第二十五話 孤高の魔法少女
「『ワイバーン』!」
私は走りながらワイバーンを召喚した。
そして、その背に飛び乗り、ワイバーンを結界最奥部──天使がいる場所へと向かわせる。
その道中────
n
『けど! やっぱりあれはノクス一人じゃ───』
ステラが私に言った言葉が頭を過ぎった。
「……そんなの分かってる」
私一人じゃ分が悪い戦いだなんて……そんなのステラに言われなくても分かってる。
けど、全ての魔獣を消し去る──その目的を果たすためには、あの天使は絶対に倒す必要がある。
私は今までそのために戦い、鍛え、そして生きてきた。
だから、誰になんと言われようとも、私は逃げないし、逃げるわけにはいかない!
私がお姉様の代わりに今、生きている理由なのだから────
そうして……ワイバーンに乗って飛び続けて一分程が経った頃、私はまた結界最奥部へと戻ってきた。
そして……
「────いた!」
そこで、背後に無数の光弾を展開して待ち構える、天使の姿も私は捉えた。
《光弾がもう……!》
バロンが緊張した声で言った。
あの無数の光弾の一つ一つが、ステラの
だけど、大丈夫……要はあの光弾に命中しなければいい。
ここに来るまで立てた作戦が上手くいけば、問題ないはず。
大丈夫。
「……大丈夫」
私はそう何度も自分に言い聞かせた。
拳を固く握って、緊張と恐怖を無理矢理押さえつけて、天使を睨みつけながら
そして、私と天使の距離──それが二十メートル程にまで近づいた……その時────
天使が無数の光弾を発射した。
「────」
刹那、私の視界は光弾の光で埋め尽くされ、何も見えなくなった。
もの凄い数──上下左右のどちらに移動しても回避できそうにない。
このまま突っ込めば同じ事の繰り返し──ワイバーンは光弾を回避出来ずに、あっけなく撃墜されてしまうだけ。
だから、私はそうならないために取り出した、新たな魔獣カードを
「『バティン』」
私は魔獣『バティン』の力で時空の孔を進行方向に作り出し、ワイバーンごとそこへ飛び込んだ。
孔は私達が飛び込んだ後、光弾が届くよりも前に消滅した。
そして直後、私達に命中しなかった光弾は、周りの廃墟の建物を粉々に砕いていて破壊し、周囲に激しい地響きを立てた。
私はその破壊音を、孔から飛び出た先──天使のすぐ真後ろで聞き届けながら、
ギリギリの所でバティンの能力で攻撃を躱し、背後から奇襲する──そんな私の作戦は、どうやら上手くいったようだ。
天使は私を見失ったせいか、あるいは大規模な攻撃の直後なせいか、動きを止めて隙だらけになっている。
「はあ!!」
私はその隙に
────まずは片翼!
そして、私が振り下ろした剣はあっけないほど簡単に命中する。
握った剣からは、確かな手応えもある。
けれど……剣が翼を数ミリ切り裂いた、その瞬間──
「────え?」
天使は瞬時に後ろを振り返ってきた。
「……っ!?」
そしてその直後──私は腹部に痛みを強烈な痛みを感じた。
「────っ!」
────まさか、蹴り飛ばされた!?
遅れてそう認識した時にはもう、私の体は勢いよく吹き飛んでしまっていた。
そして、そのまま私は何十メートルも吹き飛ばされ、廃墟の壁に激突してしまう。
「……っ」
けれど、それでも私の体は止まらない。
激突した壁を突き抜け、そのさらに奥まで吹き飛ばされ、また壁を突き破って外に出た後も止まらない。
そのまま何軒もの廃墟の壁を突き抜けながら、私は吹き飛ばされていく。
「くっ……!」
そうして、私の体がようやく止まったのは、天使がいた場所から数百メートルも離れたあとの事だった。
私は最後に激突した廃墟の、崩れた壁の破片を吹き飛ばしながら立ち上がった。
「……どうして!」
そして、床を殴りつけ、奇襲が失敗した苛立ちをぶつける。
けれど……
「なっ!?」
その殴りつける力はとても弱々しくて、床にヒビすら入らない──ダメージがかなりある証拠だ。
「そんな……うっ……」
ただの蹴りを一発喰らっただけなのに……。
私は遅れてやってきたダメージと痛みのせいで立っていられず、膝をついてしまった。
「うぅ……ぁ」
目眩で視界にもざあっと砂嵐が走り、頭痛も酷い。
「ノクス!? 大丈夫!?」
そして、そんな私を心配して、バロンが声をかけてきた。
よっぽど心配だったのか、わざわざ実体化までしている。
「……ちょっと……油断した、だけ」
私はバロンに心配されたくなくて、そんな強がりを口にする。
けれど、息絶え絶えになりながら言ったせいで、逆効果だった。
心配性なバロンは余計に心配して、
「もう無理だ! 今の君じゃ勝てないのはさっきのでよく分かっただろう!? ここは一旦引くんだ!」
案の定、そんな事を言いだした。
「まだ勝機はある……。私の剣は、わずかだけど天使の翼にダメージを与えていた。つまり、まともに攻撃さえ当てる事が出来れば……勝機はある……」
私は魔力操作で体の体調を整えながら、バロンの言葉に反論する。
だけど、バロンはやっぱり納得しない。
「それなら尚更一旦引いて、ステラと協力して戦おうよ! 一人で戦うには奴は危険すぎる!」
そして、またそんな分かりきった言葉を口にする。
しつこすぎるバロンに、私の苛立ちはさらに増していく。
「うるさい……。そんなのは戦った私が一番分かってる」
「だったら!」
「……だからこそ! そんな危険な相手に、ステラを巻き込むわけにはいかない! こんな私と違ってみんなから慕われている、あの素敵な魔法少女を……」
もちろん、ステラだけじゃない。
他の大勢の魔法少女も全員、こんな危険相手と戦わせたくない。
もう誰にもお姉様のような目に遭ってほしくないし、周りの家族や友人にも悲しい思いをさせたくない。
だから、私は一人で戦って勝つ──今までも、これからも!
そうしないといけない! なのに……
「もう、そんな意地を張ってる場合じゃないだろう!! このままじゃ君は────」
なのに、バロンはまだしつこく食い下がってくる!
「────っ」
いい加減……しつこい!
バロンのあまりのしつこさに、かっとなった私は……
「……お姉様は! 一人で戦い抜いた! 最後まで……一人で!」
気が付くと、そんな言葉を言ってしまっていた。
そして、それを言われたバロンは……
「────」
動揺と悲しみが入り混じったような……そんな複雑な表情のまま、固まってしまった。
……言うべきじゃなかった。
私は頭の片隅で少し後悔しながら、それでも止まれなかった。
言うべきじゃない言葉が溢れ出て、それを次々とバロンにぶつけてしまう。
「私は最後まで戦う……お姉様のように一人で! 最後まで! そして全ての魔獣を封印して、お姉様が残したこの世界を救う!」
「美月……」
「だから……余計な口出しをしないで! お姉様のときのように、黙ってそばで見ていて!」
「────」
そして、全てを言い終えた私は……今度こそ激しく後悔した。
だって……本当はバロンが一人で戦うお姉様をずっと励まして、一緒に戦っていたのを、この目で見て知っている。
バロンがお姉様を魔法少女に選んで、あんな結末を迎えさせてしまった事を後悔している事も、本当は分かっていたのに……。
私は、お姉様が消えてしまったのを誰かのせいにしたくて……信用出来ないとか、お姉様を一人で戦わせたとか、いつもバロンをそんな風に詰り、今もまた八つ当たりをしてしまった。
────最低。
悪いのはバロンじゃない。本当に悪いのは最低な私だ。
お姉様は私と違って優しくて、強くて、そしてみんなから慕われていた。
なのにお姉様が世界から消えて、価値のない私だけが残ってしまった。
本当は価値のない、最低な私が代わりに消えるべきだったのに……。
「…………」
黙り込む私とバロン。
遠くで別の廃墟が破壊される音だけが響いていてきて、天井からパラパラと埃が落ちて来る。
破壊音は徐々に大きくなっていて、割れた窓から差し込む光も少しずつ明るさを増している。
「…………」
もう、いつまでも落ち込んでいる場合じゃない。
あの音と光は、天使は接近しながら、無数の光弾を撃ちまくっている証拠だ。
このまま何もしなければ、私は廃墟ごと消し飛ばされてしまう。
「何か……何か手は……」
『バティン』による奇襲──あれはもうおそらく通じない。
また反撃されるだろうし、そもそもあのカードは魔力消費が大きい。
今からもう一度使用する事は多分可能だろうけど、それをすると私の残りの魔力も僅かになってしまう。
大量の魔獣カードを使って失った魔力を補充する事は可能だけど、それも少し時間が掛かる。
「どうすれば……」
考えても、考えても良い考えは浮かばない。ただ、時間だけが過ぎていく。
窓の外の明るさはさらに増していて、私達が今いる廃墟の揺れも酷い。
……天使の光弾は、もうすぐそこまで近づいている。
「────」
結局、私は何も打開策を思いつく事ができないまま、光弾の破壊音が数十メートル先の廃墟を破壊する音を聞く事になってしまった。
……時間切れだった。
「……『バティン』」
私は仕方なくバティンの力を開放し、天使から遠く離れた位置につなげた孔を作りだし、そこに飛び込んだ。
そして、孔から飛び出た先にある、別の廃墟の中に身を隠した。
「────っ」
直後、また頭がずきりと痛んだ。
遠くからは天使が廃墟を破壊する音が聞こえてきて、頭痛が余計に悪化していく。
私は痛む頭を抑えて、その場に座り込んだ。
呼吸も苦しくて。全身も気だるくて、なんだか重く感じる。
「これは……うっ!」
頭痛がどんどん酷くなっていく。
……この頭痛は、魔力の消費が激しい『バティン』の能力を、ほとんど間を置かずに四回も使用してしまった事の代償だ。
失った魔力の量に回復量が追いつかない──いくら私がステラより多くの魔獣カードを保持しているとはいえ、流石にもう限界だった。
このまま距離を取ったまま、隠れて魔力を回復させないと、もう変身の維持すら困難になるかもしれない。
天使が私を見失っている間に、どうにか魔力を回復させないと……。
「…………」
私は魔力が回復するまで、天使に見つからないこと祈りながら、必死に気配を消した。
音も立てず、魔力を探知されないように抑えて……。
「────っ」
だけど、そんな努力も虚しく、天使は私がいる方角を見て、動きを止めてしまった。
背後に浮かべている光弾も発射せず、私がいる方角をじっと見ている。
────まさか……居場所がバレた!? いや、そうとしか考えられない!
恐怖で、私の背筋に冷たいものが走った。
だけど……
「……え?」
なぜか天使は私がいる方角から背を向けて、そのまま反対側に向かって飛び去っていってしまった。
でも、どうして……今の反応は、絶対私のいる場所に気がついてたはず。
それなのに、どうして反対側に? あの方角には何も────
「あ!」
天使がどこに向かおうとしているのか悟った私は、思わず大きな声を上げた。
「しまった……!」
あの方角は……ステラと結界に囚われた人達!
天使は消耗して動けない私を無視して、先に捕らえた人々とステラを始末するつもりだ!
「……そんな事、させない!」
私は痛む体と頭を無理矢理動かして、廃墟の外に飛び出した。
「ノクス!? 待っ────」
そして、バロンの止める声を無視して、私はすぐにバティンの力で孔を作り出し、そこを通じて天使の正面へと飛び出していく。
「行かせない!」
何の対抗策もないまま……とにかく天使を止める事しか、この時の私は考えていなかった。
無謀で、無意味で愚かな行動としか言いようがない。
そして、その代償を払う時はすぐに訪れた。
「────っ」
飛び出した先で、天使が光弾を用意して私を待ち構えていたからだ。
天使は何度も空間を跳躍して逃げる私を誘い出すために、先にステラ達の方へと向かうフリをしていただけだった。
「くっ……!」
まさか、こんなミエミエの罠に引っかかるなんて……。
けど、今更後悔したところでもう遅い……もう私にはどうする事も出来ない。
バティンの力を五回も連続で使ったせいで、魔力がほとんど尽きてしまったからだ。
魔力不足でまともに動かない今の私にはもう……天使の光弾を防ぐ術はない。
光弾は私の概念体をズタズタには破壊し、生身にになった後も容赦なく追い打ちをかけてくる。
そして、私はそのまま跡形もなく消し飛び──死ぬ。
《ノクス! 逃げろ!》
バロンが叫ぶ。
だけど、もう体は動かない。
ここまで……なの……。
ごめんなさい……お姉様、
私は心の中でお姉様とかつての親友に謝った。
そして、目をぎゅっと瞑って、天使の攻撃が来るのを待った。
せめて痛みを感じないほど、一瞬で逝ける事をだけを祈りながら。
「…………え?」
けれど……光弾は何時まで経っても発射される事はなかった。
「なにが……?」
私は困惑しながら、目を開いた。
すると、そこには……
《これは……
そう、花弁だ──私と天使の間に吹いた
「これって……まさか!?」
信じられない──見覚えのある二つの花弁は、天使に幻惑を見せていた。
そのせいで天使は私を見失い、ようやく発射された光弾も見当違いの方向に向けて飛ばしてしまっている。
そして……攻撃を終えた天使の隙をついて、
「────ハァ!」
今度は風に乗って飛んできたステラが天使へと距離を詰め、剣を振り下ろした。
私が斬りつけた時と違い、幻惑の中にいる今の天使は反撃する事も出来ずに、片翼をステラの剣で完全に切断された。
「ステラ……」
風に花弁──そっか……仲間を連れて、戻ってきたんだ。
ステラの顔を見た途端、私は情けないことに心底安心してしまった。
そして、体の力も抜けて倒れそうになってしまう。
「おっと」
だけど、私が地面に倒れこむ直前、駆け寄ったステラが受け止め、抱えてくれた。
しかも、なぜかお姫様抱っこの体勢で……。
「……大丈夫?」
そして、ステラは私の顔を心配そうに覗き込んでくる。
「────っ」
直後、私の顔は火が出そうなほど熱くなる。
だって、顔が……ステラの綺麗な顔が目の前に……!
「ちょ……! 大丈夫だから降ろして!」
ああ、無理……無理! こんなの無理!
ステラにあんな助けられ方をして、しかもお姫様抱っこなんてされたらもう冷静でいられる自信がない!
こうなるから、今日はなるべく突き放していたのに!
またいつものように、心臓の鼓動が痛いほど早くなってしまっている。
「無事でよかった……」
「うっ!」
そんな私の事情も知らずに、ステラは暴れる私を見て困ったように微笑んで追い討ちをかける。
ああ、もう無理……胸が苦しくて、辛い……。
「……ほんとに大丈夫? 無理は駄目だよ。とりあえず天使から離れてローズ達と合流しよう。あと、結界に囚われた人達は大丈夫だよ。助けに来てくれた魔法少女が守ってくれてるから」
ステラは私を抱えて運びながら、状況を説明してくれた。
けれど、熱のせいでぼんやりとして、話が頭にきちんと入ってこない。
「……助けに、誰が来たって言ったの?」
私はステラに聞き直した。
「……私達よ!」
すると、ステラの代わりに、聞き覚えのある誰かの声が答えた。
「……ノクス! アンタには恨みがあるけどステラさんの頼みだから助けてあげたのよ! 感謝しなさいよ!」
答えたのは、かつて私が力を奪おうとした魔法少女──マジカル・ローズだった。
ローズは私に偉そうな事を言って、少しむっとした表情を浮かべている。
「もうローズ……こんな時までそんな憎まれ口叩かなくても……」
そんなローズを弱々しい声でたしなめるのは、ローズと同じく私が力を奪おうとしていた魔法少女──マジカル・シルフィだった。
「あなた達……」
私は二人の力を奪おうとして、二度も襲いかかったのに。
それなのに、どうして私なんかを助けに……。
「おっと! 私を忘れないよー! 風の魔法少女! マジカル・シルフィ! 救援に応じ、ここに参上! なんてね! まあ、君とは色々あったけど助けてあげるよー!」
困惑する私の前に、風の魔法少女──シルフィまでもが現れた。
彼女もまた、私がかつて襲った魔法少女のはず。
それなのに……
「助ける……?」
一体、どうして?
三人共、私には恨みはあっても、助ける理由なんてないはず……。
「それはね……ノクス。三人が魔法少女だからだよ」
「え?」
困惑が顔に出ていたのか、ステラが私に向かって微笑み
そう言った。
そして、ローズ達三人の顔を見つめながら、
「みんな、魔獣に襲われて助けを求めている人がいたら、誰であれ放っておけないんだよ。だって……それが魔法少女だから」
私の疑問に、そんな答えを返した。
「魔法少女……だから」
私はステラが言った答えを繰り返しながら、目の前の三人を見つめた。
この三人……いや、全ての魔法少女は、お姉様の力の欠片を得ただけの紛い物。
その認識は今も代わりはないし、実際強さだけで言うなら、私も含めて全ての魔法少女はお姉様に到底及ばない。
だけど、その心構え──魔獣から人々を守ろうとする気持ちだけは本物なのかもしれない。
私はこの時、初めてそう感じた。
「ノクス……さっきは助けてくれてありがとう。ここからは私と──みんなに任せて」
ステラは私にそう力強く宣言すると、片翼を失った天使に向き直った。
「ステラ……」
華奢なのに、力強く、凛々しいステラの背中。
私にはそれが一瞬、お姉様──
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