第三十話 穿つ魔法少女
「これ……は?」
魔力が光の粒子なって体の奥から溢れ、私達の全身を光が覆っていく。
光は私達の魔力だけじゃなく、疲労した心と体も回復させ、パワーアップさせてくれている。
全身から膨大な魔力が漲ってきて、今ならなんでもできそうな……そんな気さえしてくる。
「やれる! やれるよこれ! 風が吹いてるよー!」
私と同じように気分が高揚したのか、シルフィが元気いっぱいに叫んだ。
そして、シルフィはただでさえ高かったテンションをさらに高めながら、
「今の私なら、過去最大の瞬間風速を記録出来るよー!」
増大した魔力で、巨大な竜巻を作り出した。
さっきまでとは比較にならないほど大きさで、まるで台風でも来ているようだ。
「それー!」
そして、シルフィは手を大きく振りり、その巨大な竜巻を天使に向かって進行させる。
天使は全身の翼をはためかせて、またさっきと同じように竜巻を相殺しようとするが……
「グオオオオォォ!!」
パワーアップした竜巻の勢いに力負けをして、悲鳴を上げながら天高く放り上げられた。
そして、天使は空中で竜巻に体の自由を奪われ、全身を拗じられながら苦しそうにもがく。
「そのまま……吹き飛べー!」
シルフィが拳を前に突き出して叫んだ。
竜巻にはよほど大量の魔力が籠められていたのか、天使を空中で捉えたまま消える気配が全く無い。
「コスモス! 今のアタシ達ならきっと……!」
「うん……! 今の私達なら何でも出来る気がする!」
ローズとコスモスは二人で頷き合うと、シルフィの起こした竜巻に向かって『幻惑』の花びらを吹きかけた。
さっきと同じように『風』と『幻惑』の檻で天使を閉じ込める作戦──だと思ったが、違った。
人々の声援でパワーアップした二人のギフトは、天使に幻惑を見せるだけにとどまらなかった。
「これは……」
信じられない事に、花びらを巻き込んだ竜巻は
────ローズとコスモスのパワーアップしたギフトは、もはや天使だけに『幻惑』を見せるだけの能力ではなくなった。
二人の幻惑は実体伴い、今ここに真実と成った。
そして、実態化した巨大な龍はその牙で天使の翼を噛み千切り、爪によって全身の目を切り裂いていく。
「ギイイイィイィィィ────!」
龍の攻撃に傷つけられ、天使が悲鳴を上げながら落下していく。
そして、大きな地響きを立てて、廃墟の瓦礫の中に叩きつけれた。
「ギイイィ!」
墜落した天使は、瓦礫を跳ね除けながらすぐに起き上がる。
全身の傷も、また治っていた。
だけど、
「ギイ……ギイィ……」
龍が与えたダメージはかなり大きかったようだ。
天使は明らかに消耗していて。虫のような声を上げながら、ずるずると地を這って逃げ出していく。
「逃させない!」
消耗した天使に追い打ちをかけるべく、ノクスが走り出す。
彼女の走りからはさっきまでの疲労は一切感じられない。
それどころか、ローズ達と同じように全身から魔力が満ち溢れていた。
「この魔力なら、私も……! 現われろ! 魔獣達よ!」
ノクスは走りながら……なんと
そして……
「────グオオォォ!」
二十体もの魔獣達の雄叫びが、結界内に轟いた。
ケルベロス、ミノタウロス、イフリート、スプリガン、ヒポグリフ、ワイバーン、バティン──その他にも様々な魔獣が一斉に召喚され、天使を取り囲んでいる。
「すごい……」
「アイツ……あんなにたくさんの魔獣を……」
「ひえー……」
圧倒的な光景に、ローズ達は感嘆の声を漏らした。
当然だけど、普通は一つの結界には一体の魔獣しかいない。
だから、これほどの数の魔獣達を一度見たのはこれが初めてだ。
いくら人々の声援でパワーアップしているとはいえ、二十体もの数の魔獣を一度に召喚するなんて……さすがノクスだ、としか言いようがない。
「行きなさい!」
ノクスの命令を受け、魔獣達は天使に一斉に攻撃を開始した。
────そこからはもう一方的だった。
召喚された魔獣達はノクスと同様に強化されていて、いつも以上に強力な攻撃で天使を圧倒していく。
飛びかかったケルベロスの三つ首は天使の体を噛み千切り、イフリートは炎で天使を火あぶりにし、天使の全身の目を沸騰させた。
「オオォ……オオオォォ!」
天使は痛みに耐えかねて悲鳴が上げると、ボロボロになった全身の羽をはためかせ始めた。
遠くへ逃げるつもりだ。だが天使の進行方向に、空間を操るバティンの孔が出現し、それによって天使は元の場所に引き戻された。
そして、最後にはミノタウロスの作り出した迷宮の壁に閉じ込められて、天使は完全に退路を断たれた。
「ギイイィィ!!」
壁の中から天使が苛立つような奇声が上がり、続いて大きな衝撃音が響いた。
壁に覆われていて見えないけど、中から漏れる光からすると、天使はまた目から光線を放って壁を破壊するつもりのようだ。
だが、パワーアップしたミノタウロスの壁は、天使の光線を受けてもビクともしない。
衝撃で地面が大きく揺れはするものの、壁にはヒビ一つ入っていなかった。
「逃さないと言ったはず」
ノクスは壁の上から天使を冷ややかな目で見下ろし、そう告げた。
そして、今度は空からヒポグリフとワイバーンに攻撃させる。
「ギイイイイィイ────!」
悲鳴と共に、天使の巨体が地面に叩きつけれる音が壁の中から聞こえてきた。
おそらく、天使は壁をよじ登っていた所を、ヒポグリフとワイバーンによって叩き落とされたのだろう。
「さあ……行きなさい!」
ノクスの命令を受けて、待機していた他の魔獣達が壁に向かって動き出した。
と同時に、ミノタウロスが能力を解除したのか、壁がガラガラと崩れ落ちて、中から地面に這いつくばった天使の姿を現した。
「グオオオオォォ!」
動き出した魔獣達は雄叫びを上げ、崩れた壁に埋もれる天使へと襲いかかる。
魔獣達は、それぞれの爪や牙、あるいは炎、氷、風──様々な方法で、天使の回復速度を上回る速度で攻撃を与えていく。
「うわぁ……」
私か、あるいは他の誰かが思わず声を漏らした。
目の前で天使に群がる魔獣達を見て、多分この場にいる全員が今はノクスが敵じゃなくて本当によかったと、心の底から思っている事だろう。
「ギィ……ィ……」
そして、程なくして……魔獣達は攻撃を終えて消滅した。
天使は全身の翼や目を魔獣達によってほとんど潰されて、虫の息になっていた。
そう、まだ
天使はあれだけのダメージを負っても、まだ消滅していない。
なんて奴だ……あれだけの攻撃を受けて、まだ倒しきれないのか。
ダメージが大きいからまだ完全には回復していないけど、傷も徐々に治り始めている。
やっぱり、一撃でコアを破壊しないと、天使は蓄えたエネルギーで回復してしまうようだ。
「鎖よ──『ダーク・バインド』!」
「ギイイィ!」
ノクスは魔獣達だけでは倒しきれない事を予測していたのか、冷や汗一つかく事なく冷静に呪文を紡ぎ、魔法で作り出した鎖で天使を拘束した。
……どうでもいいけど、ノクスも私と同じで技名を言っちゃうタイプか。
ネーミングセンスも私と似通っている気がする。
「ィ……ッ……」
天使は鎖を振りほどこうともがく。
だが、パワーアップしたノクスの魔力によって作られた鎖は強力で、今の疲労した天使では振りほどく事が出来ない。
しかも、ノクスは魔力を流し込み続けていて、鎖はさらに太く、強靭になっていく。
「……ギ……ィ」
そうして、鎖が大木の根のような太さにまで大きくなると、天使はもう身動きが取れなくなり、完全に拘束された。
「すごい……」
倒しきれなかったとはいえ、あの天使があんなにも一方的に……。
今のノクスはいつも以上に圧倒的な強さだ。
「これは……」
その強さには、ノクス自身も驚いてるようだった。
「結界に囚われた人達の声援で全身に力が……魔力がみなぎる……。これって、まさかお姉様と──
《……そうだよ。人々の声援が、希望が……情報エネルギーとして変換されて、私達に力を与えてくれているんだよ》
聞こえてきた念話の声に、ノクスがはっと顔を上げた。
《囚われた人達のほとんどが意識を失う、普通の魔獣結界じゃありえない光景だよね。だけど、今回は大勢の人々が意識を保ったままだから出来た事だよ。
「その呼び方……巴。やっぱり、クローラの正体あなたなのね」
ノクスはクローラの正体が巴だと悟り、複雑そうな表情で少しうつむいた。
昔は友達だったけれど、今は疎遠になっている──というクローラの話しはどうやら本当らしい。
《……積もる話は後でしよ、みっちゃん。……さあ、先輩! トドメお願いします! 私のパワーアップした『情報』のギフトが、未来を教えてくれました。まだ兆候はありませんが、もうしばらくすると天使はまた自爆します! しかも今度はこの結界全てを吹き飛ばす程の威力です!》
「なんだって!?」
まさか、パワーアップした私達には勝てないと悟って、天使は道連れに自爆するつもりなのか……。
《ですから
一撃──となるとやはり、あの魔法しかない。
「……分かった。やってみる!」
私はノクスの鎖に囚われている天使を睨みつけながら、
《ステラ……やるんだね~……アレを》
私はヒカリに無言で頷きながら、全身からあふれる魔力を弓へと集中させる。
そして、右手の中に光の矢を出現させた。
魔力操作の訓練を応用──私は自分自身の魔力と人々の声援から生まれる魔力を光の矢へと集めていき、光の矢の輝きをさらに強めていく。
「まだだ!」
私はさらに、カードホルダーの中の魔獣カードの魔力も光の矢へと集中させていく。
今から使うのは、一人で使うのに時間が掛かりすぎて、実戦では使えなかった魔法だ。
けど、今の私は一人じゃない。
今なら──みんなが時間を稼いでくれる今なら、この魔法を使う事が出来る!
「ステラ! 私の鎖が天使を抑えておくから……必ず倒して!」
そう言うとノクスは、鎖に込める魔力をさらに増やし、拘束する力を強化した。
天使は鎖によって両手足を引っ張られ、大の字のような態勢で固定されている。
あれなら胸部にあるコアを確実に狙える!
「よーし! 私達も天使を削って、コアを露出させよう!」
「はい! 行くわよコスモス! さっきのアレ! もう一度やるわよ!」
「うん! ローズ! シルフィさん! さっきの風、またお願いします!」
「おうともさー!」
シルフィ達は頷きあい、また『風』と『幻惑』とギフトの連携をさせる。
巨大な竜巻をシルフィが生み出し、それを二人が龍へと変化させる。
「いっけえええええぇぇ!!」
三人が声を重ねて、叫ぶ。
龍は口に魔力の光を溜め、それを一気に放出──まさに
そして、龍の息吹は天使の胸部を見事に穿ち、コアを露出させる事に成功する。
「あっ! 何あれ!? 光の膜……!?」
だが、三人が露出させコアには光の膜──私達魔法少女が使う
龍が天使を爪や牙で追撃するが、バリアはビクともしない。
それでも龍はしばらく攻撃をつづけていたが、やがて自身を構成していた魔力を使い果たし、光の粒子となって消滅してしまった。
結局、天使のバリアはヒビ一つはいらず、コアも無傷なままだ。
《先輩! そのバリアは天使の皮膚よりも固いです! 気をつけて!》
クローラが『情報』のギフトで解析した結果を私に伝えてくれた。
あれはおそらく……天使の最後の悪あがきだ。
つまり、このバリアさえ破れば今度こそ天使を倒しきれる!
そう確信した私はより一層集中し、光の矢にさらに魔力籠めていく。
《ステラーがんばれー!》
《頼む! 決めてくれー!》
《いけー! ステラー!》
《ステラたーん!》
クローラのギフトによって伝わってくる人々の声援が、希望が……。
みんなの思いが魔力へと変換されて、私の周りで一つ一つ光り輝いている。
まるで夜空に散らばる星屑のようだ──私はそれを全て光の矢に集め、収束させていく。
《先輩! あと十秒です!》
クローラが警告すると同時に、天使のコアが急速に輝き始めた。
いよいよ自爆するつもりか──だが、クローラが未来予知のおかげで、私の方も充分に時間をかけて、コアを撃ち抜けるだけの準備が整えられている。
《あと五秒! 四、三──》
天使の自爆までの時間を、クローラが知らせてくれている。
とても緊迫した状況だ。
にも関わらず、私はクローラのカウントダウンを聞きながら、奇妙な落ち着きを感じていた。
不安も緊張も、恐怖すら感じない。
今、右手の中にある光の矢なら、必ずあの天使のコアを撃ち抜ける──そんな絶対の確信があるからだ。
《二──》
「ギイイィ…ギイイイイ!!!!」
天使が雄叫びを上げ、全身を発光させる。
同時に、バリアにもエネルギーを集め、さらに強度を高めている。
だけど、そんなのは無意味だ。
私の──私達の希望が込められた光の矢は、そんなチャチなバリアじゃ防げない!
《 一!!》
「────穿て! 『スターダスト・アロー』!」
そして……人々の希望を乗せ、一条の光の矢が流星となって放たれた。
────もはや結果は見るまでもない。
光の矢は天使のバリアをやすやすと突き破り、コアを粉々に撃ち砕いた。
「ギィイイイイィィィ!!!」
天使が断末魔の叫びを上げた。
そして、全身から激しい光を放ちながら、光の粒子となって消滅していく。
「イィ……」
やがて、天使の体は完全に消滅し、後には静寂と……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます