

 そして、私にまだ何かを言おうと口を開きかける。

 だけど、クローラが喋りかけたその時、


「きゃあああああ!」


 天使が動き出し、人々の悲鳴がそこかしこから上がった。


「頼んだぞ! クローラ!」


 もう話してる時間はない!


 私はクローラをその場に残し、異形の天使の元へと走り出した。


「先輩! 待って!」


 クローラはまだ引き止めようとしているが、私はそれを振り切り、加速する。

 そして、魔法杖オーヴァム・ロッドを、全身から強大なエネルギーを放出している天使に向けて構える。

 

 すると、天使は接近する私を全身の無数の目でぎょろっと見つめ、


「────オオオオォォォ!」


 激しい咆哮で、結界全体をビリビリと震わせた。


「うっ……」


 覚悟を決めたはずなのに──それでも、私の手と足が恐怖でかすかに震える程の圧が、天使の咆哮にはあった。


 そもそも、人型の時も圧倒的に強かった天使が、さらにパワーアップして襲ってくると考えると……正直怖いなんてもんじゃない。

 しかも、こっちは消耗したままだ。クローラの言う通り、普通に考えたら勝ち目なんてあるわけがない。

 

 だけど、それでも……それでも逃げるわけには行かない!


 クローラと気絶しているノクス達。

 そして、この結界に囚われた人達を守るために。


 ────たとえこの生命に変えても、私はみんなを守り抜いてみせる!

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