第三十九話 沈む魔法少女
脱衣所で私以外の全員が水着に着替え終えて、海に入る準備がいよいよ整った。
私達が脱衣所を出て浜辺へと移動すると、そこには夏の日差しでキラキラと輝いて眩しい、とても綺麗な海が広がっていた。
「よーし! 泳ぐぞー!」
笑顔で両手を広げ、元気いっぱいに声を張り上げたのは風歌さんだ。
そんな風歌さんに周囲の男性の海水浴客達が視線をちらちらと向けているが、多分それは彼女が大声を出したからだけじゃない。
パレオの付いたミントグリーンのビキニの水着を着ている風歌さんが、目の前に負けないぐらいとても綺麗で眩しかったからだろう。
しかも着痩せするタイプだったのか、風歌さんの胸は予想よりもかなり大きかった。
足も長くてスタイルもよく、さすが女子高生のお姉さんって感じだ。
「うわぁ……綺麗な海ですね! 今日はありがとうございます、風歌さん!」
「ふふーん! もっと褒め称えたまえよ、君!」
「ははー! 風歌様、今日は本当にありがとうございましたー!」
「うむうむ、よきにはからえ!」
風歌さんとそんなコントを繰り広げている凛々花ちゃんは、上下に赤いフリルの付いたビキニタイプの水着を着ていた。
変身後のローズを思わせる濃い赤色の水着は、彼女のイメージにぴったりでよく似合っている。
ちなみに胸は年相応の標準サイズといったところで、ほどほどにはある感じだ。
「もう……風歌さん、凛々花ちゃん。大きな声で変な事するのはやめようよぉ……。うぅ……みんな見てるし恥ずかしいよぉ……」
一方、優愛ちゃんはそんな二人を窘めながら、パーカーで裾を引っ張って水着を隠してもじもじとしていた。
本人は水着を見られる恥ずかしさからパーカーで隠そうとしているようだが、その仕草が逆にこう……グッとくる感じだ。
「なに言ってんのよ優愛。海に来たんだから今はしゃがなくていつはしゃぐのよ! ほら、パーカーなんて脱ぎなさいよ!」
「や、やだ! ちょっと……いきなり脱がさないでよぉ……」
弱々しく抵抗する優愛ちゃんだったが、凛々花ちゃんに無理矢理パーカーを剥ぎ取られ、浜辺に水着姿を晒す事になった。
「うぅ……酷いよぉ。恥ずかしいのに……」
よっぽど恥ずかしいのか、優愛ちゃんは涙目で顔を真っ赤にしていた。
パーカーの下に隠された優愛ちゃんの水着は、上下にフリルの飾りが付いた淡いピンク色のワンピース水着だった。
「おぉ……」
「すご……」
優愛ちゃんの水着姿を見た私と凛々花ちゃんは圧倒され、生唾をごくりと飲み込んだ。
その理由は水着姿の優愛ちゃんの胸元にあった。
普通なら可愛らしい印象のワンピース水着の胸元がパツパツになっていて、なんというか……ヤバイ。
とにかくヤバイ。語彙力が低下して「すごい」と「ヤバイ」しか言えなくなるぐらいに、優愛ちゃんの胸は大きい。
その大きさは高校生の風歌さんに迫るレベルだ。
優愛ちゃんも着痩せするタイプだとは薄々思っていたが、まさかこれほどとは……。
「な、なんでそんなにじっと見つめるの? み、見ないでぇ……」
私達が凝視しすぎたせいか、優愛ちゃんは恥ずかしそうに胸を腕で隠した。
だが、両腕では収まり切らずに隙間から胸が溢れていて、普通にしているよりも逆にいやらしい感じなってしまっている。
完全に逆効果だ。そのせいで、風歌さんの時のように周囲の男性の視線が優愛ちゃんに集中してしまっていた。
「全く、騒がしい。そんな子供みたいに大騒ぎして……」
わいわいと騒ぐ三人に心底うんざりしたような顔している美月は、黒い大きめのフリル付いたビキニタイプの水着を着ていた。
持ってきていた日傘も黒く、変身後と同じく全身黒一色だった。
「……着いてきたんならそういうテンション下がるような事言うのはやめてくれる? 大体、子供みたいなのはアンタの方なんじゃないの?」
凛々花ちゃんが不機嫌そうな顔をしながら、美月の胸を哀れむような目で見つめた。
たしかに凛々花ちゃんの言う通り、美月の胸はなんというか……慎ましいサイズだった。
美月の水着には凛々花ちゃんと優愛ちゃんと同じようにフリルがついているが、多分その役割は飾りというより自分の慎ましい胸を覆い隠すためのものなのだろう。
まあ、そんな涙ぐましい努力も、結局はすぐに凛々花ちゃんと私に見破られてしまっているわけだが……。
「な!? どこを見て言ってるの! あなただってそんなに大差ないじゃない!」
「そんな事ないですー!アタシは年相応のサイズだし、むしろそこそこあるほうだし! うちの優愛が特別大きいだけなんですー!」
「それを言ったら私だってそう! その子の胸が無駄に大きすぎるだけ!」
「うぅ……二人とももうやめて……」
可哀想に……二人が大声で優愛ちゃんの胸の事を引き合いに出すせいで、さっきよりも余計に周囲の男性の視線が優愛ちゃんの水着姿に突き刺さってしまっている。
でも、たしかに……二人の言う通り、優愛ちゃんの胸は年齢の割にかなり大きい。
ほんとに去年まで小学生だったのだろうか?
「……先輩〜?さっきから視線がいやらしいですよ。胸ばっかり見過ぎです」
「と、巴!? み、見てないよ胸なんて!」
私を白い目で見ている巴の水着は、イエローのシンプルなビキニだった。
やはりみんな変身後の色に合わせた水着を選んでいるのだろうか?
イエローの水着は巴によく似合っていて、私は不覚にも思わず見惚れてしまった。
しかも、胸のサイズは優愛に次いでかなり大きい……こっちも思わず凝視してしまった。
「な!? 私もですか!?」
私の視線の位置に気づいた巴が、顔を少し紅潮させつつさっと手で胸元を隠した。
「もう! そんなに胸ばかり見て……いやらしい! 大体、今の先輩にだって大きなのがついてるじゃないですか!」
たしかに……今日の私は風歌さんと一緒に選んだシンプルな白色のビキニタイプの水着を着ているのだが、自分で言うのもなんだがかなり似合っていて、正直めちゃくちゃ可愛い。
そして何より、改めて自分の胸元を確認してみても……かなり大きい。
風歌さんと優愛ちゃんに並ぶぐらいの大きさがある。
そのせいで、周囲の男性の視線が私にもちらちらと向いてるのをすごく実感する。
しかし、女子が自分の胸の谷間を真上から見る時ってこんな感じなのか……。
ちょっと視線を下げるだけでこんな……そう意識しだすと、もう目が離せなくなってしまった。
私の視線、そして手が吸い込まれるように沙希の胸へと伸びていき、そして────
「────痛っ! 何するんだよ! 急に!」
突然、私の両手に激痛が走った。
「それはこっちの台詞でしょ〜! いま、何しようとしたの〜!?」
「見るだけならともかく、沙希さんの身体に一体何をしようとしてるんですか!? アホなだけじゃなくて変態なんですか!」
ヒカリと巴が声を揃えて私を激しく罵倒しながら、抓る力を強めていく。
「いたたたた!!!」
二人に手の甲をギリギリと捻じ上げられすぎて、千切れてしまいそうに感じるほど痛い。
ていうかすごく痛い! 本当に痛い! 本当に千切れてしまう!
「ごめ、ごめん! ごめんなさい!!! 出来心です! 許してください!!」
涙目になりながら必死に謝罪をして、ようやく二人は手の甲から指を離してくれた。
二人の指が離れた後も手の甲は赤く腫れ上がってしまっていて、とても痛い……。
「猛省してください!」
《まったく~……やっぱりむっつりなのは勇輝の方じゃない!》
「はい、私はむっつりです。すいませんでした……」
巴とまた姿を消したヒカリの二人に私は怒られ、砂浜で正座して反省の態度を示す事になった。
一体、海にまで来て何やってるんだろう、私は……。
「あなた達、一体何をしているの? 私達以外の三人は先に海に向かったけど……」
私と巴がいつまで経っても海に入らないのが気になったのか、木陰で涼んでいた美月が様子を見に来た。
「あ、みっちゃん」
「その呼び方はやめて、巴」
美月はあだ名で呼ばれるのを嫌がって首を振り、正座をしている私へと視線を向けた。
「……本当に何をしてるの?」
「いや、これは……」
私は慌てて砂浜から立ち上がった。
たしかに浜辺で正座してるとか意味不明だ。
巴には何かうまい言い訳でフォローしてほしいのに、つんとした顔で私から顔を背けていて何もしてくれない。
仕方がないので、私は話を逸してごまかす事にした。
「私の事より、美月……ちゃんは海に入らないの?」
「私は別にいい。そもそも、今日はあなたの正体を探るのが目的だと言ったはず」
そう言うと美月は早速、目を細めて私を睨みつけてきた。
そのまま頭から足のつま先までジロジロと睨みつけ、美月の視線は
なぜか……本当になぜか、美月はそのまま視線を私の胸に固定させて、ものすごく凝視している。
「あなたの水着……よく似合ってる」
「そ、そう? ありがとう」
なんだろう……褒められているのに、この不安な感じは。
美月が私の胸を凝視したまま、じりじりと距離を詰めてくるせいからだろうか。
怖くなって私がさりげなく一歩引いて距離を開けると、美月も一歩近づいて距離を詰めてくる。
逆に立ち止まってみても、美月は足を止めずに私にどんどん接近してくる。
なんなんだ、一体……。
「な、何? どうして近づいてくるの?」
「……勘違いしないで。これは観察。そう……あなたの正体を探るための……」
美月は私の質問にまともに答えず、手をわきわきとさせながら私ににじり寄ってくる。
その視線は私の胸を凝視したままで、心なしか鼻息も荒いように見える。
前から思ってたけど、この子はやっぱり女の子が好きなんじゃ……。
アニメショップで出会った時に抱いていた疑惑がどんどん大きくなっていく。
「クールぶってても、そういう残念な所は相変わらずだね、みっちゃん……」
「誰が残念よ! 私はこの人の胸が本物かどうか確かめる必要があるの! 邪な気持ちは一切ないから!」
「絶対あるよね、その顔……」
巴の言う通りだ。どう見ても邪な気持ちがある。というかそれしかない。
いつものクールな雰囲気は見る影もなく、紅潮した頬で鼻息を荒くしている姿からは邪な気持ちしか感じられない。
どう見ても正体を探るのを口実に
仮にも自分の姉と同じ姿にこの反応って、この子かなり危ない子なんじゃ……。
正直、ちょっと……いや、かなり怖い。今なら胸を凝視されて恥ずかしがっていた優愛ちゃんの気持ちが痛いほど分かる。
《逃げた方がいいと思うよ〜……》
さすがにヒカリも今の美月の様子には引き気味で、そんな忠告を私に念話で伝えてきた。
《私もそう思う……》
私はヒカリの意見に同意し、美月から逃げるために海へと走り出した。
「ちょっと! 待ちなさい! 待って!」
逃げ出した私を、美月が全速力で追いかけてきた。
その駆け出すスピードは速い。いや、速すぎる!
あまりの速さに砂浜から土煙が上がっていて、どうやら美月は魔力で身体能力を上げているようだ。
マジか、この子……必死過ぎるだろ!
「やだ! なんか目つきと手つきがいやらしいし!」
「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから!」
美月に追いつかれないように、私も魔力で身体能力を強化してスピードを上げる。
そして、そのまま海へと思いきり飛び込んだ。
準備運動もせずに入ることになってしまったが、緊急時なので仕方がない。
私は海中でクロールをして全速力で逃げようとしたのだが、意外な事に美月は砂浜で立ち尽くしていた。
「……追いかけて来ないの?」
「うぅ……」
さっきまでの勢いはどこにいったのか。美月は弱々しい顔で海を見ていた。
それでもなんとか海に入ろうと近寄るのだが、波が押し寄せる度に美月は一歩後ろに後ずさりしてしまっている。
この様子だと、もしかして……。
「もしかして泳げないの?」
「お、泳げる! そこで待ってて……す、すぐ行くから」
私の指摘を美月は慌てて否定し、恐る恐るといった様子で海の中に入っていく。
美月は両手でバランスを取りながらなんとか海中を進んでいるが、その足取りはふらふらと不安定だ。
見るからに危なっかしいその姿に、私は心配になって足を止めてしまった。
「みっちゃん、無理しないほうが……」
追いかけてきた巴が、海の中でビクビクと震えている美月を心配してそんな言葉を掛ける。
だが、美月はそんな巴を睨みつけて、声を震わせながら強がりを続けた。
「うるさい! 無理なんてしてないから! ともちゃ……巴が知ってる私はもういないの! もう私は一人でなんでも……きゃあ!」
「美月ちゃん!?」
足を滑らせたのか、美月が短い悲鳴をあげながら海中に沈んでしまった。
そのままブクブクと泡を立てながら沈んでいき、すぐに泡が浮かんで来なくなった。
《……ねえ、これ溺れてるんじゃ…… 》
「ええ!? 美月ちゃん!? 大丈夫!?」
「みっちゃん! みっちゃん、しっかりして!」
私と巴は溺れた美月を慌てて引っ張り上げ、浜辺の上へと寝かせた。
すぐに引っ張りあげたのが幸いしたのか、美月はごほごほと咳をしながら飲み込んだ水を吐き出してすぐに意識を取り戻した。
「ちょっと大丈夫!? なんか今、美月ちゃんが沈んで行くのが見えて慌ててこっちに来たんだけど……」
「ごほっ……な、なんでもない。大丈夫だから」
駆けつけた風歌さんに大丈夫だと美月は強がっているが、真っ青な顔で咳き込みまくっているせいで説得力が全くない。
誰がどう見ても、ついさっきまで溺れていましたという感じだ。
「何、強がってんのよ。アンタほんとはカナヅチなんでしょ? 溺れてたじゃない」
「私もあんまり泳ぎが得意じゃないけど、あんなにすぐ溺れるほどじゃ……」
「溺れてない……」
言い訳も虚しく凛々花ちゃんと優愛ちゃんに泳げないことを見破られた美月は、弱々しく消え入りそうな声で溺れていた事を否定している。
「みっちゃんはまだ泳げないままなんだね……」
「うっ……」
かつての親友である巴にも指摘されて、美月はいよいよ誤魔化しきれなくなってしまった。
プライドをズタズタにされた美月は今にも泣き出しそうな表情だ。
そうか、泳げないから日傘を指して海に近寄ろうともしなかったのか。
だったら、やる事は一つだ。
「よし、じゃあ今日は一緒に泳ぎの練習をしよう」
「泳ぎの練習?」
きょとんした顔で言葉を繰り返す美月に私は頷いた。
「そう、泳ぎの練習。私は泳ぎには少しは自信があるんだ。一緒に練習して泳げるようになろう?」
「……あなたが教えてくれるの?」
「もちろん。それでどうする? 一緒に練習する? 無理にとは言わないけど……」
あの怖がりようからすると、もしかすると昔溺れかけたとかでトラウマになっているのかもしれない。
だから無理強いはしない事にしたが美月は僅かに逡巡した後、小さく頷いて私の提案に乗る事を決めてくれた。
「よし、そうと決まったら早速練習しよう! 巴も手伝ってくれる?」
「いいですよー。ここは元・親友として人肌脱ぎますか!」
「はいはーい! 風歌お姉さんも指導に加わりたいでーす!」
「それじゃあアタシと優愛だけ遊ぶわけにもいかないし、アンタが泳げるようになるまで見守ってやることにするわ」
「わ、私も泳ぐのは得意じゃないけど……一緒に力になれたら……」
美月──ノクスとは敵対関係にあって、今朝も険悪だったのに……。
風歌さんだけじゃなく、凛々花ちゃんと優愛ちゃんも美月が泳げるように手伝ってくれるらしい。
「よし! それじゃあ、みんな美月ちゃんを泳げるようにしよう!」
「おー!」
こうして、美月が泳げるようになるまで全員で指導することになった。
みんなで海で遊ぶ当初の予定とは違ったけど、今回のことががきっかけでこの六人でもっと仲良くなれるといいな……。
「────ん?」
一瞬、海の中に触手のようなものが見えた気がして、私は海中へと視線を向けた。
「どうしたんですか? 先輩」
「いや、なんか今、海の中になにかの影が……」
巴にそう答えながら海中を観察するが、何もいない。
今の影は蛸か何かだったんだろうか? それにしては触手が随分と大きかったようがな気がしたが……。
「……まあいいや。よし、さっそく練習をしよう。まずは顔をつける練習から──」
とりあえず今のは気の所為だったかもと結論付け、私達は美月と優愛ちゃんの泳ぎの練習を開始した。
────実はこの時、海の中に無数の謎の触手が蠢いていたのだが、それを私達が知るのはもう少し後のことになるのだった。
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